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見つけていただきありがとうござます。

 高峰里沙がその改札を通ったのは偶然だった。そして里沙をそこに行かせた人間以外は誰もそこにいるなどと思わない場所でもあった。

普段は一切使うことのない駅の改札。

 この日はとある塾が主催する模擬試験があり、里沙は塾には通っていなかったが塾生以外も受けることができるというのでやってきた。

 そこは普段使う電車とは沿線も運行会社も違う初めて行く場所で模擬試験会場は駅から歩いて十五分ほどのところにある。

 駅には他にも試験を受けに来ている雰囲気の高校生がいる。参考書を開いていたり、単語を覚えている姿があちらこちらで見えるからだ。

 そんな中で里沙は一人鏡を開いていた。満員とまでは言わずともそれなりに混んでいた車内で崩れたスタイルを直すために。


 今日も朝早く起きて、入念にキメてきた。ヘアアイロンでしっかりウエーブをつけた髪を右側から編みこみをしていき左の耳の上辺りでポニーテールを作る。次はメイク。もともと二重の里沙だが、強調するために専用のシールでさらにくっきりさせる。つけまつ毛も何種類も持っている中から今日のヘアにあうように吟味したもの。チークは少し控えめにして、唇の色は淡いがルージュとグロスでぽってりとさせた。

 そんな風に自分の見た目を念入りに極めるのは高校に入ってしばらくしてから平日も休日も関係なく毎日していることだった。

 里沙はつい先日高校二年になったばかりだ。まだ四月も終わらないうちから外部模試なんて受けることになったのは、始業式の日に配られた進路希望調査を白紙に近い状態で提出したせいだ。その日のうちに担任に呼び出され、とりあえず今の学力だけでも確かめて来いと押し切られた。

 任意の模試なので無視しても良かったのが、里沙自身も少しは進路のことを考えておくかくらいの軽い気持ちと、担任への建前上受けることにしたのだった。

 里沙にしては珍しく殊勝な心がけだったが、それがまさか悲劇を招くことになるとはその駅に降りるまで思っていなかった。

 模擬試験という理由でもなければ決して降り立つ場所ではなない。そしてだれも里沙が模擬試験を受けにで来るなんて思いもしない。

 だからこそ出くわしてしまった……。


「久本君?」


 里沙がそう声を掛けたのは嬉しさからだったが、即後悔した。

 なぜなら横に学校で見たことのある女子が腕を絡めて立っていたから。わざわざ聞かなくてもどういう状況かすぐに分かってしまった。

 その女子は学校の中でも目立つような存在で、性格も見た目も派手系のタイプだ。久本がタイプだと名指ししていた相手だと里沙は知っていた。

 それでも里沙は瞬時に浮かんだ自分の考えを打ち消しだがために口を開いていた。

 笑って言ったのは強がりなのか、勘違いだと思いたかったからなのか里沙にも分からなかった。


「久本君、偶然だね。その人は?」


 最初に声を掛けた時からがっちり目があっていたためか、近づいてそう問いかければ無視することはできなかったようで、少しだけ考え久本は判断したらしい。


「……彼女だよ」

「…………」


 里沙にはまったく理解できなかった。

 一ヶ月前に告白を受け入れてもらって、久本と付き合っているのは自分だと思っていた。それが横に連れている里沙じゃない女を彼女だと言っているのだ。理解できる方がどうかしている。


「えっ……でもっ」


 その里沙の言葉を遮るように久本は喋りだした。


「今日さ、この近くでイベントがあるんだって。それに二人で行こうって話しになってさ。高峰は?」

「模試で……」

「そうなんだ、頑張れよ。じゃあ俺たち行くわ」


 彼女を促して里沙の前から去っていく久本の姿を呆然と見つめるしかできなかった。

 そして思考が戻ってきて最初に分かったことは、自分は選ばれなかったということだった。

 彼女といつから付き合っていたのかは分からない。里沙の方が最初から浮気相手だったのかもしれないし、または逆かもしれない。それも腹立たしいことだが、里沙が何よりショックだったのは、言い訳も誤魔化しもせず彼女を『彼女』だと言ったことだった。

 つまりあの場で下手に言い訳でもして横にいる女に勘ぐられることすら嫌だったということだ。里沙との関係は切り捨てられるもの、大事は彼女の方だったのだ。

 半年以上の片思いが実ったと思って浮かれていたこのひと月はなんだったのだろうか。

 たかが半年、されど半年もだ。高校一年の半分を久本を思うことに費やしてきたのに。

高校に入学し、しばらくして久本に片思いして、タイプだと言っていた相手を真似てメイクも制服の着崩し方も研究してやっと久本の理想になれたのだと思ったのに、本物が相手では里沙が敵う術など思い当たらない。

 勝ち目などないとはっきり認識した里沙に縋ったり足掻いたりする気はまったく起きなかった。ただただ諦めの気持ちと悲しみだけが心を支配した。

 当てどなく足を動かしていた。目的なんてない、それを考えらるだけの余裕さえない。それでもじっとしていることは本能的にできなかった。


 気がつくと里沙は線路沿いを歩いていた。

 フェンスの向こうを電車が通過していく。その風圧を体に感じた瞬間息が詰まるほどの涙が溢れ出していた。

 起こったことを現実として受け入入れるともう泣く以外にできることはなかった。それでもうずくまるのだけは堪えた。フェンスを握り、力が抜けそうになる足をグッと地面に押し付けた。

 何本電車が通り過ぎたか、少しだけ涙が引いた里沙は再び歩き出した。一応帰るつもりはあったが、引き換えしてあの改札をまた通ることはとてもできそうになく、かと言って徒歩で帰れば日付が替わっても自宅にたどり着きはしない。

 もちろん歩いて帰るなんて事をするつもりはないが、せめて完全に涙が止まるまでは歩いて違う駅から電車に乗ろうとぼんやり考えた。

 フラフラというかトボトボというか、力ない足取り。

 模試をサボったなとか良い天気だなとか涙を止めるために無理やり思考を飛ばし、ゆっくりとした速度で見知らぬ街をただ線路だけを頼りに歩いていった。


 しばらくそうして歩いていると後ろから自転車が一台、里沙を追い越した先で停まった。

 振り返った顔は見知ったものだった。


「高峰? 大丈夫か、顔ぐちゃぐちゃだぞ」


 そう声を掛けてきた相手にちらりとだけ目をやったが、もう全てがどうでもいい里沙は相手が誰かということより自分の顔の方に気がいった。そういえば今日もしっかりメイクしていたと顔を擦るとアイラインとファンデが混じった涙が手に付く。


「……あー、サイアク……」


 鏡を見ればどうなっているのか、想像して少し怖くなった里沙は自転車に乗った男子にこの近くに水道かトイレがある公園みたいなものはないか尋ねた。すると案内すると言って自転車を引いて里沙を誘導してくれた。


 その男子は去年同じクラスだった三村有助という同級生で、二年に上がるときに文理の選択で里沙は文系を選び、三村は理系を取ったため今は違うクラスになっている。

 個人的には大したコミュニケーションをとったことはなかったが、一年の時のクラスはやたらと仲の良いクラスメイト達だったため一通りの顔や名前はしっかりとインプットしている。里沙の性格は積極的ではないし久本に夢中になっていたこともあってクラスの輪からは一歩引いているような存在だったが、クラスメイト達は付かず離れずの良い距離で接してくれる気も遣える良い人たちだった。

 その一人にこの三村もいたなと歩きながら里沙は思い出していた。


 互いに無言でたどり着いた小さな公園で、里沙は手をすすぐための水道でバシャバシャと思い切り顔を洗った。その後で手持ちの鏡で確認すると、あまり綺麗になったとは言い難い顔が映っていて深いため息がもれる。持ち歩いているメイク道具だけでは修復は難しそうだったが、しないよりはマシだろうとベンチに座りカバンからポーチを取り出した。

 黙々となんとかかんとか見れる顔にしようと試行錯誤している里沙の姿をベンチの前で自転車に跨りハンドルに持たれて三村は見ていた。

 本来の里沙であればそんなことを黙ってさせておかない。しかし、一番酷い顔を見られている上にさっきのショックで里沙の感情は正常に作動しないらしく、何も言わない相手は気にならなくなっていた。

 いつの間に止まったのか涙ももう流れてこなくなり、ようやく電車に乗るくらいは支障がないくらいの顔を作れたので、とにかく帰ろうと気合を入れてベンチから立ち上がった。


「公園教えてくれてありがとう。ついでに一番近い駅も教えて。道言ってくれれば自分でいくから」


 泣いていた理由など聞かれたくはなかったので愛想のない言い方をしたが、三村は気にしていないようだった。


「駅はそこの道をまっすぐ行った突き当りを左に曲がったらそのうち出てくる」


 指で示しながらしっかりと教えてくれた。さらにそれ以上何か聞く気もないようで、里沙は安堵したが、普通気にならないかと不思議に思ったりもした。

 それでもまさか自分から言うわけもなく、さっさと歩き出そうとすると三村に呼び止められた。

 やっぱり何か言うつもりかと顔をしかめて三村を見ると、手の平ほどの長さの細長い袋を渡された。


「さっき買ったんだ、あげるよ」

「えっ、なんで?」

「使いやすいからさ。じゃあな、気をつけて帰れよ」


 意味がわからず呆然とする里沙の脇をスーッと自転車が通っていった。振り返るとすでに追いかけられる距離ではないところに行ってしまっている。

 仕方なく袋を開けると、新品らしい細身のシャープペンシルが出てきた。


「……慰めなのか?」


 濃いクリアブルーの特別な感じはない普通のシャーペンだ。

どうにも訳が分からない不思議な感情のおかげで、ほんの微かに胸に刺さった棘が小さくなったような気がした。


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