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9.共存の水面下

【あらすじ:マチェルダの妹、マチェリカを探すために共存の町に行った有子達。人間が行方不明になるという不穏な噂とは裏腹に、町は平穏そのものの様相を見せていた。しかし、領主の屋敷を離れる際にマチェルダにだけ、怪しげな招待状が渡される。それを手掛かりにマチェリカを探す為、有子達は屋敷へと潜入する事になった。】


約7800文字。次更新分は恐らくもっと短いと思います。

 手渡した紙を確認した獣人の使用人は、その二人に視線をやると礼をして奥へ、と手を指し示した。

 かなり照明の絞られた屋敷の中は、いくつかの息遣いがひっそりと存在していた。そのどれもが、どうやら同じ場所へ向かって歩いているらしい。輝きを放っていたシャンデリアは今は物言わぬ飾りと化し、壁に掛けられたランタンの炎が、揺らめきながら廊下を不気味に照らしていた。

 兎のハーフ獣人の少女と、その隣に並び立つ、レインコートのフードを目深に被ったハーフ獣人らしき青年は、まばらな息遣いの後について歩く。少女は素早く、その集まりに目を走らせた。

 装いは、どれもが上等な物だ。そしてこの集団の中には、獣人しか存在しない。

 「……いそうか?」

 「ううん、やっぱりそんなに簡単には見つかりそうにないかも」

 フードの方が、声を潜めて少女に問いかけた。少女も、周りになるべく聞こえないように声のトーンを落として応える。その間にも、優雅な獣達の行進は続いていた。

 廊下にはいくつかの分岐点がある。しかし、通るべき道を指し示すかのように、明かりが灯されているのは一方向だけだった。他の参加者らしき者達は、それに従って歩いていく。少女と青年もそれに続いた。

 やがて突き当たったのは、大きな部屋だった。全体的な形はバームクーヘンを一部切り取ったみたいな扇形だろうか。狭い方、中央部と呼べる部分に、段差がありステージのようになっている。そこには赤く分厚い舞台幕がかかっていた。

 この場所も全体的には薄暗く、青年の足元が若干おぼつかなくなるのを少女が助ける。怪しまれないように、と二人は出来るだけ壁際に寄ってこの会場らしき場所を見渡した。

 薄桃色の明かりに照らされたこの場所は、どことなくアダルトな雰囲気を放っている。子供の姿が見当たらないのも、その雰囲気に拍車をかけているのだろう。丸いテーブルに背もたれの無い椅子が不規則に並べられていて、大抵の参加者はそこに座ってグラスに入った液体を傾けていた。微かに、アルコールの匂いがする。

 青年は、僅かにフードの裾を持ち上げて注意深く辺りを見回し、目元をしかめた。

 「ちょっとキツい?」

 少女が尋ねる。青年は、微かに首を横に振った。

 「もうちょっとしたら、目も慣れてくると思う」

 「気を付けてね。バレたらきっとタダじゃ済まないと思うし」

 青年には、この場所は少しどころではなく暗く感じていた。少女は、青年の手を強く握る。

 今のところは、ただ獣人だけが参加を許された社交パーティーのように見える。しかしそう思うには、どこか物々しい空気が漂っていた。

 青年も少女も、薄々と勘づいていた。ここに探し人はいない。適当な所で切り上げて、外で()()()()へ向かった二人を待つのが賢明だろう。

 「お飲み物はいかがでしょう」

 給仕服を纏った獣人が、グラスの乗った丸トレーを片手に二人に聞いた。少女が礼を言って二つのグラスを手に取ると、彼は二人にお辞儀をして去っていった。

 「怪しまれないように、一応持っとこ」

 「わかった」

 青年が少女からグラスを受け取る。いつの間にかテーブルには高級レストランで出てきそうな、凝った盛り付けの施された料理が並び始めていた。思い思いに談笑しながら、集った獣人達はそれらを楽しんでいる。

 ある獣婦人が、猫撫で声で腰をくねらせて男の獣人に話しかけている。男は彼女の腰に手を回し、親し気に体を擦り合わせた。彼らだけではない、会場の獣人達は〈親しい〉という一言では済まないような関係を先ほどから匂わせている。明らかに〈そういう雰囲気〉を纏わせながら、口づけを交わす者同士もある。その姿の中に、昼に見た人間と婚姻関係を結んでいただろう者の姿もちらほらと見えて、少女は顔を顰めた。

 少女と青年は、壁際で出来るだけひっそりと息を潜めて様子を窺っていた。これがただの催しだと断定するには、二人の頭に焼き付く〈復讐〉の文字が邪魔をしている。少女は、自分に渡された手紙の意味を、青年はその真意についてを、共にあまり深く考えたくはなかった。

 端にいる二人の間にのみ漂う緊張感にも気づかずに、会場内の怪しげな時間は刻一刻と過ぎていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 分厚い雨雲のせいで月明かりの無い町中は、弱まった雨脚のせいもあってひっそりと静まり返った闇で満ちていた。町の明かりも大半は消えて、どこか頼りなく感じる街灯がぽつぽつ、ちらちらと瞬いている。光量は僅かで、足元もろくに確認出来ないほどだった。

 どれだけ華やかな町でも、夜になればこうも静かで、どこか刺すような空気感になるものなのか、と私は思う。それは多分、私達が豪華な屋敷の周りに張り付いて侵入口を探すとかいう、半ばやましい事をしているからそう感じるのもあるんだろうけれど。

 「……やっぱ、わっかりやすい裏口なんかは無さそうだな」

 ロッキンズが壁をコンコンと叩きながら言う。一通り周りをぐるっと回ったけれど、裏口みたいなところは目視では確認出来なかったし、どこかを壊して入る訳にもいかない。

 「〈感知〉さえ出来りゃ、どっかしら抜け穴でも見つけられんのによ」

 「感知?」

 ロッキンズの口から唐突に出て来た聞き慣れない言葉に、私は聞き返す。

 「〈感知〉ってスキルがある。遠距離武器持ちの奴が大体覚えてる、目で見えない場所の物体とか魔物とかをある程度把握出来るスキルなんだが……弓使いのマチェルダは向こう行かねぇといけねぇからな。そんで残念ながら俺は使えねぇ」

 ああ、そういえば原作中でも弓使ってた人物がそんな単語出してたような。スキルとして宣言して使ってた覚えが無いから、宣言しなくても使えるスキルとかなんだろうか。そんな感じのもあるんだね。

 「使えたりしないかな」

 私は壁に手を当てて、目を瞑って……なんかこう、それっぽく念じてみる。イメージとしては、これで正しいのかは分からないけれど、透視みたいな、全部が半透明になってどこに何があるか見えるみたいな……。

 「そんな簡単に使えるもんじゃ……」

 ロッキンズの呆れたような声が耳に届く。やっぱり無理かな、と思った瞬間に、私の頭の中でピンと糸が張り詰めたような感覚が起こった。

 目を閉じているはずなのに、〈視界〉が明瞭になる。触れている屋敷の外周がまるでスキャンされたように、くっきりと眼前に浮かび上がった。見えていない向こう側の窓の位置、壁の向こうの廊下、遠くなれば遠くなるほどぼんやりとはしていくが、いくつか先の廊下を人のような形をしたモノが歩くのが視えた。大きな空間に、それらは集っているらしい。

 「出来たっぽい」

 「……すげぇなアンタ。流石救世主ってとこか?」

 視たところ、会場となる場所とそこに続く廊下以外の場所に、人はいなさそうだった。警備はそこまで厳重ではないらしい。一番はっきりと浮かび上がっている屋敷の外壁に意識を向け、侵入出来そうな入り口が無いかを私は探った。

 「どうだ?」

 「……ん」

 私は、意識を集中させる。けれど。

 「……ない、な」

 「こんなデケェ屋敷に表以外の入口がねぇなんて有り得るのかよ」

 感知を使っても、読み取れたのは表の扉とほんの少しの中の様子だけだった。裏口らしきものは、私の視えている範囲では存在しない。

 「……クッソ、まさか感知避けでもしてやがんのか? 用心深ぇし、厄介だな」

 中々万能そうなスキルだと思ってたけれど、やはりと言うべきか、キチンと対策もされてしまうらしい。やっぱ窓でも壊して……とか物騒な手段を言い出し始めたロッキンズと、このままどうしようもなければそういう手段に出るしかないのかと考えている私の背後で。


 「ねぇー、お困りかしらぁ?」


 いやにのんびりとした女性の声が、唐突に聞こえた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 会場の様子が一変したのは、青年と少女がこの場所に来てから体感で三十分ほど経った頃合いだっただろうか。

 会場に入ってくる獣人が途切れ、入り口の扉が閉じられた。会場内は、ほぼ完全に閉じた空間になる。ほろ酔い気分なのか朗らかに談笑していた者達の声が、唐突にピタリと止んだ。

 「……?」

 音を止ませた原因を見るべく、青年はフードの端を持ち上げた。少女は一呼吸分先にそれを目撃しており、ひゅうと小さく息を吸った。

 きぃこ、きぃこ。

 静まった空気を裂くように、その音は聞こえた。

 それは、車椅子に乗った一人の少女だった。幼い、と言うほどの歳ではないが、その肉体は成熟しているとはとても言えない。少女特有の、微かな曲線を描く胴体に、すらりと細い手足が幾分か欠けた状態でくっ付いていた。

 その少女には、片手と片足が無かった。それぞれ、互い違いになるように左右別の方の手足が、根元から失われていた。ゆったりとしたひだが多分についた、少女の体の大部分を覆うドレスのようなワンピースには、その欠損を見せつけるかのように片方の袖が無く、スカート部分の前は大胆にも開けていた。

 彼女が通りかかれば、会場にいた客は丁重な言葉遣いで挨拶をし、優雅に礼をする。この少女は、どうやら場の〈支配者〉らしかった。

 使用人らしき獣人が、その車椅子を押して壁際にいた青年と少女の元へと歩いて来た。きぃこ、きぃことその車輪は軋んだ音を上げている。

 青年は、そこでようやくこの少女がハーフ獣人であることに気づいた。暗めの髪色に隠れるようにして、毛の長くふわりとした耳が垂れて頭に乗っかっている。それも、片方しか存在しなかった。

 「……外の、方ね」

 少しばかり掠れた声が、二人の耳に届く。車椅子の少女はじとり、と視線だけを動かして二人を見上げた。冷淡な表情をした顔は、その三分の一ほどが片目を覆うように雑に巻かれた包帯によって隠されている。見れば見るほど、痛々しい風貌の少女だった。

 「初めて?」

 「……ええ、まあ」

 マチェルダが答えると、少女はすぅと目を細めた。

 「そう、なら楽しむと良いわ」

 何を、などとは聞けなかった。ただ、今しがた客達が楽しんでいる料理や酒の事ではないだろう事だけは、二人にも感じ取れた。

 車椅子の少女は、使用人と共に壁際の二人から離れた。車輪の軋む音が遠ざかる。いつの間にか、会場の賑やかさは戻っていた。


 テーブルに置かれた料理も、そのほとんどが片付いてきていた。パーティーの終わりのような雰囲気が、じんわりと場には漂い始めているようにも感じる。

 しかしその奥には、微かに何かしらの期待のような、どこか誰彼もの間に仄かな熱が灯り燻っているような、隠しきれない高揚感らしきものが同時に漂っていた。

 どことなく居心地の悪い、自分達が身を置くことに忌避感を覚えるこの空気感の中、青年の横にずっと立っていた兎のハーフ獣人の少女の耳が、舞台の横に居た者達の会話を捉えた。

 「今日は少ないのね」

 片方は、あの車椅子の少女だった。話しかけられている方は、パーティーに参加していた獣婦人だ。婦人はけらりと笑いながら、車椅子の少女に返す。

 「そうでございますわねぇ。〈古いもの〉で良ければ、後で領主様が持っていらっしゃいますわ」

 「……わたしは古いものは好きじゃないの。新鮮じゃないでしょう?」

 「これはこれは、失礼致しましたわ。ではそちらで少しばかり、お待ちくださいませ」

 一体何の話をしているのか、聞き耳を立てている少女には見当もつかない。車椅子の少女は、舞台袖に隠れてしまったのかもう見えなくなっていた。

 「君達はここが初めてのようだねぇ」

 唐突に聞こえた声に、少女はハッと意識を向けた。客らしき獣人のが男グラスを傾けながら、少女と青年に対して話しかけてきていた。彼は二人の返事も待たず、クツクツと喉を鳴らして目を弓なりに歪めながら、興奮を押し殺すように上擦りかけた声で捲し立てるように言う。

 「ならきっと楽しめるよ。ここの催しは別格だ。私も楽しみで楽しみで仕方がないのさ。今日は一体どんな〈モノ〉が並べられるのかってねぇ。そろそろ始まると思うが、遠慮なんて必要ないからね。自由に、思うままに愉しむといい」

 それだけ言って、男はやはり二人の反応を窺う様子も無くさっさと向こうへ行ってしまう。

 「何があるって言うんだ、一体……」

 青年が呟いた。

 渡された招待状、秘匿された獣人のパーティー、町の噂、聞こえた会話、男の言葉。それらが示すものを、少女が導き出そうと頭を動かしかけた時。


 中央ステージの舞台幕が、唐突に開いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 領主の屋敷から少しばかり離れた場所、草木が生い茂り小さな森のようになっている部分に、その〈入り口〉はあった。

 見た目はただの小さな小屋だった。女が、その扉のノブを回して押し開ける。ギィ、と多少軋みを見せたその扉は、鍵がかかっているでもなく呆気なく開いた。古臭いような、湿った木のような臭いが鼻をつく。

 「ここから地下道を通って、領主の屋敷に入れるわよぉ」

 先導した女は、のんびりと微笑みながら私達を振り返った。三角の、先の折れ曲がったとんがり帽子と、袖口の広がった長袖に、ボディラインに沿うような胴部分の足元までのローブ。豊満な胸や形の良い尻が、布地に覆い隠されているにも関わらずハッキリと分かった。誰が見ても、艶めかしさを感じる女性だ。

 以前遭遇したミスティック・サーカスのドロシアも魔女を連想とさせる佇まいだったけれど、この女性はもっと直接的に魔女に近い装いだと言えた。

 「まさかこんなとこに裏口作ってやがるなんてな。よっぽど見られたくない何かでもあんのか」

 ロッキンズが小屋の中を覗き込みながら言う。離れに偽装された隠し通路があるだなんて、サスペンス系のお話みたいだなと呑気な思考が私の頭をよぎった。

 「ここは人目に付かないように、モノを運び込むための入口……どこかから攫われた人間が、屋敷に閉じ込められて虐げられているのよ」

 のんびりとした雰囲気とは一転して、女性は真剣な目で私達を見た。

 「人間が……?」

 「そうよぉ。この町の領主様は、ヒトとケモノの共存なんてこれっぽっちも思っちゃいないわぁ……。仲良しこよしなのは表面上だけ。ホントは町のケモノ達に人間の事いたぶらせて、遊んでるのよ」

 マチェルダに渡された手紙の、〈復讐〉の文字。ハーフ獣人はこの世界では人間からも獣人からも良く思われていなかった。まさかとは思うけれど、かつて自らが虐げられた復讐を、領主は自分の屋敷で秘密裏に行っているのか。どこかから連れて来られた、人間を使って。

 「うさんくせぇ町だと思ってたが、そういう事か」

 ロッキンズが呟く。女性の話がもし本当ならば、閉じ込められている人達を助けなければならない。

 「私は中まではついていけないけどぉ」

 「ここを教えてくれただけで十分だ。ありがとうな」

 私がお礼を言うと、女性はひらひらと手を振った。

 「いいの、いいのよぉ。中にいるヒト達の事ぉ、しぃっかり助けてあげてねぇー?」

 ニッコリと、彼女は笑顔を見せる。

 瞬間的に、私は彼女に対して薄ら寒いものを感じた。笑顔の奥に決して信用してはいけない何かがあるような、そんな感覚。

 気のせいだろうと、私は頭を振った。

 「早く行こうぜ」

 既に私よりも前に行っていたらしいロッキンズが、私を促した。ところどころ破損した木製の棚がスライドするようになっていたらしい。そこに奥へと続く階段が見えた。

 私は、女性を振り返る。彼女は相変わらず、にこやかに手を振っていた。


 通路の途中までは土壁で、洞窟のような雰囲気だった。ある程度進んだところで、それは唐突に木で作られた廊下に変わる。上に上がった感覚は無かったから、地上には出てないんだろう。と言う事は、ここは屋敷の中の地下なのか。

 コツン、と靴底が木の廊下を踏んだ瞬間、目の前が蠢いた。

 「何か居やがるな。〈表出〉」

 ロッキンズが、武器を出す。私もそれに倣って、神武器を剣の形に変えた。

 廊下を塞ぐように、黒いスライムのような魔物がビンと膜を張る。ぎょろりとした目玉が、中央に現れて私達を見た。

 「なんでこんなところに魔物が……!」

 「侵入者を撃退する為、だろうぜ」

 ぐにゃりと変形した魔物は、私達に向かって尖った触手を放つ。私達はそれを迎撃すべく、一斉に動き出した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 舞台が開かれた瞬間、会場の熱が一層高まるのを感じた。そこに目を向けた少女と青年は、目を見開く。

 舞台上には、車椅子の少女と、後は拘束されたいくつかの〈それ〉があった。

 少女は片手に持った鎖を、思い切り引く。鎖は舞台上の〈それ〉に繋がっていて、ぐいと引っ張られた〈それ〉は思い切り体勢を崩した。腕を後ろで縛られて、もがいている〈それ〉を、車椅子の少女は手に持った鎖をまた別の方に引いて無理矢理起き上がらせる。首が締まったのか、ぎゅう、と小さな音が口から洩れた。

 「会場に集まった同好の士の皆様。大変お待たせいたしました」

 車椅子の少女が、わざとらしくお辞儀をする仕草をした。彼女は、鎖を持ったまま並んだ〈それ〉らを指し示す。

 舞台上に並べられたそれらは、五人の人間だった。年齢や性別は様々だが、皆一様に腕を後ろ手に縛られ、猿轡を噛ませられている。

 車椅子の少女が合図をすると、舞台袖から二人の使用人が現れる。使用人は中央にいた一人の人間を両脇から抱えると、舞台の下に投げ落とした。

 どさりと重い音がして、呻き声が聞こえた。会場の獣人は、それをにたりと笑いながら見降ろしている。

 車椅子の少女は、腕を広げた。高らかに、彼女は会場に向けて宣言する。


 「さあ、みんな。〈宴〉の時間よ。自由に貪りなさい」


 歓声が、上がった。


 獣の集団が、自由を奪われた人間達に殺到する。猿轡が外れたのか、舞台の下に落とされた人間の悲鳴が聞こえた。品位など忘れ去ったかのように、舞台の上にも我先にと獣人達は上がっていく。

 絶叫、嗚咽、笑い声、懇願、怒号、嬌声。一瞬のうちに沸き起こった狂乱の全てが巨大な渦となって、この場を混沌とした熱気で支配した。

 青年も少女も、動くことが出来なかった。目の前で起こっている異様な光景に、目の前がチカチカと瞬いた。

 「五人しかいねぇんだ! 前回楽しんだ奴は古いので楽しめよ!」

 「あぁ! やっぱり若い人間の男に限るわ! 次はどこを剝ぎましょうか!」

 「おい、古いのが来たぞ! まだ声が出る良品だ!」

 熱狂する獣人達は、青年と少女の事を気にしない。誰もが自分の思うように、動いていた。下品な言葉が飛び交い、その中央にいる人間がどうなっているかなどもはや見えはしない。微かに、血の匂いがした。

 「っ、今のうちに、どこか出口を探した方が良いかも」

 少女が、青年の腕を引く。青年は息を詰めながらも、頷いた。二人は移動を開始する。舞台の脇、奥に、通路のようなものが僅かに見えた。

 少女に先導されて、青年は先を急ぐ。ふと、その視界に車椅子が映りこんだ。

 いつの間にか舞台下に降りていた車椅子の少女が、二人を冷たい目で見ていた。通路の前に陣取るような位置に、彼女はいる。

 すり抜けようと横を通った時。その少女の伸ばした足が、青年の足を引っ掛けた。

 「っあ!」

 「あら、ごめんなさいね」

 くすくすという笑い声と共に、青年は派手に転ぶ。

 「シュン!」

 青年を心配して出した兎のハーフ獣人の少女の声が、仇となった。会場の視線が、一斉に二人の方へ向く。

 青年の被っていたフードが、脱げていた。転んだ際の衝撃で、付け耳も外れてしまっていた。


 「人間がいたぞ」


 ぎろり、と獣人達のぎらつく瞳が、青年を映した。


九話を見て頂きありがとうございました。


もっと細かく区切ってもいいような気もしてきました。

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