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8.共存の町 / ヒトとケモノの居場所

【あらすじ:マチェルダの助けもあって、駿とロッキンズとの合流を果たした有子。しかし有子は自分でもよく分からないままに、再び駿に対して後悔を抱く行動をとってしまう。その罪悪感に気分を沈ませる有子の元に、暗い顔をしたマチェルダが訪ねて来て……。】


約9000文字。敵影を出すタイミングを完全に間違えたような気もします。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 薄いカーテン越しの月明かりで、暗闇に慣れた目はその空間の輪郭だけをぼんやりと捉えていた。


 微かに、衣擦れの音がする。それ以外には、規則正しい呼吸音が聞こえるのみだった。


 動けば、音が立つ。静かだと言える闇に満ちた空間は、それを憚らせるだけの力を持っていた。自然と息はひそめられ、空気を刺激しないようにと、動きは慎重になってしまう。


 ()は、首に両手を回す。


 指先が冷えているのか、触れた体温はやけに高く感じた。とく、とくと血液が流れる感覚が、指を通して伝わってくる。


 『――――、――』


 脳内で何かが反響した。


 まるで狭い空洞の中で、鳴ってしまった音が無限に反復し続けるように、その空虚な音の残骸は頭を揺さぶり続けた。


 それに促されるように、あるいはそれから逃れるように。


 手のひらが吸い付いた円筒状の部位を締めようと力を入れかけたところで、



 急にどうでもよくなって、俺はその行為を止めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 カツン、カツン、とヒールが固い地面に当たる音が鳴った。

 誰もいない廊下を、〈彼女〉は歩く。


 「はぁい、〈人間〉の〈魔法使い〉でーす。元気ぃ? ……元気無いわよぉ? あっ元気無いかぁ。あはっ、あはははっ」


 弾むような調子で、彼女は誰にともなく話しかける。次第に、その足取りが軽快に、ステップを踏むようにおどけたリズムを奏で出した。彼女は笑いながら、広い廊下を踊るように進んで行く。

 その道筋には誰もいない。……いや、()()()()()()()誰もいない、と言うのが正しいだろう。

 その廊下には、左右の端にずらりと、獣人の死体が並んでいた。誰も彼もが、残忍に殺されている。噎せ返るような血の匂いが漂い、壁も床も血飛沫に彩られた廊下の中で、一人の女はまるで遊びに出かける少女の如き軽やかさでヒールを鳴らし続ける。

 その眼前に、やがて両開きの厳かな扉が現れた。彼女はそれを、両手で押し開ける。


 「誰かいるぅー? ……もういないかぁ、あはっ」


 玉座の間は、既にもぬけの殻だった。血も、死体も無いただの室内が、静寂に包まれてただ存在している。彼女はその空間を絵画に見立てるように、指で枠を作ってそれを覗き込んだ。

 「ぐしゃ」

 その枠を、彼女はぎゅうと手を握りしめて潰す。何がおかしいのか、彼女は不規則に笑い出した。

 「いないいなーい、ばぁー……ま、いなくてもいいって言うかぁ、いない方が良いもんねぇ」

 不意にピタリと彼女は笑うのを止める。そして、急にその空間に興味を失ったように、退屈そうな色を瞳に宿して踵を返した。来た時の軽快さとは打って変わって、スタスタと速足で来た道を引き返しながら、彼女は両腕を広げて語るように声を出す。

 「見てないけど、来たらしいわぁ。知らない人を連れて、向かうらしいわぁ」

 途中、彼女の足取りを、転がっていた死体が邪魔した。こつんとつま先にぶつかった肉の塊を、彼女は蹴飛ばす。呆気なく外れた部位が、ごろんと転がった。


 「ヒトとケモノの、偽りの楽園……〈共存の町〉が、終わる時が来たのよ」


 宣告をするように、判決を下すように。彼女は、唐突に断言する。


 「戦争の引き金を一つ、引きましょう」


 その後は、誰もいない空間に女の笑いが響くだけ。やがては、それも消え失せた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「お願い、力を貸して」

 雨の降る村の中。顔面蒼白のマチェルダに、私達はそう懇願されていた。



 時間を巻き戻す事、今朝。逃げるように推しの部屋から出た私は、とりあえず下に降りて、もう既に目覚めていたらしいロッキンズと顔を合わせた。

 「おーぅ、おはようさん。……大丈夫か? 顔色悪いぜ。風邪でも引いたか?」

 「あ、ぁ。いや、大丈夫だ。別に体調は悪くない」

 「ふぅん? ああそう」

 よっぽど私の顔色が悪かったのか、開口一番に体調の心配をされながら適当に相槌を売っていると、推しも完全に目を覚ましたらしく割と元気そうに階段を下りて来た。早朝に見たような、青白い顔色は鳴りを潜めて、彼はすっかり血色の良くなった顔で私達に向かってにっこりと笑いながら挨拶をする。

 「おはよう、姫路川。あと……ロッキンズ、だっけ?」

 「おう。自己紹介してないもんな。俺はロッキンズ・バーバー。でもお前の名前は知ってるぜ。シュンって言うんだろ? 改めてよろしくな」

 「うん、よろしく」

 推しとロッキンズが、握手をする。私は二人の視線が自分から外れたことに、無意識に安堵していた。

 ……流石にこのままじゃダメだなぁ。気持ち、切り替えていかないと。

 そう思って、深呼吸を挟んで心機一転。私がお互いに挨拶を終えた様子の二人と、今後の予定について話し合おうとしたところで。


 「ねえー、みんなもう起きてるー?」


 入り口の扉を叩く音と共に、マチェルダの声がした。



 扉を開けると、傘をさしたマチェルダが立っていた。しかし、その顔は思っていたよりも暗い。

 「どうした、マチェルダ。何かあったのか?」

 私が尋ねると、マチェルダは何か言いにくそうな顔をしたが、意を決したように私の顔を見る。そして言葉を発した。

 「あのね、あたし、実は妹がいるんだけど……その子が、帰ってくるって言ってた昨日になっても帰って来ないの」

 「妹が?」

 マチェルダは下を向いて、ぽつりぽつりと続ける。

 「普段なら便りとかもくれるんだけど、出掛けて少しした辺りから音沙汰も無くて……タロウを拾った時も、本当は妹の事探しに出かけてたんだ。もし近くまで戻って来てて、何かの理由で生き倒れてたりしたらどうしようって」

 徐々に、その声色が焦りを帯び始めてくる。心配なのを我慢していたのだろう、泣きそうな顔で彼女は再び私を見た。

 「昨日会ったばっかりのヒト達にこんな事頼んで良いのか分かんないけど……お願い、私の妹を一緒に探してくれない?」

 力を貸してほしい、と。彼女の目は切実にそう訴えていた。

 今はまだ、私達にも時間がある。それに、マチェルダには助けてもらった恩もあった。それを無碍には出来ない。

 「どうするんだ? 姫路川」

 推しが、私に意見を求めてくる。返答なんて、最初から決まっていたようなものだった。

 「分かった。協力するぜ、マチェルダ。それで、妹さんはどこに向かったんだ?」

 「ありがと。あたしの妹……マチェリカが行った場所は、


……共存の町、だよ。」



 ミシュルピア地方、その反人間派の領域でもなく人間擁護派の領域でもない地域は、一つの小さな塊になっている。マチェルダの住む村も共存の町もその区域の中に存在していて、少し遠めではあるが徒歩で向かえない事も無いようだった。

 それでも、朝に出て寄り道せずに真っすぐ歩き続け、途中馬車を拾ったりしても、夕方頃に着くぐらいではあったけれど。

 

 一目見て、華やかな町だと分かった。

 アーチ型の、ステンドグラス風のガラスが嵌め込まれた屋根が設けられた大通りの、あちこちに設置された花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。街路樹はどれもが、枝葉を整えられて見栄え良く茂っていた。

 そこを歩くのは、恭しく手を取り、優し気にその手をそっと握り合う者達。見慣れた姿形の人間と、人の形をした獣……様々な種の獣人達が、穏やかに談笑していた。

 「あら、他の所からのお客さんかしら」

 艶やかな毛並みの、猫の獣婦人がにゃぁごと高い声と共に微笑む。

 「兎のハーフ獣人の女の子がいるね。こんにちは、共存の町は居心地が良いだろう?」

 気品のある人間の青年が、胸に手を当ててお辞儀をした。

 「こんにちは!」

 「こんにちはぁっ!」

 桃色のワンピースを着た小さな女の子と、ズボンに開けられた穴からふわりとした尾を覗かせた犬の男の子が、元気いっぱいに挨拶しては足元を駆け抜けていく。

 歩けば歩くほど、見渡せば見渡すほど、その町は素晴らしいと思える場所だった。美しく保たれた景観を背に、誰もが笑顔を浮かべていて。争いなどここには無いのだと物語っていた。

 空に立ち込める灰色の分厚い雲など、全くもって似合わないほどに。屋根の外側で降りしきる雨など、その姿だけで晴れてしまいそうなほどに。

 その町の風景は、どこまでも〈平穏〉そのものだった。


 興味深そうに町を見回す推しと、半ば睨むような顔でゆっくりと視線だけを動かしているマチェルダを連れて、私達はマチェリカを探していた。特徴はマチェルダから聞いているし、そもそもこの町にはハーフ獣人自体少ないみたいだったから、見れば直ぐに分かるとは思う。今のところ、見つかってはいないけれど。

 意外だったのは、こういうところに来たら真っ先にテンションを上げていそうなロッキンズが、町の風景を少し見た後からずっと口を閉ざしている事だった。表情も、決して楽しげだとは言えない。

 「なあ、姫路川」

 推しもその事は気になっていたらしいのか、声を潜めて私に話しかけてくる。船の上でやたら高いテンションを見せつけていた彼とは、今はえらく違って見えた。

 「この世界の人にしか、分からない事もあるのかな」

 「……そう、なのかもな」

 獣人と人間の確執は、この世界に来て日が浅い私達には分からない。私達が元々いた、現代日本の比較的普通の街にも、人同士の大きな分断なんか存在しなかったし。

 感覚、なのだろうか。この世界特有の、知識から来る、私達には感じる事の出来ない何らかの違和感のようなもの。少なくとも私には、この町はとても良い場所にしか見えないのだけれども。日本で言う、住みやすい街とか住みたい街のランキングに入りそうだなと思うくらいには。

 そんな私の呑気な思考など考えも及ばないように、ロッキンズは町中で初めて口を開く。

 「ここが共存の町、ね」

 どこか冷めたような顔をしながら、ロッキンズはぽつりと呟いた。

 「なーんか、うさんくせぇとこだな」



 町中をある程度歩き回ってもマチェリカらしき影は見つからない。という事で、私達は今度は住人に聞き込み調査をする事にした。


 「あら、その子の妹さんが……」

 雑貨屋の店主をしていた、まつ毛の長い、馬の女性がパチリと瞬きながら言う。その手元では、被毛があるけれど人と変わらない形をした五本指の手が、忙しなく布の生地を縫っている。足元は馬らしい蹄だった。

 「ごめんなさい、私は見かけていないわ。でも領主様なら知っているかも。彼にお話を伺ってみるといいわ。あの方ならきっと、困っている町の外の人も助けてくださるもの」

 ねえ貴方、と彼女は自らの傍らに立つ人間の男を見る。男の左手薬指には、女性と揃いの指輪がはめられていた。この町を歩くにあたって、何度も目にした物だった。

 その姿には、当然違和感など覚えようもない。種族が違うだけの、仲睦まじい夫婦だった。女性の膨らんだお腹には、赤ちゃんがいるのだろうと察せられるほどにも。

 私達は店から出る。辺りは徐々に薄暗くなり始めていた。雨の音が、ずっと聞こえている。

 「領主の所か。今から行って、会ってくれるかどうか……」

 「ま、行ってみる価値はあるんじゃねぇの?」

 不安になった私に、ロッキンズが答える。まあ、彼の言う通り、時間的に無理ならば一晩を明かせばいいだけだし。町の人が領主の所へ行く事をおすすめしてくれるくらいだから、話も聞かずに門前払いって事は流石に無いだろう、多分。

 領主の屋敷は、町で一際大きな建物だったからすぐに分かった。左右対称の洋風建築で、門から玄関扉までの間に噴水が設置されている。左右に庭園らしき空間もあった。

 門を通って、屋敷の扉についているドアノッカーを鳴らす。ゴトン、と重い音がして、少しした後に中から使用人らしき獣人が現れた。

 領主と話がしたい、という旨をその獣人に伝えると、存外すんなりと屋敷の中に通された。広いエントランスホールを通り、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いて、応接間らしき場所に私達は案内される。

 私達を大きなソファーに座らせ、礼をした使用人が歩き去ってから程なくして、身なりの良い男が現れた。

 「私に、用があると聞いたのだが」

 低く落ち着きのある声が、鼓膜を震わせる。背の高く、そこそこがっしりとした体つきのその男は、どうやら犬のハーフ獣人らしい。垂れたふさふさの耳が、頭の上から生えていた。尻尾はロングコートで見えないけれど、多分耳と同じ毛色のものがあるんだろう。

 穏やかな顔で、領主の男は私達を一人ずつ見て、そして微笑んだ。

 「私は、この町の領主を務めているトクレスという者だ。町の外の方々の様だか……どうかなされたのかね?」

 私は、マチェルダの方を見た。マチェルダも私が視線を向けてくる事を予測していたのか、ほぼ同時に私達の視線はかち合う。一度瞬きをして、マチェルダは領主の顔を正面から見て口を開いた。

 「……あたしみたいな、兎のハーフ獣人の女の子がこの町へ向かったきり、行方不明になっているんです」

 「ふむ、知り合いの子、かい?」

 「妹です」

 なるほど、とトクレスは顎に手を当てて、考えるような仕草を見せた。マチェルダに視線を向け続けながら、彼は顎から手を放す。

 「……すまないね。有益な情報を、私は与えられそうにない。けれど、私の方でも少し調べてみよう。困っている者、それも私と同じハーフ獣人の少女であるならば、私も出来る限り手を差し伸べたい」

 優しい声で、彼は続ける。

 「今日はもう遅い。宿をこちらで手配するから、この町で留まっていくと良い。明日、また屋敷に足を運んでもらえるかな? 何か分かったら君たちに共有しよう」

 そう言うと、トクレスは使用人を呼んだ。一言二言を交わすと、使用人は礼をして部屋から出て行く。

 「屋敷の外まで、見送ろう。その先は宿まで私の使用人が案内してくれるはずだ」

 「ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、トクレスは静かに微笑んだ。そのまま、彼は私達を入り口まで案内してくれる。良い人だな。こういう人が治めてるから、この町も良い町に見える、というか、実際良い町なんだろう。マチェルダやロッキンズみたいに疑おうとしても、疑う箇所が全く見つからない。

 扉を出ると、使用人が案内を引き継いだ。使用人は、私達を連れて歩き出す。もうすっかり辺りは暗くなっていた。あちこちに建つ家から、温かな明かりが漏れている。

 「マチェルダ? 何してんだー行くぞ」

 ロッキンズが後ろに向かって声をかけた。顔を向けると、マチェルダがまだ屋敷の玄関先に立っている。

 「ごめん! 今行くー!」

 マチェルダはハッとすると、右手をポケットに突っ込んでこちらに走り寄った。彼女は私達に追いつくと、何も無かったように歩調を合わせて隣を歩く。気にはなったけれど、その後は特に私達の間には会話は発生しなかった。


 「えっと、一人一部屋か。だいぶ贅沢に用意してくれたな」

 「マチェルダもいるし、男三人と女の子一人じゃ部屋分け大変だしね」

 ちょっとしたホテルぐらいの大きさの宿に案内され、部屋割りの説明をされた私と推しは揃ってほえーと建物を見上げた。ちなみにそこまで高さがある訳でもない。精々が二階建てだろうけれど。

 ロッキンズはここでようやく昨日までのお調子者さを見せ、いっちばんのりーとふざけながら用意された四部屋の端っこの部屋に突入していった。マチェルダは、そんなロッキンズにため息をついて反対側の端の部屋を選ぶ。私と推しは、内装は別にどっちでも変わらないだろうからと適当に近かった方の部屋を選んだ。

 華やかな町のイメージを宿にも反映しているのか、今まで泊まった宿の中では一番装飾が凝っているように思える部屋の中で、私は特に考える事も無くてベッドに寝転んでぼーっと天井を見上げていた。

 そういえば、すっかり忘れていたけれど私は今無一文なんだった。今日は領主のご厚意で宿に泊まれているけれど、次にまた旅に出る時は金策を考えなきゃいけないんだ。魔物とか倒して、素材を集めて売って? あぁ、装備の強化とかも出来るんだっけ。洞窟の時とかモル・ラ・トリオでの戦闘とかの事を思い出したら、やっぱり強い装備とか作っといた方が良いよね。これからの為にも。

 「異世界だなぁ……」

 すっごい今更な感想が口をついてぽろっと出た。私が前世で後何十年か生きてたら、こんな感じで体感出来るバーチャルリアリティーなゲームとか出てたのかな。一足先に体験、みたいな感じ? いや多分死んだらまた死んじゃうだけだろうからそんなに気楽には生きていけないけど。

 そんな適当な思考を浮かべては消していると、コンコン、とドアがノックされる。

 「誰だー?」

 起き上がるのが面倒になっちゃって、私はベッドに寝たまま顔だけをドアの方に向けて声をかけた。出迎え方としては割と最低な方だけど、まあ良いでしょ。もしマチェルダだったら今の状態はだらしなさ過ぎて申し訳ないと思うし、絶対呆れられてちょっと恥ずかしくなるけど。

 「姫路川ー」

 正体は、推しでした。じゃあこのままでいいや。いや今のメンバーで比較的付き合いの長い推しだから姿勢正さなくても良いやって思うのもどうかと思うけれど。

 しかし私の構えに反して、推しはすぐには部屋に入って来ない。

 「……駿? どうした?」

 流石に変な間が出来てしまって、耐えきれずに私は体を起こす。私がベッドに腰かける体勢になったのと同じくらいに、微かにドアが開いた。

 推しが、口角をむにっと上げながら少し開いた扉の隙間から、頭を覗かせている。

 その頭に、三角でふさふさの獣耳がくっ付いていた。

 「……どう?」

 「……いや、どうって言われても」

 付け耳、だよね。いつの間に入手したんだそんなもの。いやまあ似合ってはいるように見えるっていうか、推しの貴重すぎる生ケモミミ姿だから私としてはだいぶ眼福と言うか、いやでもそういう感想を抱いている場合なのかっていうのはあると言うか。これ以上推しをそういう目で見させないで欲しいって言うか、あぁ、思い出したら胃がちょっと痛く……。

 そもそもどういうお茶目さなんだ、それは。なんで今見せてきたのそういう一面。ちょっと羨ましかったの? ケモミミ。いや、どういう事? 何?

 私の困惑と混乱をよそに、推しは自分で付けたはずの耳を興味深そうにぴろぴろと弾いて遊んでいる。呑気か? マイペースか?

 とりあえず、それ見せに来ただけなのか、と問いかけようと口を開いた時。


 「……何してんの」


 廊下から、呆れたようなマチェルダの声が聞こえた。



 「そーゆーの、他のハーフの前でやったら多分良い思いされないから、あんまやんない方がいいよ」

 「ご、ごめん……」

 私の部屋に用があったらしいマチェルダと、扉の前に張り付いていた推しを部屋の中に招くと、入って早々に推しがマチェルダに苦言を呈されていた。言われてみれば確かにそうだし、というか何でそんなアイテムがあるんだろうかとも思うけれど。確執を知りながらも獣耳に憧れる人間とかいるんだろうか、この世界に。

 推しがしおらしくなりながら付け耳を外すと、ふん、とマチェルダは鼻から息を出す。そして、その話題はこれでおしまいと、表情を緩めて私の方へ向き直った。

 「どうしたんだ、マチェルダ」

 一日接しただけでも、しっかり者のイメージが私の中で定着しつつあるマチェルダがわざわざ訪ねて来るって事は、重要な事なのかもしれない。

 マチェルダはポケットに手を入れると、くしゃりと潰れた一枚の封筒を取り出した。手紙を出すときみたいな、横に長い長方形で三角の止め口を開けるタイプの物で、封蝋で口が止められていたらしい。マチェルダがすでに中を見たようで、その蝋はとっくに剝がれていたけれど。

 「これは?」

 「さっきの領主が渡してきたの。中、見て」

 差し出されたその封筒を受け取って、中の紙を取り出して私は目を通す。

 「こ、れは……」

 「何が目的かは知らないけど、あんまり良い予感はしないよね」

 丁寧な字で書かれたそれは、どうやら〈招待状〉のようだった。しかし、中の文言は決して穏やかな物とは言えない。


 『虐げられて生きて来た同胞へ。貴女には、〈復讐〉の権利がある。』


 そのような書き出しで、それは始まっていた。何が催されるのか、日時と場所の指定がされてある。今日の夜に、領主の屋敷だった。

 「共存の町に関する噂を聞いたことがあるの」

 マチェルダは、ぽつりと話し出した。

 「人間種と獣人種が仲睦まじく過ごす町。でも、時々そこでは人間種の〈行方不明者〉が出る、って。それと……獣人だけが参加できる、秘密の催しが存在する、みたいな。嘘だと思ってたけど、これってやっぱり……」

 マチェルダだけに渡された手紙。それと噂の示すもの。この町は、どうやら裏に何かを隠しているようだった。

 「行くのか?」

 「怖いけど、行く。噂の内容も確かめたいし。それと……」

 真剣な眼差しで、マチェルダは私を見た。

 「マチェリカも、ここに行ったかもしれないから」


 「話は聞かせてもらったぜ」

 「……ロッキンズ。普通に入って来れないのか」

 いつの間にやら、扉のところで壁にもたれかかりながら、腕を組んでカッコつけているロッキンズがいた。カッコつける必要あった?

 「行くなら、俺もついて行くぜ。流石に女の子一人じゃ心配だからな」

 「いや、流石に一人で行こうとは思ってなかったけど……だからタロウのとこ来たんだけど」

 マチェルダが困惑しながらロッキンズに視線を向けた。当のロッキンズは、ドヤ顔だ。なんだこいつ……。

 マチェルダは、はぁ、とため息をついた。

 「まあ、ついて来るって言ってくれるのは嬉しいかな。ありがとね」

 眉を下げて、マチェルダは微笑んだ。それを受けて、ロッキンズもニヤリと歯を見せて笑う。ほんの少しだけ、緊張していた空気が和やかになった。

 「じゃ、早速領主の屋敷に突撃だぜ!」

 「なんでアンタが先導してんのさ」

 高いテンションで拳を上に付き上げるロッキンズに、マチェルダが突っ込みを入れる。随分賑やかな集まりになったな……。

 「四人で行くのか? 流石に怪しまれないか?」

 傍観していた推しが、口を挟んだ。確かに、招待されたのはマチェルダだけだし、四人で突っ込むのは流石に警戒されるかもしれない。

 「二手に分かれる、とかだろうな。マチェルダがいる方が正面から、後は……どう割り振るかだな」

 一目見てハーフ獣人だと分かるマチェルダはともかく、私達はどこからどう見ても人間だ。誰か一人がマチェルダについて行くとして、ただフードで頭を隠すだけではどうにもならないだろう。

 「……あんま気は進まないけど、しゃあないか。シュン、だっけ。さっきの付け耳にフード深めに被って顔隠せば、誤魔化しは効くと思うんだけど」

 「えっ、ああ。なるほど」

 マチェルダの提案に、推しが付け耳を手に持ちながら納得がいったような顔をした。彼は試しに、と付け耳を付けた後に、レインコートのフードを被る。

 「うん、レインコートなのが違和感マシマシだけど、まあそういう子もいる……でしょ」

 「苦しくないか?」

 ちゃんとしたフード付きケープとか買うべきなんじゃないだろうか。と思えど、結構夜も深くなってきてしまっていて、開いている店があるかどうかも怪しかった。仕方ないけどこれでいくしかないか……。

 「んじゃ、決まりだな。マチェルダ側はシュンに頼むぜ」

 「ん、てっきりロッキンズがマチェルダについて行くとか言い出すのかと思ってたんだが」

 私が意外に思っていると、ロッキンズは顔を横に振った。

 「さーすがに、女の子と一緒にいれるとかいう理由だけでパーティー? に耳付けて突っ込んでいく勇気はねぇよ。俺は自分が裏でこそこそやるタイプだと思ってるからな」

 「……まあ、大人しく出来そうにはないよな」

 絶対そんな騒がしくして良い催し事じゃない気がするし。後多分、さりげなく付け耳回避してるような気もするけど。

 「じゃあ決まりか。マチェルダと駿が、正面から。オレとロッキンズは……裏口でも探して、そこからマチェリカを探す」

 全員が、視線を合わせて頷いた。領主の屋敷の潜入作戦が、始まろうとしていた。

八話を見て頂きありがとうございました。


そろそろ先の展開を考えなさ過ぎて話の構成が雑になり始めます。張ったはずの伏線を忘れつつ、迷走しながら続けていきます。

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