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7.流れ着いた場所 / ミシュルピア地方

※注意※【今回、一話以来の例の行為の示唆シーンが最後の方にあります。一話読了済みなら大丈夫かと思われますが、苦手な方はご注意ください。】


【あらすじ:フェスタシアと共に船に乗っている途中、魔物の襲撃によって船から落下してしまった有子達。有子は流れ着いた先で、一人の兎のハーフ獣人の少女に助けられる。少女の説明で、有子は自分の流れ着いたこの場所が、人間によって獣人が押し込められた土地である〈ミシュルピア地方〉であることを知る。】


約11000文字。更新遅れた癖に進めたかった場所までは相変わらず進んでいません。

 「えっ嘘、船から落ちて流れ着いたんだ? 内海から! 魔物に襲われて!? ……よく生きてたねアンタ」


 私の隣を歩く、兎のハーフ獣人の少女は傘の陰を少し分けてくれながら、歩き話す。

 流されている最中に持ち物を無くしてしまったらしく、私は雨具のひとつも持っていなかった。ただ神武器だけは、いつの間にかブレスレットのように腕に巻き付く形で変形していて、海を漂っている間も離れてしまうことはなかったらしい。服以外の他の物は尽く流されちゃったみたいで今の所持品が神武器だけになっちゃったけれど、これがあればまあ大方何があってもどうにかなると思うから、無くしてなくて安心した。

 私と少女……〈マチェルダ〉と名乗った彼女は、一つの傘を共有しているせいでお互いに、そこまで大きくない傘の陰から出ている部分が濡れてしまっている。傘をさしてくれる事を私は断ったんだけど、少女は『良いから良いから! 私がやりたいだけだし! てかあたし上はレインコートも着てるから』と有無を言わさず差し出してくれた。それでも、少女のポンチョ型のレインコートで覆いきれていない足元は、結構濡れていた。

 「ふーん、じゃ、アンタ〈向こう岸〉側の人間なんだ。船でどこまで行く予定だったの?」

 「具体的にどこまでかは分からなかったが……多分帝国領の港だと思うぜ」

 「帝国かー……ここからじゃ、ちょっと遠いよ」

 他愛ない話をしながら、私は自分が流れ着いたこの場所について考えを巡らせる。


 マチェルダは、この場所が〈ミシュルピア地方〉だと教えてくれた。


 ミシュルピア地方。その名は原作において、人間種が繁栄した際に、迫害された獣人種が押し込められた土地の場所を意味する。

 そしてそこにいる獣人種達は、〈人間擁護派〉と〈反人間派〉の二つの勢力に別れていたはずだ。

 私を拾ってくれた際に、マチェルダが言った。

 「とりあえず、移動した方が良いかも。人間種が行き倒れてるなんての、反人間派が見つけたらヤバそうだし」

 その言葉からも、私の持つ印象はおそらく当たっているらしい。その印象の差異を少しでも埋める為にも、と私は歩きながら、マチェルダに色々と聞いてみる事にした。

 「ここは、どういう場所なんだ?」

 「はー、あたしの事見た時も何も言わなかったし、アンタ向こう岸の人間の中でも本当に何も知らないヒトなんだね。いいよ、教えたげる。まずミシュルピア地方ってのはねぇ……」

 マチェルダは語る。ミシュルピアは獣人種の押し込められた土地で、文明水準は人間種によって管理されており、獣人が必要以上に発展しないように圧がかけられている。

 「私達の村は昔ながらの素朴な暮らししかしてないからマシだけど、ちょっとでも都会の方に行くと酷いみたい」

 獣人の町を謳いながらも、実権を握るのは人間の上位階級。差別に虐待、人権無視も甚だしいような扱いが横行している。『文明を捨てろ』『人間種に従属せよ』。当たり前のように掲げられるその言葉に、獣人のヘイトは人間に余すことなく向いていた。

 そんなんで良く〈人間擁護派〉なんてものが生まれるなと思えば、彼らはどういう存在なのかと言えば、己のプライドと獣人の繁栄を捨ててヒトに媚を売り、道具として扱われることを良しとする代わりに苦痛を伴うような不遇な扱いを少しでも減らそうとする。それは実質、知能を持ち二足歩行する人型をしながらも、〈ペット〉と変わりないようなものらしかった。

 「そんでもって、あたし達みたいなハーフ獣人は反人間派の獣人達にもあんまり良く思われて無いんだよね。『人間種との間に子供を設けるなんて!』って。

人間擁護派の獣人はそもそも数があんまり多くないから、ハーフ獣人っていうのはこの大陸じゃ特に嫌われてるみたいなもん。人間からは獣人の括りで見られて、獣人からは忌み子扱い。酷いもんだよね」

 マチェルダは、俯き加減で呟くように言った。私には、彼女に掛けられる言葉は見当たらない。『大変だね』と言うにも、それはきっと感情の篭らない、慰めにさえならない言葉になってしまうんだろう。こういうのって、難しそうな問題だろうし。

 「一応、獣人種と人間種が手を取り合って暮らせる〈共存の町〉ってのもありはするんだけど……」

 マチェルダは、何か理由があるのかそこで口ごもった。

 共存の町は、確か原作にも出てきたような気がする。この子やフェスタシアみたいにハーフ獣人である領主が治めている町で、そこでは獣人種と人間種が、共に仲良く暮らしていたはずだ。

 領主は原作で、推しに言っていた。『いずれはこの大陸の諍いを無くし、獣人と人間が真に手を取り合うことが出来るように私も努力したいのだ』と。その為にと、推しはその後領主の頼みでミシュルピアの中心地である大都市の一つに行き、そこでまたも不憫だと言える目に合う訳なんだけれども……。

 原作では、その後その町に関わる描写は無かった。私が読んでいた町の描写上、その町への言及で口ごもる理由など無いはずなのだ。

 (何かあるんだろうか)

 創作物上の世界の中だとは言え、私の知らない、おそらく原作挿絵の端っこにいたかなぁ的なモブか何かのマチェルダの存在も含めて、ここまで末端までが目の前で動いて喋っている形で存在する以上、最終的に全部何とかなるんだろうなとは思っていてもあんまり油断は出来ない。

 「ん、着いたよ。ここがあたし達の住んでる村」

 そんな話をしながら、海岸から離れ森を歩いて、坂を上ったりしてしばらくの後。木の板を並べて作った外壁に周りをぐるりと囲まれた、素朴な村に辿り着いた。



 「よぅ」

 小さな木造の料理店にひとまず雨避けで案内された私は、中に入ってすぐさま、人に声をかけられた。

 「ロッキンズ。……無事だったのか」

 「おうよ。死ぬかと思ったけどな。いやー初手で難破とか、これぞ〈冒険〉って感じして良いなぁ!」

 そこにいた人物は、私と共に船から落下したロッキンズだった。心配していなかった訳では無いけれど、思いの外元気そうだなーと感じてしまった。てか冒険のイメージ、それでいいのか。

 もしかしたら推しもいるかと思ったけれど、見回しても店主らしい小柄な兎の獣人以外に人の姿は見当たらない。広くなく、人もいない店内の中で、私はロッキンズに近づいて話しかけた。

 「駿は? 見なかったか?」

 「すまねぇ、見てねぇ。流れ着いてから適当に歩いてたらここに着いたんだよ。反対派の拠点じゃなくて、心底良かったと思うぜ」

 肩を竦めながら言うロッキンズの言葉に、私は思わず聞き返す。

 「この地方の事、知ってるのか?」

 「ん、おう。獣人と人間が争ってるとこだろ? 知ってるも何も、こっち側の大陸だと有名とかいうレベルじゃねぇぜ。大体誰だって知ってる、ジョーシキってヤツだ」

 逆に知らなかったのか? とロッキンズは目を丸くして私を見た。どうやら獣人と人間の関係は、こっち側だと当たり前の事らしい。向こう側だと全然聞かなかったし、獣人も見かけなかったから、原作の話の中で知っていたとはいえ新鮮な気分ではある。

 まさか異世界から来た、なんて言える訳もないから、私はうやむやに返事をして誤魔化した。

 「何? このヒト知り合い?」

 私の背後にいたマチェルダが、私越しにひょこりと頭を覗かせてロッキンズを見た。ぱちり、と彼女達の視線が合う。

 「ん? この村の子か? へー兎獣人のハーフね。中々可愛いじゃん」

 「うわ、ロクでなしのニオイがする」

 マチェルダは、いー、と顔を顰めた。よっぽど嫌な気配を感じ取ったのか、長いふわふわの耳が揺れて、パタパタと私の肩辺りに当たる。時々それが首を掠めて、くすぐったい。

 「おいロッキンズ、会う女の子みんなにそういう事軟派な言うの、止めた方がいいと思うぞ……」

 「まあそう言いなさんなって……えーと?」

 彼は、首を傾げた。一瞬後、彼は自分の中で合点がいったかのようにああ、と手を打ち合わせて、私を見上げる。

 「そういや、自己紹介まだだったわ。まあ名前呼んでたから俺の事は知ってると思うが、俺はロッキンズ。ロマンに夢見る十九歳の若者、ロッキンズ・バーバーだぜ。よろしく」

 「ロマンに夢見る……」

 どんな自己紹介だ。独特だな。

 「お、俺はタロウ、歳は……あー、少なくともお前よりは歳上だ。よろしくな」

 流れで歳を言いそうになったけれど、その必要は無いんじゃないかと思い直して、とりあえず歳上である事だけ開示しておいた。なんて言うか、自分の歳を明言してしまうと『私、そんなに若くして死んじゃったのか……』って感じで今更だけど凄くショックな気分になる気がする。二十代前半なんて、人生まだまだこれからだったじゃんか……。

 「ふーん…………あたしはマチェルダ。一応名前は教えとく」

 マチェルダがじとりとロッキンズを睨みながら、渋々といった風に挨拶する。ロッキンズはそういう対応に慣れてでもいるのか、全く気にしないと言った風にぴゅぅと口笛を吹いてそれに答えた。自己紹介してくれた女の子に対してその返しはどうなんだ……。

 「……んで、アンタ達はこれからどうしようと思ってる訳? 目的地だった帝国にでも行くの?」

 「ん? 俺らって帝国行く事になってんのか?」

 マチェルダの疑問に、ロッキンズがまた疑問で返す。フェスタシアと帝国の話をしたのは、彼がパーティーに加わる前だ。船の行き先は、多分彼は知らなかった……というか、行き先の分からない船に乗ってあんなにはしゃいでたのかこいつは。それもロマンってやつなのかな。

 とりあえずそういう事にしといてくれ、と私はロッキンズに言う。その上で、マチェルダにも聞いておかないといけない事があった。

 「マチェルダは、オレ達とは別の男……黒髪の奴とかって見かけなかったか?」

 「黒髪? いや、あたしは見てないよ。てか嘘、まだ仲間いるんだ。……このままほっとくのも何かもやもやするし、あたしも一緒に探したげるけど……この近くで見つからないなら諦めた方が良いよ」

 推しの姿は、マチェルダも見かけていないらしい。どこに行っちゃったんだろう。まさかこの地方じゃないところに流れ着いてしまっているとか……あるいは反人間派に捕まってしまっていたりしたら……。もしもそれ以前に、船から落ちた時に助かっていなかったりしたならば。

 (……神様!)

 私は半分ぐらい青ざめながら、心の中で神様に話しかける。応えてくれるだろうか。

 『なんだ』

 神様は、応えてくれた。良かった、まだ私には神様が付いてくれているらしい。正直、あんまり神様に頼りすぎるのも駄目な気がしているけれど、今はそんな場合じゃない。推しの無事を一刻も早く確認しなくては。

 (駿君は無事? 生きてる?)

 『うむ、きさまの推しとやらか。生きておるぞ。そして割と近くにおる』

 それを聞いて、私は安心して詰まっていた息を吐いた。良かった、生きてるんだ……。

 推しが無事生きていることを確認したなら、とりあえず早く探しに行かなければならない。私はマチェルダに向き直って、彼女に話しかける。

 「すまんマチェルダ。オレ達はあんまりこの周辺は詳しくないからさ。手を貸してくれると助かる」

 「はいよー。どんとこい! ……でも、本当に見つからなかったらその時は流石に面倒見切れないからね?」

 心配そうな顔をしたマチェルダが、兎耳をぺたりと垂れ下げながら言う。初対面の相手、しかもあまり良い感情を持たないだろう人間に対しても協力してくれる彼女の優しさが、とてもありがたかった。



 雨の森の中を歩く。多分この森にも名前が付いているんだろうけれど、原作者の描いた地図に表記してあったかどうかはあやふやというか、忘れた。流石に大きな国とか推しが通ったと明言された場所以外は、記憶には残っていない。

 今までにも何度も森の中を通って来たけれど、どこの森もそんなに変わりないように見えてしまう。大陸を移ったんだから植生とか変わってても良いと思うんだけど、特に個性があるような植物群は見当たらない。なんて名前なのか分からない草木が、森と言われてパッとイメージするような〈森そのもの〉って感じで並んでいる。

 私と、それからやはり漂流で持ち物を無くしてしまったというか、元々何か持ってたっけというような状態のロッキンズは、マチェルダの村でレインコートを拝借していた。マチェルダも、今は傘を持たずに同じ類のものを身に着けている。

 そんなマチェルダの手には、弓が握られていた。

 「えいっ」

 パシュン、と弓矢が軌跡を描いて前方に飛んでいく。マチェルダの放ったその矢は、遠くにいた魔物を見事射抜いて、消滅させた。

 「へへっ、どんなもんだーい」

 「慣れてるのか? 弓の狙撃」

 私がマチェルダに聞くと、マチェルダはえへんと胸を張って答えた。

 「まーね。村の中に居るばっかりじゃつまんないから、時々村の周りをパトロール兼ねて歩き回ってるんだ。ある程度の場所までなら、あたしの庭みたいなもんだし」

 彼女の言葉は心強い。これなら、推しもすぐ見つけることが出来るかもしれない。

 「マチェルダが狙撃しまくってるから、俺らの出番なんか無いかもなー」

 少しつまらなさそうに、ロッキンズが言った。そういえば、と私は彼に話しかけてみる。

 「なあ、お前が船の上で使ってた、ハルバード? 二本あったけど、あれどうしたんだ? 流されたのか?」

 「あ? あー、アレな。別に流されたワケじゃねぇぜ。普段は邪魔だからしまってあるだけだ」

 「しまってある? どこに?」

 ロッキンズの風貌は、あんなに大きな武器を二本もしまえるような余裕など確実に無さそうなくらいの軽装だった。仮にあのハルバードが折り畳み式とかだったとしても、もっと嵩張ると思うんだけど。

 私の疑問を読み取ったかのように、ロッキンズはニヤリと笑う。そして唐突に両手を前に突き出すと、開いた手のひらを前にして言葉を発した。

 「〈表出〉!」

 ロッキンズの唱えたスキルが発動する。突き出した手の前に、シィィン、と金属の面が擦れ合うような音と共に棒が現れ出した。型に液体を流し込むように徐々に現れていくそれは、やがて紛れもなく船の上で見たハルバードの形を取った。

 「そんなスキルもあるのか……」

 「おう。一定の大きさの物までなら持ってねぇみたいに出来るんだよ。デケェ武器持ちは覚えてねぇと大変だからな。このスキル」

 へぇ、便利そう。切羽詰まって〈飛ばし一閃〉を出した時みたいに、使おうと思ったら私も使えるのかな、それ。それとも、〈覚える〉って言ってるんだから、やっぱり教えて貰ったりしないとダメだったりするのかな。

 「うっわ、えぇ、そんなおっきい武器二本も持って戦いにくくないの?」

 ロッキンズの武器を見たマチェルダが驚いた声を上げる。確かに、武器の大きさとかロッキンズの体躯とかを見ると、戦っているところを見た事があるとはいえ、本当に戦えるんだろうかと改めて思ってしまう。

 「頑張って慣れたぜ! ロマンだろ? 槍斧二刀流!」

 ロッキンズはドヤ顔でハルバードを掲げた。

 ロマンはまあ分からなくもない。大きな武器を使いこなすのって、カッコイイと思うよね。それはそれとして、二刀流するのはどうかとも思うんだけど……。


 「あれ、あそこ」

 不意に、マチェルダが何かに気づいたように前方を指差した。釣られて、私とロッキンズもその方向を見る。

 「あそこに倒れてるの、ヒトじゃない……?」

 弓使いだからか、それとも獣人のハーフだからなのか、マチェルダの視力の方が私よりもずっと良いらしい。私にはそれが遠すぎて、人が倒れているようには見えなかった。

 「んん? よく見えるな」

 それはロッキンズも同じだったらしい。彼は目を細めて眉間に皺を寄せながら、遠くを見やっている。

 「とにかく行ってみよう」

 もし本当に人が倒れているなら一大事だと思うし。そうして私達は近づくうちに、その物体の正体を把握することが出来るようになっていった。

 それを認めた瞬間、私は思わず走り出していた。後ろでマチェルダが、驚いたように私の名前を呼ぶ。

 雨の降る地面に、雨具も着けず倒れているのは、確かに人間だった。

 ぐっしょりと濡れた黒い髪の毛先が、地面に散っている。駆け寄って頬に手を当てると、どのくらいの時間ここで倒れていたのか、冷えきっていた。

 唇が呼吸の為に微かに動いているおかげで、ひとまず生きているのは分かる。それだけで安心出来るけれど、早くどうにかしないと風邪を引いてしまうかもしれない。

 「はぁ、急に走り出したからビックリしちゃったよ。……それが、アンタ達の言ってた仲間ってやつ?」

 「ああ、見つかって良かった……」

 倒れていた推しの肩を、私は抱き起こした。レインコートの素材越しにも、冷たいのが伝わってくる。

 しかし、海岸からは随分遠い場所のはずだ。どうして、推しはこんなところで倒れていたのか。私やロッキンズが流れ着いたのとは別の海岸に流れ着いて、そのままここまで歩いて来たんだろうか。

 ……まあその辺りの経緯は推しが目覚めたら聞くとして、とりあえずマチェルダの村まで運ばせて貰おう。

 「マチェルダ、村まで戻ってもいいか? 出来れば目覚めるまで、ベッドとか借りれると嬉しいんだが……」

 「大丈夫。そんな状態のヒト、ほっとけないし」

 マチェルダの了承を得て、私達は再び村へと折り返した。私が背負っている推しの、冷たい中にも背中越しの微かな体温が伝わってきて、私はまた安堵の息を吐いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 【 どうしてだか分からない。

 手は拘束されていて、頭は地面に押し付けられて。口の中に土が入ったのか、じゃりつく感触と嫌な味がしていた。


 「なんでっ……!?」


 疑問に答える声は無い。ただ、仲間達だった者が険しい表情で俺を見下ろしている。唯一、フリストだけが、ニヤニヤと目を細め口を歪めていた。


 「なんでって……そりゃあ、テメェが悪い奴らしいからに決まってんだろ?」

 「違う! 俺は、本当に何も……ガッ! ぁ……」

 弁解しようとした俺の脳天に、ゴツリと重い何かが落ちる。頭のてっぺんが割れそうなほどの激痛が一瞬にして頭から背筋を走り抜け、視界が白くフラッシュして何も喋る事が出来ない。

 ぐらつく頭と、痛みからくる涙で滲む目で上を見上げれば、俺に攻撃を喰らわせた張本人らしいメーティラルの、感情の無い瞳が映った。そのままメーティラルは無言で、出現させていた盾の幻影を消す。


 「ハッ、痛そうだな。まあ、もう国ひとつ滅ぼしたテメェにはお似合いの鉄槌だろうがなぁ」


 フリストのその声に、正義感など欠片も見受けられない。愉快そうに、笑いで引きつりかけたような声を出しながら、彼は俺を見下ろしてずっと口角を上げている。


 俺の体が無理やり起こされる。俺を抑えている兵士のような格好をした者達が、中の人間味を全く感じない無機質な動きで、俺を運ぼうと動いた。


 「どう、して……」

 「ま、剣持ちは聖剣使いの俺だけで十分なんだよ。じゃあな、極悪人のお荷物救世主サマ」


 堪えきれなくなったのか、フリストが高笑いをする。さっさと歩けと言わんばかりに、過剰なほどの拘束を施されて俺は前からは引っ張られ、後ろからは押された。体に痛みが走ろうと、そんなことはお構いなしに兵士は俺をどこかに連れて行く。


 どうして、と。

 少し前までにこやかに話していたはずの仲間に対するその感情だけが、俺の心の中を埋め尽くしていた。 】



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 思い出したかのように夜の訪れの準備をし出して、いつの間にかすっかり暗くなった窓の外から、私は視線を外した。

 「……ん……」

 丁度そのタイミングで、マチェルダが用意してくれた適当な大きめの服に着替えさせ、ベッドに寝かせていた推しが目を覚ましたらしい。小さな声を漏らして、彼は薄くまぶたを開けた。

 「大丈夫か? 駿」

 「……姫路川? ここは……?」

 「詳しい事はまた後で話す。とりあえず、安全な場所だから安心していいぜ」

 推しは、息を深く吸って、吐いた。ぎゅっ、と一度目を強く瞑り、そしてパチリと瞬く。それから彼はゆっくりと体を起こした。

 ほぼ同時に、私達のいる部屋の扉がガチャリと開く。

 「スープ持ってきたよー……あ、目覚めてる」

 マチェルダがトレーを持って部屋に入ってきた。その上には、深い皿とスプーンがが二つずつ置かれている。彼女はベッドの傍にあったサイドテーブルにトレーを置くと、推しの顔を覗き込んだ。

 「大丈夫? 熱とか出てない?」

 「だ、大丈夫。えっと、どちら様……?」

 目の前で手を振られたりして、推しはたじろぐ。マチェルダは意識してか無意識なのか、茶色の兎耳をぴょこんと一度はためかせた。推しの目線が、そこに行ったりマチェルダの顔に行ったりしている。

 「あたしはマチェルダ。この村に住んでるんだ。よろしく」

 「あ、うん。俺は岡元駿。……よろしく?」

 簡潔な自己紹介が唐突に始まって終わると、マチェルダは私の方に向き直った。

 「これでアンタ達の仲間は全員?」

 「ああ、ありがとうマチェルダ」

 私がお礼を言うと、マチェルダはにかっと笑う。

 「良かった。スープ、タロウの分もあるから食べてね。落ち着くまではここにいて良いって村の大人の人が言ってたから」

 「何から何まですまん。ところで、ロッキンズは?」

 「あー、あのヒトは下の階にいるよ。こっち見に来る気は無いみたいだけどね。……あと、あのヒト勝負事弱くない?」

 「マチェルダにも何か挑んだのか……」

 どうやら、私が推しに付きっきりになっている間に、性懲りも無くロッキンズはマチェルダにも何らかの勝負を挑んでいたらしい。暇つぶしなのか、何なのか。多分暇つぶしだろうけれど。

 ロッキンズの言動を思い出しているのか、マチェルダは少しだけムッとした顔をした。彼女にとっては、まだ彼は微妙に印象の悪いタイプの人間らしかった。

 「ま、とりあえず今日は遅いから、そのまま泊まってって。部屋の数もあって、一人は下のソファーとかで寝て貰う事になるんだけど……」

 「大丈夫。用意してくれるだけで十分ありがたいぜ」

 「ごめんね。あたしは隣の家に住んでるから、またなんかあったらドア叩いて。もしかしたら寝てるかもしんないけど」

 そう言って、マチェルダは部屋を後にした。部屋の中に推しと残された私は、改めて推しと向き合う。部屋の中を温かくしてもらっていたからか、その髪はほとんど乾いていた。血色も随分良くなっている。

 「なあ姫路川、ここはどこなんだ?」

 「ここは……ミシュルピア地方って言って、獣人がいっぱい住んでるとこらしいぜ。人間との仲はあんまり良くないみたいだけどな。今はその地方の中でも、比較的人間に敵対心を持ってない人達のいる村に居させてもらってるところだ。……で、駿はなんであんなとこに倒れてたんだ? 船から落ちた後、何があった?」

 私がそう聞くと、推しは少しだけ考える素振りを見せた後、困ったような顔で私を見た。不確かだという感情の篭った声で、彼は話し出す。

 「俺はあの後海岸に打ち上げられたとか、そういう覚えは無くて……。でも誰かが、俺を助けてくれたような気はするんだけど……それもあやふやで、あんま覚えてなくて」

 「誰か……?」

 推しが倒れていた近くには、人影なんかなかった。誰かが気を失っていた推しを助けて、その後どこかに行ってしまったんだろうか? あんな変な場所に放置して? それとも、私達があの場所に行ったから身を隠してしまったんだろうか? ……何の為に?

 まさか反人間派だろうかと考えても、そもそもこの村の近くまで運ぶ理由が無いと思うし、隠れる必要性を感じたって事は私達と遭遇するのがマズかったって事だし、という事は一人でこの辺りをうろついていたとかそういう……? いや、やっぱり理由が無い気がする。考えても何も分からない。

 一旦それに関しては放置しておこう。そのうち分かるかもしんないし。

 「まあ、何にせよ無事で良かった」

 私は推しに、マチェルダが置いて行ってくれたスープを渡す。まだスープは温かさを保っていた。

 喉を熱が通って行って、胃に落ちると、ほぅと息が漏れる。モル・ラ・トリオから、随分忙しない事続きだった気がして、ようやく一息付けたような感覚がした。

 二人して無言でスープを飲みながら、私は考える。フェスタシアはあの後、どうしただろうか。無事に帝国に帰る事が出来ているだろうか。

 私達のこれから向かう先は、帝国でいいのか。いずれモル・ラ・トリオに宣告されるだろう〈大討伐〉は、どうすればいいのか。

 (救世主って、何なんだろう)

 原作ちゃんと最後まで読んでるのに、そもそも原作の終わり方がぶつ切りだったせいで結局この世界について何も分からないなんて。

 (私は、結局のところ推しを不幸にしてしまっているだけなんじゃないのかな)

 『助ける』だなんて、例え心の中だけだったとしても豪語しておいて、本当はずっと空回りしているだけなんじゃないだろうか。え、待って。本当にそうだとしたら悲しすぎるんだけど。私って一体……。

 いっそ、これは私の見ている壮大な夢なんじゃないかとも思う。いつの間にか元の世界で目覚めて、『ああ、馬鹿な夢見てたなぁ』って。またいつも通りの生活が始まって、そのうち内容も忘れていくだけの、少しばかり鮮明なただの夢。

 むに、と頬をつまんで引き伸ばす。夢は覚めない。じんわりと頬に痛みが残って、ゆっくりと消えていく。

 空になったスープの器の淵に、カラン、とスプーンがぶつかって擦れた音がした。



 まだ安静にしておいた方が良いだろうと推しを部屋に置いて、私は食器を片付けるついでにロッキンズに寝る場所の相談をしに下の階に降りた。

 「ロッキンズー。寝る場所の事なんだが……」

 呼びかけながら室内を見回すと、ソファーの上にロッキンズが寝転んでいるのが見えた。

 「……寝てる」

 推しが一つベッドを占拠してしまっている都合上、どっちがベッドに寝るかの相談をしようとする前に、ロッキンズはソファーで寝てしまっていた。早いな、寝るの。というかもしかしてもうそういう時間だったりするんだろうか。後、これは私がベッドを使ってしまっていいって事なんだろうか。

 まあ、後で文句言われても先寝てたじゃんって言えばいいか。そう思って、私は食器をキッチンに置いて、推しのいる部屋に戻る。

 この建物、簡易的だが宿っぽい設備は揃っているみたいで、狭いけどシャワー室がある。今までにも見て来たこういう設備は全部魔力で動くタイプの物みたいで、辺境の質素な村にもこんな物があるなんて、この世界はある意味前世よりも文明的なのかもしれないと思ってしまう。まあ、物語の中の世界なんだからそんな事気にしても仕方ないんだろうけれど。

 推しにシャワー浴びてから寝るって伝えよう。そう思って、私は推しの部屋に踏み入った。

 その後の、話なのだが。



 夜は更けかけていた。

 神武器がどんな物にも変化出来て、その上で箱型にすれば防音室の代わりにすら出来るというのは、今この時に初めて気づいた。『出来れば今後はこんな目的で使う事がないと良いなー』と思う、知見だった。


 「タロウ」


 推しが、私の今の下の名前を呼ぶ。推しは私の頬を撫でて、私に向かって、艶やかに微笑んでいる。

 外に音は聞こえない。それはもう先ほど、嫌というほどに確認した事だった。だから、壁が薄そうな建物の外はおろか、下にいるロッキンズにすら〈この行為〉に関する音は何も聞こえない。感知できない。だから、誰も来ない。止まるタイミングが、無い。


 ……私は、推しを愛したいとは思っていたけれど、それは決してこういう事ではないような気がする。

 もっとなんと言うか……固い絆で結ばれたいというか、互いに信頼し合える相棒ポジションになって支えてあげたいというか、世界中の全てが推しの敵になっても私だけは味方でいてあげるとかそういう、事だったはずなのに。

 もっと真っ当に対等に推しを愛でられる立場を望んでいたはずなのに。間違ってももつれるような関係性になりたかった訳ではない……はず。

 それなのに、どうして()()こんな事になってしまっているのか。ハッキリとその事を頭が認知したのは、全てが終わった後だった。私にも自分の欲求が、分からなかった。

 とにかく、これはどこかのタイミングで完全に止めなければならない事だろう。自分が最初にやり出してしまった事とはいえ、こんなのは間違っているのだから。


 窓の外は、すっかり明るくなっていた。

 私のすぐそばで眠っている推しは、やっぱりどこか青白い顔を、しているように見えて。

 私は、それから目を逸らす事しか、出来なかった。

七話を読んで頂いてありがとうございました。進み具合はずっとこんな感じでゆっくりです。


あらゆる知識が乏しすぎて、ファンタジー世界の町じゃない部分、森か平原しかないと思ってる。

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