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4.放浪、ミスティックサーカス

【あらすじ:関所を通らずに隣国へ抜ける為の洞窟へと足を踏み入れた有子達。しかし有子の持っている原作知識にはいなかったはずの大型魔物が洞窟内には存在していた。苦戦を強いられた有子達だったが、その場に居合わせた他者の助けによって魔物を撃破する事が出来る。しかし助けてくれた人物は、原作では駿を売り飛ばそうとした人攫いである、〈放浪劇団・ミスティックサーカス〉のドロシアという人物で……?】


約10000文字。一進一退です。

 ドロシアに連れられて洞窟を抜けると、入って来た時とは一転、緑の多い場所に出た。

 「ここから先が、正真正銘モル・ラ・トリオの国土内さ」

 私達に向かって、ドロシアが言う。その妖しげな笑みを見ながら、私は彼女の事を思い出していた。

 放浪劇団、ミスティック・サーカス。各地を渡り歩いて表の顔では大道芸を披露し、裏の顔では人身売買を行っている三人組。原作で推しが彼女達と遭遇するのは、もっと遠くの別の場所だったはずだ。

 (このタイミングだとこの地点にいるのか……)

 ガーガ・ニル・アルタを出たのが随分早い自覚はあったけれど、まさか彼女達とこんなところで会う事になるとは思わなかった。

 どうするべきか。ここで彼女達と別れてもいいが、そうするとこの先で起こるであろう人身売買を見逃す事になる。物語の中とはいえ、知っていて放っておくのはあまり気が進まない。

 「で、何であんた達は関所を通らずにわざわざあんなとこ通ってたんだい?」

 ドロシアが聞いてくる。一瞬どう答えるべきか迷って、私は推しの方をちらりと見た。推しも、どう答えるんだって感じの顔をしている。

 「……関所を通りたくない理由があってな」

 救世主の事がどの程度この世界の人間に広まっているかは分からない。そもそも彼女達がそれを気にするかどうかも不明だが、少なくとも今の時点で、明確に敵に回る可能性のある選択肢は避けるべきだと思った。

 結果怪しさ満点な返答になってしまったけれど、そこは怪しい同士おあいこって事で。

 「ふぅん。で、この先はどうするんだい?」

 興味があるのか無いのか、ドロシアは先を促してくる。

 「王都に向かう予定だ。ただ、この辺りであんまり人と会いたくないんでな。道中は貧民街を通る」

 王都はここからだと結構な距離がある。一応、ガーガ・ニル・アルタに近い地点にいる間は、やはり人目を避けて移動したい。そこから離れれば離れる程、噂の精度は低くなって行動のしやすさも上がっていくはずだった。

 「丁度いい。あたしらが通るのも、貧民街なのさ」

 クツクツと、ドロシアが笑った。魔女のような姿をしているせいで、その動作は不吉さを感じさせる。

 「人目を避ける必要があるなら、あたしらの馬車に乗っていきなよ。お代は、ちょいと手伝いをしてくれればいいさ」

 「手伝い、ね。具体的には何をすればいいんだ」

 人攫いの手伝いをさせられる、なんていうのはごめんだ。最も、彼女達の手伝いをする時点で知らずのうちに加担してしまう可能性もあるだろうけれど。

 「そんなに難しい事じゃないさ」

 怪しむ私の前でドロシアは、私と推しに一度ずつ視線をやって続けた。

 「披露する演目の手伝いをして欲しいのさ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「おかえりねぇ団長サン。……ソレ、どちらサマ?」

 「だんちょおかえりなのサー。人、増えてるな?」

 馬車の所まで連れて行かれると、二つの声に迎えられた。声を上げた片方は、少し浅黒い肌に中華風のノースリーブを着ている、男だか女か分からない人間。もう片方は、子供くらいの身長で腰くらいまでの丈のポンチョを纏い、ボリュームのある髪をツインテールにしている、こっちも男女判定に迷うような子だった。両方とも、声は高めなんだけど……ミスティックサーカスの面子って、こんな感じだったんだ。

 「洞窟で迷子になっててね。王都付近まで送ってあげる代わりに、演目の手伝いをしてもらう事にしたのさ」

 「へぇ……人助けってヤツねぇ」

 浅黒い肌の方が言う。彼女(?)は腰掛けていた岩から立つと、こちらに近づいてきた。

 「ワタシはミスティックサーカス団員のサルシーチャ。ヨロシクねぇ」

 ひらひらと手を振るサルシーチャの横に、ポンチョの子がとてとてと走ってくる。その子は両手を上げて一度ぴょんと跳ねると、にぱっと笑って着地した。

 「パルラはパルラというのサ! ミスティックサーカスの団員だヨ! よろしくー!」

 私は、その名前を初めて聞く。ドロシア以外のメンバーは、原作で名前も明かされていなかった。

 ただ、どういう技を使ってくるかは知っている。サルシーチャは〈泥人形〉の軍団を作り出し操る事ができ、パルラは手作りの爆弾を投げたりしていたはず。洞窟で大型魔物を怯ませたのは、パルラのお手製粘着爆弾だろう。泥人形と違って、一度作った物は割と誰にでも扱えるのが便利かつ厄介といったところか。

 「それで、あんた達の名前はなんていうんだい?」

 警戒しすぎて、自己紹介を忘れていたことに気づく。

 「タロウだ」

 「あ、シュンって言います」

 私も推しも、素直に自分の名前を口にした。偽名の上に偽名を重ねるのはややこしいし、現時点で推しは彼女達に対して疑いを持っていない。急に、名乗ったのとは別の名前を使いだしたらいくら何でもびっくりするだろう。

 「タロウに、シュンだな! よろしくなのサ!」

 パルラが私達の周りを跳ね、サルシーチャがそれを笑い、ドロシアが見守る。こうやって見ていると、とてもじゃないけど悪い奴らには見えそうにない。ただの賑やかで個性的なサーカス団だ。

 (油断しちゃ、いけないんだよね……?)

 誰にともなく確認するように、自分自身に言い聞かせる。もしかすれば私達も、隙を突かれてどこかに売り飛ばされないとも限らないのだから。

 パルラに両手をブンブンと振られ、少しだけ顔を綻ばせる推しを見ながら、私は警戒を緩めないようにしようと思った。



 ガタゴトと、馬車が揺れる。あまり心地の良いとは思えないその揺れに、私が目を閉じて身を任せている時。

 「なあ、姫路川」

 推しが顔を寄せてきて、声を潜めて私に話しかけた。

 「どうした?」

 「あの人達の事、怪しんでるのか?」

 ……そんなに露骨に態度に出ていただろうか。初手からそこそこ攻撃的だったのは認めるけれど。

 「正直、あんまり良い印象じゃなくてな」

 「ミスティックサーカスの事、知ってたのか? でも助けてくれたんだし、そんなに悪い人達じゃなさそうだけど……」

 「……ああ。そう、だな」

 今の推しにとって存在しない記録の話など、しても仕方ないだろう。証拠が無いのに疑えと言われても、なんだこいつって思うはずだし。

 私は推しの顔を見るのもそこそこに、再び目を閉じる。推しもそれ以上は何も言ってはこなかった。

 やがて馬車が止まり。

 「着いたわよぉ」

 運転手であるサルシーチャの声が、馬車内に届いた。



 馬車を降りた時の第一印象は、どよりとした、薄暗い町だった。ちらほらと見える人影に、いずれも活気のようなものは見られない。来訪者である私達だけではなく、町全体が自己以外の存在にどこかよそよそしい態度を取っているように見えた。

 「町の中央に広場があったはずだ。今回の演目はそこでやるよ」

 ドロシアが、団員と私達に向かって声をかける。団員の二人はそれぞれ返事をした。

 「オレ達は何をすればいい?」

 「そうだねぇ、演目の大トリを任せることにするよ」

 ド素人にいきなりトリか。内容にも寄るだろうが、この時点で少し緊張してしまう。

 「素人に任せて大丈夫なのか? オレはこういう類の事、一切やった事ないぜ?」

 「俺も、ないな……」

 「そこは大丈夫さ。そんなに難しい事を任せる訳じゃない」

 話しているうちに、馬車一行は広場に辿り着く。パルラとサルシーチャが先導して、舞台の設営が進められた。

 「おふたりサンがた、腕力自信あるぅ? チョット手伝って欲しいわぁ」

 サルシーチャに声をかけられ、私と推しは設営を手伝うことにした。馬車の荷台に手をつければ、かなり上手い収納の仕方をしているのか、どうやって入っていたんだと思うような大きさの道具がそこそこ出てくる。

 順調に設営を進め、私が指示された道具を持ってくる為に一人荷台を探している時。

 明らかに不自然な空間が、垂れ幕によって仕切られているのが見えた。

 そこに手を伸ばす。垂れ幕をかき分けると、人が何人か入りそうな程度の大きな箱がいくつか置かれていた。厳重に、鍵がかけられている。

 「そこはサーカスで使う道具なんかの入れ物さ。ただ今は使わない。あまり覗いても、面白いもんじゃないよ」

 背後から聞こえた声に、私は垂れ幕を戻して振り返る。

 ドロシアが、相変わらず妖しげな笑みを浮かべて、明かりの点っていない薄暗い馬車内に立っていた。



 雰囲気の暗い町中に、突如としてその景観にそぐわないカラフルなバルーンや、装飾が施された舞台が出現した。突然の設置物に、住人達は何だ何だと微かに集まりを見せ始める。

 「団長サン、準備出来たわよぉ」

 「パルラもいつでもいけるのサ!」

 用意された舞台袖で、サルシーチャとパルラがドロシアに向かって合図をする。彼女は私達にも向かって軽く微笑むと、潜めた声で開始を宣言した。

 「それじゃ、お二人さんは合図があるまでここに待機してるんだよ」

 そう言い残すと、ドロシアが舞台に躍り出る。手にはパルラの作り出したボールのような爆弾。彼女がそれを上に放り投げると、高い位置で弾けたそれは色とりどりの紙吹雪を散らした。

 サルシーチャがアクロバティックな動きで、袋から泥を舞台上に撒く。それらは散らばることなく、いくつかの塊になって人の形を取った。それも全てが同じ形ではなく、大人のようなものもあれば、子供のようなものもある。長い髪のシルエットや短い髪のシルエットすらも細かく作り出されていた。

 舞台に湧き出た泥人形の軍団は、一糸乱れぬ動きで演舞を披露する。その土色一色の隙間をただひとり色のあるサルシーチャがひらりと半透明の布を翻しながら踊り、すり抜けていく様は、影の町に迷い込んだ鮮やかな魚のような錯覚を起こさせた。

 その辺りで、見物人も数を増した。生気の無かった顔の人々が、今は食い入るようにミスティックサーカスの演目を見つめている。ドロシアが上手く手繰る鎖の上を、パルラが走りながらカラフルで小さな火花を散らす度、歓声が上がった。

 「凄いな……」

 舞台袖で私と演目を見ていた推しが呟く。私も、かなり魅入ってしまっていた。全体指揮のドロシア、演出のパルラ、アクロバットのサルシーチャ。団員は少ないけれど、上手く彼女達の個性と役割が合わさって、その場を不思議な空間に染め上げていた。

 手を替え品を替え、サーカスの演目は続く。ドロシアが輪にした鎖に炎を纏わせ、その中をパルラとサルシーチャがするりと潜り抜けた。拍手が上がる。

 そしてドロシアが微かにサルシーチャを見て小さく頷いた。それを合図にサルシーチャが両手を上で打ち鳴らす。すると泥人形の軍団が、一箇所に集まった。

 それらは、ひとつの巨大な塊になる。四足の、巨大な猛獣が形作られた。

 猛獣は前足を上げて吠える。ゴオオッ、と低い咆哮が響いた。ドロシアの視線が、私達の方に向けられる。

 「姫路川!」

 「ああ!」

 合図だ。私と推しは、舞台袖から飛び出した。


 「結構思いっ切りやっちゃって、イイわよぉ!」

 サルシーチャが両手を上げて、猛獣の上に立ち乗った。動く猛獣の背で、サルシーチャは一切バランスを崩さず、二本の足だけで立ち続ける。

 「〈炎撃〉!」

 「〈刺突・雷〉!」

 私と推しはそれぞれ、炎と雷の剣スキルを使用する。赤と黄が、猛獣の足元に奔った。泥の猛獣に痛覚は無いだろうけれど、まるで効いているかのように猛獣が唸る。サルシーチャがそのように操縦しているのだろう。

 私は推しを見た。これは任された演目のトリでもあれど、私にとっては推しとの連携を再確認するチャンスでもあった。推しもそれを頭に置いてくれているのか、相手の動きを把握しつつ、猛獣に連撃を加える精度は徐々に上がっていく。

 観客への被害は、さり気なくドロシアとパルラが防いでくれていた。そのおかげで観客達は、目の前で戦いが繰り広げられているにも関わらず、危険さを感じずに熱狂していられるらしい。

 猛獣の動きが鈍くなる。わざとらしく、サルシーチャも少しよろめく仕草を見せた。私と推しは視線を合わせて、確かめ合うように頷き合った。

 同時に、走り出す。目標は、猛獣の胴体。

 「「〈一閃〉!」」

 私と推しの声が重なった。二つの斬撃に同時に晒された胴体は、深く大きな亀裂が入る。サルシーチャが、大きく上に飛んだ。

 次の瞬間、猛獣は弾けた。パァンッ! と大きな音を響かせ、大量の紙吹雪が辺りに舞い散る。その中央で、ドロシアが悠々とお辞儀をした。

 大勢の拍手に迎えられる中、ドロシアは観客の方へと歩み寄る。その先、最前列で、一人の少女が演目を見ていた。

 ドロシアは手に一輪の花を出すと、少女に手渡す。少女はこぼれそうなほど大きく目を見開いて、花を受け取ると「ありがとう!」と笑顔を見せた。

 こうして、ミスティックサーカスの公演は、無事に終了したのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「おつかれさまなのサー!」

 パルラが大きな声ではしゃぎながら、私と推しの周りを飛び跳ねる。

 「ハジメテにしては、良かった方なんじゃなぁい?」

 サルシーチャも、飲み物を渡しながらそう言ってくれた。祝賀会、と称されたそれは、小さな酒場の中で行われていた。

 テーブルに並べられた料理を、ハグハグとパルラが食べていく。時折喉を詰まらせそうになっては、サルシーチャがその背中を撫でていた。

 「おつかれ。あんた達の為に、宿を用意してやったよ。相部屋だけど、良いかい?」

 「ああ……ありがとう」

 飲み物のグラスをコツン、と当ててきたドロシアは、微笑みながらそう言った。部屋のものらしき鍵を私に手渡し、彼女は席に着く。

 「あんた達さえ良ければ、しばらくはこういう事に付き合って貰うけど、どうだい?」

 「……王都まで運んでくれるなら、オレは何でもいいんだけどな。駿は大丈夫か?」

 「ああ、俺もそれで大丈夫。お世話になります」

 推しは礼儀正しく、頭を下げる。私は飲み物に口を付けながら、ドロシアの方を見つめた。彼女はただ、笑みを浮かべるだけだった。



 夜が更ける。ミスティックサーカスの面々は、私達とは別の宿を取ったようで、酒場を出た後は反対の道に行った。朝になれば、迎えに来てくれるらしい。

 「ふう、疲れた……」

 ベッドに腰掛けた推しが、疲労の滲む声で呟いた。正直、私もそれなりに疲れていた。けれど、このまま休むというのは、微かに気が引けた。

 「駿は先に休んどくか? オレはちょっと外出てくるけど」

 「どこか行くのか? じゃあ着いてくよ。どうせ、明日には出る町だし、もうちょっと眺めても良いかなって」

 「……あんまり町は見回れないかもしれないけどな」

 私の言葉に、推しは首を傾げた。私はちょっとカッコつけて、推しに言う。

 「夜中の、パトロールといこうぜ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 足がもつれそうになって、少女は息を飲んだ。

 それでも走らなければならない。息はとうに上がって肺が痛くなってきていた。だが走らなければ、追いつかれてしまう。

 後ろからは足音のようなものはしない。しかし音もなく、三つの影が少女を追い詰めようと動いていた。

 逃げながら見る路地裏は、少女には知っている町のはずなのに知らない場所のように思えた。ここはどこなのか。焦りと恐怖で正常な判断が出来なくなった体は、自ら袋小路へと誘い込まれていく。


 「あっ……!」


 突き当りへ辿り着くよりも先に、少女は派手に転んだ。慌てて後ろを見れば、追い詰めたと言わんばかりに黒いローブを纏い仮面をつけた三人組が、悠々と歩いてくる。


 「鬼ごっこは終わりかい?お嬢ちゃん」


 女の声が、少女の耳を打った。だれか、助けて。そう叫ぼうとしたところで。


 「そこまでだ」


 今度は男の声が、少女の耳に届いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「そこまでだ」

 路地裏に影を見留めた瞬間、私は声を発した。

 目線の先には、今まさに追い詰められようとしていた一人の少女と、三つの影。そのうちの一つは、子供のように小さかった。

 仮面を被り、ローブを身に纏ったその三人組は、急に現れた私を無言で振り返り、見る。表情の無い仮面が、一斉にこちらを向いた。

 「こんなところで女の子追いかけて、何しようとしてたんだ?」

 私が声を発するのとほぼ同時に、向かって左側に立っていた大きい方の影が身を低くしてするりと動き出す。その手元がちらりと銀色に光った。

 「は、あっ!」

 私の前に迫ろうとしていたナイフを、同じく一瞬前から動き出していた推しが止めてくれる。カギン、と金属の打ち合う音が響いた。推しが剣を振り切ると、弾かれた影は後ろに飛び退いて元の位置に戻る。

 退いた影が、真ん中の影に顔を向けた。同じように、控えていた小さな影もそちらに顔を向ける。微かに首を横に振った後、真ん中の影がおもむろに仮面を取った。

 魔女のような笑みが、仮面の下から現れる。

 「睡眠薬でも、仕込んどくべきだったかね」

 ドロシアが、私たちを見て笑みを深めた。観念したかのように、左右の影も仮面を取り払う。

 「やっぱりアナタ、ワタシ達の事疑ってたのねぇ」

 「人疑うの、あんまり良くないのサ」

 サルシーチャとパルラが、無表情でじろりと私を見た。昼間見た彼女達と、全く雰囲気が違う。気圧されたのか、推しが隣で息を飲んだのが分かった。

 「惜しいね。あんた達の動きは悪く無かった。いずれは良い〈団員〉か、〈商品〉になっただろうに」

 「人攫いに加担させられるのも、売られるのもごめんだぜ。……観念するんだな」

 やれやれ、と言った風にドロシアは肩を竦め、ため息をつく。彼女が片手を上げると、サルシーチャとパルラは一瞬のうちに飛び上がって壁を蹴り、建物の上へと乗り上がる。流石の身のこなしで、着いて行くことなど出来そうにない。

 「仕方ないねぇ。今回の所は引いてあげる」

 「逃げるのか」

 「逃げるしかないだろうさ。商品を置いていくのは辛いが、あんた達じゃあたしらを、捕まえられやしないよ」

 目を細めて口角を吊り上げたドロシアが、私を見て笑う。次の瞬間には、彼女はもう視界から消えていた。

 「っ!」

 上を見上げれば、サルシーチャとパルラの間にドロシアが立っている。飛び上がる動作の気配すら、掴めなかった。

 「送り届ける契約は、残念ながらここまでだよ。いずれまた会うだろうね……それじゃあね、〈救世主〉様方」

 三人の影が、闇夜に紛れて搔き消えた。後には静けさだけが残る。

 「姫路川、ドロシアは、俺達の事救世主だって……」

 「気づいてた、んだろうな。何も言われなかったのは、あいつらが救世主の評判に興味無かったのか、後でオレ達も救世主って札つけて売り飛ばそうとしてたのかのどっちかだと思うぜ」

 一度身柄を売られた経験のある推しは、苦そうな顔をした。嫌な思い出なんだろう。

 私は、転んでしまった少女の方を振り返る。彼女は腰が抜けているのか、カタカタと震えながら地面に座り込んでいる。

 「大丈夫か?」

 私はかがみながら、少女に手を伸ばす。一瞬視線を彷徨わせた後、少女は私の手を掴んだ。優しく引き起こして背中をさすってあげると、少し落ち着いたのか深呼吸をして私に向き直った。

 「ありがとうございます……」

 ぺこり、と少女は頭を下げる。その手にしおれかけた一輪の花が握られているのを見て、私はようやく気が付いた。

 最前線で演目を見ていた、あの少女だった。花を渡されて嬉しそうだった顔が、脳裏を過って消えた。

 「君はここの町の子かな?」

 「うん……」

 推しが、さらりと彼女の所在を確認してくれる。ちゃんとしゃがんで目線も合わせて、優しい……。その動作、好き……。

 「一旦人通りの多い所まで送る。その後は自力で帰れるな? さっさと家に帰れよ」

 路地裏を、少女を連れて私と推しは歩いて抜ける。比較的灯りの多い通りまで出ると、少女は再び頭を下げて走って行った。

 「姫路川が疑ってた通り、悪い奴らだったんだな……」

 「……正直、サーカスしてた時点では全然確証は持ててなかったんだけどな。オレの目にも、悪い奴らには見えなかった」

 原作での彼女達の行いを知らなければ、絶対に疑いを持つことなんて無かっただろう。一瞬本当に、こんな人達が人身売買を行うことがあるのかと思ってしまった。

 (この世界は、やっぱり物語の中の世界に違いないんだろうなぁ)

 これからも私が推しを守ってあげないと。この知識で。

 私は決意を新たにして、宿に戻ろうとした。

 「……あ」

 ミスティックサーカスの馬車が、そのまま置いて行かれている。そういえば、と私はその荷台を覗いた。

 ドロシアに牽制された、垂れ幕の向こうの箱。神武器で錠を壊して箱を開けると、中には目隠しに手足の拘束、口に布を嚙まされた人間達が入っていた。

 「この人達も……!?」

 「ミスティックサーカスの、商品だろうな」

 驚く推しの横で、私は彼らの拘束を解いていく。基本的には若い人間ばかりだが、性別も年齢もバラバラに見えた。彼らは急に目隠しが解かれた事で微かな光にも眩しさを感じるのか、顔を顰めて瞬きを繰り返している。

 「う、ぁ……、あっ」

 最年長らしき人が、私の姿を見ると一転、他の子たちを庇うように前に出て私を睨み付けた。

 「お、お前らは、あいつらの仲間か……!? 今度は何する気なんだ……!」

 怯えの宿ったその目をなだめるように、出来るだけ私は優しい声を心掛けて声をかける。

 「大丈夫だ。オレ達はお前らを助けようとしてるんだよ」

 一応、両腕を上げて敵意が無い事をアピールする。困惑したように、彼と他の子たちは私達を見た。

 「助け……? 本当に?」

 「ここ、どこなの……?」

 「手足、痛い……」

 堰を切ったように、声が溢れ出す。泣きそうになる子を別の子が宥めたり、おろおろと周りを見回す子がいたりした。

 「ここはモル・ラ・トリオだ。お前らはどこから来たんだ?」

 「モル・ラ・トリオ?」

 「わたしはガーガ・ニル・アルタ王国から来たのー」

 「僕もー」

 「私はモル・ラ・トリオだけど、この町じゃない……」

 六、七人はいるせいで、口々に喋られると随分賑やかに感じる。

 「……あちこちだな。一人一人送り届ける余裕は多分無いし、どうするか……」

 悩む仕草を見せていると、最年長の一番落ち着きのある人が私に向かって言う。

 「えっと、俺は多分この小さい子と同じです。この馬車を自由に使っていいなら、俺が送り届けていきますけど……」

 「おにーちゃんも私と同じとこー?」

 「じゃああたしもおなじとこだー」

 最年長に、子供が二人集まった。最後の子はノリで着いて行ってるような気もするから本当かどうか怪しいけれど、とりあえず証言通りに運ぶしかない。

 「ああ、すまん。頼めるか? ずっと拘束されてて疲れてるだろうが」

 「構いませんよ。助けてくれて、本当にありがとうございました」

 深々と、お辞儀をされた。モル・ラ・トリオ内に住んでいるらしい子達に関しては、彼に任せても大丈夫そうだろう。後は。

 「ガーガ・ニル・アルタの方か……」

 私と推しは、そこには戻れない。この町に留まっている行商人か、別の馬車に頼むしかないだろう。

 幸い、人を乗せる事が出来そうな馬車を使う行商人に町中で出会うことは出来た。明日、ここを立つ予定だったらしい。

 行商人には十分な量のコインを渡し、捕らわれていた子達には人数分の軽食などを持たせてあげる。

 「あ、ありがとう! ございましたっ!」

 女の子が、私達に向かってしどろもどろになりながらも礼を言ってくれた。彼女達に別れを告げ、私達は宿へと戻った。



 体を洗い、私はベッドに寝転がり、推しは別のベッドに腰かける。目を閉じればもう寝れそうなくらい疲れているけれど、推しが何か深刻そうな顔をしていたから、声をかけてみることにした。

 「どうした駿? そんな深刻そうな顔して」

 「……いや」

 推しは、私の方を見て困ったように微かに笑った。

 「また、結局歩きになっちゃったな、って」

 「……そうだな」

 明日から、再び二人で歩き旅だ。けれど、前の国にいた時とは違って何かから逃げながら進まなければならない訳ではない。

 私が地味に気にかけている、〈序盤の大イベント〉も、まだしばらく時間がある。それまではこの国、モル・ラ・トリオの中でじっくりと時間を進めていけばいい。

 会話は途切れた。それでもまだ困ったように私から視線を外した推しを、そんなに見つめるのも悪いだろうと私も視線を逸らし、目を閉じた。


 ふと、窓を水滴が叩く音がした。


 この世界における雨期。六月周期の一日目が、始まりを告げる音だった。

四話を読んでくださってありがとうございました。毎週頑張ってます。


どうせ初めて小説書くんだし書きたいこと全部書こうって感じでこれから回収のこと考えずにどんどん風呂敷を広げていきます。果たして無事に全て回収できるのか、それは未来の自分のみぞ知る……。


でも細かい所考えて無さ過ぎてこの辺とか本当にガッバガバの描写だなぁって。

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