3.想定外の戦闘
【あらすじ:推しである駿の聖人的な心でともに旅をすることを許された有子(タロウ)。彼女は駿の旅路を出来るだけ苦痛なきものにすべく、まずは駿が悪者扱いされている現在地〈ガーガ・ニル・アルタ〉を抜け隣国の〈モル・ラ・トリオ〉へと赴く為に行動を開始する。】
今回約9000文字。話が進んでいるかいないかで言えば、微妙な所です。
「うわぁーーーっ!!」
「あぁあーーーっ!!」
推しが突然現れた触手型の魔物に捕まってしまったーっ!!!
これはえっちな展開! 生の推しのそういうの、眼福! ……って言ってる場合じゃない!
「駿! 出来るだけ動くなよ! 今助ける!」
私は捕まっている推しの体に当たらないように、剣に変化させた神武器を振るう。触手は呆気なく切断されて、推しは地面に放り出される形で解放された。
触手型の魔物は、ぴぎゃぁと甲高い断末魔を上げながら消えていった。
辺境の名も無き村を出て、山に向かって歩くこと数時間。景色はずっと森の中で、変わり映えしない道中。縮小された設定地図で見ていた土地は、実際に歩くとこんな感じなのかと思う。物語の中に入っているなんて、本当に不思議な気分だ。
そして進む途中で当たり前のように魔物と遭遇し、私は推しと……というか、他人と初めての共闘をする事になったのだ。
……が、思いの外他人を気にしながら戦うというのは難しいもので、連携の取れていない動きで二人して(というか主に私が)あたふたした挙句、気づけば推しが冒頭のように捕まっていたりした。
そんなこんなで今日は一日中人間的な文明を全く目にする事も無く。
私がこの世界に来て、三日目の夜。私にとっては初めての野宿だった。
推しが〈魔法〉でつけてくれた火で焚き火を作って、それを囲む。辺りは既に真っ暗で、前世でもよく聞いた感じの鳥や虫の鳴き声みたいなのがあちこちから聞こえてくる。時々、獣の鳴き声のようなものも聞こえて、少しだけヒヤッとする。
私と推しは、魔物を倒す中で運よく〈ドロップ〉した肉の塊を焼いて夕食にしていた。
……そう、ドロップした、のである。ゲームなんかだと当たり前の演出というか、そういうもんなんだと思うけれど、いざ目の前でそれが起こると何とも妙な感じになる。この世界の魔物はどういう原理なのか絶命すると消滅するのだけど、魔物が消えたあとの地面にぽつんと、丁度いいサイズの肉の塊が落ちていて、自分は今何を倒したんだろうという気分になったりもした。虫型の魔物から動物性の肉が落ちるのは流石におかしいだろうと思う。
「あー俺もそれびっくりした。でも見てたら慣れるよ」
そう言って笑う推しの前で、私はこれ本当に食べれるんだろうかと恐る恐る肉の匂いを嗅いだりした。牛とも豚とも鳥ともつかない斬新な匂いがした。
味は、正直美味しかったけれど。やっぱり何の肉とも言えない味がした。
食事を終えて束の間の休息。昨日の事があるから、推しと二人きりの時は気を使って少し距離を開けている。前世というか、転生前の世界で一時期流行ったソーシャルディスタンスって言葉、思い出すなぁ。この世界にも感染症とかあるんだろうか。状態異常扱いで、魔法とかで治るなら病院要らずで便利だよね。
「ずっと思ってたけど、それ、何なんだ?」
推しが神武器を指さして言う。ちなみに今神武器は小鍋になって焚き火の上に置かれている。
「えーっと、神様に貰ったんだよ。オレは神武器って呼んでる。……転生した時の特典、みたいな?」
あとさっき肉を焼いてみて分かったのだけれど、この神武器、洗わなくても汚れがペロッと落ちる。洗剤のCMのイメージ映像くらい綺麗に落ちる。洗い物が出なくてすごく便利。前世にもこういう食器とかがあったらなぁ……。
「えっ、ずるい。そんなの俺貰ってないんだけど」
推しがちょっと不満そうにしている。
うん、推しは原作だと私のように神様の所へ一旦行ったとかそういう描写はなく、日本での死後直接この世界に召喚された。でもジョブ的なアレはちゃんと〈救世主〉となっていて、ステータスもそれに準じてその辺のモブよりも高くなっているはず。確認手段が無いから本当のところは分からないけれど。
まあそれはそれとしても。
「普通は異世界転生とかって、した時に何か特別なもん貰えるイメージがあるんだけどな」
「そう、なのか? 転生ってそういうのが普通なのか?」
あれ? 推しって美少女キャラとか好きな設定だったと思うんだけど。そういう話って大抵美少女の宝庫みたいなとこあるから、絶対読んでると思ったんだけどな。
「流行ってなかったか?転生モノ」
「流行ってたかどうかは……微妙なとこだけど、ある事にはあったよ。本屋のラノベコーナーとかに置かれてた」
推しの語調がちょっとだけ上がりかける。微かに窺うような視線をこちらに向けて、推しは続けた。
「姫路川は、その、好きなのか? ラノベとか、アニメとか……」
あ、やっぱり好きなんだそういうの。
私としては推しの期待に応えて話を弾ませてあげたいところではあるけれど、正直な所。
「うーん、そっちの方面はちょっとな……」
微妙、かも。私が主に楽しんでたのは女性向けとかのジャンルだから、推しが好きな系統の物とは話が合わない気がする。変に話を合わせてボロが出てもまずいし、ここは素直に詳しくないって言う方が良いだろう。
「そう、なのか……」
あ、この反応はオタクが非オタクだと判断した相手と会話する時にちょっと殻にこもる感じのやつだ。ごめん推し。
会話が途切れてしまいそうだから、一旦話題を変えることにしよう。
「そういや駿って、野宿したことあるのか?」
「逆に姫路川は無いのか? 日本みたいに速くて便利な交通機関とか無いし、あちこち移動してたら町の方が見る事少ないと思うんだけどな」
「まだ三日目だからなぁ……」
「俺もまだ来て一週間ちょいなんだけどな。でも姫路川みたいに何がどこにあるとか分かる訳じゃないし、野宿が多くなるのも当たり前か。
じゃ、姫路川はこれが初野宿なんだな。今のうちに見張りとか慣れといた方がいいぞー」
少しだけ得意気に言う推しの、にやーっとした顔を拝みながら私は考える。
そうか、魔物もうろついてたりするし、見張りを立てなきゃいけないんだ。数時間おきに交代するみたいな、火の番とかいうやつ? 現代文明の中に生きてたら絶対に馴染みのあるものにはならないものだよねぇ……。
ふと、神武器をテントに出来ないかと思案する。
「よーし神武器」
「何かするのか?」
小鍋から戻した神武器を、私は掲げた。
「テントになれ!」
神武器は私の意思に沿って、キャンプとかで使うテントの形に変化する。……が。
辺りは暗い。そして神武器は常に白く輝いている。
つまり、今この時間こんな場所で大きな物体にすると、すっごく輝いて見えてしまう。
「まっっっぶし!」
「……うわぁ」
これは無理だ。常に発光しているせいで寝づらいどころじゃない。間違いなく寝れない。
神武器テント案、ナシだわ。私は目の上に手をやって影を作っている推しの横で、神武器を棒に戻した。
「……無駄に足掻かずさ、諦めて普通に野宿しような」
苦笑いで私の肩をポンと叩く推し。私は、ため息をついてうなだれるしかなかった。
いい案だと思ったんだけどなぁ。一瞬だけ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【 広く真っ白な部屋の中央には、白い大樹のようなオブジェクトが置かれている。自分たちがいなければ、この部屋の中は色を忘れたかのような空間であるのだろうな、と俺は感じた。
「お前が〈救世主〉ってやつなのか?」
剣を持った少年が口を開いた。歳は確実に俺より下だろう。他の三人も同じだが、見定めるような視線を俺に投げてくる。
「ここに連れてこられているんだ。それ以外にありえないだろう……まずは自己紹介をすべきか? 私はメーティラル。聖槍と聖盾の使い手を任された者だ。そして私の隣にいる彼女が」
「アルメリアと申します。聖杖の使い手として選ばれました」
「ふむ、流れに乗るべきだね。僕はベイル。聖弓の使い手に選ばれた。狙撃なら任せてくれ。どんな相手でも、射抜き貫いて見せよう」
三人が、俺に向かって自己紹介をした。その流れで剣を持った少年も名前を言ってくれるのかと思ったが、彼は予想に反して何も言わない。ただ俺のことを見続けるだけだ。
「あ、ええと、俺は岡元駿。異世界から、来ました……?」
「異世界人か。……この先色々と困ることもあるだろう。分からないことがあったら聞いてくれ」
メーティラルが微笑みかけてくる。凛とした美少女という感じの顔立ちで、思わず見惚れてしまいそうだ。
「異世界という存在を軽く受け流しすぎですよ、メーティラル。驚きどころでしょう、そこ。……ところで、フリストは自己紹介しないのですか?」
アルメリアが少年に向かって言う。どうやら剣を持った少年は、フリストという名前らしい。
彼は目を細めて俺を見ると、スクリと立ち上がって近づいてきた。背は俺の方が僅かに高いらしく、俺は少しだけ彼を見下ろす形になる。
「なるほどね、救世主ってのはこんな感じの奴なのか」
「フリスト、少々失礼じゃないかい?」
フリストがベイルに咎められる。それを意に介しているのかいないのか、フリストはフッと笑った。
「……悪ぃ悪ぃ! 異世界人なんて初めて聞いてな! どんなんかと思って身構えてたら、案外俺らと変わらねぇ普通の人間じゃねぇか。」
くくく、とフリストが笑う。彼は俺に笑顔を向けてきた。俺もつられて、笑う。
「睨むような真似して悪かったな。俺はフリスト。聖剣の使い手に選ばれたんだ。これからよろしく頼むぜ! シュン!」
差し出された手を、とりあえず俺は握り返した。……これから旅を始めるんだろう。この四人を見ている限りだと、案外いい旅になるかもしれない。
俺の不安は、ここで少しだけ晴れた。 】
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「大丈夫か? 姫路川」
「んん、だいじょうぶ……」
私はふぁ、と欠伸をしながら答えた。
容赦なく数時間おきに起こされて、無事見張りを終え何事も無く朝を迎えた私の体は慣れない状態に軽く悲鳴を上げかけていた。ステータスが高くても、睡眠不足は疲れるらしい。
「今日はゆっくり進むとか、した方が良いんじゃないか?」
「……いや、なるべく早く山脈を抜けたい。オレは大丈夫だから、とにかく進むぞ」
さっさと山を越えたい。それにはれっきとした理由があった。
今日は五月周期の四十七日目。今日を含めてあと四日で、この世界における〈春〉が終わる。その後の月、この世界の六月は十四日間しかないのだけれど、なんとその全ての日が〈雨〉なのだ。雨期、というやつだ。
もちろん気候的に降らない地域もあるが、基本的には全ての地域で雨が降る。今いる地域も、降る側だ。雨の中の山道は、たとえ峠部分であっても危険すぎる。土砂崩れとか起きそうだし。
実はこの時点でこの国を出ようとするのは、原作スケジュールより早かったりする。推しは原作だと雨期が終わるまでここにいて、七月に入ってから〈とある理由〉でモル・ラ・トリオに足を運ぶ事になるのだ。
まあ正直六月周期内でこの国でやるべき事なんて無かったはずだし、さっさと隣国へ向かって色々と準備をした方がいいだろう。という事で、私は何気に急いでいたりする。
寝不足で少しぐらつく頭を深呼吸で落ち着かせ、私は前を向いた。
「行こうぜ。今日中には山のふもとの町には着けるはずだ」
その宣言通り、昼過ぎには私と推しは町に辿り着くことが出来た。辺境の集落にいた時にはまだ遠くに見えていた山が、今はほぼ目と鼻の先だ。
人の多そうな大通りを避け、顔が見えないようにケープのフードを目深に被って、路地裏を中心に移動する。フード付きのケープが黒いせいで、本当に不審者みたい。
ここまでする必要があるのかと自分でも微かに疑問に思うが、用心するに越した事はない。もし救世主がここにいることがバレたら、どういう事を言われるか、また何をされるか分かったものではないからだ。正直、石投げられるとかも有り得そうだし。というかそれで済んだらマシな気がする。
とはいえ、私の事が広まるのも時間の問題だろうけれど。それでも今は推しよりは自由に動けるはず。
私は推しを路地裏に潜ませておいて、物資の調達も兼ねて大通りの方に出てみることにした。怪しまれないように、フードは脱いでおく。
通りは賑わっていた。これから隣国に出るのかそれとも隣国から来たのか、冒険者らしき人物や、行商人などが見られる。私は町中を買い物がてら一通り歩き回って、すれ違う人々の会話に耳を傾けた。
「聞いたか? 王都も穴に沈んだらしいぞ」
「聞いたぜ。なんでも〈救世主〉とかのたまうヤツのせいらしいな……。ったく、王の無事も確認できそうにないらしいし、これから大変になるだろうよぉ」
移動する。
「救世主と一緒にいた付き人達が行方不明らしいな」
「死んだ可能性の方が高いんじゃない? 何が目的か知らないけれど、付き人を始末してまでこの大陸をどうしたいのかしらねぇ……禄でもない人間だわ」
……原作では、『聖武器の担い手達で結成された新救世パーティーが新たに救世の旅を始めた』っていう噂が流れていた。私がどっかに飛ばしちゃったから、彼らの行方が分からなくなってしまったんだろう。当たり前と言えば当たり前なのだけれど、自分の行動が反映されるなんて、分岐の多いよく出来たゲームみたい。
まあでも、異世界転生なんて実質ゲームみたいなものだろうし。それなりに自由にやっても進むように道は進んで、何か最終的には良い結果になるような。転生モノに詳しい訳ではないけれど、大体そんな感じな気がする。神様も、『ほっとけば世界なんて救われるものだ』って言ってたし。
……というかこんなロクでもない話の世界、ゲームだと思わないとやっていけないし。
他にも、『救世主ってのは極悪非道らしい』だの『薬物密売に人身売買なんかにも手を出している』だの、どこから出て来たんだそれはみたいな噂もちらほら聞こえてくる。だったらもう救世主って言葉の意味にもっと懐疑を抱いて欲しい。そんな奴に救世主なんて肩書付かないでしょ。
(ほんと散々言われてるな……)
私も今は目立つ見た目してるし、私の噂も出て来たらこんな感じになるんだろうか。何か嫌だなぁ。
推しの現状の評価を確認したところで、そろそろ戻るかーと私は推しの元へ戻るべく路地裏に入った。
しばらく歩いて目的の場所に近づいたところで。
「こんなとこで黒いフードなんか被ってよぉ、何様のつもりだ? あ?」
「なん、なんだお前……!」
推しが、チンピラに絡まれていた。
「……はぁ」
どうやらこの世界は、救世主である推しにめちゃくちゃ厳しいらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
町を出て、峠の道へ。平坦だった足元は段々傾斜がついてきて、山の中の道であることを実感させられる。草木がメインだった景色も土肌が露出し、岩が増えてきた。やがて、左右は切り立った崖になり峠は一本の道になる。このまままっすぐ進めば、関所に辿り着くはずだ。
だが、関所をそのまま通る訳にはいかない。というか、まず普通には通れないだろう。推しの特徴は、恐らく伝わっているはずだった。せっかくここまで来たのにまた国の中に戻されるなんて、徒労だし。
私は一本になったように見える道の端、岩がゴロゴロと転がっている部分を注視する。確か、この辺りのはず……。
「そこに何かあるのか?」
推しが話しかけてくる。私はお目当ての箇所を見つけて、そこを指差した。
「洞窟の入り口だ」
警備が厳重なのは関所の周辺だけで、流石にこの辺りまで監視されてはいない。そもそもこんな場所を好き好んで通る人なんていないだろう。薄暗くじめっとした洞窟の中は、時折魔物と遭遇したりして危険なことこの上ない。
方角の大方の目星だけつけて迷わないようにしながら、町で買っておいた明かりで先を照らしつつ私と推しは先に進んで行く。
「本当に大丈夫なのか? こんなところ通って……」
「大丈夫だぜ。この洞窟は絶対に向こうに抜けられるルートがあるからな」
「正直不安だけど、姫路川がそこまで自信満々に言うならそうなんだな……」
確か原作で推しが通ることになった時も、そこまで大きな脅威も無く通り抜けていたはずだ。というか描写がカットされる程度の場所だった。という事は、ここはそんなに長い洞窟じゃないし、凶悪な魔物なんかも出ない……というより、配置されていない事になる。
その予想は大体当たっているようで、進んでいる中でも分かれ道はほぼ見られない。とりあえず関所の向こう側にさえ出られればいいから、気にせずサクサク進んでも問題ないだろう。
(一時間かかるかかからないかってとこか……?)
頭の中で原作の地図を思い出しながら、大体の距離を計算する。とはいえ、地図の実物が手元に無いからだいぶ狂ってはいるかもしれないけれど。
「うん?」
唐突に、RPGの洞窟あるある〈ちょっと広い空間〉が目先に見えてきた。
そして、見間違いでなければ、何か大きな岩のような生物のような物が、見えるような……。
「なあ、姫路川」
推しもそこを見ながら声を上げる。その声は微かに、潜められていた。
「あれ、魔物だよな」
「……だよなぁ」
あれー? おかしいなー? ここに魔物がいるなんて情報、原作には無かった気がするんだけどなー……?
「どうするんだ?」
推しが聞いてくる。
「どうする、も何も……ここ以前にこっち側に繋がりそうな道って無かったよな……?」
「無かった……ね」
私と推しは、顔を見合わせる。推しは困惑の表情を浮かべているが、私も困惑した顔をしているだろう。
「倒すか、突っ切るしかないな」
隠れられそうな岩陰など、無さそうだった。
運良く魔物はこちらを見ていなかった。どうにか戦闘に入ることなく抜けられないかと、足音をなるべく立てないように通ろうとはしたのだけれど。
グルアアアアアァァァッッッ!!!
この空間、割と狭いのだ。しかも向こう側らしき通路のそこそこ近くに、魔物はいた。当然気づかれてしまって、洞窟内に咆哮が響き渡る。
岩のような身体を持つ、四つ足の、どこかサイのようにも見える大きな魔物が、私たちに向かって突進してくる。推しが剣を構え、私も神武器を剣に変化させた。
「はぁっ!」
一直線に走ってくる魔物を避け、推しがまず一撃を叩き込む、が。
「っ硬い!」
ガキン、と音を立てて、剣は弾かれる。一瞬魔物の注意が推しに向いた隙に、私は神武器を振るった。
ガアァアッ!!!
神武器の一撃は通るらしい。魔物の体に傷が走る。
「駿! 注意を引き付けてくれないか!? 神武器なら攻撃が通る!」
「分かっ……ッ!?」
痛みを感じた魔物は、急激にその場で暴れ回り出す。標的を定めない無差別な動きは、あまりにも厄介すぎた。
「駿! 危ない!」
魔物の爪らしき部分が、推しのいる周辺に向かって薙ぎ払われる。私は全力で、推しを抱きかかえる形で地面に飛び伏せた。
体のすぐ脇を、風圧が掠めていく。当たっていたら大きな傷は免れなかったはずだ。しかし、攻撃はギリギリ体には当たらなかったものの、私と推しの持っていた明かりを運悪く破壊してしまった。
(しまった! 明かりが……!)
一瞬にして洞窟が暗闇に包まれる。私の持つ神武器だけが、白く光を放っていた。
今この場で光源は神武器しかない。そして、暗い洞窟を住処にしている魔物は、暗闇の中で戦うにはこちらの分が悪すぎる。その上視界を確保しようと神武器を膨張させれば、扱いやすい武器の形を取ることは叶わなくなる。攻撃手段が消えるのだ。
私は、視界の確保を取った。神武器の体積を増やすように、持ち手をつけた適当な形を作り出す。何とか、洞窟内は見えるようになった。
「っ、走るぞ! 駿」
「わ、分かった!」
幸い、魔物は向こう側の通路から離れた位置に移動した。私と推しは、通路に向かって一目散に走り出す。
グルアアアアアァァァッッッ!!!
魔物は咆哮しながら、私達を追いかけてくるように移動を開始した。
「くっそ! 体にちょっと傷付けられたのがそんなにご機嫌斜めかよ!」
じめじめとした洞窟の中で、足を滑らせそうになりながらも、私と推しは必死で走った。だが、魔物との距離は徐々に詰まっていく。走る先には、更に少し広い場所がちらりと見えた。
私と推しはその広場に飛び込んで、左右に避けた。一瞬遅れて、突っ込んできた魔物の角が大きく振り上げられる。間一髪の瞬間が多すぎて、命がいくつあっても足りない気分がした。
大きく振り上がった魔物の前足が、ドシンと地面に下ろされる。魔物はこちらを振り向き、再び突進して来ようと姿勢を低くした。
「っ……!」
再度の攻撃に、身構えようとした時。
シュインッ!
どこからか、鎖付きのクナイのようなものが飛んできた。それはかなりの精度で魔物の目を貫く。
グルアアアアアァァァッッッ!!!
魔物の咆哮が轟いた。攻撃が中断され、巨体が後ろに仰け反る。続けざまに、べちゃりと何か球体のようなものが、魔物の体の側面に付着した。
即座にそれは、ドゴンと爆発を起こす。熱風が吹き抜け、私は巻き上がった砂埃に顔を覆った。目を微かに開けて魔物を見ると、二度、三度とまた爆発が起こって魔物がよろけている。
正直何がどうなっているのかは分からなかったが、仕留めるなら今しかない。私は神武器を剣の形に戻す。どこからか明かりがついているようで、体積を減らしてもハッキリと魔物の姿が視認できた。
「うおおおおおぉっっっ!」
私は叫びながら、魔物に向かって飛び上がり、剣を振り下ろした。
「〈兜割り〉ッ!」
原作で出て来た、振り下ろし系のスキルだった技名を叫びながら、魔物の頭をカチ割るイメージで剣戟に体重を乗せる。神武器にエフェクトのようなものが纏わり、魔物の頭が一刀両断された。
断末魔を上げる間も無く、魔物は一瞬動きを止めたかと思うとざらりと砂のようになって消滅する。後には、微かに光沢のある手のひらサイズの石のようなものが落ちているだけだった。
息を整えながら、私は緊張を解いた。まず推しの無事を確認しようと彼の方を向けば、私に駆け寄ってくるのが見える。
声をかけようとしたところで、私は推しではない者の足音を聞いた。
「こんなところに人がいるなんてね。ここが大型魔物の住処だって知らなかったのかい?」
女性の声が聞こえる。どうやら、助けてくれたのは彼女らしい。
「あぁ、すまん。アンタが助けてくれたのか。ありがとう。助かっ……」
そこまで言ったところで、私はその人物を直視して言葉を詰まらせてしまった。
「……おや、あたしの顔に何か付いてるかい?」
妖艶に微笑む、体のラインがハッキリ浮かぶような黒いドレスを纏った吊り目の女性。その姿は、おとぎ話の魔女を連想させる。
(〈ミスティックサーカス〉のドロシア……!)
〈放浪劇団、ミスティックサーカス〉。その団長、ドロシア。
彼女は、原作で一人でいた推しを捕まえて、売り飛ばそうとした〈人攫い〉だった。
三話を見てくださってありがとうございます。読者の方がいる事は執筆の励みになります。
めっちゃ作中日付細かく記載してますが、正直今のところあんまり話の流れと関係ある訳じゃないので今後はもっと雑になる予定です。実際山越えって徒歩で何日くらいかかるんでしょうね。
正直勢いで書き始め過ぎて、この辺りのこと何も考えてないので主人公の思考や行動が一貫していない気がします。小説書くの、あんまり向いてないんだなぁって。でも書きます。