2.スタートラインの引き直し
【あらすじ:転生の末、推しである岡元駿を見つけ出し、地下牢から助けることが出来た有子。しかし有子は目の前に存在する推しに興奮して手を出してしまう。眠りに落ちる直前、彼女は急に冷静になり、己の行いを後悔し始めるのだった。】
今回約7000文字。前回よりはずっと短いです。
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【 俺、岡元駿は死んだ。そして気づけば知らない場所にいた。
ここはどこなのか、考える前に目の前にいた老人が言った。
「ようこそおいでくださいました。どうか我らが世界をお救い下さい、〈救世主〉様!」
正直訳は分からなかった。でも多分、そういうアレなんだろうなと思った。
……〈異世界転生〉ってやつなんだろうな、と。 】
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さて。
何の跡形も残らない程丁寧に、執拗に、〈やったこと〉の事後処理を済ませた私は、しっかり推しをベッドに寝かせて自分は床で寝るかーとなった時点で急に冷静になったのだが。
……私、推しに何した?
あまりにも勢いをつけて突っ走ってしまったが、これはだいぶヤバい状況なのではないんだろうか。ベッドの上で、そして私が掛けてあげた掛け布団の下で、気を失ったみたいに眠る推しの顔色はどことなく悪い気がする。それを見て、私の全身から一気に血の気が引いていく。肝が、凄い勢いで冷えた。
冷静に考えても考えなくても、犯罪だこれ。
やばい、やばいやばいって! 私のバカ! 手なんか出すなよ寄りにも寄って推しに!
……え? 本当にこれどうすればいいの。
一夜の過ち的感じで彼ともにょもにょしてしまったが、この話、一応ちゃんとした『ヒロイン』が存在するのだ。
彼は物語の中で愛される事はなかった。信じた何もかもに、最後には裏切られて無残に殺された。
……ただ一人だけを除いて。
それがこの物語のヒロインであり、おそらく今はここから遠い場所にある国に居るであろう、一人の少女な訳なのだが……。その、めちゃくちゃ言いにくい事ではあるのだが、〈あっち〉も奪ったし、〈こっち〉も奪った。
ヒロインと結ばれる前に何もかも無くさせてしまうなんて、ヒロインに顔向け出来ない。
それに気づいた私は、まず頭を抱えた。なんて事をしてしまったんだろう。というか、推しが起きたら殺されるんじゃないだろうか。私は元が女だから前の方に関してはイマイチ分からないけれど、好きでもないどころか初対面でしかも印象があまり良くない相手に色々奪われるというのは、由々しすぎる事態なのではなかろうか。
端的に言って消え去りたい。今からでもこっそり姿を消して、アレは夢だったと錯覚させるとか……?
いや、最低だ。こうなってしまった以上どう足掻いても最低の行動にしかならない。元がそもそも無理矢理で、その時点で最低も最低な訳だし。
そして何よりも、せっかく推しのいる世界に転生したのに推しから離れた生活を送らなければならないなんて、考えられない。推しの旅路と人生、どうせなら近くで見たい。……更に最低じゃんこの思考。いい加減恥を知れよ自分!
そうしてぐるぐる脳内を巡らせているうちに、いつの間にか寝落ちて気づけば朝だ。なんで寝た自分。我ながら図太いな。
人間、起床直後は寝ぼけて全ての記憶が曖昧どころか脳内が無だ。いつも通りの起きた感と絶妙な眠気を抱えながら、二度寝したいなーなんて呑気に寝返りを打とうとして、まずは床の上で寝たことを思い出す。そのまま連鎖的に記憶が呼び起こされるよりも先に、私の寝ぼけ眼は推しの顔を捉えた。
悲鳴を上げなかったのは自分でも偉いと思う。そのぐらいびっくりしたのだ。推しだったからとかでなく、起きた直後に誰かが自分の顔を覗き込んでいたら誰だってびっくりするだろう。しかもその直後に、私の脳は連鎖的に記憶を呼び起こす作業を無事終えてしまった。
「……わーっ!」
「うわっ」
今度は流石に、悲鳴を上げてしまった。
開幕土下座。
……をしようと動かしかけた私の体は、推しの一言によって強制的に一度制止させられた。
「床で寝てて、体痛くないのか……?」
天使か?
……いや違う、そうじゃなくて。
「……お、前さぁ、お人好しだって言われない?」
何を返せばいいのか分からなくなってしまった私が、とりあえず絞り出した一言がそれだった。なんで自分を襲った人間の事心配してるのこの子は。とても良い子ですね。命取りだその特性は。
本当に何事も無かったかのようにキョトンとする推しに、私はため息をつきたくなった。
推しはベッドに腰掛け、私は床に座る。そうして向かい合った時から沈黙が二人の間を満たしていて、私は推しと目を合わせられず床を見つめているから視線も合わない。ぎこちない空気が、流れていた。
何を言うべきか。何も言わないべきなのか。ぐるぐると頭の中は回りながらも、何かが浮かんではハッキリとした形をとる前に消えていく。考えがまとまらない。
「なあ、……ええと」
唐突に推しの声が鼓膜を震わせて、私はピクっと体を強ばらせてしまった。その口からどんな言葉が出てくるのか、私には想像出来なかった。したくなかった。
「名前、なんて言うんだ」
……なんと、名前を聞かれてしまった。そういえば自己紹介はしていないけれど。罵倒が来るか怒りをぶつけられるかとめちゃくちゃ身構えていたから、肩透かしを食らった気分になる。
私は顔を上げて、怖くて見れなかった推しの目を見た。そこに浮かんでいたのは、ただ興味だけ。珍しい物を見た時の子供みたいな極めて純粋なそれだった。
それでいいのか、推し。……いや、もういいか。一旦推しのペースに流されよう。こんな気の抜けた状況で難しい事を考えるのは無理だし、あまり無理矢理蒸し返そうとするのもきっと駄目だ。
私は自己紹介をすることにした。とはいえ、名前を言う前に自分が転生者である事から話した方がいいだろう。その方が恐らく後の話がしやすい。
「名前の前に、わ……オレはまず、この世界の人間じゃないんだ」
危ない。一人称のことをまだ忘れかけてしまう。気を引き締めないと。
幸運なことに推しは私の言い直しを気にかけなかった。まあ、向こうからすればそれ以上に衝撃的な事を言われていると思うから、それが当たり前かもしれない。
「えっ、じゃあお前も死んだ後にここに来たのか?」
「そうだ。オレもお前と同じく、日本から来た」
推しは目を丸くしている。可愛いなーなんて思っていると、鋭い指摘が飛んできた。
「髪の色……」
突っ込まれたくないところを突っ込まれてしまった。本当に神様はなんで私の姿をこんなことにしたんだ。
「そ、染めてた! 染めてたんだよちょっと生前ヤンチャしててさ! あははは!」
「目は……」
「……カラコン、したまま死んだら、青くなっちゃっ、た……?」
そんな訳あるか。言い訳が苦しすぎる。推しが訝しげな眼で見ている。やめて、そんな目で見ないで。
「そ、そういう事もあるんだなってオレも思った! まあただでさえ夢みたいな事態だしさぁ? えっと、そんで名前な。オレの名前は姫路川……」
と、誤魔化し半分にいつもの調子で自分の名前を言いかけて、踏みとどまった。今の私は、男だ。
日本人の男の名前で〈アリコ〉は流石に尖りすぎてる。……こんな髪色と目の色をした奴が言うことではないと思うけれど。
とにかく、別の偽名を考えなければ。日本の男性っぽい下の名前……。
「た、タロウ……」
「案外素朴な名前……」
そうですよね。こんな赤髪に青目の派手色な奴が『タロウ』なんて、教科書常連どころか犬にさえ付けやすいような和風日本男児ネーミングだったら困惑するよね。思いつかなかったのそれっぽい名前が。
若干冷や汗をかいている私の前で、推しはむむむと唸っている。相変わらず何を言われるのかと刑の宣告を待つ罪人みたいな心持ちで床に正座する私を、推しは再び真っ直ぐ見つめた。
数秒視線がかち合った後、推しは口を開く。
「なあ、姫路川は……」
推しが名前を、呼んでくれた。
「この世界、詳しいのか?」
かなり真剣な声色で、推しは私に問いかけた。私はそれに答えようとして。
ぐぅ、と私のお腹が鳴った。
「あ……」
出ようとした言葉が霧散する。そういえば、昨日から何も食べてない。こんな状況でお腹が鳴るなんて、何とも気の抜ける……。
「ぷっ」
緊張の糸がプツリと切れたかのように、推しは噴き出した。
「あは、はっ。真面目な話しようとしてる時に腹鳴るなんて、ほんとにそんな事あるんだな」
張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかみを帯びた。私の体からも力が抜ける感覚がする。というか空腹を自覚したら急にめっちゃお腹減ってきちゃった。昨日買ったパンまだ食べれるかな。
「昨日はさ、俺も色んな事にびっくりしてて。何も話し合う……というか助けてくれたお礼を言う時間とかも無かったからさ。最初は変な奴だなぁとは思ったけど、思ったよりも悪い奴じゃなさそう、だし?」
無理やりあんなことしておいて、推しからの評価〈悪い奴じゃなさそう〉なのか、私。推しが寛大すぎる。この子生前変な壺とか売りつけられたりしてないだろうな……いや創作物の登場人物に何言ってるんだって感じだけど。
「俺はこの世界について詳しくないからさ。多分姫路川は色々知ってるんだろ? そしたら、一緒に居てくれた方が心強いかと思って……そっちさえ良ければ、一緒に行動してくれないか?」
もう一度言おう、推しが寛大すぎる。こんな何し出すか分からないような人間を、道案内としてだけでも傍に置いてくれるだなんて、聖人か……? 本当になんで作中であんなに報われなかったんだこんな良い子が。可哀想でしょうが。
「い……いいぜ!オレに役に立てる事があるなら何でも言ってくれ!」
「あはは。あ、今更だけど、俺は岡元駿って言うんだ。これからよろしくな、姫路川」
推しが差しだしてくれた手を、私は握り返す。にこり、と微笑んだ推しの顔に、私は少しだけ頬に熱が上がるのを感じた。やっぱり好きです……!
握手を終えたタイミングで、再びぐぅ〜っと私のお腹が鳴る。
「人のお腹の音聞いたら俺もお腹減ってきたかも」
「あ、机の上にパンあるぜ。昨日買ったやつだからまだ食えると思う」
それから一言二言、言葉を交わしながら私達はパンを口に運ぶ。
机の上にずっと置いていたパンは、固くなってパサついていた。
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【 「〈世界を巡れ。さすれば救世は果たされん。〉
予言には、そう記されておりました故」
目の前を歩く老人は、俺を振り返る事もなく淡々と、そう言った。
大理石のような白く艶やかな床に、白い石の柱。壁の無い通路だった。天井は青く塗られていて、灯りのような物は付いていない。開放的な空間に差し込む光は真っ青な天井のせいか薄青く反射していて、どことなく冷たい雰囲気を醸し出していた。そんな長い廊下を、俺は老人に連れられて歩く。
「予言の真意は我々にも理解しかねます。しかし、〈救世主〉としてあなた様が現れた以上、その旅は執り行われるべきである、と我々は考えます」
やがて廊下の左右には白い壁が現れ、突き当たりに扉が現れた。両開きの、これまた白く重そうな扉を、老人はゆっくりと押し開ける。
中は広い空間だった。そして四人の男女がいた。
「そして彼らを集わせました。必ずやあなた様の、救世の旅のお役に立つ者達でありますでしょう」
四対の瞳が、一斉に俺を映した。 】
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五月周期の四十六日目、季節は春。現在はその朝である。
天候は見渡す限り晴れ。穏やかな風が体の脇をすり抜けていく。のどかな片田舎の集落。その片隅で私は、少し先にそびえ立つ山を見ていた。
視界の端から端を見渡せば、横に長く連なっている山々。あの山脈に沿ってこの国……〈ガーガ・ニル・アルタ王国〉のこちら側の国境は敷かれている。山を越えれば隣国だ。
昨日は色々と出来事が詰め込まれすぎていて考える暇も無かったのだけれど、改めて今の状況と立場を確認してみたいと思う。
まず、私の推しこと、この物語における本来の主人公、岡元駿。彼は現代日本からこの世界に召喚、もとい転生させられ、〈救世主〉という役割を背負わされた、というありがちな設定の言うなれば異世界転生者である。そして、王都ニル・アルタを崩壊させた黒幕にされている。
オオサンショウウオ(仮)の王都襲来から一晩立ったのだ。王都が穴に沈んだことは、そろそろ国中に知らされている頃合だろう。その犯人にされている救世主にこの国での居場所は現状、ない。ここにいる以上は、立場も状況も悪いと言える。
そして私。数日前にこの世界に来て、推しを一応助けた……けど勢いつけすぎて推しにとんでもない事をしてしまった。聖人的な推しの寛大な心によってひとまず水に流して貰えはしたけれど。
本来ならばこの世界において、私の存在はイレギュラーだ。まだ救世主である事こそ推しにも明かしていないが、自分……〈二人目の救世主〉という立ち位置の人間が新たに入った事によって、この世界の動きがどう変わるのか。あるいは、変わらないのか。
ただ、推しが本来通る筈のルートは確実に逸らしてしまっている。ここから私は上手い事推しを導いて、出来るだけ〈救世の旅〉とやらを完結させないといけないのだ。勿論、推しを生かしたまま。
原作で最初に推しが言われていた事を思い出す。
『世界を巡れ。さすれば救世は果たされん。
予言には、そう記されておりました故』
その通りに推しは世界を巡って……結局は、殺されてしまったのだけれど。
原作の切り方が切り方だったから、救世の旅の真なる目的みたいなやつが私にもイマイチよく分かっていない。普通の作品なら、ラスボスを倒すとかあるんだろうけど……そのような存在が作中で明記されていた覚えは無いというか、一匹何か作者のSNSに載ってたそれっぽい化け物みたいなのはいたけれど、『そいつを倒そう!』 とも別になっていなかったというか。
世界を巡れってだけ言われて、目的が漠然としたまま世界を救うってどうすればいいんだろうか。
……考えても仕方ないか。とりあえずは、推しが通ったルートをなぞっていく形でいいだろう。
けれどこの国の中に関しては、私がもう既に国境付近まで連れて来てしまっている。いくつか場所をスキップする事になるけど、多分そこまで流れに大きな差は生まれないんじゃないかと思う。あくまで創作物の中の世界、だしね。
ただ私は、最終的に推しが受ける拷問を回避させればいい。その先に関しては……やっぱり今考えても仕方ないと思う。どうなるか分かんないし。
ひとまずだ。何にせよ、行動をしやすくするにはまずこの国から出なければならない。王都を失ったこの国は、じき混乱に包まれるだろう。
山の向こうの隣国〈モル・ラ・トリオ〉。原作でこの国を出た推しが、次に行くことになる国。当面の目的地はその領土の中になる。今の位置を考えれば、そんなに遠くは無いはずだ。
だが、一つ大きめの問題があった。こちら側の隣国の国境は、言った通り山脈なのだ。つまり、ここからこの国を出るには山を越えなければならない。
登山しながら一直線に向かうのが一番の近道なのだけれど、今の装備で登山をするなど無謀にも程がある。少し迂回してでも、山本体と比べてそこまで標高の高くない峠部分に向かうべきだろう。恐らく警戒されている関所の抜け方だけ、考えなければならないけど。
「帰ったぞー。体の調子とか、どうだ?」
「おかえり。大丈夫だ、歩いたりとかは出来るよ」
私は推しのいる宿に戻る。私だけ、買い物に出ていたのだ。推しだけ宿に残したのは、色々あったから休ませておいた方が良いかなっていう私の配慮である。気配り大事。
「こっから山のふもと辺りまで一旦行く。で、オレはともかく、お前の事は〈救世主〉として広まってる可能性が高い」
私は買って来たケープを推しに渡した。大きめのフード付きで、視界は悪くなるけれど顔はそれなりに隠せるだろう。
「人のいる所では顔を隠すぞ。出来るだけフード被ってても怪しまれないように、こっからちょっとの間は治安の良くない場所を積極的に通るからな。気をつけろよ」
「……わかった」
後は保存の利く木の実とか干し肉とかが売ってたから買って来た。そんなに多くは持てないけれど、移動の邪魔にならない範囲で私の分と、推しの分と、それを入れるための袋と。道中で何か食べれそうな物でも調達できればいいんだけどな。
「さて、じゃあ行くか」
「……防具とか着けなくて大丈夫なのか?」
推しの一言で、そういえば私の格好は衣服だけであることに気が付いた。推しはちゃんと胸当てとか着けている。
「……そういうのよく分かんなくてな。要りそうな時に用意すれば良いかって」
「それでよく一人で大丈夫だったな……」
まだ来て三日目だしね。あと神武器が強かったからその辺の魔物だったら倒しきれたし。
「駿と違って、こっちは対してここに来てから何も無かったからな。ま、必要だと思ったら店とかで良さげなのを教えてくれよ」
「あ、ああ。姫路川の戦い方とか見て、判断する」
この先、推しと一緒に戦うこともあるのか。私、推しとパーティー組んだんだなぁ。最初に不審者扱いされた時はどうしようかと思ったけど、何か感慨深いかも。そもそも会ってから一日しか経ってないけど。
「よし、目指すは山の向こうの国〈モル・ラ・トリオ〉だ」
比較的小さな内陸国であるガーガ・ニル・アルタと違って、海に面した大きな国。この国の中のいくつかの場所を、私達は原作通り巡ることを目的にする。
推しを救う為に世界を救いに行く。私の旅は、ここから再スタートを切った。
『姫路川の持っている〈原作知識〉は、ここから先あんまり役に立ちません。』
一話を読んでくださった方、そして二話を読んでくださった方、ありがとうございます。見てくださっている方がいるのはとても嬉しく、モチベーションに繋がります。
考えてない部分の設定とかを考える時間が欲しいので、かなりゆっくり目に話は進んでいく予定です。もう既に不必要な描写がだいぶ多いと思いますし、これからもかなり出てくるとも思いますが、ご容赦ください。とりあえず書きたいなって思ってる部分まではちゃんと書き続けられると良いなと思います。