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12.怨嗟連鎖

【あらすじ:咄嗟の判断で領主トクレスを殺してしまった有子。命を奪う感触に戦慄する中で、駿がパーティー会場で見た欠損したハーフ獣人の少女が現れる。少女はトクレスを兄と呼んだ後、ゆるさないと言い残して動きを止めた。ロッキンズの一言でどうにか精神を保った有子は人々を助けようと先の扉を開いたところで、見覚えのない少女と邂逅する。】

 その見知らぬ少女は、足を組んで座った姿勢で宙に浮きながら、カラカラと笑った。愉快そうに、どこか無邪気に、しかし、その奥底には明らかな怒りが含まれているように感じられた。

 「何、だ? 捕まってた、人の一人か……?」

 それにしては、異質な雰囲気を纏った少女だけれども。ノースリーブのジャケットにショートパンツなんていうえらく現代的で綺麗な服装をしているし、そもそも、空中に浮いてる。あと、それから。

 (セブレラの水族館で見た女の子に、雰囲気が似てる……?)

 それは流石に気のせいかもしれないんだけど。歳は同じくらいだが、見た目の印象から全然違うわけだし。

 「オレとしてはよぉ」

 少女は、笑う。わざとらしく肩が震わされる度、腰ほどまで長く伸ばされた後ろ髪と、頭の上の方でくるんとカールしている纏まった二束の毛先が、ふわりと揺れる。その特徴的な癖毛のせいで、シルエットだけならば角が生えているようにも見えるだろう。

 世間話をするようなゆったりした態度で、しかし怒りを孕む強い語調で。ちぐはぐな様子を見せる少女は、部屋に入って来た私達の事をわざと無視するように言葉を続ける。

 「こんなとこには縁もゆかりもねぇし、マジで用事も無ェから出てくる気は無かったんだがさぁ……その方が面白ェからって言われて駆り出されちまってなぁ?」

 「さっきから何を言ってるんだ……?」

 推しが、疑問を口にした。確かに、先程からの少女の言葉は少なくとも私にとっては何かに思い当たる断片すらない物だった。まずこの場所が少女に結びつかない。急に出て来て、訳の分からない事をただ言っている少女が、何故か私達の目の前にいるだけ。

 少女はにぃ、と口角を吊り上げる。挑発的なその瞳が、私達の方を映した。

 (……誰かを見てる?)

 目は向けられている。でも私の方は見ていない、気がした。ほんの少しだけ、視線がずれている。それが誰を見ているのかを判別しようとすれば、嘲るようにすい、と視線はまたずらされた。

 「ま、一目ぐらい見てぇとは思ってたから良いとするか……んじゃあ、後は頑張ってくれよな」

 ひらり、と手を振って、少女は溶けるように掻き消えた。まるで最初からそこには何もいなかったとでも言うように、音も無く、跡形も無くなった。

 「何だったんだ一体……」

 思わず口から、声が飛び出てしまった。言いたい事だけ言って、よく分からない少女は消え去ってしまったし。駆り出されたとかなんとかって。

 ただ、何となく、嫌な予感がした。この後に起こる〈何か〉への、道の舗装がなされているような、そんな感覚。あの少女の存在が、何かを呼び寄せたような……。

 「おい、ボーっとしすぎだぜ」

 ロッキンズの声に、私はハッと我に返った。ちょっと考えすぎていたらしい。見れば、私の後ろにいたみんながいつの間にか移動して私より前にいた。その更に奥には、なんで気づかなかったんだろうっていうくらい分かりやすい牢屋。そして中にいる、ざっと二十人くらいの〈人間〉。身なりはボロボロで、全身傷だらけの人や、腕や足が無い人もいた。ほとんど誰もが暗くくたびれたような顔をして、濁った瞳が気怠そうに私達を映す。

 「改めて見ると酷ぇモンだな……」

 ロッキンズの言葉に、全員が声は出さずとも同意しただろう。領主の行っていた凄惨な催しの全貌が、そこにはあったと言ってもいい。どこからか無理やり連れて来られて、一方的に憎しみをぶつけられて、獣に嬲られて、運が良ければ……いや、悪ければ、生き残ってしまう。そんな環境下にずっと、死ぬまで。死ねるまで、ずっと。

 それは私の想像のつかないような、苦痛なんだろう。気力の無い表情が、光の無い目が、それを如実に物語っていた。

 (助け、ないと)

 領主は死んだ。屋敷の獣人達はまだここには来ていない。領主の死体を抱いた少女には、ここから出ようとする私達を抑える力はないだろう。道中の魔物は全て片付けているはずだし、また出てきても皆もいるし、多分何とか出来ると思う。

 牢の檻は神武器で壊せる。私には、この人達を助ける事が出来る。

 「とにかくこの人達を外に連れ出そう」

 私は、皆に声をかける。皆は強く、頷いてくれた。

 バキン、と音がした。金属製の檻は神武器を前にして呆気なくバラバラになる。目の前の状況を認識しているのかいないのか、人々はぼんやりとした顔でぽつぽつと呟き始める。

 「そ、と……」

 「出られる……?」

 ざわり、と小さなどよめきが広がった。私はすかさず、声をかける。

 「助けに来たんです、。早くここから」


 「獣共は、どこだ……!」


 急激に見開かれ、血走った目が私達を映した。

 「えっ……」

 先ほどまでの生気の無い状態から打って変わって、そこにいる人達全員が、激しい怒りと、殺気を露にしていた。瞬きの時間ほどもない、余りにも突然すぎる変化に、私を含めた皆が困惑する。怯えた様に、私の後ろにいた女の子が私の服の裾を握った。

 今にも飛びかかって来られそうな程に緊張した空気が漂う。ぎょろぎょろとした目が落ち着きなく揺れて、そのうちのいくつかが不意にマチェルダの耳を捉えた。

 「ハーフ獣人だ」

 「俺達を痛めつけて笑ったのも、ハーフ獣人の女だった」

 「じゃあ獣の仲間か?」

 その瞬間に、不穏な空気が漂い始めて。


 「殺してやる」


 誰かが、そう呟いた。


 「っマチェルダ! マチェリカ! 逃げろ!」

 ガダン、と強く背後の扉が開かれ、押し出されるようにマチェルダとマチェリカが外に出る。扉を開いたロッキンズはすぐさま人々の方を振り返ると、飛びかかってきた数人をハルバードの柄で防いだ。

 「ロッキンズ!」

 「クッソ、こいつら冷静じゃねぇ!」

 さらに押し寄せて来ようとする数人をまとめて、ロッキンズは振り払った。私も扉に向かって来ようとする狂乱状態の人を何人か、棒状態の神武器でなるべく傷付けないように押し返す。

 「殺す、殺す殺す……!」

 うわ言のように呟く人々の目に、理性の光は無い。何かに取り憑かれたみたいにただ向かってこようとする姿に、私は恐怖さえ覚えた。

 「ひ、姫路川! 一旦逃げよう!」

 推しが私の腕を引く。私の後ろにいた女の子も撤退の気配を察したらしい。私が声をかける前に、よろめきながら扉へと走りマチェルダ達を追いかけていく。

 殴りかかってくる人を避け、私達は扉を抜けた。後ろの部屋は先程までと変わりない。領主の死体と血だまり、傍らにハーフ獣人の少女が一人ぽつりと座り込んでいる。静けさを保っていたその場所は背後から襲い来る喧噪で、どことなく漂っていた絵画のような神聖さを失っていた。

 マチェルダとマチェリカは私とロッキンズが入って来た側の扉を開けて待っていた。部屋の中央にいる少女は動く気配が無い。私達はその横をすり抜けて、扉へと走る。

 牢の部屋から次々と人々が出てくる。獣を探せ、皆殺しにしてやる。そう地の底から轟くような声で、彼らは叫んだ。

 「あっ……!?」

 私達が来たことを確認して通路へ抜けようとしたマチェルダが、扉の向こうを見る前に小さく声を上げた。何を見たのか、私は振り返ってしまう。


 「さっきの人間はここに逃げたのか!」


 推し達が来た方の扉が開いて、上にいたはずの着飾った獣人達が姿を見せていた。

 最悪だ、と私は瞬間的に感じた。

 人々はそれを視認して、雄叫びが上がった。一人が飛び掛かれば獣人は抵抗して、血が飛んだ。いつの間に、どこから持ち出したのか、人々の中には鉈や棍棒を持つ者もいた。

 部屋の中心にいた少女は、狂乱の中で殺された。ぐるりとこっちを向いた首の、恨めしげな瞳と目があった気がした。

 「姫路川!!!」

 推しの呼びかけでようやく私は我に返る。何とか体を動かして、私は皆の方に走った。

 誰かが追ってくる気配は無かった。ただ、去り際に、地下室を出て獣人を探そうとする人の怒号が聞こえた。

 薄暗い通路をみんなで走るうちに、その狂騒は背後に遠ざかっていった。

とりとめなく書き溜めたメモを整理せずに続きを書いているので、もし過去話数と描写的に設定に矛盾が発生していても正直気づけません。もし読んでいてそういうのがあったと思ったら教えて頂けると幸いです。

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