10-2.地下室の抗戦
【あらすじ:侵入者を妨害する為の魔物を撃破した有子とロッキンズは、地下室で檻に閉じ込められていた幼い少女と、探していたマチェルダの妹、マチェリカを見つける。幼い少女を助け出そうとした有子達だったが、その様子は町の領主トクレスに目撃されていた。
一方、会場に潜入した駿とマチェルダは、駿が人間だとバレたことによって会場内の獣人に追われる身となっていた。屋敷の中を逃げ回る二人は、ふとある場所を発見する……。】
約4700文字。十話として予定していた分は次更新分で最後ですが、次の話数は十一話表記でもいいような気がします。
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獣の息遣いが、ほんの少しだけ遠くの方で冷たく闇に落ちた空気を震わせた。マチェルダは、今までにないほどに神経を研ぎ澄ませ、息遣いの方角を探り、駿の手を握りしめて踏み出すタイミングを合図する。二人の間には、緊張の糸が張り巡らされていた。
マチェルダはハーフ獣人である為暗い場所でもいくらか夜目がきき、気配にも敏感だとはいえ、人間である駿を連れながら獣人の集団から身を隠し続けるのは難しいと言えた。会場にいた全員が追ってきているわけでは無いとはいえ、それでも五、六人はいる。彼らは鼻のきく者を筆頭に、二人を追跡して来ているはずだった。もし捕まれば、どうなるか。
怪しまれないようにと、マチェルダは弓を持って来ていない。駿は剣を隠し持ってはいたが、他人を傷つけるのははばかられた。逃げ続けて出口を見つける以外、二人には抵抗の手段が現状、無い。
マチェルダに手を引かれ、駿はぺたぺたと壁を触って探りながら廊下を進む。その手が、不意に何かの窪みに触れた。
「……?」
「どしたの、シュン」
「何かある」
ほとんど息のような小声で、二人は会話をする。マチェルダが壁を確認した。
「なんだろこの窪み。掴める……?」
窪みは前方向には浅かったが、横に指を差し込めそうな穴が開いていた。どうやら、それは掴んで手前に引けるらしい。マチェルダは、窪みの穴に指を差し込んで引っ張った。
カコン、と乾いた音と共に壁だと思っていた部分が扉のように開いた。駿は眉根を顰める。ただでさえ暗い廊下の中で、突如現れたその空間は真っ暗闇で、暗さに慣れた目であっても凝らしても駿には何も見えそうになかった。
見えにくいのはマチェルダも同様らしかったが、マチェルダの方はかろうじて何かを捉えたらしい。
「なにこれ、階段……?」
下へと続く階段の輪郭を、マチェルダの目は微かに捉えていた。二人は薄闇の中で、顔を見合わせる。
「……行くのか?」
「ちょっと危ないけど、ほとぼりが冷めるまで隠れられるかも。あたしが先行くから、足元気を付けてね」
マチェルダはゆっくりと、闇の中へと移動を開始した。駿もその後にぴったりとついて歩く。後ろ手に入り口を閉めれば、もうマチェルダの姿さえ駿には認識出来ない。繋いだ手だけが、頼りだった。
ゆっくり、ゆっくりと、二人は階段を下りていく。駿にとって音は無く、色も形も何もない空間。階段の段差が低いのが、幸いではあったか。
平衡感覚すら失いかけながら、マチェルダの手だけを物理的、精神的な拠り所にしながら、駿は足を踏み外さないようにと慎重に動いた。
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トクレスが一歩踏み出した。マチェリカが一歩後ろに下がる。マチェリカを庇うように、ロッキンズがその前に出た。私も後ろに隠している女の子に、決して前へ出ないようにと手で合図する。
「どうやってここを見つけたのかは分からないが、わざわざ隠している物を探るなどとは、あまり良い行いとは言えないね」
「……小さな女の子を檻に閉じ込めてるような奴に言われたくはないな」
私が反論すると、トクレスは肩を竦めた。そしてマチェリカの方に視線をやる。
「こんな所にいたのだね、お嬢さん。今からでも、こんな場所から出てパーティーを楽しんでくるといいよ」
「……ふざけないでください。わたしは、あんな物を楽しめるような性格してませんから」
ロッキンズの背後に半ば身を隠しながらも、マチェリカは臆することなくトクレスに言葉を向けた。トクレスはすぅ、と目を細める。
「君なら、分かってくれると思ったんだがね?」
「分かってたまるもんか、って思います」
姉譲りの目元をキツく顰めて、マチェリカはキチリとトクレスを睨んだ。
「あなたみたいな傷付けるだけが趣味の人と、普通に生きようとしてるだけのわたし達を一緒にしないで」
トクレスの笑みが、消え失せた。
「それは残念だ」
そう言うと、トクレスは片手を上げる。瞬間、いくつかの木箱が弾けた。
「無駄に用意周到だな……っ!」
ロッキンズが周りに視線を走らせながら、声に焦りを滲ませた。道中で行く手を塞いだ、黒い流動体の魔物が私達の周りを取り囲んでいた。いくつもの目玉が、一斉にぎょろりと私達の方を見る。
「納品された人間の数が、ほんの少し足りなくてね……君達で埋め合わせでもさせてもらおうかな」
その言葉を皮切りに、黒い魔物が私達に向かって触手を伸ばした。
「俺から離れるなよ、マチェリカ!」
「は、はいっ!」
マチェリカを上手く自分の陰に隠しながら、ロッキンズは両手に持ったハルバードで向かってくる触手を切り、弾く。流石に戦闘慣れしているのか、その動きはかなり正確だった。だが、攻撃の手数が多くてその場に釘づけにされてしまう。
私も後ろにいる女の子を庇いながら交戦しようとしたけれど、誰かを守りながらの戦闘は全く慣れていない。気づけば私は女の子から少し距離を取ってしまっていて、その隙に付け入るように触手は女の子の方へ向かう。それに対応しようとした私の目の前にも触手が迫り、私は女の子を庇いきることが出来なかった。
「……っ!」
素早い触手を視界に入れ、女の子は恐怖からかぎゅっと目を瞑りながら両手を前へ向ける。パチン、と小さな音がして、黒い触手が弾かれたように女の子から離れた。だがダメージが入っている訳ではないようで、すぐにそれらは動きを取り戻してしまう。私が取りこぼした襲い来る触手を、女の子は必死でいなし続けていた。
(流石に不味い……!)
女の子に対抗手段があって、正直ほっとしている自分がいた。けれど懸命に触手に反応しながら、どういう力なのかは分からないけどそれを弾き続ける女の子の体力を考えれば、その抵抗も決して長くは持たないだろう。ロッキンズはマチェリカから離れることが出来ないようだし、私も自分と女の子に向かう触手を出来るだけ捌こうとすれば防戦一方になっていて、攻めあぐねている。それなのに攻撃の激しさは衰える気配が無い。
「いつまで持つかな?」
ククク、とトクレスは喉を鳴らしながら、ニヤニヤと私達の抵抗を眺めている。対する私達は、それに反応すら出来ないほどに追い詰められかけていた。女の子は目に見えて息を乱れさせ始めているし、ロッキンズもマチェリカを気にしながらじゃ精神的な消耗も激しいはずだ。このままじゃ、ジリ貧だった。
「あまり抵抗しない方が良い。その少女は出来るだけ傷つけたくは無くてね……小さく無垢で愛らしい人間ほど、壊しがいのあるモノは無いからね。どうせならば、整えた舞台上で楽しみたいじゃないか」
いずれは体力が尽きるだろう私達の抵抗を楽しみながら、トクレスは最早素性を隠そうともせずに語る。
「君達も、決して悪くはない。赤い髪の君は特にね。燃える赤に、空の青。そして実に良い顔立ちをしている。君を壊したがる者はきっと多いだろうさ」
「っ、クソ、野郎……ッ!」
迎撃の隙間にかろうじて絞り出した悪態は、高笑いで迎え受けられた。今の自分の容姿を、そんな風に評価されても全く嬉しくはない。むしろ悪趣味だ、と思った。
抗戦のさなか、私とロッキンズがマチェリカと女の子を挟むように背中合わせになる。お互い、背中越しに軽く目線を交わした。
「何とか出来ねぇのか……!?」
「せめて魔物の動きさえ止められれば……!」
四人が一か所に固まったせいで、完全に包囲されてしまっている。円を囲んだその中心に、目玉の視線が集中していた。ぎょろつく視線にさらされるのは決して心地の良いものではない。
「そろそろ限界ではないかね? クク……諦めれば、手荒には扱わないと約束するが」
うじゅる、と触手を揺らめかせながら、使役された魔物はじりじりと距離を詰めてくる。マチェリカとロッキンズが、息を飲んだ。女の子は怯えて、ヒッ、と小さく悲鳴を漏らす。私は焦りながら、頭を回転させた。何か手は。
見開いた目が、近寄ってくる。大きな目が、目玉が……。
瞬間的に、奇跡的に私は閃いた。こういう目玉に追い詰められるとかそういう展開、ホラーでよくある気がする。その時、目玉の動きを止める為に大抵の登場人物が取るような行動。目は、というか視神経は、何に弱いか。
一か八かだった。神武器が、私の想定通りの動きをしてくれるとも限らないからだ。決行の直前まで気づかれないように、私は後ろ手に神武器をある形に変形させた。私はほとんど使った事無いけど、記憶の中に微かに残る、確かこうだったようなって感じの形状。いくつかのボタンと、正直今は必要ないけどレンズ。そして今一番重要な、機械部分。私は手探りでタイマーを、セットした。
目玉は相変わらず、見開いたまま迫ってくる。じわじわ、じわじわと、その距離が、もう一斉に動き出されれば抵抗も不可能と言えるほどになった時。
私はそれを思い切り、出来るだけ向きが変わらないように努力しながら、上に向かって投げた。
急に動いた私と、その手先から放り出された物体に、魔物の気は無事取られたらしい。目玉が、それを追うように上を向いた。
皆に伝える時間は無かった。けれど、私と背中合わせになっていたロッキンズには、私の唐突な動きは把握出来なかった。だからこそ、彼の動作が遅れたのは私にとってこれ以上ないほどの幸運だった。彼が私が取った行動に気付いてそれを目で追うよりもずっと早くに、〈それ〉は作動した。
カシャッ。
シャッター音と共に、一瞬だけ空間が眩い光に包まれる。私の予想よりも、ずっと強い出力を神武器……今はフラッシュ機能付きの〈カメラ〉の形になっているそれは、出してくれた。たった一瞬だけれど、視界を白で埋め尽くす程の強力な光。直視したならば、しばらくは目がダメになる事だろう。
女の子は私の影に隠れていたおかげで、そしてロッキンズとマチェリカは私に背を向けていたおかげで、それぞれ動きを阻害される事は無かった。
「っ……!?」
だがこちらに余すことなく視線を向けていたトクレスと魔物達は違う。彼らは光の直撃を目に受けて、行動を止めることを余儀なくされた。目をぎゅうと瞑ったトクレスと対照に、目玉を覆い隠すことも出来ず硬直した魔物。そしてそれを認識したらしいロッキンズが、いち早く動作を開始した。
「〈瞬刃・電光石火〉!」
両手のハルバードを的確に振るい、彼は場を飛び駆けた。スキルを使用した余りに速い魔物の目玉……急所への攻撃に、円状に並んでいた魔物達は断末魔を上げる間もなく傷を刻まれ、そして一気に爆散した。砂のような粒子がぶわりと舞い上がり、ほとんど間を置かず空気に溶けるように消えていった。
「っく、ぅ……」
スキルと言えどもあの速度で動くのは流石に体に負担があるらしく、攻撃を終えたロッキンズは呻いて地面に膝をついた。マチェリカが彼に駆け寄る。私は落ちてきたカメラ形態の神武器をキャッチして、それを剣の形状に戻しトクレスに向かって構えた。
未だ目がチカチカしているのか、トクレスは顔を片手で抑えてふらついている。彼は指の隙間から、ぎろりと私の方を睨んだ。
「もう魔物の助けは無いぞ」
「っはは……不利になってしまったね。だが、まだ打つ手はあるさ」
開いた口からは、ハーフと言えど獣寄りに成長した部位なのか鋭く尖った牙が、不気味にちらりと見えた。
その身が、唐突に低くなる。直前まで動作の気配を感じさせず、トクレスは地を強く蹴った。その向かう先には、マチェリカの姿。
マチェリカの反応速度は、逃げる事が可能なほどではなかった。ロッキンズは膝をついている状態のせいで、どうしても動き出すのが遅れてしまう。狂気的な笑みを見せるトクレスの腕が、マチェリカに迫った。
「マチェリカ!」
私は咄嗟にマチェリカとトクレスの間に入り込んで、
「……あっ」
瞬間に、ずぶり、と弾力のある物を刺し貫く感覚が、剣を持った腕に伝わった。
十話のその二を読んで頂き、ありがとうございました。目を細める描写好きすぎて一話に一回は誰かが目を細めてる説。
そうはならんやろって展開になったとしても、正直仕方が無いなと諦めながら書いている節があります。そして前に書いた描写をほぼ完全に忘れながら、いつも続きを書いています。




