10-1.捕えられていたもの
【あらすじ:駿とマチェルダ、有子 (タロウ)とロッキンズの二手に分かれて屋敷を探索することにした有子達。有子側は屋敷の裏口から潜入しようとするが、裏口は見つからない。そんな時一人の女性が隠し通路の存在を有子達に教えてくれる。どこか怪しげな雰囲気を持つ彼女だったが、有子は気のせいだとして隠し通路から屋敷への侵入を果たしたが、そこには魔物が配置されていた。】
約3400文字。1回ごとの更新を1万文字前後にしようと頑張っていたのですが、全然進まなくなってきたので諦めました。ちょっとずつ書いていこうと思います。
「結構しぶてぇな!」
狭い廊下を動き回りながら、ロッキンズがハルバードを振るう。しかし、廊下の狭さのせいで本来の力は発揮出来ていないようだった。
私はロッキンズの邪魔にならないように、彼の隙を打ち消すように剣を振って、すぐさま離脱する。近接武器同士での連携戦闘、ちょっとずつ上手くなってきたかも。
それにしても、ゲル状の流動体らしい魔物はハルバードの刃や剣の切っ先を上手くぬるりとすり抜けてしまう。戦闘を始めてから、状況は全く良くならなかった。この魔物は門番としての役割をとっても果たしていると思う。私達にとっては厄介極まりないんだけれど。
「絶っ対あの目が弱点だと思うんだけど!」
「んな事言っても、近づけねぇんだからしゃあねぇだろうが!」
今対峙している黒いスライムみたいな魔物は、スライムと違って決定的な弱点っぽい場所があった。塊の中央にある、大きな目玉だ。それは時折瞬きを繰り返しながら、ぎょろぎょろと私達の姿を追うようにせわしなく動いている。
ゲームとかなら絶対アレが弱点だし、実際そうなんだと思う。でも、周りの触手が思ったよりもすばしっこくて全然近寄る事が出来ない。
「なんかこう、攪乱する魔法とか撃てねぇのか!?」
「あー、魔法なんか撃った事無いな……! 例えば何があるんだ!」
ロッキンズが触手を弾きながら、答える。
「大抵の攻撃魔法は遠くに飛ばせる! 〈ファイア〉とか〈アイス〉とか、〈サンダー〉とか、なんかそういう簡単な奴やつだ! さっき感知使った時みてぇに適当にやってもお前なら出来そうだろ!」
「分かんないけど、やってみる!」
私は一旦後ろの方に下がって、何となく片手を前に向けた。魔法的な物を何も持たずに魔法を打つ時のポーズって、大体こんな感じな気がする。……あ、でもフェスタシアは剣振ってたっけ。
「〈ファイア〉!」
とにかく、私は言われた通りに魔法を唱える感じで叫んだ。長ったらしい詠唱とかはこの世界には無かったはずだし、感覚がちょっと分かんないけど出そうと思えば出せるかもしれない。
途端、ひゅうと体中から前に向けている片手に、何かが集まって形をとるような感覚がした。スキルを出すのとは全然違う、手足の先から血の気が引くような、どちらかと言えば気持ち悪い方の感覚。思わず、私の背筋がぶるりと震えてしまった。
その感覚は一瞬だったから、何とか堪えて撃ち出すまでにちゃんと方向を調整することは出来た。もうちょっと長続きしていたら、手元が狂って変な方向に魔法を撃ってしまっていたかもしれない。手のひらの前に展開された魔法陣から、炎の塊が魔物の目玉めがけて飛んでいく。
……推しも魔法撃つ度にこんな気持ち悪い感覚覚えてたのかなぁ。正直もう、あんまり魔法使いたくなくなっちゃったんだけど。
黒い魔物は火球を防ごうと、全ての触手を目玉の前に集中させた。触手の防御に勢い良くぶつかった火球は、外側に向けて振り払われた触手によって霧散させられる。
すかさず、踏み込んだロッキンズがそこに向かってハルバードを突き出した。
「スキ有りだッ!」
ハルバードが深く魔物の目玉に食い込んだ。どこから発しているのか、甲高い悲鳴のような断末魔が聞こえ、その肉体が硬直する。弱点を一突きにされて呆気なく絶命した魔物は、ざらりと砂のようになって消滅していった。
「うわ、ドロップも目玉か……気持ちワリィなこれ。ほらよ」
後に残った、テニスボールくらいの大きさの目玉をロッキンズは私に投げて寄越す。生々しくつやつやと光るそれにちょっと引きながら、まあいつか使う事もあるかと私はその素材をポケットに入れた。……もし中で潰れたりしたらどうしよう。
「しっかし、スキルも魔法も使い放題か? マジで救世主ってよく分かんねぇ存在なんだな」
「……魔法撃つのって、思ったより気持ち悪いんだな」
「は? お前……いや、まぁいいか。早く先行くぞ。変な時間食っちまった」
ロッキンズが先を急ごうと、ハルバードを消して歩き出す。魔法を使った時の気持ち悪さがちょっと残ってぶり返しているような感覚がして、私は頭を軽く振ってから少し遅れて彼について行く。
暗いけれどまだ周りが視認できる程度の明かりが点いている廊下は、一本道になっている。程なくして、一つ扉が現れた。
ロッキンズに無言で促され、私は向こう側に感知をかける。少なくとも扉の前に、動くものは存在しなかった。
だが、扉から少し離れた場所、いくつもある四角い何かの中の一つに、もぞもぞと動く何かがいる。
「何かいる、けど……なんだあれ。檻の中か? とにかく、何かが箱っぽい物の中に閉じ込められてる」
「まさかマチェリカか? だとしたら趣味悪ぃ所の話じゃねぇぞ。復讐の権利だとか言いやがりながら呼び出しといて、監禁して何がしてぇんだか」
私はゆっくりと扉を押し開ける。中には布のかけられた箱らしき物があちこちに積み上がっている。私はさっき感知で視た記憶を頼りに、そのうちの一つの布を取り払った。中には予想通り、檻があった。だが檻の中に居たのはマチェルダのような兎のハーフ獣人の少女ではなかった。
小さな、女の子だ。元は白かったのだろう、薄汚れて所々がほつれたり破けたりしている無地のワンピースだけを身に纏っている。足は裸足だった。女の子は膝を抱えてうずくまりながら、ふるふると震えていた。大きくて潤んだその瞳が、ゆっくりと動いて私達を捉える。
「ぁ……、ぅ……」
唇から、声とも呻きとも取れない微かな音が鳴った。
「この女の子が、あの……名前聞くの忘れたな。まあいいか、魔女みてぇな女の人が言ってた閉じ込められてる人間か?」
「この子一人なのか……? 人達って言ってたから、まだいると思うんだけどな……」
私は周りを見回す。だが、檻の中の女の子くらいの体躯ならともかく、それ以上に大きな体の人間は積み上がった箱の中には入らないだろう。恐らく、他の箱はカモフラージュか何かなんだ。感知で捉えられた動くものも多分この子だけだったし、ここにはこの子以外の捕らえられた人達はいないんじゃないかと思った時。
「誰か、いるんですか……?」
か細い声が聞こえ、積み上がった箱の陰から一人の少女が姿を現した。
その頭には、マチェルダと同じ茶色の兎耳が生えている。マチェルダとよく似た顔に、しかし彼女よりも幼い風貌。
「君は、マチェリカ?」
「どうして、わたしの名前を……?」
疑るような視線を向けるマチェリカに、私は相手を警戒させないようにと、前に推しがやってたみたいにかがんで視線を合わせた。それから優しい声色を心掛ける。
「マチェルダ……君のお姉さんに、君を探してほしいって言われてここに来たんだ」
「お姉ちゃんが……? お姉ちゃんがここにいるの?」
「ああ、君のお姉さんは別の場所で君を探してる。後で合流する予定だから、ひとまずここを出よう」
そう言うと、マチェリカはおずおずと私に近寄った。私は背筋を伸ばして、それから檻の方を見る。
「チッ、鍵みたいなのは見つからねぇぜ」
辺りを物色したり、檻に対して色々試していたらしいロッキンズが私に向かって言った。
「その女の子、わたしも助けてあげたくて……」
マチェリカが私を見上げる。
「ロッキンズ、ちょっと離れてくれ」
「あ? なんか手でもあんのか?」
素直に檻から離れてくれたロッキンズと交代するように、私は檻の前にしゃがみ込んだ。檻の中に居る女の子と、視線が合う。彼女は何が何だか分からないと言った風で、ぼうっとした顔をしながらぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
私は神武器を短剣に変化させる。それから、中の女の子に当たらないように注意しながら、それを檻に向けて振った。ギィンと鋭く甲高い音がして、檻の鉄格子がバラバラになる。ニル・アルタで推しを助けた時もこんな感じだったなぁ、もう既に懐かしいよ。
「武器まで特別製か……。恵まれてんな、アンタ」
後ろで見ていたロッキンズが、感心したような声を上げた。
檻が開かれても、相変わらずぼうっとした顔で首をこてんと傾げた女の子に向かって、私は手を差し伸べる。
「ほら、逃げるぞ」
私の言葉を理解したらしい。女の子が私に向かって手を伸ばした。
「それに手を出さないで頂けるかな?次の目玉品でね」
突如として聞こえた低く落ち着きのある声に、その場の空気がぴしりと凍り付く。
「ハッ、お出ましかよ。クソ領主が」
ロッキンズが敵意の篭った悪態をついた。私は女の子を立たせて自分の後ろに隠すようにしてから、声の主に向き合う。
この町の領主、トクレスが、微笑みを湛えながらいつの間にか部屋の中に立っていた。
今回は短かったですが、十話を読んで頂きありがとうございました。
書けるように自由に書きます。




