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1.これはどこまでも自分勝手な愛の押し付けの話。

目の前に人っぽい形をした何かがいた。それは口らしき部分を開く。

 『お前は死んだのじゃ』

 「そう、なんですか……?」

 私は死んだらしい。

 ……ああ、という事はこれは死後の世界とかいうやつなんだろうか。まさか実在するなんて。死ぬ直前の記憶がはっきりしないのが微妙に腑に落ちないが、まあ死ぬという事はそういう事なんだろう。多分。

 「ところであなたは誰なんですか?」

 『神である』

 目の前の人っぽい何かは、どうやら神様らしい。人は死ぬとまず神様のところへ行くのか。今から私はこの神様とやらに、あなたは天国に行きますとか地獄に行きますとか言われるんだろうか。せめて天国が良いなぁ。生前あんまり悪い事した覚えは無いし。

 『残念ながら死んでしまったきさまを転生させてやろう。異世界とかいうヤツじゃ。喜べ』

 そうですか、死後向かう先は異世界転生ですか。それはまた大変そうな事で。

 ……異世界転生?

 「異世界???」

 『うむ、異世界である』

 実在するんだこういうシチュエーション。……じゃなくて。

 「えっ嫌です」

 咄嗟に本音が口を突いて出てしまった。いや、そういう系のものに憧れたことは無い訳ではないが、いざ言われると何というか、拒否感がバッと身体中を掠めていってしまった。絶対ロクな目に合わない。私の頭にはそういうロクな目に合わない系異世界転生モノしか知識が無い。

 『拒否権は無い。ワシはもう既にきさまを選定してしまったからな。せめてもの情けじゃ、色々と選ばせたり付けたりしてやろう。

まず、きさま〈推し〉とやらのいる世界といない世界、どちらが良い?』

 「拒否できない上に何その二択……」

 いるかいないかで言えばいる方が良いのかもしれない。というかまず〈推し〉がいる世界って何? 推し、推し……?

 私は記憶の中を探してみる。検索……ヒット。いたわ、一人直近でめちゃくちゃにハマってたキャラクターが。異世界転生モノウェブ小説の、主人公が。

 『ふうむ、いる方が良さげじゃな。では推しとやらの転生先の世界へきさまを転生させてやる。後はおまけじゃな。ほれ』

 私が脳内検索をフル稼働している間に、神様は転生先を決めてしまっていた。そしてさっさと事務処理を進めるかのように、白く輝く棒のようなものを取り出して私の目の前に飛ばしてくる。

 「何これ」

 『名称〈なんにでもできる武器〉じゃ』

 「それ名前? 適当過ぎない?」

 『通称〈ナンニデモナール〉じゃ』

 「あんまり変わってなくない?」

 これは多分、転生前に神様から貰える所謂〈転生特典〉的なやつだから凄い物なんだろうけど、名前のせいでいまいちありがたみが伝わってこない。どこぞの未来から来た万能ロボットの出す道具の方がマシなネーミングしてるんじゃ……いやどっちもどっちか。

 「この武器? って、どのくらい強いの?」

 一応強さとか、聞いてみることにする。私としては今から異世界に飛ばされるんだから、強ければ強いほど最初が楽なんだけど。

 『普通の武器よか、ちょーっと強い程度じゃな。ま、未強化である故、強化していけばそのうちすんごい武器にも出来るじゃろて』

 「……最初っから最大強化みたいなのはないの?」

 『そこまでサービス盛り沢山には出来んわ。そもそもきさまを〈救世主〉レベルの初期すてーたすにするのでだいぶ精一杯じゃて』

 なんだ、神様のくせにケチ臭いな……いや待って、〈救世主〉?

 「えっ、私世界救わなきゃいけないの?」

 『転生と言えば世界救済はお約束であろう。きさまの推しとやらも救世主として転生させられておるし、〈おそろ〉は良い響きじゃろ?』

 おそろて。RPGで言うところの勇者が二人いてしまうみたいなものなんだけど。大丈夫なの? それ。

 私はもっと、推しを回復するとかバフをかけるとかそういう補佐的なジョブをちょっと期待していたわけで、旅の中で重要な位置にいたいわけではないんだけど。

 『文句言うでないわ。初期すてーたすが高めというのは十分すぎる恩恵なんじゃぞ。それに救世主が何人いようと、言うて道筋はそんな変わらんじゃろうしな。

ま、世界なんぞほっとけば救われるもんじゃ。きさまはきさまのやりたい事をやるがよかろうぞ』

 「いいのかなぁそんな適当で……」

 やりたい事か……推しを、愛でる……とか? 推しが辛い旅路を歩まなくていいように、サポートするとか?

 「あぁ、それ良いかも」

 『方向性は決まったな。ではいざ転生じゃ』

 目の前が白んでいく。人っぽい形の何かの姿が滲んで、周りに溶けて見えなくなる。

 『きさまに、良き人生を』

 その言葉を聞いた瞬間、私の意識は落ちた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 私についての話をしようと思う。

 と言っても、そんなに重み厚みのある話ではない。私、〈姫路川(ひめじかわ) 有子(ありこ)〉は現代日本に生を受けて、二十いくつくらいまでその中でのほほんと生きていた、ただの女だ。おおよそ普通と言える家庭に生まれ、普通の学校に通い、普通の会社に勤め、ついでにちょっと変な風に推しに狂っていただけの、ただの女であった。

 推しは、尊い。

 それはこの世に生きる全オタクが思う事であろう。オタクにとって推しの推し方はそれぞれであれど、好きになってしまったキャラクターへの想いは皆〈カッコよく〉、〈可愛く〉、そして〈尊い〉であるはず。

 私にも推しがいた。異世界転生かつ追放モノの主人公である〈彼〉は、その作中で不憫に生きて悲惨な目に合ってそのまま死んだ。

 〈ここから俺の最高の人生が始まる〉とか、〈追放した奴らを見返して頂点へ〉とか、〈実は最強の能力の持ち主〉とかそういう展開は全くなかった。ただただ仲間に裏切られ、世界に裏切られ、それでも諦めなかった結果、良いように利用され尽くした主人公は最終的に拷問の末、殺される。

 救われなさすぎて、マジかって思った。最初に見た時は何だこの話、どういう人間よこんなもん書いたのはと心の底から思いまくったことだ。話全体としても主人公が死んだところまでしか書かれておらず、世界がその後救われたのかどうかも結局分からないままだったし。

 しかし妙な魅力があった。サイトの片隅にある、評価数もそんなにある訳じゃない埋もれた作品の一つ。それでも私は『ロクでもない話だけどなんか良いなぁ』と思えていた。

 そして何度か読み返すうちに、気づけば私は惚れてしまっていたのだ。

 主人公である彼に。

 即ち、私の〈推し〉に。

 そして私は推しに狂った。更に私は〈二次創作〉だとかに触れまくるタイプのオタクであった。

 無名の作品の、けれども確かに存在する作品を愛する小さなコミュニティ。所謂界隈。そこから湧き出る熱意によって生み出されたifの作品群にも、私は萌えに萌えて、更に燃えていた。

 ……あまり大きな声では言いたくないが、アハーンな作品やウフーンな作品も見漁った。ネットの海を潜って漁りまくった。というか、主にそっちの方にお熱だった。特に、作中ただでさえ不憫な推しがちょっとえっち方面に不憫な目に合う話が、自分でもどうかと思うがお気に入りだったりした。

 つまりは、ロクでもない話のロクでもない二次創作に、どっぷりハマっていた、のだ。

 そんな風に、私は非実在の存在を若干歪に愛しているだけの、本当にただの女であった。

 はずなのに。


 「性別が変わるなんて一言も言ってなかったじゃんあの神様!!!」

 転生先の異世界で目覚めた私は、何故か男になってしまっていたのだ。


 ほんのちょっと時間を遡って。

 目が覚めて開口一番、お約束的に「ここは……」と呟いた声に違和感。何故か森っぽい場所の地べたに寝ていたので、起き上がろうと動かした体にも違和感。立ち上がって更に目線に違和感、と違和感まみれの原因を確認するために早速、神様から貰った〈ナンニデモナール〉を試しに姿見に変えて自分の前に置いてみたのだ。

 するとどうでしょう、そこにはファンタジーみたいな恰好をした、何かメチャメチャな〈イケメン〉が映っていたではありませんか。

 ほえー、イケメン。そう思いながら頬に手を当てると、鏡の中の彼も同じ動きをする。

 あ、これ私か。そうか。よくよく考えれば鏡なんだから、私が映っているのは当たり前だよね。

 ……えっ? これ私なの?

 という訳で、私は鏡を見つめながら叫ぶ羽目になったのだ。

 「いやていうか顔、良っ!」

 そもそもまず髪と目の色が元とは全然変わってしまっている。現代日本人として全然違和感のなかったはずの私の髪は夕焼けみたいに赤くなってしまっているし、目なんか快晴の時の空みたいな水色になっている。彩度高くて無駄に派手だな……。

 そして何よりも顔が良い。エグ良い。いっそ輝いているようにすら見える。眩しい。

 「えぇ……自分顔良すぎ……」

 お肌もすべすべピチピチ色白だし、どう生まれて何食べて生きてきたらこうなるんだろうってレベルだ。まさか転生したらこんなイケメンになれるだなんて思わなかった。嬉しいかと言われると、正直微妙だけれど。

 これが自分であるという感覚に全然慣れそうにない。しばらく鏡とか見ない方が良いかもしれない。油断するとついうっかりいつまでも眺めていてしまいそうだ。……そんな神話どこかにあったな。

 「えっ、て事は下も?」

 チラ見する。

 下もだった。何か〈付いてる〉感覚はちゃんとあったからそうなんだろうなとは思ったんだけど、いざ直視するとちょっと眩暈がしてくる。トイレの時とかどうしよう。

 ……駄目だ、情報量が多くて混乱する。もう自分の姿見るのやめよう。ナンニデモナールを棒か何かにしといて、と。

 ぽしゅん、と姿見から握りやすいサイズの棒に戻ったナンニデモナールを見て、呟く。

 「ナンニデモナール……」

 改めて、ダサいなぁ。ちょっと呼びづらいし。

 「神様から貰った武器だから〈神武器〉とかでいいか」

 うん、神武器。少なくともナンニデモナールよりは呼びやすい。

 ちなみに、いちいちこの神武器をただの棒に戻しているのは、剣にしようと思ったら剣の鞘を持っていない事に気づいたからである。どうやらこれ、たとえワンセットのものであっても分離した二つの物体には出来ないらしく、抜き身の剣を持ち続けるのは危ないかなと私は判断した。棒きれだったらまあ、持っていてもそこまで危なくはないし、一応攻撃も出来なくはない、と思う。

 そんな訳で、現代日本ではまず見ないだろうファンタジーな服装を身に纏った、白く輝く棒切れを持つ男が森の中で一人佇んでいる、という状態に今なった。流石に怪しすぎるから神武器は見えない位置にしまっておこう。それにしても装備、心もとなさ過ぎる。

 「ていうか、今何時くらいなんだろ」

 日の位置は高い。多分今は昼頃なんだろうと思う。日付が分からないから、今が〈作中〉でどの辺りなのかは判別出来ない。

 作中の序盤で確実に昼だった場面を記憶から探る。推しの召喚時刻は確か夕方頃だったはずだから、少なくとも推し召喚の時刻からはズレている。推し召喚から日付のズレがほとんど無ければ、推しを探すのが楽でいいんだけど。

 というか、あまりに森の中すぎて今自分がどこにいるのかが分からない。作中地理はそれなりに把握しているとはいえ、現在地が不明なら意味がない。方角もどっちがどっちなんだか。まさかの初手で迷子である。

 「……神様ー、聞こえてたりしないー?」

 ダメ元で天上に居そうな神様に話しかけてみる。転生モノの神様のアフターケアとか、期待する方がちょっとって感じではある気がするけど。

 『なんだ』

 「うわっ、返事した」

 まさか本当に返ってくるとは思わず、私はびっくりした。普通こういうのって下界に投げたら神様はお役目終了なんじゃないだろうか。いやこっちとしてはありがたいのだけれど。

 「今私がどこにいるかって教えてくれたりしない?」

 せっかく返事してくれたんだし、ナビ代わりにできないかなと聞いてみる。これも一種のチートみたいなものだろうな。神様付きの異世界転生者って、ほんと便利な役割。

 『ふむ、〈モル・トラの森〉の中である』

モル・トラの森か。町と町の中間地点くらいにある、小さめの森が確かそんな名前だった覚えがある。とすれば、比較的近くに町がある可能性が高い。

 「現在地から一番近い町はどこ?」

 「〈ハロルブロン〉じゃな。西の方角……きさまが今向いている方から見て右の方向にある」

 ご丁寧に方向まで教えてくれた。凄くありがたい。神対応の神様万歳!

 「なるほどね、ありがとう」

 『うむ、きさまに良き旅路を』

 ……今さっきのやり取り、スマホの音声認識サービスみたいだったな。前世のスマホは実質神様だった?

 と、町へ向かう前にそういえば、一つ。

 さっき「私」と口に出してみてようやく気がついたが、今の私はどこからどう見ても男である。見た目だけではなく、声も勿論。

 つまり、いつも通りの喋り方だと若干、自分でも違和感がある。「私」が一人称の男もいはするだろうが……なんというか、その場合もっとお淑やかなでなければならない気がする。お淑やかなんてものは私には無理だ。

 少し演技をする必要があるかもしれない。

 「ごほん。……あー、あー。お、オレは……これから頑張るぜ?」

 ……慣れないなー。普段使わない一人称だから恥ずかしさが出てしまって、ぎこちないにも程がある。演技なんか小学校での発表会以来だし、ちょっと定着するまでに時間かかりそう。

 「うん、オレね。オレ、オレ……」

 まずは一人称から慣れなくちゃ。私はオレオレ詐欺みたいにオレオレ繰り返しながら、町方面へ向かって歩き出す。

 町に着いたらまず確認すべきは、現在時刻と日時。それである程度、推しがどこにいるのか割り出せる。

 「早く生で見たいなー。待ってろよ、推し!」

 こうして私は意気揚々と森を行く。目指すは町、そして推し。

 私の冒険は始まったばかりだ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 私の話の次は、推しについての話をしようと思う。

 推しについてなら正直いくらでも語っていられる自信はあるのだが、今回は手っ取り早く概要だけを話すことにする。

 私の推しこと、この世界における異世界、現代日本からの転生者。〈救世主〉と呼ばれる立場を背負わされ、旅をすることになったごく普通の青年。名前は〈岡元(おかもと) 駿(しゅん)〉。年齢は作者曰く、『少なくとも成人済み』との事。多分私よりは一歳程度年下な気がする。……気がするだけだけど。

 後は二次元美少女好きでオタク気質を備えている。えっちな物はチラチラ見るタイプ。身長は成人男性の平均値くらいで、体格は普通。黒髪黒目で、左目じりの下に小さめの泣きぼくろが一つある。びっくりするとアホ毛が飛び出すことがある。キリっとした挿絵のイラストの表情が物凄くカッコいい。剣構えて敵と対峙する挿絵とか本当にカッコいい。ヒロインを救うシーンもカッコいい。ヒロインと一緒にいてちょっと顔を赤くしてる挿絵は可愛い。

 話が逸れた。とにかく推しの概要に関しては、今ので大体分かっただろう。

 何故今推しの話を? と思うだろうか。出て来てからでいいのでは? と。

 ……出てきたのだ。

 私の視界に、なんと現在進行形で生の推しが映りこんでいるのだ。

 予想だにしなかった場所でいきなり彼を見つけた瞬間、悲鳴奇声の類を上げなかった私を誰か褒めて欲しい。そのくらい生推しは〈やばかっこかわいとうとすぎ案件〉なのだから。はー今日も推しは最高。推し摂取時に摂れる特別な栄養素だけで生きていけそう。

 まあ、推しだけなら良かったのだけれど。転生後の現実もそんなに私には甘くなかったようで。

 (うえぇ、面倒なのが全員揃っちゃってる)

 推し以外にも、人がいた。それも男二人、女二人で計四人も。そのせいで、私は今近くの草むらに頑張って隠れる羽目になっている。

 彼、彼女らは誰なのかと言えば、推しの〈パーティーメンバー〉である。

 世界を救う旅と言えば、パーティーを組むのが主流というか、お約束みたいなところはあるだろう。推しもその例に漏れず、救世主パーティーなるものを組まされた。世界を救うための、特別な面子である。

 〈聖剣に選ばれた剣士フリスト〉、〈聖杖に選ばれた回復術士アルメリア〉、〈聖槍・聖盾に選ばれた騎士メーティラル〉、〈聖弓に選ばれた弓術士ベイル〉。前から順に男、女、女、男。推しを含めて五人のパーティー編成。ゲームとかだと大体四人パーティーな気がするから、ちょっと珍しくない?

 彼らが普通に〈良い人達〉なのであれば、私もこんな風に隠れて推しを見るなんて事はせずに、彼らの目の前に姿を現して『救世の旅に連れていって下さい!』とでも言えたのだけれど。あいにくだが、私の中の印象として彼らは決して良い人達なんかではない。何故なら推しにとっての災難の一つだからだ。

 こいつらは、パーティーを組んでたった七日で、救世の旅のメインであるはずの推しをパーティーから追放する。スピーディー解雇にも程がある。

 追放の主犯格であるフリストが原作で言い放ったセリフ曰く。

 『何が救世主だ!そもそもメイン武器で剣被りしてるんだよ!』

 との事。確かに。ジョブ被りって深刻だよね。でも剣使い勇者ジョブと剣士ジョブ同時に居ても別に良くない?って思わないでもないけども……。救世のメインたる救世主を追放しちゃ駄目でしょ。何が救世主パーティーだ。

 今は原作では端折られている旅の途中部分なんだろうか。まだちゃんと推しとはお仲間ゴッコしているらしく、パーティー仲は良好に見える。和気あいあいとしている雰囲気を出しておいて、あいつら四人、腹の内では黒い事考えてるに違いない。騙されないんだぞ私は。推しは騙されてしまっているみたいだけれど。

 気づいて駿君ー! そいつらは貴方の事を裏切ろうとしているんですよー! そんな素振り今は見せてないけど、そのうち貴方は大変な目に合うんですよーっ!

 叫び出したい衝動を何とか堪え、ぐぬぬ、と草陰から見守る私。どうやって推しからあの四人を引き剥がしてやろうか……聖武器持ちに四対一で勝てるかなぁ。

 「ん……?」

 推しが一人だけパーティーから離れた。どうしたんだろ、まさか私の願いが通じたとか?

 道から外れて木々の隙間を通っていく推しを、私はこっそり追いかける。なんでこんな道も無い所を? おかげで隠れるのは楽だけれど……。

 少し歩くと、ちょっとばかり開けた場所に唐突に出た。そこだけを木が避けるように低い草地の広場が形成されている。推しはその真ん中あたりに立つと、きょろきょろと辺りを見回した。

 ここに何かいるんだろうか。そう思ってしばらく待ってみても、何かが現れる気配はない。推しも不思議そうにしている。何だろう、気になるな。

 ……なんにせよ、今がチャンス! いい加減推しの前に姿を現して、私のことを認識して貰いたい。目の前にいるのに話せすらしないなんて、生殺しだったしね。

 いざ、突撃っ!

 そしてガサリと茂みを鳴らしながら、私は推しの前へと繰り出した。流石に気付いたらしい推しが、私を見てくれる。

 「えっ、うわっ。誰だ?」

 うわ~推しの生声が自分に向けられてる~! 最高~! 生きてて良かった、いや生き返って良かった……!

 感激のあまり涙を流しそうになっている私を見て、推しは困惑しているようだ。どうしよう、何か言わなければ。何を言おうとしていたんだっけ。ヤバい。いざ推しと対面すると何も言葉が出てこない。本当に目の前に推しが存在する! カッコ可愛い! 駿君最高! 愛してる!!!

 「何? 何なんだ? 不審者か? この世界にも不審者っているのか……?」

 まずい。推しに不審者扱いされようとしている。初対面の印象が最悪になってしまう。早く言葉を、頑張れ私の脳ミソ! フル回転して言葉をひねり出しておくれっ!

 「あー、えーと……お、お前はこれから不幸な目に合うから、すぐパーティーを抜けるべきだぞ!」

 「いきなり何!? 変な人だ! 絶対不審者だ!」

 ごめんなさい今のは流石に自分でも変な人だと思います。何なんだ『パーティーを抜けないと不幸な目に合う』ってしかも初対面で。道端で急に話しかけてくる怪しい占い師と同レベルじゃないか。もし私が同じ目に合ったなら、絶対に変な人だと思うしそいつのせいでこれから変な出来事に見舞われるかもしれないって気分になる。言うべきことをちゃんと頭の中で整理してから出てこればよかった! 失敗がすぎる!

 「変な奴がいるって皆に知らせないと……!」

 推しは元来たらしい道無き道を引き返そうとしている。待って待って、あいつらと合流されるのはまずい。

 「ちょっと待って! 違うの……んだ! いや、違わないんだけど、違うんだ!」

 「違うのか違わないのかどっちだよ! 口篭るのも怪しいし!」

 男らしい口調に慣れない! どう喋ればいいって言うんだ!

 「くっ!」

 推しが走り出してしまう。私も慌てて後を追ってしまう。完全にパニックになっていた。木々の隙間を走り抜け、一目散に道へと飛び出す推し。そして少し遅れて私。日陰から日向へ急に出たせいで、目がちょっとチカチカする。

 「どうしたシュン!?」

 「シュン様!? そ、そちらの方は?」

 フリストとアルメリアが、急に木々の向こうから飛び出した推しと私にただならぬ気配を感じたのか、驚いたような声を上げた。それを聞いてようやく私も、パニックになっている状態ではないと自覚する。どうしよう、出てきてしまった。

 「助けてくれ! 不審者だ! 怪しい奴が出たんだよ!」

 「何!? 不審者だと!? 不届き者め、シュンに近寄るなっ!」

 推しを守るように、メーティラルが入れ違いで私の前に躍り出る。彼女は大きな盾をガンッと地面に振り降ろして構え、叫んだ。

 「〈鉄壁〉!」

 メーティラルの構えた盾の前方に、それよりも一回りほど大きな盾の幻影が出現する。これは原作で〈スキル〉と呼ばれる特殊な技のようなもので、〈鉄壁〉は盾使いなら基本的に覚えている汎用スキルだ。それに危うくぶつかりそうになって、私は足に急ブレーキをかけた。

 私と、五人が対峙する。推しをかばうように、聖武器持ちの四人は臨戦態勢を取った。

 「どういうつもりだ? 俺達の大事な救世主様に手ぇ出そうなんてな……!」

 フリストが剣を構えながら言う。

 くそぅどの口が。しかしこの状況では私は何も言い返すことが出来ない。どこからどう見ても、今悪く見えるのは私の方だ。

 「救世主様の命を狙う派閥の者か何かなのでしょうか?」

 「ふん、だが私達全員が揃っている時に来てしまったのが、貴様の運の尽きだな」

 「こちらには救世主に、聖武器持ちが四人。不審者如きに勝ち目は無いよ。さっさとどこかの町の自警団にでも自首することをオススメするけど」

 アルメリアに、メーティラル、最後のはようやく喋ったベイル。くぅ、ご丁寧に全員一言ずつ喋りおってからにぃ……! ていうかもうちょっと手加減してよ! こっちは白く輝く棒切れしか今持ってないんだよ!?

 フリストは近接だし、アルメリアに直接的な戦闘能力はない。メーティラルは聖槍も持ってるけど基本は守りに徹するはず。この三人は気をつければ問題ないだろう。

 けれど、弓を構えたベイルが怖い。このパーティー唯一の遠距離攻撃武器持ちなのだ彼は。恐らく下手に動けば、即座に射抜かれる。他のやつを相手取ってる間に変な所から撃たれたりする。聖武器で傷付けられるの、痛そう。ってか最悪もう一回死ぬ……!

 私はゆっくりと両手を上げて、熊に出会った時の対処法のように静かに後ずさりを開始した。ここは引くしかない。

 「しっ、失礼しましたーっ!」

 私は後ろを向いて、一目散に木がいっぱいある方に逃げ出した。あ、凄い。前に生きてた時よりも速く走れる。

 矢が飛んでくるかもしれない事に怯えながら逃げたけれど、どうやらベイルに追い打ちをするつもりはないらしかった。今ダメージを受けたら直す手段とか無いし、助かった……。

 「はぁ、はぁ……うぅ、失敗した……」

 推しの姿につい気持ちが逸ってしまった。推しの私に対する第一印象、完全に〈不審者〉になっただろうな。

 しかしこれで諦める私ではない。まだ推しが殺されるまでにはたっぷりと時間がある。イベントもめっちゃある。それまでに推しの私の印象をちゃんと良き物にして、私は推しを最終的には助けるんだ!

 やっぱり私の冒険は、まだ始まったばかりなんだから!


 という訳で、私は懲りずにストーキングを再開することにした……のだけれど。

 (移動手段に馬があるなんて、聞いてない! ずるい!)

 再び見つけた推し達は、馬に乗ってさっさと森の中を走っていってしまったのだ。

 流石に馬には追いつけない。なんで馬なんか持ってるんだ贅沢者め!……そういえば原作で初手で推しが貰ってたわ馬。福利厚生の差が……いやこっちもそれなりの物は貰ってるとは思うけども。神武器とか。でもせめて移動手段になりそうな物を……ちょっと待てよ?

 〈神武器〉って名前を自分で付けたせいで忘れかけてたけど、そういえばこれって何にでもできるんじゃ。

 「よーしダメ元!神武器、馬になれ!」

 輝く棒が、膨張する。質量保存の法則とか完全に無視した変化を、神武器は私の目の前で起こした。うにょんと伸びて、首が出来、足が生え、尻尾が出来る。

 「うわーすっごい馬っぽい」

 白い光を帯びた神秘的な馬の形の何かが、目の前で完成した。生物感が無さ過ぎて、発光するガラスの置き物みたいにも見える。

 当たり前だが、人が乗れるサイズの馬ともなると大きい。わたわたともたついて、私はプールサイドに上がるのが下手な人みたいになんとか馬の背に跨った。

 私馬なんか乗ったことないんだけど。


 「ひゃあああっ!暴れるっ!なんでわた、オレの武器なのにこんなに暴れるんだ!ちょ、ストップ!止まって!戻れ戻れ!」

 ぽしゅん。神武器は元の棒に戻って、私は地面に尻もちをついた。

 「う、馬はダメだ……」

 それが、私の結論であった。まさかこんなに暴れ回って乗れたものじゃないなんて思わなかった。他の乗り物とかにしようと思っても、公共交通機関に依存しまくってたのが災いして自動車なんか運転できないし……結局歩きか、走りじゃん。

 ま、まあ近くに町あるって神様が言ってたし? 歩きでもそんなに時間はかからないでしょ、多分。早く追いつくために、森を抜けないと。

 「あ」

 道を歩き出そうとした私の目が、動くものを捉えた。

 〈魔物〉だ。

 この世界にはファンタジー系異世界らしく、ちゃんと人間を襲うタイプの魔物が出てくる。倒すと素材が手に入ったりして、それを武器とか防具とかに加工するシーンが原作にもあったはず。

 しかし、今目の前にいる魔物はぷにぷにとしたゼリーみたいな身体を持つ半透明の物体……俗に言う、〈スライム〉と呼ばれる奴だ。弱い魔物の代名詞。落とす素材は、この世界においては無い。ただ謎の大量発生をしたりして、厄介なだけの敵である。

 できれば素通りしたい。しかし奴らは道を遮るように居る。隠れながら迂回していこうか……?

 木々の隙間に潜んで、私はスライムをやり過ごそうとした。だけどそう上手くいかないのが〈お約束〉ってやつらしくて。


 「なんでこんなことにーっ!」

 叫びながら、私は何故か大量の魔物を相手取る羽目になっていた。

 いや、何故かっていうか、スライムを隠れて素通りしようとしたら背後の茂みが音を立てて、何かと思ったら狼に似た魔物が飛び出してきて、慌てて道に飛び出せばスライムに気づかれ、更に吠えた狼魔物の声に反応して蜂型の魔物が出てきて、エトセトラエトセトラ……。

 魔物が魔物を呼ぶ大連鎖が、めちゃくちゃ短時間で起こってしまったのだった。ひーひー言いながら神武器でそいつらをなぎ倒し、ぶっ飛ばし。何とか殲滅させたと思ったらまたどこかから湧いてくる。

 すごろくみたいにちょっと進んではエンカウント。そんなこんなで森の中を歩いて、途中走ったりなんかもして、必死で町に辿り着く頃にはもう夕日も随分暮れてほとんど夜だった。

 小さな町、〈ハロルブロン〉。原作では推しが旅立って、三番目に立ち寄る場所だ。

とはいえ、原作ではそこまで綿密に街が描写された訳ではない。あくまで冒険の距離を表すための経由地として、推し一行がそこを通った事が軽く触れられただけだった。

まあつまり、この町に関してはほぼ名前しか知らない。一応回復薬とか日用品が売ってたり、宿がある事は示唆されていたけれど、それはおそらくこの世界ならどこの町や村にでもあるはずだ。現代日本でも結構色んなとこにホテルとか旅館とかあったしね。

 町に立ち寄ったなら、休息をしたい。けれど、ここで一つ問題が発生するのだ。

 「……お金が無いんだよな」

 今の私は、無一文である。当然、宿に泊まれるお金なんか無い。というか食事すらままならない。死活問題である。魔物を倒した時の素材を売れば良かったのだろうけど、あまりにも殲滅に必死過ぎて素材ごと消し飛ばしてしまって何も残らなかった。神武器が予想外に強かった。

 このままではせっかく町に来たのに道端で寝る羽目になってしまう。町の中にいるのに野宿みたいになる。でも、お金を入手する手段がない。

 仕方ないので、私は路地裏でコインとか落ちてないかを探すことにした。くっ、なんで異世界転生したのに自販機の下を漁る悲しい人みたいになってるんだ。卑しい。ひもじい。涙出て来ちゃう。

 「よぉ兄ちゃん。こんなとこで何してんだぁ?」

 急に背後から聞こえた声に振り向けば、そこには酔っ払いと思しき三人組。顔を赤くして、ニヤニヤしてこっちを見ている。

 「よっしゃちょうどいいところにチンピラ!」

 「ハァ?」

 こんな小さな町の路地裏にもガラの悪い人間っているんだなぁ。よし、この人たちには今から私の財布になってもらおう。そうしようそうしよう。

 「訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞぉ」

 「コイツ無駄に顔良いな。髪の色も派手だし、なんか腹立ってきたわ」

 「鼻ひしゃげさせてやろうぜぇ!」

 テンプレみたいないちゃもん付け、なんにせよ喧嘩を吹っ掛けて来てくれるのはありがたい。殴られたら、殴り返しても正当防衛は成立するもんね。

 チンピラ一が殴りかかってくる。ステータス差のせいなのか、簡単に避けることが出来る。さっき戦った魔物と比べたら、全然遅い。ほんとただの人だ。

 そこからの戦闘は割愛。酔っ払い三人を難なく地に伏せさせて、私は彼らの懐を覗いた。

 「うーんこれっぽっちかぁ。この人たちも苦労してんのかなぁ」

 ギリギリ宿に泊まれる分くらいはあるかも。ありがたく、頂戴して私は路地裏を去った。


 「お風呂だ~!」

 宿を取って、湯船に浸かる。慌ただしかった分の疲れが取れるみたいで、ほっこりした。

 自分の体をあまり直視しないようにしながら、ぼんやりと考える。推しはもうこの町はとっくに通過してしまったんだろうか。ここから次の町までは距離あるから、野宿かな。今どこにいるんだろう。

 体が温まると、眠気が出て来た。魔物と戦うだけでだいぶ動いたもんなぁ。お疲れ、私の今の体。

 湯船から出て、身体をさくっと拭う。服を着たら、ようやく視線の事を気にしなくても良くなった。さっさと慣れた方が良いのかもしれないけれど、流石に性別が変わった違和感はそう簡単に消え去るものじゃない。

 「あーもう疲れた。寝よ」

 正直眠くてもうごちゃごちゃしたことを考えたくない。全部明日でいっか精神で、私は布団に潜り込んだ。ちょっと硬い。

 するっと寝落ちて、気づけば朝に。この宿は朝食が付いてなかったと思うから、そのまま受付に。

 にこやかな受付の女の子に向かって微笑めば、頬を朱色に染めてくれた。わぁ凄い。こんな感覚初めて。これがモテる顔ってやつなのか……。

 立ち去ろうとして、大事なことを聞いていなかったことに思い至る。

 「すいません、今日って何月何日ですか?」

 「え? ええと、五月周期の四十五日目ですけど……」

 五月周期の四十五日目。記憶の中だと、その日付は。

 「今日、じゃん……」

 呟いた私に、受付娘が不思議そうな顔を向ける。慌てて、私は宿を出た。

 今日の日付、それは間違いなく例のイベントの起こる日付。

 空腹なのも気にならず、私は町の中を走る。すれ違った町民が何事かと私を見るけれど、気にしてなんかいられない。

 五月周期、季節にして春。その四十五日目の、昼の出来事。

 他でもない今日この日に、推しはパーティーを追放される予定だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 塗装のされていない土の道を、走って走って走り抜ける。ここはモル・トラの森よりもずっと長い道中だから、昨日と同じ速度で進んでいたならば間に合うものも間に合わない。

 今は左右に草原の広がるこの道の先、更に一つ森がある。その中で、推しはパーティーメンバーから追放を宣言され、更に兵士に身柄を売られるのだ。

 『〈救世主〉は世界を滅ぼす為の存在である』。そんな風に言われて、推しは先の町にある城の地下に閉じ込められる。直前に別の町が〈巨大な魔物〉によって壊滅状態にさせられたらしいことが全て推しの仕業にされるとかいう濡れ衣を着せられることも含めて、彼の身には今日災難が降りかかりまくるのだ。厄日じゃん。

 「やっと見えて来た! 森!」

 結構全力で走って、結構な時間がかかった。自分の足一つで移動するって、めちゃくちゃ大変……!

 恐らく今は昼。間に合うか間に合わないかは、正直分からない。起きた時点でちょっと寝過ごしたなーとは思ったけど、まさかそのせいでこんなに走る事になるとは……。

 頼むから間に合ってくれー! そう思って森に入って、私はまだ走る。ふと、目が人らしき影を遠くに捉えた。

 一応隠れた方が良いかもしれない。そう判断した私は、息を整えながら木の後ろに身を隠す。人影の数は四つ。昨日見た、聖武器持ちの奴らだった。

 推しの姿は、ない。

 「いやー救世主を引き渡すだけでこんなにたんまり貰えるとはなぁ!」

 フリストが、推しを売ったお金の入っているらしい袋を掲げながら他の奴らに笑顔で話しかけている。

 「しかし、まさか救世主が近くの町を穴に沈めるような存在だったとは……」

 「救世主の名を騙っていたのかもしれません。それに、救世の旅なら私達聖武器持ちで十分でしょう?」

 「もしかして、聖武器を持っている人間こそが、本当の救世主なんじゃないかな? だってあの人、正直弱かったからね」

 目の前で繰り広げられる、推しを貶す会話。救世主様だの何だの、崇めてチヤホヤしておいて、金をちらつかされた瞬間これか。七日も一緒に旅してたんじゃないのか。救世パーティーの仲間意識って、そんな程度の物なの?

 原作を読んでいても思ったことが、目の前の会話で再び思い起こされる。こいつら、やっぱりロクな奴らじゃない。

 私は、彼らの前に姿を現した。全員が、私の存在に気づく。

 「なんだお前……昨日の不審者か? 何だよ、救世主はもう俺達が売っちまったぞ。まさかお前もそれを狙ってたのか? だとしたら残念だったな」

 ゲラゲラと笑うフリストに、私の怒りは爆発寸前だった。よくも私の推しを。

 神武器を剣に変化させる。武器を構えた私を見て、四人は一瞬固まった。

 「何だ、やるってのか? こっちは全員が聖武器持ってんだぞ」

 「知るかよ」

 演技するとかも意識せず、口から乱雑な言葉遣いが出てくる。ああ、私本当に怒ってるんだな。

 「全員、タダで済むと思うな」

 四人を睨み付ける。彼らもそれぞれ、武器を構えた。

 まずは厄介な奴から倒してしまおう。私は矢をつがえようとしたベイルに向かって踏み込むと、剣を思い切り振った。

 「く、ぅっ!?」

 ベイルはそれを、聖弓の本体で防ごうとする。ガキン、と重い音が鳴った直後、ベイルの体が吹き飛んだ。彼は運悪く木にぶつかって、そのままピクリとも動かなくなる。

 え? 待って強くない? そんな飛ぶ?

 「ベイル!」

 アルメリアが、回復魔法の詠唱をしようとする。その聖杖に向かって、私は再度剣を叩きつけた。

 「きゃあっ!」

 「アルメリアッ!」

 メーティラルがかばおうとするが、動きが遅かった。アルメリアも吹っ飛んで、地面に横たわる。

 ……どういうこと? 私の動き、速くない? 私のステータスどうなってんの?

 「くそっ、何なんだよコイツ!」

 「下がれフリスト! 私が隙を作る!」

 メーティラルが聖盾と聖槍を構えながら、こちらに突進してくる。

 「〈刺突〉!」

 「うわっ、危なっ」

 槍の一撃を、剣で逸らす。勢いに体の動きを乗せて、盾の方のスキルが来ないように一撃を入れておく。

 「ぐっ!」

 盾越しに伝わった衝撃に、メーティラルがよろめいた。体勢を立て直す間も与えないように、もう一撃叩き込む。気を抜けば耐えきれないのだろう、メーティラルは歯を食いしばって押されながらも耐えているように見えた。

 ……やっぱり、聖武器、思ったより弱い?神武器が強いのか。

 「この野郎っ!」

 背後から、フリストの叫びが聞こえた。私は振り返るのと同時に、剣を振り切る。思った通り、フリストが振り降ろした聖剣と、神武器が衝突した。

 結果は、神武器の勝ち。

 「ぐあぁっ!」

 「フリスト!」

 飛ばされたフリストに気を取られたメーティラルを、私は剣戟で押し切った。圧勝じゃん、何これ。異世界転生モノみたい。……異世界転生モノみたいなもんか、私の状況も。

 「勝……っちゃった……」

 聖武器持ちが、全員地べたに寝そべっている。まさかこんなに圧倒出来るだなんて、神様からの貰い物は、随分と上等なシロモノだったらしい。初手で名前で馬鹿にしてごめん。でもナンニデモナールはダサいよやっぱり。

 「こいつら、どうしようかな……」

 傷付けずに全員伸ばせたのは我ながら凄いと思う。最初の一撃でベイルが防いでくれていなかったら、確実に一人は殺してた。怒りがある程度治まった今だから言えるが、流石に殺してしまうのは後で寝覚めが悪くなるだろう。

 とりあえず起きた時のために縛っとくとかしときたい。でもロープとか持ってないし……おっとあんなところに丁度いい感じの植物のつるが。

 「よしっ」

 四人全員を縛って、木の根元に転がす。そのタイミングで、それぞれが目を覚ました。

 「あ、起きた」

 「うわっ、なんだよこれ! 解きやがれ!」

 フリストが叫ぶ。目覚めた直後にしては元気だな……。

 「一体何が目的だ?」

 こちらを睨みながら、メーティラルが言う。目的、目的かぁ……。

 うん、じゃあ。

 「……じゃ、仇討ちといきますか」

 その時の私、多分非常〜に凶悪な笑顔を浮かべていたのだと思う。

 ふるふると産まれたての子鹿のように震えて怯える元救世主パーティーの面々を、とにかく私は散々に思いつくままに懲らしめて、最終的にぶん投げた。

 キラリン。コメディ作品の悪役の末路のごとく、空に輝く星の一つ一つとなっていった彼らを見届けて、私はようやく一息つく。まずひとつ、仕事を終わらせた。

 ついでだし、推しを売って手に入れたらしいお金は貰っておく。結構あるから、これで当面の生活資金は賄えるだろうか。

 「っと、あれ?聖武器どこいった?」

 返した覚えのない聖武器が、見当たらない。

 まあいいか。正直全然強くなかったし、また持って来られたとしても神武器で対処出来るでしょ。

 「さて、と」

 追放イベントは終わってたらしい。となると、推しは今頃牢屋の中にいる可能性が高い。

 町はすぐそこだ。城を構える城下町〈王都ニル・アルタ〉。この国では、恐らく一番重要な権能を持った都市。

 ただ、それはあまり私にとっては重要じゃない。何故ならこの町は、推しを回収したならば早々に離れなければならない場所だからだ。

 「とにかく、先に推しを見つけないとな」

 私はニル・アルタへと向かう。長いようで短かったけれど、ようやく再開できる。その時に、私の印象を正してもらうのだ。

 そして推しと一緒に冒険する旅の仲間に……!

 「待ってろよー推し!」

 私の冒険の重要な局面は、これから始まる!


 城の中の警備は思ったより手薄だった。まあ、別に王様のいる部屋とかに近づいて行ってる訳ではなくて、ただ地下牢を目指しているだけなんだからあまり厳重に警備されていても困るけれど。……いや地下牢の警備が手薄なのも駄目なんじゃ? 犯罪者を閉じ込めてるんだよ? 脱走されでもしたらどうするの。

 まあ今まさに、私は脱走の手伝いをしに行っている訳なのだけれど。でも推しは犯罪者じゃなくて冤罪で閉じ込められているだけだから、脱走させても何の問題も無いよね。

 「とうちゃーく」

 はい、そんなこんなで地下牢です。凄く鉄格子。

 私は檻越しに、推しの姿を探す。地下牢はがらんとしていて、推しの他に誰が捕らえられている訳でもなかった。平和なのか、処刑速度が早いのか。前者だと物騒じゃなくて良いんだけど。

 一番奥の牢に、推しはいた。彼は壁にもたれて座って、うずくまって腕に顔を押し付けている。要するに、人がすごいしょげてる時のポーズをしている。

 ショックだったんだろうなー。いきなり訳の分からない世界に転生させられて、訳の分からない罪状を押し付けられて、仲間だと思ってた人達には売られて、牢に入れられて……うん、本当に可哀想。

 足音に気づいたのか、推しが顔を上げた。う~んやっぱり良い顔。ちょっとくたびれていて、疲労感と可哀想感が滲み出ているけれど。

 「昨日の昼間の変な奴……」

 変な奴扱いされている。いや仕方ないんだろうけれども。これから直していきたい……その印象。

 「なんでこんなとこにいるんだ……まさかお前が刑の執行者だとか言うんじゃないだろうな?」

 「助けに来た」

 「……は? 何で?」

 困惑する推しの前で、神武器を使って鉄格子を切り刻む。普通の武器じゃこうはいかないから、やっぱり神武器様様だ。

 「え? は?」

 目の前でバラバラになった鉄格子を見て、推しが若干引いているのが分かる。引かないで! 鍵見つけるの面倒だったんだもん!

 と、推しの反応を一々楽しんでいる場合じゃない。ここに長い時間留まっていると実はまずい。私は原作を読んだ知識として知っている。湿っぽいし薄暗いし、こんなところ早く脱出しよう。

 「じゃ、行くかー」

 そう言って私は推しに近づいて、彼をひょいと担いだ。思ったよりも結構簡単に持ち上がっちゃった。筋力も強化されてるんだなぁ。

 米俵を肩の上に抱えるみたいな抱き方で、私は彼を運ぼうと歩き出す。

 「えっちょっ!お、下ろしてっ!」

 推しが手足をじたばたさせる。私はそれを抑え込んだ。

 ……抑え込めるんだ。同じ救世主のステータス同士だと思うんだけど、推しの方がちょっと低いのかな。

 「やだ。下ろさない。下ろすと逃げるだろうし、今逃げられると危ないし」

 「に、逃げないっからっ! 落ちそうで怖いっ!」

 「落とさんから安心してくれー。じゃ、走るからな!」

 「ちょっと!? っうわあぁぁぁああっっ!」

 早く逃げないと本当に時間無いから、とりあえず走る。今のところ今日一日中走りっぱなしだけど、スタミナはまだ十分に残っていた。体力ある若い身体って、良いね……!

 推しは私の肩の上で、ひゃー! とかきゃー! とか悲鳴を上げている。女子か、少なくとも成人男性なのに。……担がれる支点が自分の腰一箇所だと言うのは、そんなに怖いものなんだろうか。ちらりと頭の方を見ると、アホ毛が飛び出していた。びっくりしたんだなぁ。推しのリアルアホ毛、ごちそうさまです。


 私は推しを担いだまま王都を脱出した。安全な丘の上まで逃げて、一旦推しを地面に下ろして王都の方を見る。日は傾き始めて、もうすぐ空も赤くなってくるだろう。

 「……そろそろか」

 「はぁ、なに、が……?」

 両手両足を地面について息を整えていた推しが、私の顔を見る。全力で走った私よりも息が上がっているのは、担がれた状態でめっちゃ動き回ったからだろうか。ほんとにそんなに怖いの? 腰支点の抱きかかえ移動。

 ちょっと気になっている私と疲れている推しの目の前で。

 「っ地震!?」

 地面が揺れて、突如、王都の城が崩壊した。

 城はぐちゃぐちゃの瓦礫になって、地面に沈んでいく。そこには大穴が空いていた。何かが、瓦礫の全てを呑み込みながら、大穴を這い出てくる。

 「何だ……あれ……」

 唖然とする推しの横、私もほんの少しだけ、展開を知っているとはいえ王都が崩壊する様に圧倒されていた。

 大穴から現れたのは、現代日本で言うところのオオサンショウウオに似た魔物。ぬらぬらと光る体表が、瓦礫にまみれながらゆっくりと動いている。大きな体が都市を押し潰し、大きな口が全てを吸い込んでいく。後には何も残りはしない。

 城の地下、地底から這い出てくる魔物。あいつを倒すイベントは随分と後になる筈で、この時点では原作でも撤退イベント扱いだ。原作では、推しはあれによって地下牢を抜け出すことが出来るが、命からがら逃げる羽目になる。推しの味わう予定だった危険を一つ取り除けたことに、私は安堵した。

 「お前は……一体……」

 推しが、声を震わせながら言う。

 「何を知っているんだ……?」

 この世界の事なら、大体知ってます。だから、これから沢山助けてあげるからね。

 私は貴方を助けるために、……〈愛する〉ために、この世界に来たんだから。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 あのオオサンショウウオ(仮)の出現は、もう既に救世主である推しのせいにされている。これから推しは救世主にまつわる、根も葉もない噂によって苦しめられる事が確定してしまっている。

 とりあえず、救世主の噂が国中に広まるまでは若干猶予がある。これからしばらくはちゃんとした寝床では寝られないだろうから、今日くらい宿に泊まろう。推しを休ませてあげたい。

 とはいえ、推しを召喚した場所の周辺と、オオサンショウウオ(仮)に壊滅させられた王都の近くは避けた方がいい。という訳で、私達は少し離れた場所まで歩いて、まだ近隣で起こった事を何も知らない馬車の引き手を捕まえて辺境までを移動することにした。

 元パーティーメンバーが所有していた馬とかが使えればよかったんだけど、オオサンショウウオ(仮)の襲来で全て呑み込まれてしまったか、そうでなくとも瓦礫の下だ。移動速度は落ちるけれど、馬車に頼るしかない。

 「兄ちゃんら、旅かい?」と話しかけてくる引き手のおじさんに笑顔で「ええ」と返す。数日後には、この人もきっと敵側だ。

 馬車の中は私と推しの二人だけだった。会話は無い。推しはまだ自分の身に起こった事を整理しきれていないだろうし、私から無暗に話しかけるのも良くないだろうという配慮だ。一応、配慮とかできるんです、私。

 「着いたぜ、兄ちゃんら。こんなとこに用なんて、珍しいねぇ」

 「……ええ、まあ。お代、これで足りますか?」

 「おう、十分だぜ。じゃあな」

 フリスト達から奪った袋の中から、数枚コインを渡す。引き手のおじさんはそれで満足して、馬車を走らせて行った。

 馬車を降りた場所の近くには、小さな集落がある。名前のない村だ。原作が変なところまで地理を細かく作りこんでいたおかげで、このような所にも迷わず来ることが出来た。

 ここについた時点で、夕日は沈みかけていた。集落唯一の宿に向かって、私は歩き出す。推しも大人しく、私の後を付いて来てくれた。

 宿の主人に二人分のコインを渡して、階段を上がって二階の客室に足を運ぶ。扉を開けると、ベッドと机だけの簡素な内装だった。ただ、一部屋につき備え付けのベッドは一つらしい。人数での料金換算で部屋数は指定されなかったから、一人一部屋でいいだろう。推しの寝顔が見れないのは残念だけれど。

 「じゃ、オレこっちの部屋で」

 推しにひと時の別れを告げて、私はとりあえずベッドに腰かけた。置く荷物も特に無いから、シャワーでも浴びたら寝るくらいしかすることが無い。

 ふと、そういえば何も食べていない事に気が付いた。そろそろ推しもお腹空いてくる頃かもしれない。ご飯くらい持って行ってあげようか。

 一階に降りて、宿の主人に食品が買える場所を聞いた。もうすぐ閉店時間だったらしく、ギリギリで滑り込んだパン屋で二人分のパンを買って宿に戻る。

 「今更だけど飯買って来たぞー」

 推しの部屋の扉を一応ノックしてから開けると、推しはもう寝ていた。寝顔見れた。ラッキー。

 買って来たパンを机の上に置いて、推しの寝顔を観察する。いやー、生で見る推しは、本当にカッコいいし可愛い。てか寝顔超可愛い。反則じゃんこんなの。写真を撮れる機械が手元に無いのが惜しすぎる。スマホがあったら間違いなく連写してた。

 ……推しが、目の前に存在している。挿絵とか、ファンアートとか、文章でしか見れなかった推しが。私の目の前に。質量があって、触ることが出来る。

 気づけば、手が伸びていた。頬に手を当てると、人肌の温もりがある。

 気分が、ほろ酔いみたいになる。夢みたいな感覚に包まれる。ええと、私は何しに来たんだっけ?

 ……ああ、そうか。〈愛しに〉、来たんだ。

 欲求が湧き上がる。感情が渦巻く。推しの顔を見ると、転生前の記憶の一部が頭の中に浮かんでくる。ロクでもない二次創作で、ロクでもない目に合っていた推しの、生々しく描かれた文章の一フレーズが。

 ……ちょっと、見てみたい。推しのそういうとこ。

 自分で自分が制御できてない感じはする。その感覚は一瞬で消え去った。

 気づけば、神武器をロープ上にして推しの手の自由を奪っていた。流石に違和感を感じたらしい推しが、目を覚ます。

 「……えっなに」

 「先謝っとくわ。ごめんな」

 「えっ何が? 何の事……」

 自分の下で、小さな悲鳴が聞こえた。

 そういう顔、生で見るとそんな感じなんだね。


 夢見心地だった。アルコールの摂取なんかしていないのに、酔っているような感じがあった。

 頭のブレーキが壊れたみたいな感じで、どこまで走っても止まれない暴走機関車のようだった。


 ただ、私は推しを。

 丁寧すぎる程に、優しすぎる程に、

 『愛して』あげた。


 綿菓子が溶けるように、チョコを溶かすように、

 それはもう甘ったるくどろっどろに、なるようになるまで。


 愛せるように愛して、

 奪えるものは奪って、


 私は、



 不憫な推しを、愛してあげた。

『神様は一部始終を見ていますが、人の行為に意味を見出さないので何も口出ししていません。』


長いですが、最後までお読みいただきありがとうございました。二話以降はもっと文字数少なめで上げる予定です。


~初回ゆえ長めのあとがきの長め部分~

小説を書き慣れていないので、読みにくい部分があれば申し訳ないです。

どうしても一話でタイトルを回収したくて、ここまで書き切ることになりました。色々と雑だったり急展開だったりこの一話の中でも矛盾が発生していたりするかもしれませんが、出した伏線のようなものは頑張って今後回収していきたいです。設定はまだ全然考えてないので、更新が止まる可能性は十分にあります。頑張ります。

少しでも、話に興味を持っていただけたのならば幸いです。ありがとうございました。


この程度の描写ならR15相当でも大丈夫だと思うのですが、本当に大丈夫なんでしょうか……?

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