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⑤飛空艇、骨羽との喫茶

 世界王者決定戦は、その全行程を終えた。



 リナ=シャブラニグドゥスは最後の相手であるモトタカ=ウラベを破り、史上初の世界王者となった。

 無敗のまま。



 ソフィアはというと、最後の試合のはずだった南大陸王者がシャブラニグドゥス戦後の意識不明から回復せず、不戦勝。総合成績は1勝2敗。世界ランキング2位(1位はモトタカ=ウラベ)

 不甲斐ないと言えば不甲斐ない結果だが、ソフィア自身は意外にも晴れ晴れしていた。


「良い器具だ」


 セントラル島に来て初めて、稽古場と闘技場とホテル以外の場所に足を伸ばした。

 ジーニキリーに戻る船便はまだ数日先なので、ホテルに併設された総合デパートで音楽系の魔導器具を漁っていた。

 カカナ製のものはジーニキリーにはあまり出回らないため、非常に新鮮だった。特に音響装置はメーカーの哲学が強く反映される。聞き比べが試せるため、ソフィアはつい長居してしまった。


 ……リナ=シャブラニグドゥスとばったり出会ったのは、音響装置エリアの隣にあるレンタル映像屋でだった。


「あ」

「あ」


 出会い頭にお互い間の抜けた声を出し、一瞬だけ見詰め合った。

 そしてソフィアは姿勢を正し、


「おめでとう、世界王者」


 魔剣士としての正式な礼をした。

 対してシャブラニグドゥスはわたわたと挙動不審になり、小さい手で謎の動きを繰り返す。


「あ、あり、ありがとうございます」


 顔を真っ赤にさせ、おどおどと気弱に頭を下げる。

 その仕草は内気な子供そのものだった。

 極限凍結魔法の中で無邪気にはしゃいでいた世界最強の魔剣士とは思えなかった。

 ソフィアは姿勢を緩め、


「映像屋にいるとは思わなかった。映画でも観るのか?」

「い、いえ、魔剣闘技の試合が観たくて……でも観たかった人の試合は無くて」


 シャブラニグドゥスは全身で気落ちを表していた。骨羽が力なく垂れている。


「こんな小さな映像屋では無理もない。レンタルではない方の映像屋は私も見たが、四魔協の直営店とは比較にならない少なさだった」

「そうなんです! 全然少なくて…!」


 いきなり声を大にしたシャブラニグドゥスに、周りの視線が集まる。


 「シャブラニグドゥスだ」「フラトコフもいるぞ」「うわこわっ」


「あ、あ、あ……」


 シャブラニグドゥスは落ち着きを完全になくし、青ざめながら周囲とソフィアに視線を目まぐるしく投げる。

 ソフィアの冷却魔法もウラベの雷霆奥義も打ち破った魔剣士が、哀れなほど狼狽していた。


「立ち話もなんだな。そこの空港に四魔協提携のラウンジがある。お茶でも飲もう」

「い、いいんですか?」

「黄金級魔剣士以上ならラウンジのサービスは使い放題だ、気にする必要はない。私も使うのは初めてだが」

「そ、そうではなくて」


 シャブラニグドゥスは自分の羽に目をやり、しかしあわあわと躊躇った後、


「……ご一緒させて頂きます」


 深々と頭を下げた。

 ソフィアは頷き、


「そうだ、すまないが空港に行くなら先に展望スペースに寄っても良いか? よく見たいんだ」

「な、なにをですか?」

「飛空艇を」





*** *** ***





 主張の激しい轟音と共に、ジェットエンジンを4つ付けた飛空艇が滑走路を離陸する。

 機首をゆるやかに上げた機体はそのままセントラル海を東に向かって飛んでいった。


「ゴライアス号型だ。珍しい」


 ソフィアはセントラル空港の展望スペースで、離陸していく大型飛空艇を眺め、目を楽しませた。


「年代物だな。型式までは分からないが。流石に飛空ゴーレム搭載型だと思うが……お、オーディシアス号型だ。誘導路にいる。最新鋭だ、美しい。カカナのクレインフライ飛空か」

「……飛空艇が、お好きなんですね」


 次々に解説をするソフィアへ、シャブラニグドゥスは首を傾げながら言葉を返す。

 その手にはソフィアが買ったドリンクシャーベット。太いストローでちびちび飲んでいる。


「乗り物はみんな好きだが、飛空艇はあまり乗らないから余計憧れが強い。きみは?」

「落ちそうでこわいです……」


 ソフィアは吹き出しそうになったが、しかし考え直して頷く。


「確かに、魔剣は飛空艇の席に持ち込めないからな。無手の時に事故に遭って死ぬのは不名誉だ」


 ソフィアは空を見上げた。


「死ぬときも、やはり魔剣の側にいたい」

「フ、フラトコフさんは」


 シャブラニグドゥスが恐る恐る言う。


「魔剣が、大好きなんですね」


 ソフィアは頷く。


「愛している」

「私は……」


 シャブラニグドゥスがドリンクシャーベットを両手で持ち、俯き、小さく呟く。


「……死ぬときは、きれいなものを思い出しながら死にたいです」


 そうか、とソフィア。


「きれいなものが好きなんだな」

「はい」

「……私の魔剣は、きれいだったか?」


 そう尋ねると、シャブラニグドゥスは顔をばっと大仰な動きで上げ、紅玉のように瞳を輝かせ、


「はい! 本当にきれいでした! フラトコフさんの魔法もウラベさんの奥義もベルナルディさんの技も! 皆さん信じられないくらいきれいでした! さすが大陸王者でした!」


 興奮し早口にまくし立てるシャブラニグドゥスに、ソフィアは苦笑する。

 が、次の瞬間、ぎょっとした。


 ――――――シャブラニグドゥスが、泣いていた。


 紅瞳から、ぼろぼろと涙をこぼしている。

 くしゃくしゃに顔を歪め、シャブラニグドゥスはドリンクシャーベットを持ったまま手で顔を覆った。

 嗚咽と、啜り泣き。骨羽が震える。


「来て良かった……なんでみなさん、こんなにきれいなんですか……」


 肩を震わせながら、世界王者は泣いた。

 その姿は、3人の大陸王者に傷一つ負うことなく勝利した無敵の魔剣使いとは思えず、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

 ソフィアははっとなり、思わずシャブラニグドゥスの小さな頭を抱え、胸に寄せた。不安と焦燥があった。それが言葉を作る。


「もっと美しいものを見せる」


 栗色の髪を撫でながら、ソフィアは囁く。


「きみに斬られた名誉をもとに、今よりも磨き上げた技と魔法できみを破る」


 シャブラニグドゥスの体がびくっと揺らぎ、顔を上げた。涙で無様に汚れたその紅い瞳に、ソフィアは微笑んだ。


「私の魔剣に斬られる名誉を、きみに。必ず」


「――……」


 シャブラニグドゥスは、また泣き出した。

 子供の泣き方だった。


 そんな王者の頭を、ソフィアはずっと優しく撫でていた。




 飛空艇が空へ飛んでいく。力ある轟音と共に。





*** *** ***



「お恥ずかしいところをお見せしました……」


 空港の会員制ラウンジに入り、個室の席についたシャブラニグドゥスは泣き腫らした顔をどうにか整え、頭を深々と下げた。


「いや、こっちこそすまない。目立ちたくないのに展望スペースに連れていってしまって」

「いえ勝手に泣き出したのは私なので」

「いや連れて行ったのは私だ」

「いえ私が」

「いや私が……いや、もういいんだ。とにかく何か頼もう」


 妙な遣り取りになり掛けたのを察し、ソフィアは備え付けのメニューをシャブラニグドゥスに渡した。その妙な遣り取りが、なぜか快かった。

 シャブラニグドゥスはひどい猫背のままメニューを受け取る。ただでさえ小さな体が余計に小さく見える。

 そして恐縮しきった顔で、


「……オ、オレンジジュースでもよろしいでしょうか?」

「構わないだろう? なぜ断りを?」

「こういうところでは、み、みなさんお茶を頼まれるので」

「世界最強の魔剣士に文句を言う者がいるのか? 誰だ? 私やモトタカ=ウラベより強いのか?」

「い、いえ、あの、ええっと、その……」

「……すまない。好きなものを頼もう」


 荒くなった語気を収め、ソフィアはシャブラニグドゥスが持ったままのメニューを指さし、


「私は紅茶にしよう。茶葉はソルン。ムヒュルムの茶葉は初めて喫む」


 給仕を呼び、注文をした。

 シャブラニグドゥスは相変わらずメニューを見ていて、


「お、お茶が好きなんですか…?」

「ああ、茶葉もよく集めている。空港の免税店でも売っていたから後で買ってみるつもりだ。セントラルはなんでもある。茶は、あまり好きではない?」

「苦いのがだめでして……」

「なるほど……そういえばカカナコミックを漁るのを忘れていた。あとで寄ってもいいか?」

「え、あ、はい、全然……コミックとか読まれるんですね」

「ジーニキリーに来るものは一昔前のばかりなんだ。本場は違う。きみはコミックは読まないのか?」

「読み方が分からなくて」

「そうか。言われてみればそうかもしれない。慣れれば気にはならないが」

「………フ、フラトコフさんは、お話しされるのが好きなんですね」


 シャブラニグドゥスが伺うような目と口調で言った。

 ん? とソフィアが首を捻ると、今度は「すみませんすみませんっ」と慌てて謝り、


「か、会見のときはあまり話すのが好きではなさそうに見えたので……」

「ああ、ジーニキリーでは会見は腹の探り合いみたいなものなんだ。好きではない。だからあの時はきみに冷たく当たってしまった。すまなかった」


 ソフィアは頭を下げる。

 シャブラニグドゥスは「全然気にしてません大丈夫です頭上げて下さい!!」と叫んで手をぶんぶん振った。

 ソフィアは言われたとおり頭を上げる。


「そうそう、話は変わるが、きみの帰りの便はいつになる? 船便だろう?」

「あ、はい。3日後です、コーラルベイ・ターミナル」

「私もそこだ、2日後に出港だが………不躾だが、今日か明日は空いているだろうか」

「え? え、ええ、はい、全然。何もすることないので、ホ、ホテルで暇してました……コーチ達も観光に出てて自由行動です」

「良かった。私も観光をしようと思ってたんだが、カカナの人間ではないから、一緒についてきて貰えるととても助かる。どうだろう?」

「え、え、え、え、え?」

「迷惑だろうか?」

「いえ、そうじゃなくて、そうではなくてですね……」


 シャブラニグドゥスは目を丸くし、深呼吸を何回もしてから、ごくりと喉を鳴らした。


「………い、一緒にお出かけ、ですか?」

「きみが良ければ、だが」

「ぜ、全然! 全然大丈夫です! はい!」


 シャブラニグドゥスは慌てて手を振り、何度も頷いて見せた。


「良かった。ありがとう」


 ソフィアはそっと小さく微笑んだ。力みのないやさしい笑い方だった。

 そんなソフィアに、シャブラニグドゥスは「ひゅぇっ」と寄声を鳴いて俯き、慌てて視線をそらした。


「……会見のときから気になっていたんだが、私はそんなに怖い顔をしてるだろうか?」

「ち、違うんです違いますごめんなさいすみません!」

「気を遣わなくていい。愛想が無いとはよく言われた」

「そうじゃなくてですね………あの、その、き、きれいなひとと目を合わすことが出来なくてですね……」

「?」

「フ、フラトコフさんはご本人も魔剣も技も魔法もみんなきれいなので、は、恥ずかしくて……」

「それならなおのこと、きみは目を合わせて欲しい」


 ソフィアは俯きボソボソと喋るシャブラニグドゥスの頭を両手で挟み、顔を上げさせた。


「私を倒したときのきみは、とてもとても美しかった。私の師の名誉に掛けて保証する。ジーニキリーの魔剣士ならば、愛でてやまない美しさだった」


 そこまで言って、ソフィアは苦い感情が出てくるのを悟った。


「……私と違って」


 その苦さが勝手に言葉を作り、口から漏れる。


「――――――そんなことないですよ!!」


 劇的に反応したのは、シャブラニグドゥスだった。


「フラトコフさんはきれいでした! 風の精霊も音も凍ったあのとき、人じゃないみたいにきれいでした!」


 シャブラニグドゥスは自分の顔を挟んだソフィアの手をそれぞれ握り、わめく。


「魔法とか剣技とかだけじゃなくて、ええと、フラトコフさんは美人大陸王者って言われてますし手足も長くてきれいで、あ、あとさっきも良い匂いがしたりお胸も大きくて柔らかくてですねあああああ違くて違くてっ、ええとええっと、とにかくフラトコフさんはきれいなんです!!」


 熱の籠もった声でひたすらまくし立てて混乱するシャブラニグドゥスに、ソフィアは吹き出した。


「変わった子だ」


 そして握られた手を強く握り返す。

 小さい手だった。


「ソーニャでいい。呼びづらいだろう」

「ひぇ、ええと、はい、あ、いえ、ええと………ソーニャさん」


 微笑んでそう言われたシャブラニグドゥスは顔をさらに真っ赤にし、俯きそうになる顔をなんとか上げ、


「じゃ、じゃ、じゃあ、私のことは、リ、リナとお呼び下さぃ……」


 語尾がどんどん萎んで消えていく声に、ソフィアは驚いて「いいのか?」と尋ねた。


「どうぞどうぞどうぞっ」

「ありがとう、リナ」


 ソフィアは笑った。

 シャブラニグドゥス――――リナは奇妙な、下手と言っていい笑い顔を返した。







 そうしているうち、注文していたオレンジジュースと紅茶が届く。


「世界王者に」


 ソフィアはカップをリナへ掲げ、一口飲む。


「え、え、ええっと………ソーニャさんがお咎め無かったことに」


 飲んだ紅茶をソフィアは吹き出しそうになった。


 ………ソフィアとリナの試合は災害だった。

 魔剣の大魔法はセントラル島に異常降雪と暴風、大寒波を起こし、現地に大混乱をもたらした。

 ハリケーン並の強風で木や船が薙ぎ払われ、凍結した道路では多くの怪我人を出した。交通網は麻痺し、あちこちで水道管が破裂した。

 幸いにも死者はなく、試合が終わった後は通常の天候に戻ったため、セントラル島は平穏を取り戻している。

 が、四魔協へは抗議が相次いだ。

 特に魔法被害の補償とソフィア=フラトコフの魔法制限を求める声が多かった。

 このうち被害者への補償は四魔協は手早く対応した。


 が、ソフィアへの魔法制限に関しては頑として拒否した。


『魔剣士が全力を出せないまま魔剣を交えることは、全ての魔剣士への侮辱である』

『今回の件は会場の選定を含め、適切な準備をしなかった運営側の不備である』

『ソフィア=フラトコフ魔剣士は四魔協の想定を遙かに超える力を持ち、その規模は歴代最強と呼んで差し支えない』

『ジーニキリー大陸王者を過小評価し、観客、セントラル島民、大会関係者、およびフラトコフ魔剣士に多大な迷惑を掛けたことをここにお詫びする』




「今後は防護ゴーレムを増やして対応できなければ、無観客試合になるかもしれないな」


 正直ソフィアは観客の有無など気にはしなかった。

 それはリナも同様のようで、「じゃ、じゃあまたすぐ試合できますね」と言った。

 ソフィアは口の中が苦くなる。


「………実を言うと、困っていることがある」

「え?」

「恥ずかしながら、稽古相手がいないんだ」


 ソフィアは大陸王者になった直後、道場を破門されたことを話した。

 リナは「そんな…」と体を震わせた。


「試合になるまで魔剣を打ち合う機会がない。が、コーチングどころか稽古の相手すらジーニキリーでは無理だ。とはいえ他の大陸にはつてがない」

「……」

「稽古相手も、誰でもいいというわけにはいかない。大陸王者と打ち合う実力があり、しかもきみのような高速剣技で私の防御技術を磨いてくれて、かつ時間に余裕がある魔剣士だ。そんな人間はそうそういない」

「…………………う、うぅ」


 淡々と条件を述べるソフィアに、リナはいきなり腹を抱え、顔をテーブルに押し付けた。


「どうした? 腹痛か?」


 加護を受けた魔剣士が? とソフィアは戸惑った。リナはテーブルの上に顔を乗せたまま、首を横に振った。


「い、い、い、い、い、い…………………いると、言えば、いるのです」

「なにが」

「た、大陸王者で、私より全然全然全然きれいなきれいな魔剣技で、い、今はい、い、い、引退された方が……う、うぅううぅううぅうう!!」


 がん、と頭を強く打つリナ。自分の額をテーブルにぶつける。何度も。何度も。オレンジジュースが倒れそうになる。


「リナ!」


 ソフィアは慌ててリナの頭を両手で掴む。

 それでもリナは頭突きをやめようとしない。

 凄い力だった。

 先ほどまでの弱々しい子供のようなそれとは比べ物にならない。

 その頭には激しい熱があった。


「やめろ!」


 ソフィアは魔剣から力をもらい、なんとかリナの動きを制する。

 無理矢理に引き上げたリナの顔は、崩壊していた。

 涙と鼻水で汚れに汚れ、表情はめちゃくちゃに歪み、

 そして紅い瞳には濁った憎悪があった。

 ソフィアが思わず息を呑むほどの激情だった。


「リナ…?」


 ソフィアがそっと呼びかけると、リナはびくっと体を大きく身震いさせ、我に返った。

 憎悪の光が消え去り、か弱い眼差しになる。


「も、も、申し訳ありませんすみませんっ、と、取り乱しました……」

「気にしないでいい。私の言ったことは忘れてくれ。恥ずべきことだった」


 頭から手を離し、ソフィアはリナへ深々と頭を下げた。

 その仕草にリナは慌てて首と手を振る。


「違うんです違うんですちがうんです! ちがくて……」


 うぅ、とリナはうめく。

 そしてまた俯き、ソフィアを見上げ、また俯いては見上げる。それを何度も繰り返した後、リナは告げた。


「………………ジ、ジムニスさんです」


「ジムニス?」


 ソフィアはその名前を聞き、はっとなった。


「ジムニス=イリコルギ? 元カカナ大陸王者の?」


 リナはこくりと頷いた。

 ソフィアは先ほどのリナの異常な行動に納得した。

 ジムニス=イリコルギはリナの前の大陸王者だった。彼女に敗れ、そして引退した。

 そのときリナとの間に何があったのか、ソフィアは知らない。

 だがリナの様子からして尋常ならざる事情があったのは分かった。


「わ、わ、わ、わ、私からの、紹介だって、い、言えば、言えばきっと、お、お会いになれると、思います……」

「ありがとう。それで充分だ。あとは私がどうにかする」


 ソフィアは口調を早めて話を終わらせようとする。

 リナの様子はやはり不安定で、うう、ううぅ、と絶えず唸っており、今にもまた感情が破裂してしまいそうに見えた。

 リナはテーブルにぼとぼとと涙を落とし、骨羽を震わす。


「私に名誉を下さい……斬られる名誉を……ジムニスさんの技で………お願いだから」


 俯き、寒いかのように自分の体を抱くリナ。


「……」


 ソフィアは自分の手元のカップに、備え付けられたシュガーブロックを4つ入れ、溶かす。

 それをリナへ差し出した。


「いい紅茶だ。飲んでみてくれ」


 リナは俯いていた顔をやや上げ、小さな両手でカップを挟み込み、「………ちょうだいします」と言って飲んだ。

 甘く温かい紅茶がリナの喉を通る。

 リナはうめいた。

 啜り泣きながら、再び紅茶を飲む。温かいそれに縋るように、カップを大切そうに抱いた。


「おいじいです……」


 濁音まじりの声で呟き、リナは噎せる。

 ソフィアはハンカチを出し、リナの顔を拭いた。

 ひどく優しい手つきで。




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