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①バーバヤガー

 魔剣の技は美しくあれ、と師匠は言った。


 けれどもソフィアはそうなれなかった。


 彼女は美しくない魔剣士だった。









 



 ソフィアは北のジーニキリー大陸の四魔協(四大陸魔剣士協会)に所属している。


 魔剣士は魔剣がなければ魔法を使えないが、魔剣の加護を得れば無敵であった。

 ジーニキリーの魔剣士達は美しい技の使い手が多いことで有名であり、ソフィアの師匠もその体現者だった。兄弟子達も。

 ソフィアとは違う。


 ソフィアの魔剣は冷却の魔法を彼女に与えた。

 が、その魔法は瞬間的な冷却力を持たなかった。

 一瞬で相手を凍り付かせるようなものではない。そのため攻撃にも防御にも使えない(魔剣闘技には礼装と魔剣以外は持ち込めない)


 さらに魔剣士は魔剣の加護があるため、熱や衝撃、電撃、毒への耐性があった。当然、冷気にも。

 外れの魔剣、と兄弟子達に揶揄され蔑まれた。


「美しくない」


 師匠との習練で手合わせをするたび、ソフィアは師匠にそう言われた。


「美しくない、お前の技も、お前の魔剣も」


 繰り出される師匠の剣技の数々をひたすら防御し続けるソフィアは、彼の言葉に言い返したくてたまらなかった。


 ……私の魔剣は美しい。私が美しくなくても。


 防戦一方で、そして次第に力を削り取られ、吹き飛ばされて敗北するまで、ソフィアはずっと思い続けた。叫びたかった。だがそれをする力がソフィアにはない。

 ソフィアはずっと自分の魔剣に謝り続けた。






*** *** ***





 魔剣士が最初に与えられるのは、ただの木剣だった。

 しかし魔剣士へ成る儀式が行われると、そのただの木剣は魔剣に変貌する。

 魔剣が宿るのだ。


 魔剣の本体はその刀身ではない。

 ここではないどこかかから、魔剣が魔剣士の元へ降臨する。

 一度この世界に降臨した魔剣は、その宿った剣が壊れない限りこの世界に留まり続ける。そのため使い手を変えて渡り歩く魔剣もある。


 ソフィアの魔剣は、この世界に降臨したばかりの魔剣だった。

 ソフィアのためにやってきた、藤色の魔剣。

 美しいと彼女は思った。


 それを証明できない自分を、彼女は呪った。





*** *** ***




 全てが変わったのは、バーバヤガー討伐のときだった。



 バーバヤガーはジーニキリー大陸の北の奥地に棲む生物で、様々な魔法を使い、時に人里に被害をもたらす。

 その時のバーバヤガーは激しい氷雪の嵐を巻き起こし、田畑も家畜も凍り付かせ、村や町さえ廃棄させるほどだった。

 ソフィア達の一門に、そのバーバヤガー討伐の依頼が来たのだった(スポーツ化したカカナ大陸と異なり、ジーニキリー大陸では魔剣士が生物駆除を行うのは昔から行われていた)

 兄弟子達と共にソフィアは討伐隊に選ばれた。

 討伐依頼の経験を踏めば何か変わるかもしれないと師匠は思ったのだ。


 ……その思惑は的中した。彼の想像を超える結果で。






 そのバーバヤガーは、討伐隊が想定したよりも遙かに強力な生き物だった。



 猛烈な吹雪によって過冷却された豪風が正面から吹き付ける。畑であった場所は純白の雪原と化し、氷点下の烈風が周囲の全てを巻き込んで渦巻いていた。

 それはもはや竜巻だった。

 魔剣の加護を受けた魔剣士でさえ近付くことが出来ない。風に耐えられてもその冷却力が魔剣士の体温を信じがたい勢いで奪っていく。

 遠くから仕留めようにも、この嵐の中でバーバヤガーがどこにいるかも分からない。打つ手は無かった。


 ソフィアを除いて。


「………すごい」


 極寒の竜巻の中へ踏み入れるほどの加護を、魔剣は与えていた。桁違いの冷気耐性だった。

 水が一瞬で凍結する荒々しい冷気も猛風も、ソフィアを苛むことは無かった。

 そしてソフィアと魔剣は、この冷凍する竜巻が魔法によって出来ていることを悟った。

 魔力の流れ、魔法の使い方、そういったものを見て取り学んでいった。


「出来るか? これが」


 ソフィアは尋ねた。自分の魔剣に。

 藤色の魔剣は肯定した。


「よし」


 ソフィアは魔剣を振り上げた。

 魔剣の切っ先が離れ、宙に浮く。

 その先端は周囲のものを冷却し始める。バーバヤガーの魔法を真似するように。


 すでにバーバヤガーによって充分冷やされた風をさらに冷やすのは、時間が掛かった。

 けれどソフィアはその時間にも耐えた。兄弟子達なら数分で凍り付いてしまう極寒地獄の中を、ソフィアはずっと魔法で冷やし続けた。

 そのうちソフィアは、恐ろしいほど冷えた風を魔法で動かせることに気付いた。

 手足のように細かく動かすことは出来ないが、彼女はその冷風でぐるっと渦を巻いてみた。


 途端、ソフィアと魔剣を中心にした竜巻が生まれた。

 こうやってたのか、とソフィアは感動した。


 まさにバーバヤガーが今まさに巻き起こしている竜巻の魔法だった。

 ソフィアの生んだ竜巻は最初はバーバヤガーの竜巻に簡単に掻き消されたが、コツを掴み、そして魔剣の魔力が強くなっていくに従い、打ち消されず存在し続けるようになった。

 ソフィアの竜巻は急激に大きく成長した。


 今やバーバヤガーの竜巻が、ソフィアのそれに掻き消されていく有様だった。

 銀世界の支配者はバーバヤガーではなくソフィアだった。


 そして白銀の空間の中央に、石臼に乗った人型の生き物をソフィアは見付けた。

 バーバヤガーである。

 人間には分からない言葉で喚き声を上げるそれへ、ソフィアは魔剣士の正式な礼を丁寧な動作で行った。


「ありがとう」


 疾駆し、振り抜き、ソフィアはバーバヤガーの首を刎ねた。





*** *** ***





 凱旋した後のソフィアは、基本である防御の剣技に磨きを掛けた。

 相手を倒す技さえ持っていないのに何の意味があるのか、と誰しもが疑問を抱いたが、彼女の師匠は好きにさせた。


 赤銅級から白銀級になって以来、ソフィアは勝てずにいた。

 彼女がバーバヤガー討伐で何かを掴んだのなら、それを確かめさせたかった。

 そうして彼女は魔剣闘技の試合に出た。



 ……そこで初めて、ソフィアはあの冷却の竜巻を使った。



 最初に対戦相手が思ったのは戸惑いと失笑だった。

 ソフィアの冷却魔法はそう強いものではない。発生したての竜巻は魔剣士なら動きが鈍くなる程度で、魔剣の加護を突破するほどではない。

 彼はソフィアに襲いかかった。

 ソフィアはひたすらそれを捌いた。自身からは決して攻めず、ただただ耐えた。相手もソフィアの徹底した防御に手をこまねいた。


 そうしているうち、変化が起きた。

 ソフィアの竜巻が異様に強く冷たくなったのだ。


 闘技場の風に含まれた水がダイヤモンドダストとなって降り注ぎ、辺り一面をのべつ幕なし冷やしていく。

 風の勢いもどんどんと増し、対戦相手の魔剣士はどんどん動きの精彩を欠いていった。

 観戦している魔剣士や関係者も魔法で対応しなければならないほどだった。


 そんな中で、ソフィアの動きだけが何も変わらなかった。

 動きの鈍くなっていく対戦相手を容易に捌き、さらに冷却の魔法を強くする。

 相手の動きは劇的に悪くなっていった。


 彼の魔剣の加護を、ソフィアの魔剣の魔法が上回ったのだ。


 誰もが荒れ狂う烈風に苛まれる中、ソフィアは何も起きていないかのような動きで、対戦相手を薙ぎ払った。

 袈裟斬り一閃。まともに決まる。



 ソフィアは勝利した。












 このソフィアの戦い方は彼女の一門の中で物議を醸したが、最終的には放置することにした。

 しょせんは奇をてらった一芸であり、いずれは通じなくなる。それが兄弟子達の結論だった。

 が、師匠だけは意見を異にした。


「ソーニャを破る算段をつけておけ、今のうちに」


 師匠は弟子達に言った。


「その時になってからでは、もう遅い」


 弟子達は師匠の言葉の意味が分からなかった。

 彼らがその意味を理解するのは、ソフィアがその戦法の完成度を驚くべき勢いで高めていき、白銀級では敵なしとなったときだった。


 ソフィアは防御の剣技を呆れるほど磨き上げた。

 最初はただの打ち込み人形と兄弟子達に蔑まれたソフィアの防御は、ほとんど鉄壁の域に達していた。黄金級に属する兄弟子の魔剣士ですら、ちょっとやそっとでは攻略できずにいた。

 そうやって粘っている間に、ソフィアの魔剣は強力な冷凍旋風を巻き起こす。生半端な冷却魔法ではない。黄金級でさえ魔法や魔剣技を繰り出すことが出来ず、ましてや白銀級では手の打ちようが無かった。ソフィアの魔法はそれほど強力だった。


 そしてついに、ソフィアは白銀級から最上位の黄金級へ昇格した。

 彼女の猛威は止まらなかった。

 

何人かの黄金級魔剣士が彼女の防御を突破して敗北させることはあったが、敗北する度にソフィアはより堅固な防御を練り直した。負けるたびに強くなった。

 黄金級の魔剣技をもってさえ、魔法なしのソフィアを倒すことは出来なかった。

 そしてそんな鮮やかな魔剣技も、ソフィアの極寒魔法に蝕まれ、見る影もなく鈍重になる。

 美しい技を信条とするジーニキリーの魔剣士たちにとって、ソフィアの戦い方は侮辱そのものだった。


「あんなものは技ではない」


 ソフィアへの批判は止まらなかった。


「ただ魔法を力任せに放っているだけだ」

「品性など微塵もない」

「あれではもうバーバヤガーだ」

「魔剣士ではない」




 ……その頃になると、ソフィアは一門の中で完全に孤立していた。


 兄弟子達は当然彼女の戦いをよく思っていなかったが、今や誰もソフィアを破ることが出来なかった。彼女がこの戦い方を始めたときとは比べ物にならないほど、ソフィアの技量は高まっていた。

 総合的な強さで言えば彼女より優れた者は一門に何人もいたが、誰もソフィアの鉄壁を破ることは出来なかった。ソフィアの冷却魔法に抗える者も皆無であり、つまり一門の中でソフィアは無敵だった。


 ソフィアは誰とも練習を組めなかった。

 師匠しか彼女の稽古を付けなかった。

 師匠だけは、ソフィアのやり方に何も言わなかったのだ。

 ただ、


「今のお前の戦績ならば、大陸王者への挑戦権がある」


 彼は言った。


「挑むか? 大陸王者に、その戦い方で」


 はい、と彼女は頷いた。



 こうして、ソフィアの王座挑戦が行われた。

 ジーニキリー大陸王者防衛戦である。






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