俺が悪役?
「麻里弥……! 目が覚めたのね!」
まぶしい光と共に目に入ったのは、憔悴しきった女性のうれしそうな笑顔だった。
「…………ええと……ここは……」
辺りを確認しようとして、痛みに体を強張らせた。
うまく力が入らず、まるで自分の身体じゃないみたいだった。
「いいのよ、麻里弥。ずっと意識が戻らなかったんだから、無理しないで」
背中を撫でる優しい手のあたたかさに、息をつく。
「麻里弥……俺の名前って…………」
その言葉に、目の前の女性は表情を曇らせた。
「そんな、わかるでしょう? 花總麻里弥よ。私の息子……っ!」
ああ……"悪役"の名前だ……………!!
その後麻里弥はすぐに意識を再び失った。しばらくして目覚めた麻里弥を待っていたのは、度重なる医者の問診だった。
身体の痛み、そして認知についての確認が主で、頭を打った衝撃で、意識に混乱が生じている可能性があると告げられた。
寝たきりの生活で落ちてしまった体力以外、幸いにも身体に大きな異常はなかったが、麻里弥は経過観察のためリハビリしながらしばらく入院することとなった。
混乱しないため家族しか見舞いには訪れないが、その中でも次第に、自分に何が起こっているのか、少しは整理ができるようになってきた。
まず、俺は花總麻里弥である。それは間違いない。目覚めた直後こそ記憶が混乱していたが、階段を落ちるあの瞬間までの記憶は確かにあるし、客観的な事実もそこに疑いようはない。
だが、橘健也のことは、『そんな人物のことは誰も知らなかった』し、住んでいたはずの場所や学校さえも『存在しない』ものだった。
医者曰く、意識が戻らなかった間、周囲の音の影響を受けて夢を見てしまっていたのではないか、という話に落ち着いた。しかしそれにしてはあまりにもリアルな体験だった。
この世界がゲームだというのは荒唐無稽な話だ。しかし少なくとも健也の記憶は、麻里弥の自分の立ち位置がいかに偏ったものだったか、客観視させるには十分だった。