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すべてのはじまり

「花總、俺……君のことが……」

春うららかなその日、踊り場で花總を引き止めたのは、見知らぬ長身の男子生徒だった。青いブレザーに緑のタイ、胸元には卒業生の証である、白い花が挿さっている。


呼び止められた花總こと、花總麻里弥は、陽の光にきらめく色素の薄いゆるくカールした髪に、長いまつ毛に縁取られた気品のある瞳、白磁のような滑らかな肌をした美少年である。背丈こそ平均と大きく離れてはないものの、ひどく華奢な分一回りも二回りも小さく見える。まるで大人と子供だ。


事実、緑のブレザーに身を包んだ麻里弥は中等部生で、目の前の生徒とは年が離れている。


しかし、麻里弥は意に介さず、冷ややかな目を向けた。

「ふーん……あなた誰? 興味ないんだけど」

言葉に詰まる男子生徒を尻目に、麻里弥は"いつもの通り"身の程を弁えない無礼な存在を無視しようとした。


「ま、待ってくれ!」

「ーー嫌!」

引き止めようと、咄嗟に伸びた男子生徒の手を振り払ったのがいけなかった。


麻里弥の体は階段の前でバランスを崩し、勢いよく階下へ転げ落ちていった。

リノリウムの床にぶつかる鈍い音が廊下に響き、そして少し遅れて、その惨状を目の当たりにした生徒たちの悲鳴が反響した。


***


長い夢を見ていた。


夢の中で僕は橘健也という名前の、至って平凡な大学生だった。趣味らしい趣味はなく、しいていうならゲーム全般。サークルやゼミの仲間と遊ぶ時以外は専ら家でゲームをしている。

麻里弥は今までテレビゲームをした覚えはなかったが、夢の中では当然のように何をすればいいか、全ての勝手がわかっていた。


その日も健也は黙々とレベルを上げていた。

しかしカーテン越しにずっと聞こえていた唸るような声は、流石に無視できなくなった。

「姉ちゃん…………俺いるんだけど」


カーテンで仕切られただけの姉と俺の子供部屋は、小学生の頃から変わっていない。

「健也! 急に開けないでよ。びっくりした〜」

毛足の長い部屋着に身を包んだ一つ上の姉は、ムッとした顔で振り返った。


「うるさいからだよ。何かあったの?」

「ごめんごめん。ゲームが難しくてさあ〜…」

そう肩を落とす姉の手には、確かに携帯ゲーム機が握られていた。

姉はせいぜい飼育ゲーくらいでゲーム自体あまりやらないのに、難しいゲームなんてめずらしい。

「そんなに難しいなら、少しくらい手伝ってもいいけど」

そしてこの直後、この言葉を後悔する羽目になったのだった……。


「そこ! そこで事故チュースチルがあるはずだから、生徒会長に声をかけて……ってああ、副会長出てきちゃった……」

「このゲーム乱数おかしくね?」


姉のやっていたのはBL学園ゲームだった。


お坊ちゃんばかりの全寮制、中高一貫の男子校に編入生として入ることになった主人公は、親族の勧めで変装でその美貌を隠すが、その気さくかつ物おじしない性格から美形ばかりの攻略キャラに好意を持たれるようになる……という内容だ。元々は何か原作があるらしい。

何から何まで、ツッコミだらけの世界観だが、ある意味完成された世界で、ギャグとしてみれば面白くないこともない……かもしれない。


ゲームシステム自体は古典的な、選択肢とパラメータで攻略キャラとのエンディングをむかえる恋愛シミュレーションゲームで、転入から三年生の卒業式まで、約半年間の物語だ。


少し失礼にも感じるほどの飾り気のない率直な選択肢を選ぶと全員好感度があがりやすい。これが『オモシレーやつ……』ということなのだろうか?

コツは少しわかってきたが、特定の相手とのルートに狙って入るのが難しい。横から指示を出してくる姉の言葉を適度に聴き流しながら、ゲームを進める。


すると、今まで出てきた大柄な美青年たちとは毛色の違う立ち絵が登場した。

「お、かわいい」

口をついた言葉に、横で見ていた姉がふふふ、と微笑む。

「わかってるだろうけど、この子も当然男だよ」

「……男子校だもんな」

肩のあたりで緩くカールしたボブヘアにフリルのついた白いブラウス、気の強そうな大きな瞳……窓の下に薄らとスラックスが透けてさえいなければ、どうみても美少女だ。

ちなみに窓に出るセリフは「生徒会長様に近づくなんて身の程弁えなさいよね!」みたいな内容ではあるが……。

「生徒会長の親衛隊……。攻略キャラじゃないんだろ?」

きらびやかな男たちが並ぶパッケージにこのキャラは居なかったはずだ。

「うん。悪役みたい。このままだと確か……」


その時、画面に出ていた名前はーー。

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