第24話 陽輝と李音
「ちょっと待ってください理事長、決闘が終わったのなら通常のテストでいいのではないですか?」
李音が意味が分からないと言いたげな表情で精華に詰め寄った。
通常の実力テストは魔法であれば、自身が持つ最大の魔法で教師達が作ったゴーレムに攻撃を行って採点する。
妖力を使った攻撃であれば自身が最も得意とする攻撃でその能力に合わせたテストを行う。
例えばその者が自身の妖力で武器を生成するならその武器で的を攻撃、アマナのように自身を強化させるものなら教師と決闘などだ。
決闘を観戦していた者は、教師達によって順々にそのような実力テストを行っている最中だ。
シノブもAクラスのみんなと共に会場へと向かって行ったため、陽輝たちの周辺にはもうほとんど人はいなくなっていた。
ちなみに累によって気絶させられた皇眞は救護班が回収済みである。
「この3人は通常のテストでは実力が図れない。」
「だからと言って私達とはっ」
「大丈夫だ、陽輝と美羽は学年トップ2、そして神山はそれに次ぐトップ3だ。」
「またそんなっ!身内だからと特別扱いしては他の生徒に示しがつきませんよ!」
「特別扱いかどうかは自分で見て確かめろ。確かに陽輝は試験免除で学園に入れたがそれ以上のことはしていない。」
精華は李音が陽輝と美羽の入学に納得していないことは分かっていた。
だからもともと、この風紀委員に陽輝たちの相手をさせようと考えていたのだ。
シャルムは陽輝の契約精霊ということにしているため、厳密にはここの生徒扱いではない。
皇眞達との決闘である程度は賄えると考えていたが、思っていた以上に相手になっていなかった。
「俺はいーよ、相手しても。だたし相手は天野だ。」
「私も構いませんよ、じゃあ私のお相手は神山くんかしら。」
「サクマ、晶まで。…分かりました。ですがこの人の実力が否めないようなら、即刻学園から去ってもらいます。」
そう言って李音は陽輝を睨み付けた。
美羽が李音の態度に苛立ちを見せているが、美羽の相手はサクマであるため我慢しているようだ。
「じゃあまずは陽輝と梓竜院からだ。ここ周辺には結界を張らせているから好きなだけ暴れろ。」
精華は事前に華那に頼んで結界を張ってもらっていた。
陽輝と李音以外は結界の外に行こうとしたところ、陽輝が精華を呼び止める。
「精華さん、どうしてもやらないとダメですか?」
「…陽輝、そろそろ前へ進め。昨日も言ったようにそれを付けていれば暴走することはない、安心しろ。」
そう言い残して精華は結界の外へと出て行った。
陽輝はそれを不安そうに見届け、李音と向き合うと妖力で作り出したのか、李音の手には槍が握られている。
その姿に違和感を覚えた陽輝は思わずといった様子で首を傾げて口を開いた。
「君はわざわざ武器を使うんだね。」
「…どういう意味かしら。」
陽輝の言葉に険しかった表情を更に顰めさせたが、話はきいてくれるようだった。
「竜の血を引く君は亜人族の中でもトップクラスのはずだ、武器なんて必要ないでしょ?」
「…へぇ。」
「彼よく知ってるわね。」
陽輝の言葉に反応したのは対峙している李音、ではなくサクマと晶だった。
亜人族は人族の血を濃く受け継ぐため、他種族と比べるとどうしても身体能力や妖力・魔力の扱いが劣ってしまう。
だが、最強の生物と言われている竜の血を引く亜人となると話は変わる。
たとえ人間の血が混ざっていようとも、その能力は他の種族にも勝るのだ。
更に李音は角と翼、そして所々にある鱗を見るに、竜の血を色濃く受け継いでいるのだろう。
実際に李音は本来であれば武器なんて邪魔でしかないからと使うことなどないのだが、それでは実力に差ができすぎるため止む無しに槍を使っていた。
だがそれを、李音のことを知らない陽輝が指摘したことに対してサクマと晶は驚きの声を上げたのだ。
李音は今回もハンデとして武器を妖術で作り出していたのだが、陽輝の言葉を挑発と受け取ったようで作り出していた槍を消した。
「…では手加減は不要、ということで良いのね?」
「っ!」
李音はそう言って、合図と共に間合いを詰めて陽輝を結界の端まで蹴り飛ばす。
その速さと威力に陽輝は驚いたが、腕でガードする事によってダメージになることは防いだ。
その後も止むことがない李音からの攻撃を全て防ぎ続ける陽輝だが、何故か反撃しない。
いや、反撃はしてきているのだが、反撃というにはあまりに優しいものだった。
「あなたが理事長贔屓では無い事は分かったわ。でも守るだけでは実力テストにならないわよ。」
対峙している李音も反撃できるはずなのに何故かしないことに気付き、それを指摘した。
李音は正直、陽輝が自分の攻撃をすべて防げるとは思っていなかったため、内心驚いている。
サクマでも何発かは入るはずなのに、陽輝には不意を付いた初めの蹴りでさえ防がれたため、理事長の贔屓目などではないことは良くわかった。
だがこれは実力テスト、陽輝がどのようなスタイルで戦うのか、どれくらいの実力なのか知る必要がある。
いくら李音が認めたとしても陽輝が仕掛けてこない限り終わらないのだ。
「僕は…」
「陽輝!お前が思っているほど人族も亜人族も柔ではない!」
陽輝が何かを言おうとしていたが、それに被せるように精華が結界の外からそう叫ぶ。
李音は精華の言葉に何かを察し、構えていた腕をおろした。
「…あなた、暴走したことがあるの?」
「……。」
陽輝は李音の問いには何も答えずどこか戸惑った様に視線を精華と李音に行き来させている。
それを肯定だと受け取った李音は陽輝にゆっくりと近づき、その体を優しく抱きしめた。
「『っ!な、な、』」
「学園は力の使い方を学ぶ場所。ごめんなさい、あなたのような人にこそ必要な場所なのに。」
「李音さん…。」
その光景に美羽とシャルムが絶句しているが、李音は更に力を込めて陽輝を抱きしめる。
李音も過去に竜の血を引く亜人族故に、その多すぎる妖力を扱いきれず大きな被害を出してしまったことがあった。
幸いにも父である竜が受け止めてくれて、大きい被害だったがそれでも最小限で済んだらしい。
だがその日以来、周りから腫れ物を扱うような扱いを受けるようになり、次第にそれは悪質なものへと変わって行き、李音とその家族はその村を去ることを余儀なくされた。
今では学園通えるようになったこともあって、上手く扱えるようになったが、そうなるまでに長い年月を必要とした。
陽輝の過去に何があったかは李音には分からないが、それでも力を使うことへの抵抗は理解できる。
暴走が怖くて人族と関わりたくない陽輝が、望んで学園に来たとは李音は思えなかった。
精華が試験免除で入れたと言っていたのもそういった事情があったからなのだろう。
「陽輝と言ったわね、私はあなたの言ったように亜人族の中でも身体能力が優れているわ。だから、あなたが多少暴れたところで倒れたりなんてしない。」
「……本当に?」
「えぇ、竜の血を舐めてはだめよ。」
李音はそう少し戯けた様子で抱きしめていた陽輝から離れた。
陽輝はまだ不安そうに李音のことを見ていたが、その李音が力強く頷く様子を見て、陽輝も覚悟を決めたようにその姿を変えた。