第22話 聖精獣のシャルム
「うん。よろしくねシャル。」
そう言ってシャルムの顎をひと撫ですると、嬉しそうにしたシャルムはやる気になったのか、陽輝の肩を降りて孤野谷と対峙する。
「僕の相手は兎の獣だったはずですが、まぁいいでしょう。どうせ同じ獣です、獣なら殺しても何の問題もないでしょうから。」
「『羽虫がブンブンと、耳障りですこと。でも陽様に任されましたから、少しだけ力を入れてあげますわ。』」
そう言ったシャルムの声はおそらくここにいる全ての者が聞き取れた。
もともと聞こえていた者にはシャルムの声が二重に聞こえていただろう。
なぜ、と皆が疑問を浮かべてよりも早く、シャルムは雪のように真っ白い髪に、ルビーのような赤い瞳をした美しい女性へと姿を戻した。
シャルムは元々契約したら人型になる精獣なのだが、小さい方が陽輝に抱えてもらえるため、普段は小さくなっている。
だが欠点として小さくなっていると精霊の言葉しか話せないが、陽輝とは会話ができるからと、シャルム自身は特に不自由は感じていない。
人型であるため精獣と呼ばれることを少々不服に思っているが、人型の精獣はシャルムのみ故に仕方がないと割り切っている。
人型になったことでシャルムが聖精霊の精獣だと気付いた者が多く、大きな歓声があがった。
だがもろろんのこと、対峙している狐野谷にはそれが分からないようだ。
「はっ、人に化けられるからといって、所詮は獣。僕たち人間様に敵うわけないんですよ!〔この身に宿りし妖の力よ、我が敵を…」
「詠唱しないと発動できない時点であなたに勝機なんてありませんのよ。それに気付けないなんて、本当に愚かな人間ね。まぁいいでしょう、一度だけ攻撃させてあげますわ。」
詠唱を始めた狐野谷に対して呆れたようにそう吐き捨てたシャルムは手をかざして光の壁を作り出した。
シャルムが行ったのは聖魔法の初期魔法である〔光の障壁〕である。
孤野谷は無詠唱で魔法を発動させたシャルムに少し驚いているようだったがそのまま詠唱を続けた。
「粉砕矢!〕はっ、そんな初期魔法で僕の攻撃が防げるわけないでしょう!」
「…あなた本当に教養がないのですね。」
狐野谷の詠唱によって現れた数本の矢がシャルム目掛けて飛んでくる。
しかしその矢は、シャルムが作った壁によって意図も簡単に止められてしまっていた。
それを目にした狐野谷は信じられないといった表情で固まってしまう。
魔法というのは初期だからといって威力が弱いわけではなく、使う者の力量に合わせて強度も変わってくるのだ。
極端に言えば、力量のない者が究極魔法を使ったとしても殆どの場合が不発に終わるか、発動しても物凄く微力になる。
初期魔法は簡単に使えるから初期なのであって、初期=弱いというわけではない。
これは精霊族や妖精族はもちろんのこと、魔力を持つ者なら知っていて当然なのだ。
だが人間族ではこの知識は一般常識ではなく専門分野になるため、知らない者がいても不思議ではない。
シャルムの言う教養がないという意味は、よく理解もできていないのに初期だからといって舐めてかかることに対しての言葉だ。
「こ、こんなこと有り得ない!この、妖狐の血を引く僕の攻撃をあんな初期魔法で!」
「あなた、妖狐と言っても野狐でしょう。それでよく高貴だなんて言えたものですわね。」
一概妖狐と言っても、妖狐にも種類がある。
神に匹敵すると言われている天狐、長い修行を経て力を手にした仙狐、9本の尾を持つ九尾狐などがいるが、野狐は妖狐の中でも底辺に位置する妖怪だ。
野良の狐という意味で野狐と言われているほど力を持たない妖狐なのである。
「貴っ様!どこまで僕を馬鹿にする気だ!〔この身に…」
「あいにく私、あなた方のように甚振る趣味はございませんの。身の程を知りなさい。」
言い当てられた狐野谷は先ほどまでの口調はどこへいったのか、顔を赤くして詠唱を始める。
だがシャルムはそんな猶予を与えることなく聖魔法の〔光の人形〕を創り出した。
そして5mほどあるそのゴーレムは大きな腕を振りかぶって、狐野谷を弾き飛ばす。
避けることができなかった狐野谷はそのまま弾き飛ばされて、その衝撃で気絶したのか、立ち上がることなく動かなくなった。
シャルムはそれを見届けることなく、弾き飛ばした瞬間ゴーレムを消して陽輝の元へと戻っていく。
見ていた者は、死んでいるのではないかとざわざわしていたが、気を失っているだけだと分かると大きな歓声があがった。
聖魔法は比較的珍しい魔法に部類されている故に、それを身近で見た者たちの興奮は頂点に達している。
「さすがAクラスだぜ!レベルが桁違いだ!」
「次もやっちまえー!」
シャルムの美しい姿も相まって、陽輝たちを応援する声が先ほどよりも大きくなった。
戻ってきたシャルムは姿を変えて小さくなると、美羽の方へと飛び乗る。
その瞬間落胆した声が少し聞こえたがシャルムは完全無視した。
「お疲れシャル。珍しいね、人間相手にわざわざ元に戻るなんて。」
『ただの気まぐれですわ。』
美羽の肩に乗ったシャルムを陽輝が優しく撫でると皇眞の待つ中央へと歩いていった。
「まさかあなたが乗るとは思わなかったわ。」
『腹を立てているのはアルジェだけではなくってよ。』
美羽の言う乗るというのは、肩にという意味ではない。
シャルムも美羽と同じように、陽輝を馬鹿にされて腹を立てていた。
だから美羽の思惑に気付いた時、不本意ではあるが乗っかろうと思ったのだ。
生き物とはとても単純で、より美しく愛らしい方を応援したくなる。
美羽も陽輝も美しい容姿をしているため、そこに珍しい聖魔法を使う自分が加われば間違いなく観客は陽輝たちを応援し始めるだろう。
そう考えたシャルムは、わざわざ姿を戻して聖魔法を使って相手を叩きのめしたのだ。
それほどまでに美羽とシャルムは陽輝を大切に思っている。
「良く言えば策士だが、腹黒いだけだからなあの2人は。」
「あの2人はそうならざるを得なかったのでしょう。陽輝君の過去を知れば、おそらく私も同じことをする。」
「…美羽から聞いたのか。」
あの人間嫌いの美羽が陽輝にすら隠している彼の過去を、人間である累に話していることに驚いた。
累の言う通り、美羽とシャルムは陽輝を今に至るまで守り続けているが、それではダメなのだ。
いい加減に過去と向き合い、前へと進まなくてはならない。
そう思って陽輝を無理やり学園に入れたのだが、美羽が累に話したと言うことは前へ進もうとしているということだ。
そう思った精華は驚きと同じくらい嬉しく感じていた。
「さて、最後は陽輝の番だ。」
「見るまでもなく結果が分かりきっていますが。」
精華を累は気持ちを切り替えるように陽輝と皇眞の試合に目を向けた。




