第19話 稀な兎人
森から戻ってきた美羽と累は陽輝に出迎えられ帰宅した。
もう夜も遅いということで、陽輝は累に泊まっていくことをすすめて客室へと案内し、食事と入浴を済ませて先に休ませた。
陽輝が連れ帰った兎人種の少女はシャルムが治癒魔法をかけた後も起きることはなく、この様子だと朝まで目覚めることはないだろうと寝具を用意して居間に寝かせている。
念のためシャルムがそばで様子を見るということで、陽輝と美羽も自室へと戻り体を休ませた。
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兎人種の様子を見るため普段より早めに体を起こした陽輝は、着替えを済ませると居間へと足を運んだ。
扉を開けるとまだ兎人種の少女は起きていないようで、代わりに近くで丸くなっていたシャルムと目が合った。
『おはようございます陽様、兎人種の様子を見にこられたのですか?』
「おはようシャル。そうなんだけど、まだ寝てるみたいだね。」
『…叩き起こしましょう。』
「ダメだよもう。後は僕が見てるからシャルは食事の準備お願いできる?」
『分かりましたわ。』
シャルムは体を起こして軽く伸びをすると、そのまま台所のある方へ消えていった。
それを見届けた陽輝は少女の近くに腰を下ろし、テーブルに肘をついて少女を眺めた。
(にしてもよく寝るねこの子。襲わせかけたのに、危機感というものはないのか。……お?…)
「んぅ…」
陽輝が眺めていると少女が身体をよじらせた。
兎人種は他の獣人に比べてると感知能力に長けており、他の者の気配に敏感なのだ。
流石に近くにいた陽輝の気配は察知したようで、その少女はずっと閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「?…ここは…」
「目が覚めたみたいだね。おはよう、ここは僕らの家だよ。」
「…!」
陽輝がそう声をかけると少女はびっくりしたようで、飛び起きて部屋の隅へ逃げるように移動し陽輝を警戒した。
だが陽輝に助けられた事を思い出すと、警戒心を解いて頭を下げてお礼を言う。
「た、助けていただき、ありがとうございます。」
「うん、体の方も大丈夫そうだね。でも、どうして森の中にいたの?」
もともと軽傷だったこともあり体の怪我ももう大丈夫そうだった。
陽輝が話を聞くと、少女の名前はシノブというようで、帰宅しようとしたところ、偶々すれ違った彼らとぶつかってしまい、謝っても許してもらえず攻撃されて追いかけ回されたようだ。
「それで森に逃げてきたという事か。」
「は、はい、こっちに来れば助けてもらえるよって言われたので…。」
「…え?」
「主、おはようございます…彼女はなぜあんな部屋の隅に?」
陽輝がどういう意味か聞き返そうと口を開こうをするとタイミング良く、美羽が起きてきた。
「おはよう美羽、目が覚めたら僕がいてびっくりしたみたいなんだ。」
「そうですか。…別に取って食ったりしないからもっとこっちに来なさい。」
「は、はい!すみません。」
(?…美羽が警戒しないなんて珍しいな。)
美羽に促されてシノブは恐る恐るといった様子でこちらに近付いた。
美羽は基本、誰であろうと初めは威嚇していたのだが、シノブに警戒していない美羽を陽輝は不思議そうに眺める。
その視線に気付いた美羽は首をかしげるも、陽輝の言いたい事が分かったようだ。
「彼女からは、負の感情が全く感じなかったので。」
(まぁ人間じゃない部分が大きいけど。)
あらゆる情調感知に長けているが故に美羽は、初めて会う者を警戒する。
累に対しても警戒していたのは彼が人間だったからだ。
どの生き者にしても負の感情を持っていない者などいない。
だがシノブは陽輝に対しての負の感情は全くなかったため。美羽も警戒しなかったのだ。
なるほどなと陽輝が納得していると、居間の扉が開いて累が起きてきて、食事の用意ができたシャルムが戻ってきた。
「おはよう陽輝君、美羽君。兎人種の子も目が覚めたみたいだな。」
「…!」
「大丈夫だよ、彼は君を虐めたりしないから。」
人間に攻撃されたせいか、累を見て警戒の色を見せたシノブを陽輝が優しくなだめた。
そしてシャルムは、美羽の肩に乗ると台所の方を指し、
『アルジェ、食事を運ぶの手伝いなさい。』
「何?…あぁ、食事を運べと。」
言いたいことが分かった美羽は、シャルムに急かされながら手伝いに行く。
陽輝はシノブにも朝食を食べるようすすめようと顔を向けると、目を見開いて固まっていることに気付いた。
「どうかしたの?」
「…先ほどの、あれは精獣様ではありませんか?」
「シャルムのことか、よく知ってるね。」
「勿論です!…まさかお会いできるなんて。」
精獣は精霊の最高位に位置する者のことを指す。
一度契約すると美しい姿に変わり、中でも獣に変わる者が多い事からそう呼ばれている。
精霊族は魔力を持つ者にとって憧憬の存在で、精獣ともなれば幻の存在といっても過言ではない。
「彼女は精獣だったのか、それは知らなかったな。」
「…僕は累が精獣の存在を知っていることに驚いたよ。」
累が知らないのも無理はない。
もともと精霊が人間に見えることも、人間の前に現れることも珍しいのだ。
そして人間の持つ魔力の量は他の種族に比べて少ない者が多い。
人間が契約できるのはどれだけ魔力を持っていようとも上位精霊までだ。
だから今まで精獣と契約できた人間は1人もいない。
故に人間の書く歴史の書物に精獣が描かれているわけがないのだ。
精獣の存在をしているだけでも充分物知りだといって良いだろう。
「知っているといってもその名前だけだ。」
「それが充分凄いんだって。」
「主、お食事をお持ちしました。」
陽輝が驚きを通り越して呆れていると美羽とシャルムが朝食を持って戻ってきた。
シャルムは戻ってきて早々に陽輝の膝の上へと飛び乗り寛ぐ。
するとシノブは興奮したようなキラキラとした瞳でシャルムを見て、ゴンっ!と音がなる程勢い良く頭を下げた。
「あ、あの!聖精霊の精獣様とお見受けします!怪我を治していただきありがとうございました!」
『え、えぇ。それより、今凄い音がなりましたが…。』
「いえ!あなた様と出会えたことに比べるとこんなものどうってことないです!」
『そ、そう。…?あなた、私の言っている意味が分かるの?』
「勿論です!透き通るような美しく綺麗な声がはっきりと聞こえてます!」
「「えっ!?」」
「やっぱりそうか。」
そう言って顔を上げたシノブの額は少し赤くなっていたが、美羽と累はシノブの言葉に驚いていた。
本来、精霊族の声が聞き取れるのは妖精族の血を引いている者だけだ。
精霊と契約した者も聞き取れはするが、それはその契約した精霊だけであって。精霊全ての声が聞き取れるわけではない。
だが稀に膨大な魔力を持つ者が聞き取れることがあるのだ。
「やっぱりって陽輝君、気付いていたのか。」
「まぁね。でも魔力を持った獣人は初めて見たよ。」
人間から逃げている時声がしたとシノブが言ったことから、あるていど予想していた。
おそらく声というのは森にいる精霊達のものだろう。
魔力を持っているのは過去に妖精の血が入った亜人族と交わった者がいたからとのことだった。
そこまで話して、まだ朝食に手をつけていなかったことに気づき、学校へ行く時間も迫っていたため急いで済ませて家を出た。




