8話 異様な空気
「騎士団副団長…」
目の前にいる圧倒的な存在感。これが聖騎士団副団長なのか。
「これから君の素性と例の人の求めていた人なのかを確認する」
「―――例の人だと…」
さっきから話をしている例の人、あの人、話に付いて行けない。何を思って自分を捕まえて事情を調査するのか。
ただの異端者だと言うならエレナの言う通りそのまま粛清をすればいいはずだ。まだ自分が異能を使えるかどうかわかっていないから、まだ手が出せないのか。
「私はこれから下街に下りて傭兵団と話をしてくるわ」
「それでは私はこのまま彼の身柄を上の聖堂に連れていきます」
「わかった。ルシウスも…落ち着いて話をしてね…」
「―――ええ。心得ています」
ルシウスは腕の前で曲げ、頭を軽く下げて話を終える。クレリアはそのまま少年の横を通り、廊下を歩いていく。歩いていく方向は今まで自分たちが歩いていた方向だ。
さっきの話で目の前の男、ルシウスに落ち着くようにと言っていたが、落ち着いていないのだろうか。少年の目から見てもルシウスはとても落ち着いて、騎士の見本のような立ち振る舞いだ。
「———さて、我々も上に行こう」
廊下を再び歩き始め、上へと上る階段を目指していく。
「――そういえば、さっきの女騎士だったな。それも副団長、普通騎士なんて男だけじゃないのか…」
騎士といえばルシウスのように男騎士のようなものを予想していたがこの国は違うのか。それとも何か理由があって、
「クレリア副団長殿は、聖騎士団の二番手だ。実力もさることながら聖騎士団の勤めも長い」
疑問を捕虜である自分に対して答えてくれるとは思ってもいなかったが、ルシウスがそのような性質なのか、それとも何か聞き出すように言われて会話をしようとしているのか。だが、ここから抜け出すためにも情報は必要だ。
「女騎士ってのは、この国だけなのか?あまり聞いたことがないが」
「―――そんなことはないが、まあこの国でも珍しいと言えば珍しいことだが。女性を騎士に任命するとなるとそれ相当の実力が必要になってくる」
「―――」
「今この国で仕える女騎士は数少ない。だが全員が相当の手練れだ」
やはり女騎士というのはこの国でも珍しいものなのか。全員が手練れと言う話は本人を会ってからだと事実だと認めざるを得ない。目の前に現れたあの尋常ではないほどの威圧感。
「はっ、笑えてくるぜ…」
ここを抜け出すためにあの副団長が対立して立ちはだかってくるとなると笑いがこみあげてくる。自分がもしも異能を最大限使いこなしたとしてもあの人物に勝てる未来が見えない。それに今目の前にいるルシウスにも勝てそうになく、逃げ出すことさえもできない。
絶望か、もう自分を助けてくれる何かに縋ることしかできないのか。
「無力だな…俺は」
歩く足音だけが廊下に響き、静かに息を吐くような呟きはルシウスの耳に届いたのかはわからない。だが、その後は何も言わずただただ廊下を歩く音だけが響き渡っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
廊下を歩き、階段を上り、十数分が経った。目的としていた七階に着いたと思われ、今までの階層とは違う大きな扉が見える。
「ここが…」
ここで自分は情報を吐いた後に殺される。もう逃げられない。処刑台に自ら向かっていく気持ちが今になってよくわかる。
なすすべなく、ただただ死を待つだけ。
目が覚めてからまだ一週間ほど。それなのに自分の人生が終わりを迎えようとしている。
―――死んだら何が残る?
―――記憶を失って、何もわからずにただ罪人として殺されるのか。
―――自分もわからずに?
―――オマエナンダ?
「―――ここで君は騎士団団長に質問を受ける。それを答えるだけでいい。不用意な発言は控えるように、他の騎士団団員も沢山いるからね」
ルシウスの言葉で我に返る。今の自分はもう死を迎え入れようとしていた。だが、違う。まだ自分は死にたくない。そう思って———
「騎士団…あんた、みたいな、近衛はいないのか?ここは王都なんだろ」
「―――」
騎士団と言えば国を守るため、国民を守るために存在している。そして近衛騎士は王族や国王を守るために存在している。だが、さっき会った副団長や、廊下ですれ違った騎士は全員近衛ではなかった。
服装が違うのもそうだが、ルシウス自身が彼らは近衛ではないと断言したからだ。何故少年の疑問を律義に返してくれるのかはわからないが。
「―――近衛は今いない…」
ルシウスは唇を噛みしめ、苦痛の顔を見せる。『今は』と言ったので昔はいたが今はいない、もしくは死んでしまったのか。その事実を思い出して苦い顔をしたのか。
「―――とりあえず、君はあまり周りを刺激しないように」
ルシウスは前髪を手で軽く梳く。平静を取り戻したのか、最初に見せていた騎士の見本ともいえる佇まいが舞い戻っている。
ルシウスは扉に手をかけて、両手でゆっくりと開ける。
そこには煌びやかな装飾が施された壁に、豪奢な照明が真昼間から光を放つ天井。室内と外では違い、中にいる騎士団は両手で数えられるほどの人数の騎士たち。
そしてその真ん中には銀色の甲冑、鎧を着てマントを羽織っているがたいのいい男が立っている。鍛えられた体に大木のような太い首回り、そして少年の二の腕の二倍はあるだろうと思われる筋肉のついた腕。あきらかに他の騎士達とは違う異質な雰囲気を出している。
「―――空気が、重い…」
扉を開けた音に反応して中にいた騎士たちは少年の方に目を向けている。手に縄が縛られ、近衛騎士に連れられているこの姿は罪人のそれだ。
騎士たちの横を通り歩いて行き、真ん中に立っている鎧を着た男の前まで歩く。
「よく来たな。異端者」
響く声はさほど大きくないにも関わらず、この室内にいる全員の耳に届く。自然と背筋を正されてしまうような威圧感が少年は受ける。
ライオンの前に立たされる鼠のような感覚だ。だがこれから起こることはきっとこんな威圧感では済まないような事態になってくる。