7話 帰還の騎士団
暗闇に聞こえてくる足音。人の気配が近づいてくる。硬い床を何かが叩く音が聞こえる。近づいてくる足音は少年の前で音が止まる。
少年はもう何も抵抗しない。しないというよりはできない。四日間近く手足を拘束され、体を自由に動かしていない。今体がうつ伏せなのか、仰向けなのかもわからない。それほどまでも衰弱していた。
人間はこんなに孤独に、暗闇に弱いものなのかと自分で自分を笑う。きっと記憶を失う前の自分もこんなに弱く、脆いものなのだと。そう思わせるほど、暗闇は少年の体を蝕んでいた。
「君を騎士団修道院に連れていく」
そう鼓膜を震わせる音が実に四日ぶりに聞こえる。この四日間人の足音や、自分の息遣いしか聞こえなかった。男の声。拘束されて一日目に聞いて声と似ている。
「さあ、立て。足の縄は外しておく」
そう男が言うと、足に縛り付けていた縄が外れて、足は少し動かすだけでも痛みが生じて血の巡りを感じる。倦怠感が抜けないがそれでも生きていると感じる。
「付いて歩け」
腕を縛り付けている縄と暗闇を生み出している目隠しは外されずに腕が引っ張られ、前を歩く。縄を解かれて急に立ち上がり、まだ足の力も戻らないため足取りが怪しい。膝が笑ってしまうような、足が思うように動かない、それでも連れていこうとする男の足は止まらず、それに引っ張られるように続く。
「―――ぁ、何を、しに、いくんだ…?」
四日ぶりに口を動かす。喉はカラカラで、四日前は助けを呼ぶために大声を出していたが、それ以降体力温存も考えてあまり声を発さずに過ごしていた。
「今から騎士団修道院にて副団長と団長から君の事情調査を行う。そのための連行だ」
「―――騎士団…帰って、来たん、だな」
薄々感ずいていたが、騎士団が帰還した。騎士団が帰って来るまでが脱出のリミットだったが、この体から脱出なんてできそうにない。
「―――レオ……」
どこからか声が聞こえる。掠れた女の声。だが聞いたことのない声だ。今レオと呼ぶ声が確かに聞こえた、レオというのが自分の名前なのか未だによくわかっていない。だがレオと聞こえた、自分を引いている男の名前がレオなのかと思ったが、
「君はまた後で私が連れていく。そのまま大人しくしておけば無暗に暴行など加えない」
「―――」
男が女と話しているのか。目隠しのせいで誰が誰と話しているのかもわからない。
「誰だ、今の、女の声は…」
「君には関係のないことだ。そのまま付いてこい」
牢屋の檻が開いたと思われる音が聞こえてくる。金属が擦れて、不協和音が耳に残る。
女の声はエレナではなかったはずだ。だが、自分と同じで何日も監禁されているとなると、声が擦れて違うように聞こえるかもしれない。
「階段だ。足元を気を付けて上るように」
男の声が聞こえ、すぐに足に何かが当たり前によろける。それを男の腕なのか、支えられ地面に顔から転がることが免れる。
「気を付けるように言ったはずだが」
「―――悪いな……」
足にぶつかったのはどうやら階段だったらしく、そのまま足元を探るようにして階段を上っていく。
一歩一歩、重い体で、足で階段を上っていく。きつく、苦しい。足が震えているのもわかる。
どれぐらい上ったかはわからないが、螺旋階段のような構造らしく、ぐるぐる回って上って行っているのがわかる。足取りも縄が外された直後に比べれば足が上手く動くようになり、階段を上りきる。
「ここからまた歩くぞ、目隠しはとっておくか……」
そう男が言うと、目隠しが外され涙で張り付く瞼が動き、目を開ける。暗闇から光る明るい世界に変わっていく。
その目の前に見えるのは赤く燃え上がる様な色をした赤髪に赤い瞳をして、白いラインが入り、黒を基調をとした制服身に纏っている色男が見える。腰に剣を帯剣し、黒いマントを羽織っている。
「あんたが、騎士団か…」
「正確には私は王国、王族護衛の近衛騎士団の…一人だ」
「近衛騎士団…」
「私の名前はルシウス・ダーウィン、君の身柄を預かることになった騎士の一人だ」
「――騎士の一人ってことはまだいるってことか」
「そうだね。私の他に聖騎士団の副団長が任されている」
目の前の男、ルシウスはそう言うとそのまま目の前の道、もとい廊下を歩き始める。
目の前に広がっている場所は豪華な調度品が置かれ、ところどころに扉が見える。その廊下は終わりが見えないほど長い。下には豪華な絨毯が敷かれおり、階段のしたが牢屋であることが忘れてしまいそうだ。
「上の階段に上る。そこに騎士団が集まっている。あまり異能を使い暴れないように。使ったら私も君を斬らなくてはならないからね」
腕に繋がれた鎖で引っ張られ廊下を歩きだす。歩いても歩いても変わりない廊下を歩き続け、一時すると階段が見えてくる。
「ここを上れば着くのか…」
「いや、騎士団が集まっている場所は七階だ。ここから長くなるぞ」
階段を上り、二階へと足を踏み入れる。二階も一階で見た長い廊下に扉がところどころに存在し、絵画や調度品が立ち並んでいる。階段は続いておらず、また廊下を歩くことになるらしい。
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牢屋の重苦しい空気から解放されて時間が経ち、かなり頭がクリアになってきている。自分の死への恐怖心は増す一方であるが、それ以上に他の三人のことが気がかりだ。何か対策を立ててここから抜け出さないといけない。
自分が持っていると思われる異能を使うか、それ以前に本当に自分は異能を使うことができるのか、異能でここから抜け出せるのか、異能とは何なのか。不安は尽きない、だけどここから抜け出さないと自分の未来はない。
このときから自分の精神が異常をきたしていたことが自分ではわかっていなかった。
自分の腕をきつく縛り付ける縄をぎちぎちと痛みを与える。思考を止めるな、痛みで頭を落ち着かせろ。自分の言い聞かせながらも腕に縛り付ける縄を動かすことをやめない。
「―――あまり、無駄な行動は慎むように。君が逃げ出せば、一緒に捕まった少女がそのあとどうなる?」
「―――」
―――今、何て言った?
「少女?まさかエレナはいるのか、ここに」
ルシウスは足を止めて少年の方を見る。麗しい瞳でこちらを睨みつけてくる。
「君が逃げ出すことでその少女がどうなるのか…君はわかるはずだ」
ルシウスは苦虫を噛み潰したような顔を見せ、それ以上は言ってこない。エレナが捕まっているとなると自分はここから抜け出せない。その他の二人も捕まっているかもしれない。だけど、聞けない。聞いたら終わってしまうような感じが自分の中にある。
歩きを進め、一時するとまた階段が現れる。二階から三階へと上るための階段だ。階段を上り三階に行くとそこも今までの階層と変わりない廊下が存在している。
「ルシウス君、久しぶりね」
声が聞こえてくる。ひどく透き通って聞こえる女の声。声のする方向を見ると、長い銀髪をした美しい女性が立っている。
ルシウスとは真逆の白を基調とした制服に黒いラインが入っている。白いマントを羽織り、剣を腰に下げている。ルシウスとは真逆の服装だ。
だがその服装もその女性の美しさを引き出し、神秘的とも思われる美しさ、儚さを放っている。
「クレリア副団長殿。お久しぶりです」
そう話すルシウスは頭を丁寧に下げ、目の前の女性に敬意を、なによりその一連の行動による佇まいがその女性がどのような人物なのかを物語っている。
「そんなに畏まらなくてもいいのに。まあ、これからのことを考えると少し気が重いけどね」
そう女性が言うと、こちらを片目でチラッと見てくる。
「この子があの人の求めていた人なの?」
「そのようですね。ノアが確かだと言っていた、それにあの条件で当てはまるのはそれこそ限られた人だけです」
「そう…ね。三層、二層の方は順調なの?」
「ええ、滞りなく。マックスの方にも手伝いをお願いしているので、大体あの要件は済んでおります」
「そう、ならいいわ。そういえば自己紹介してなかったわね。これからのことを考えると付き合いは長くなりそうだしね」
「―――」
銀髪の女性は少年の前に立ち、
「私は聖騎士団副団長クレリア・イグレシアス。これからよろしくね」
目の前の女性は自分の身柄を預かることになったもう一人の人物と遭遇した。