6話 暗闇の貴方
体が、意識がゆっくり蘇っていく。頭が完全に覚醒したとは言えないが、目が覚めたということで間違いはないだろう。
―――記憶が飛んでいる。あのあとに何があった?
眠っていた脳が少しずつ活動を始め、血の巡りが全身へと行き渡る。
体を動かそうにも両手、足の感覚がない。少しずつ覚醒していく意識に自分の手足が縄のようなもので固められていることに気づく。
辺りが真っ暗で何も見えない。
―――目を潰された!?
一瞬そう思ったが、両目付近にかかる変な感触に布とかで目隠しされている状況だと気づく。
「―――一体どういうことだ?ここは何だ?」
全身を拘束され、目隠しをされている。この状況から考えて、拘束されているといった方がいい。猿轡をされていないのは不思議だが。
自分が拘束されていること、自分の置かれている状況、自分は何があってこんなことになっているのか。頭を回しても何も思い浮かばない。
ただでさえ、自分は記憶がなくひどく混乱していた――というのに。
「———こんなことするやつにがいるのか?俺に恨みを買っている人物がいるのか…?そういえばあいつら二人はどこにいるんだ?エレナも、あのとき手を握ろうとして…」
頭を回らせ、凍っていく世界で自分とエレナは地面に倒れていたはずだ。そのままここに拘束されたのか。そうなればエレナはどこだ。
テンとブラッドも青い檻のようなもので分断されてから、一体どうなったか。あの二人は特に寒さを感じて、地面にうつぶせていなかった。二人は寒さを感じなかった、だけどあの二人はあの以上気象には気づいていたはず。
自分がこの状況ならあの二人もエレナもこの状況の可能性が高い。そう思うとすごく怖い。
何故捕まって、何故拘束されたのか、何故いきなりあの凍る様な世界になっていったのか。何故自分はこのような目にあわなくてはいけないのか。
「―――異端者…」
エレナからテンからブラッドから聞かされた異端者という言葉。
何故なんだ、記憶を失う前の俺は一体何をしていたのか。
こんな目に遭うほど何かをしてしまったのか。
一体俺はこれから何をされる?
拷問?
殺される?
ずっとここに閉じ込められるのか?
暗い、何も聞こえないこの場所で…何も出来ずに、ここで自分の人生が終わるのか…一体何故、何で、こんな目にあっているのか。
わからない。
それ以上に今の状況が怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――――
――その時、音がする。こちらに近づいてくる足音が。
「ひっ」
「――起きたみたいだな。今置かれてる状況がわかるかな」
――声だ。男の声。聞いたことない男の声がする。足音が自分の前で止まったことがわかった。
「――こ、ここはどこだ。お前は、だれだ」
「私が誰かは言えないね。まあ、ここがどこかどうかぐらいは教えてあげよう。———ここは騎士団所属の独房の一つだ」
騎士団。記憶が飛ぶ前のあの一連の事態は騎士団の人たちだったのか。騎士団が何を思って自分を拘束しているかわからないが、一つ考えられるのは自分が異端者だということ。異端者が世界の嫌われ者という子とはエレナから聞いている。騎士団には見られていないが、傭兵には自分の姿を見られていた。そこから騎士団の面々に顔がばれて、捕まったのか。
と自分でも怖くなるぐらい冷静に頭が回る。さっきまで怖くて怯えていた自分が嘘のように頭が回る。人の声を聞いて安心したからだろうか。
少年は拘束された体をよじり、
「――俺の他に三人いたはずだ。その三人はどうした…」
自分が殺されずに拘束されていることがわかったが、あの三人が同じかどうかはわからない。あの三人はもしかしたら逃げきれて、自分だけが捕まった可能性もある。
「――三人?……まあ、聞きたいことがあるから違うところで拘束をしているけれどね。山ほどあるからね、まず君からだ」
「お、俺は知らないことだらけだからな…は、早いとこ、俺を釈放してくれると助かるんだけど…」
とりあえず三人が殺されているわけではないことがわかった。テンとブラッドの関係はまだ浅いが、記憶を失う前の自分と関係があったのは事実だ。その二人が俺の記憶について重要なことを知っているはず。
エレナは自分を救ってくれた恩人だ。自分の記憶を戻すためにも必要不可欠な人たちだ。
「君が何を考えているか知らないが、異端者かもしれない君を王都に野放しにしておくわけにはいかない。普通なら異端者は見つけ次第即処刑だと決まっている国もある。それなのに今命があることを感謝しておくんだね」
「―――」
―――俺が異端者だとバレている。やはり傭兵から騎士団の方に伝わっていたのか。
「話そうとしないなら話させるまでだが、君が本当に異端者かどうかもまだわからない。だから騎士団副団長が戻ってくるまで手出しができない決まりでね。とりあえず君の身柄はこのまま軟禁ということで」
「――っ!」
「朝、夜はご飯を持ってこよう。四日後に騎士団の主力が帰って来るそれまでこのままここにいてもらう。そこまでに今までのことやこの王都に来た理由、それを言葉にしてまとめておくように……」
その言葉を最後に足音が去っていく。何も言えぬまま、何も聞けぬまま、男は行ってしまった。自分が置かれている状況がわからない――
ただ自分は過去の自分を知りたいだけなのに、拘束され、軟禁され、四日後にはどうなっているかわからない。
何故なのか、何でなのか。自問自答しても答えなんて出るはずがない。俺は記憶喪失……
———どうしてだよ。
俺が誰なのか、俺は何なのか。
何も知らない。何もわからない―――ままで。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
暗い暗い闇の中。ただ静寂に自分が体をよじる音だけが聞こえてくる。一体どのくらい時間が経過したのかわからない。最初は時間を数えていたが、三十分も数えるうちに感覚が狂い、気持ちが折られる。
あの男の声を最後に声は聴いていない。たまに来る足音は誰のものかわからない。
すでに何度目かわからない食事が運び込まれている。大体八回目ぐらいだと頭の中で数えなおす。運ばれてくるご飯は冷めたスープのようなもので運んできた男が有無を言わさず自分の口に運んでくる。ただの作業のように男は喋らず、自分にも喋らせる時間を与えてくれない。
大体八回目ぐらいだと、朝、晩で四日は過ぎたと考えられる。
――考えられる時間はたくさんあるか…
少年はもう声を出すのも億劫になり、頭の中で今までのことをまとめ精神を落ち着かさせようとする。
軟禁が始まってすぐに少年は大声で助けを呼んでみたが、誰の声も、足音も聞こえなかった。音が反響していること、誰の声も聞こえず、外の音も聞こえない。
一度、この前に鎖の音が遠くで聞こえてきていたが、今は聞こえてこない。
そのことを考えるとどこかの地下の一室だと思考する。
少年はただ時間が過ぎるのを待つだけではなく、どうやってここの場所から脱出しようかこうやって考えていた。
―――四日後に騎士団が帰って来ると言っていたから今はもう四日経過したとするともう時間は残されていない。多分今日の内には騎士団がこっちにやってくる。
―――ここからどうやって出る、飯を持ってくるやつを脅して拘束を解かせる…無理だな。拘束された相手がどう脅したって何にもならない、異端者だと言われても能異能の使い方がわからない。俺はどうやって異能を前回使った、とっさに右手を前に出して相手の刃物をはじいた。こんな異能で脱出なんてできるのか。
静寂が辺りを包んでいる中、何かを考えないとこの静かさで頭をやられる。そう思い、頭の中でずっと何かを考えている。――何かを考えないと暗さに、静かさに怖くなってくるからだ。
———何か、何か何かを…
少しずつ自分の精神が擦り減っていることには気づけぬままに――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
自分は一体何をしているんだ。今この間にも自分以外の三人が被害にあっていないとは断言できない。ただ閉じ込められている、拘束されている中で一体自分は何をして、何をしたいのか。
ただただ時間が過ぎていき、刻々とタイムリミットが迫っていく中で、脱出もできずに、話を聞き出した後に殺されて、そのままエレナにも恩を何も返せずに、テンとブラッドから自分のことを何も聞き出せずに、このまま終わってしまうのだろうか。
もしかしたら三人は無事で自分だけ捕まっているだけかもしれない。そのような儚い希望に縋りつくことしかできない、自分に嫌気がさしてしまう。こんなことはこの数日で何回も考えた、何回もあり得ないと頭壁に打ち付けた。それでも希望を失ったら、きっと自分は、自分は―――
あれからどのくらい時間が経ったのかわかないが、遠くから足音が聞こえてくる。飯の時間はまだのはずだ。繰り返し同じ時間に行われていた飯の時間は自分の体内時計である程度次はどの時間かどうかわかるおゆになっていた。
―――飯じゃないなら騎士団が帰って来たのか…これで終わりだな俺も。
足音が近づいてくる。自分の死へのカウントダウンが始まっている。
俺は何がしたかったんだ、何をしにここに来たのか、何で俺がこんな目に会わなくちゃならないんだ。
孤独が絶望が終焉が少年の心を暗く黒く埋め尽くしていた。
———もう終われよ。終わってくれよ。希望なんか………
足音は自分の目の前で止まった―――