4話 知らない人
「―――私の名前はエレナ・パーシバル・フェルムよ。レオ・パーシバル・フェルム君」
「―――エレナ・パーシバル・フェルム…」
彼女の名前は自分の右腕に彫られた血の文字と同じ姓であった。
「エレナは俺と血縁者だったのか?」
「———ううん。私はレオにあったのは昨日が初めて。だから多分血縁者ではないんじゃないかな、私は兄弟いないから。あ、でも叔父さんはいるわよ」
自分の記憶を取り戻すチャンスを感じて、彼女に自分が見覚えのないか問うが、さすがに知らないかと肩を落とす。まあ、それなら昨日会った時点で知り合いか知り合いではないかはわかっていたはずだ。
「じゃあただの同じ家名だったのか…」
少年は押さえていた傷をもう一度見、書かれている字がエレナと同じ姓だと再確認する。
彼女は困惑したような顔ををして右腕を見て、顔を顰めた。
「包帯を巻いたとき『レオ』としか見えていなかったけど、レオ・パーシバル・フェルムって書いてあるのね腕に」
「ああ、書いた奴は悪趣味だな」
「―――」
彼女は少し考え込むような姿勢を見せる。
「でも同じ家名って、絶対に関係なくはないはずだ。エレナは…この国の出身なのか?」
同じ姓が二人、何も関係がないわけではないと少年は考える。まずエレナのことは何もわかっていないのだが、
「エレナはこの王都出身ではないだろ?違うところに住んでいるかはわからないけど、もしくは旅人とか、商人とかか?」
「———なんで、そんなこと思ったの…?」
「そんなの、エレナが宿に泊まってるからだろ?ここの国に住んでるなら、宿なんかに泊まらないだろ?」
指を差し、今までの彼女の行動、言動でそう推理するが、はっきり言ってこんなことは誰でもわかることだ。
「―――うん、そうだね。レオの言うとおり私はこの王都の出身ではない。それに加えて、この国の人物でもない」
「やはり、俺の推測は正しかったか」
「———あれ、私のこと…そうかレオは何も知らないんだったね」
エレナは目を見開き、驚いた顔をしたがすぐに何か神妙な顔に変わる。
ころころと顔色が変わる美少女だ。
「何か理由があるんじゃないのか?だから俺という厄介者?みたいな奴に話したんだろ」
少女は呆れ顔を見せて、溜息を吐く。
もはや隠す気ないね、それ。
「―――とりあえず、これからレオはどうするかだよね。王都に入った時の記憶もなくて手持ちが何もないなら、出るためのパスもないよね」
気持ちを切り替えて、とりあえずこれからの動きについて話す。
「そんなに、異端者ってのが危ないのか?別に俺は誰かに特別襲ったりしてないけど?」
そういえば、数十分前に裏路地で三人の馬鹿を殴ったな、と思い出す。
「レオは異端者のことをまったくわかってない。もし、レオが異端者だとバレたら騎士団に捕まるどころか、各国で指名手配になるんだよ」
「え?何で?俺記憶がなくなる前に悪いことでもしてたのか?」
もしかしたら記憶を無くす前の自分はたくさんの悪事を働き、世界から恐れられていたのか。とそこまで考えたが、エレナの態度を見て何か違うと感じた。
「ま、まあ、それは今更関係ないよ…俺はこの国から出ていくつもりだしね…」
「そう…だよね」
路地裏で一人の傭兵に姿を見られてしまい、傭兵から逃げるためにいろんな所を走り回ってしまった。ただでさえ、自分はこの王都では目立つ黒髪をしている。何人に見られたかはわからない。
それに加えて、自分の悪評。それらを考えたら早いとここの王都から脱出した方がいい。
「俺はこの国から逃げた方が良さそうだ。そうなると、どこか抜け穴的なところはないのか?王都を誰にも見られずに出る方法」
そのパスとやらは当然持っておらず、持っていたとしても顔が割れてしまったかもしれない現状で、王都から堂々と出られるはずがない。
「王都には結界がある。それに加えて騎士団の主力は王都から出て違う国に国王に会いに行っている…」
「―――?主力がいないなら尚更王都から出やすいんじゃないのか?」
「逆だよ。主力がいないからこそ騎士団は警備を厳重にしている。ただせさえ―――ヴァンセンヌとの国約が破られていつ戦いが起こるかわからない。今王都の最大戦力の騎士団がいないと知られると王都に攻め込まれて終わり。だから今王都から抜け出すことはできなのよ」
少年は手を顎に乗せ考え込む。人通りがなく声も聞こえない裏路地で少年と少女は対面で話し込む。
「騎士団が帰って来るまで王都に隠れておいた方がいいのか…それなら」
「そう…だね。傭兵一人に見られたとなるとそこから広がる可能性もある。王都に隠れていた方が良さそうだね」
「――それならすぐにでも行動した方がいい」
少年はそう呟くとエレナの顔を見てすぐにでも身を隠すように行動に移す。
これ以上エレナを関わらせてはいけない。自分がもしその異端者であるなら自分と一緒にいるだけで罪に問われるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。
そう考えると話は簡単だ———
「昨日のことと今日の出来事は助かったエレナ。これからはどうにかして俺は王都に隠れてやり過ごすよ。いろいろと助かったよ本当に」
正直な感謝の述べて少年はこの王都で身を潜めるための場所を探しに行こうとする。この裏路地で隠れていてもいいが、傭兵に見つかった場所からここはそんなに離れていない。もし探しているすれば、ここは見つかる可能性は高い。
「―――でもレオは王都のこともわかっていないから、きっと迷子になると思うけど…」
痛いところを突かれたがそれでもエレナとこれ以上一緒にいてはいけない。そう言おうと思ったが、
「もう傭兵に一緒にいたところを見られたからそれこそ、今更なんじゃないかな…」
「……」
少年は何も言えずに苦い顔をして顔を逸らす。
これ以上ここに留まっちゃいけない。そう思っているが、エレナはそうはさせてくれないようだ。エレナを振り払って行けばいいだけだろうが、何故かそれを実行することができない。
エレナは真剣な顔をしてこちらを見ている。
綺麗な顔に優しい青い瞳、なびく金髪、それらはこの世の物とは思えないほど輝いて見える。
赤くなった顔を手で隠して、そっと顔を上にあげる。
家の瓦の屋根が立ち並び、少しだけ陽の光が漏れている――そこに影がのぞき込んでいる。
「――やっと、見つけたぞレオ」
人だ。家の屋根の上から人の顔がこちらを見ていた。顔は陽が当たって見えない。
「――は?」
傭兵か何かと思い、少年はエレナの前に立ち右腕を彼女の伸ばし庇う様な姿勢をする。
だが、レオという名を呼んだ。自分の名前かはわからないが、こちらを知っていそうな。
「ここにいたのか。俺もブラッドも滅茶苦茶探したぞ、予定した場所にいないなんて」
男は屋根か飛び降り、近しい間柄かのような振る舞いを見せる。
男は短い金髪に鋭い三白眼、緑のズボンに、茶色い羽織を羽織っていた。王都の大通りでも見たような見慣れた服装だった。
「誰だ?」
男はこちらを知っていそうだが、こっちは知らない。当然だが、記憶喪失なのだから。
後ろで戸惑っているような顔をしているエレナを見ても、首を横に振り知らないとアピールをする。
「は?何言ってんだ?寝ぼけてんのか」
「いや、あんたは俺を知っていそうな感じだが、生憎俺は記憶がないんだ。今も記憶の欠片を探している最中でな…」
「――記憶がない?ふざけてるのか。それにお前の後ろの可愛い子は誰だ、ずっと恋人が欲しい欲しい言っていた俺への当てつけか?」
ガラの悪そうな男は凶悪な面がさらに悪くなり、ポケットに手を突っ込みながらこちらに近づいてくる。
「悪いが、今ふざけられるほど心に余裕がないんだ。早いとここの王都から逃げなきゃならん。それに後ろの可愛い子は昨日出会ったばかりだからあんたが思っているような関係ではないよ」
男は足を止めてはこちらを目を細めて睨んでくる。まるで自分を見定めてくるようなそんな視線を感じる。それに加え嫉妬も混じった視線も向けられ、
「記憶喪失ね…それは面白い冗談だが、俺の顔に見覚えはないのか?俺の顔小さい子供がみたら泣くぐらいな凶悪の面をしてると自覚してるんだが」
「確かにあんたの顔は一度見たら忘れなさそうだが、本当に思い出せない。悪いな。あんたは俺を知っていそうだが…」
「ああ、お前と俺とブラッドでこの王都に来たからなぁ。三日後に広場前の時計塔集合って言ったのに、誰かさんが来なくてな。余りに遅いから俺とブラッドで探しに来たってわけだ」
「俺の名前…知ってるのか?」
記憶を失う前に自分と一緒に行動をしていた人。過去の自分を知っているということは名前も知っているはず。
「お前の名前はレオ・パーシバル・フェルムだろ…それも知らないのか。偽物か?お前」
「やっぱりその名前か…」
正直さっき名を呼ばれたときにある程度わかってはいたが自分の名前は右腕に彫られた名前と同じだった。
「――俺は昨日から記憶がなくてな、自分の名前も、ここの場所も、目的も、出身地も、年齢もわからないんだ。だから俺は今から王都に出ようと考えていたんだけど、あんたが俺の目的やら何やら知っているなら早いな」
「あんたじゃねぇよ。俺の名前はテン・ミラーだ。それと連れの名前はブラッド・ルインソン。ここにきた目的は連れと合流してからだ。拒否権はねぇぞ」
テンと名乗る男は指をこちらに向けそう告げる。
「正直、自分のこともわからないからそのことについて知れるとなると付いて行きたいけど…」
少年は後ろを向き、エレナの方を見る。これまでの話についていけていないのか困惑した顔をしてこちらを見ていた。
「この後ろの子、エレナも連れて行っていいなら、行ってもいいぞ」
「―――え?」
一拍遅れて、エレナは反応して声を上げる。
テンは「まあ、いいけどよ」と頭を掻きながら少し悪態をつき、承諾をした。
「悪いな、エレナ。こいつに付いて行けば自分の正体がわかりそうなんだよ。本当は俺一人で行きたいけど、エレナがどうしても俺と離れたくないって言うもんだからエレナにも来てもらうしかないと思ってな」
少年は片目を閉じ、閉じていない片目でエレナを見てそう話す。キザったらしい言い回しだと思ったがエレナの顔を見るに、そこまで思ってはなさそうだ。
エレナは頬を赤くし、
「べ、別に離れたいなんて言ってない。私はただレオが心配で、一人で行動したら裏路地で野垂れ死んじゃいそうだからって」
「いや、そこまで本気にならなくても…」
頬を赤くしたエレナは少し照れ臭く、怒った風に言い迫ってくる。
「クソ、お前らイチャイチャしやがって、早く来いよ!ぶとっばすぞ!」
テンは声を荒げ、裏路地の壁を蹴り、立ち並ぶ家の屋根に上る。軽やかな身のこなしに少年もエレナも唖然としている中、テンは「早く来い」と催促している。
眼の前の出来事に驚きを隠せない。路地裏の壁は取っ手や掴めそうな窪みもない。それを壁を走るように上ったいったのだ。
「――何してる。早く来いよ!」
「いや、いけねえよ!」
この男が何者かは知らないが、自分は生憎普通の人間だ。
間違ってもこのような壁を走るビックリ人間とはわけが違う。
「――?上に行けない理由があるのか?」
「理由なら、俺は普通の人間なんだ。こんな壁駆けあがれないよ!それに横にいるエレナを見ろよ、こんな女の子が壁なんか上ったらスカートが見えるだろ!」
「はぁ?何言ってるんだ。それにスカートが見えるのは役得じゃないか」
「それはそうだけどな…」
「ちょっ、ふざけないでよ!」
エレナはスカートを抑え、顔を赤くしながら抗議する。まあ、彼女が壁を上れるとは思えないから、そのハプニングは拝めそうにはないが。
「はぁ、仕方ねぇな」
テンはそう溜息をつくと、屋根から少年の横に下り立ち、少年とエレナを脇に抱える。
「――え?ちょっと待って」
「お、おいおい、まさか…」
「こっちの方が早い」
そう言うと、テンは人二人持っているとは思えない速度で壁を駆けあがり、屋根の上を上る。屋根に上り、比較的安全な場所でテンは二人を降ろす。
「こ、怖っかったあ…」
少年は激しく聞こえる心臓の部位に手を当てて、そう呟く。エレナは横で体を震わせている。
「早いとこ行くぞ!ブラッドも待ってるし、―――王都も少し慌ただしくなってきた…」
テンは裏路地の屋根から上を見上げ、少し先に聳え立っている城を見て声のトーンを少し下げてそう言った。まだ体が震えていた二人にはその声は耳に届いていなかったが―――




