2話 国のお話
歩き始めて少し時間が経ち、少年はボーっと辺りを見ていた。特に話しかけられる雰囲気ではなく、耳に聞こえてくるのは、馬が地面を蹴って走る音と、街の住民が、商人が声を上げて話している音。
「―――赤、紫、青、紺、オレンジ、青、緑、青…」
街の人たちの髪色を見てそう呟いた。
「そういえば、俺みたいな黒色の髪は全然見ないな…珍しいのか?」
カラフルな髪の色合いを見ていると自分と同じ色の髪がいないことに気づく。
「そういえば黒色の髪はそんなに見ないわね。レオはどこから来たの?」
「――っつ!」
手を取って、前を歩いている少女から声を掛けられ驚きのあまり、声のない音を出した。
「―――黒髪が珍しいのかここは。それと何で俺がレオなんだ?」
と平静を装って話す。記憶を失う前は女の子と話す機会がそんなになかったのか、内心では心臓が早く動いていた。
「レオって名前が君の腕に書いてあったのをチラッと見たから…でも見るつもりはなかったの。ただ目に止まっちゃって…」
少女はバツが悪そうに顔を逸らしながらそう話す。
「あー、俺が無暗に大通りで見せてたのが悪いよ。それに加えて俺実は記憶がないから自分の名前がわからないんだ…」
そういえば自分の名前…名前はわからんけど、素性がわからない相手によく話しかけて少女が泊っている宿に連れて行こうと思ったのか。
「記憶がない?記憶喪失ってこと?」
「まあ、そうなるね」
「――記憶喪失なのに、よくそんなに落ち着いていられるね…取り合えず話は宿の中で聞くわ。ここが宿よ」
少女はそう話すと正面には木材で造られた三階建てぐらいの建物がある。王都の建築物の中では割と小さい宿だ。
少女が宿の中に入っていくのを見て、少年も宿に入っていく。
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「さっきの記憶喪失ってのは本当なの?」
腕に包帯を巻いてくれている少女が問いかけてくる。血で赤く染まっていた右腕は包帯からも滲んでくる。
やはり頭がおかしいと思われているのかと思い苦い顔をする。
「――記憶がないってのは本当だし、自分の名前が本当にレオなのかってのもわからないな…」
腕に書かれた名前が自分の名前だとは思えないが、他に呼ぶ名前がないため、特に何も言い返せないが。
「別に疑ってないけど…君とか貴方とか呼びにくいからレオって呼んでいい?記憶がなくて、唯一の情報が腕に書いてあるレオって名前でしょ?」
「―――」
いきなりのことで虚を突かれて驚きを隠せない。
こんな素性のわからない自分の話を信じることが―――
「―――大丈夫、お腹すいた?ご飯食べる?」
急な話の切り替えにに頭が追いついていかないが、慌てて返事をする。
「いや、そこまで迷惑はかけられないです。怪我の治療ありがとうございました」
その場に立ち上がり、頭を下げる。自分のこれしかない唯一の感謝の示しだ。
「でも、もう夕方になるし、レオは帰る場所もわからないんじゃないの?」
「うっ…」
実際帰る場所はわからない。裏路地のゴミ捨て場で目が覚めたのだ、住んでいた場所なんてわかりはしない。ゴミ捨て場に住んでいたというなら話は別だが。
「大丈夫よ、宿のご飯が一人から二人になるだけだから。それにずっと一人だから話し相手になってくれるだけでも私は嬉しいから」
目の前の少女にここまで言われてしまったら何も言い返すことができずに素直に甘えることにする。
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「そういえば名前を話してなかったわね。…私の名前はエレナよ」
思い出したかのように自分の名前を言った少女――もといエレナ。
「とりあえず俺の名前はレオとか好きに呼んでくれていいよ。あと聞きたいことが沢山あるんだけど…」
「うん、いいよ。答えられる範囲なら」
二人は宿で夕食を済まし、宿の一室で二人は対面で座り話をする。
まず何から聞くかと考え、一つ目の質問をする―――
「ここはどこだ?どこの街だ?」
一つ目の質問は今自分がいる場所、記憶を失う前に自分はどこで何をしていたのかを探るために話した。
「ここはクレテイユ王国の中心地王都、この街は王都の下町みたいな所だね」
「クレテイユ…覚えがないな…」
王都の名前を聞いてもその単語で引っかかることはない―――
「―――俺はこの王都で何をしに来てたんだ…ここに住んでいたのか?」
「多分ここには住んではなかったと思うよ?」
「―――?どうしてそう思うんだ?」
もしかしたら自分の生い立ちを知っているのかと聞こうと思ったが、多分エレナも俺と初対面のはずと考えていると――
「ここら辺で黒髪ってのは珍しいのよ。瞳の色は緑だけど、黒髪はだいたい東の国の生まれが多いんだ」
そういえば自分と同じ黒髪を街であまり見かけなかったなと思いだした。自分はその東の国からこの王都にやって来たと考えればいいかと考察していると―――
「だとしたらレオは、どうして何も持っていなかったんだろう?」
「―――?なんだ?何か持ってなきゃいけないものでもあるの?」
そう疑問に思うと――
「違う国からこの王都に入るためには、簡単に言うとパスみたいなものが必要なの」
「パス?紙みたいなものか?」
「簡単に言えばそう。それを持っていないと入れないし、それを持たずに入ると騎士団に捕まって、牢屋に入れられるのかな…」
「え?牢屋に入れられるの?それは嘘だろ…」
自分がそのパスを持たずに国に入っているとしたら非常にマズイ。自分は所持品が何もなかったことを考えると、その可能性の方が高い。
「――それは、今の国の現状をするとそうなっちゃうね…」
「現状?」
「―――今この国は南の国と一触即発なぐらい切羽詰まったるんだよ」
「えっと、南の国やら、東の国やら、ここはどこに位置するんだ?」
エレナは驚いた顔をすると、すぐに呆れ顔になり、溜息をついた。
「この王都クレテイユは他の国四つの中心に位置するの。中心が私たちのいる王国クレテイユ、北がいくつもの島国がなる連合王国ペサック、東が王国オルレアン、西が公国ブレスト、南が帝国ヴァンセンヌの五つがこの世界の五大国家だよ」
「つまり、その南の国と戦争おっぱじめそうだから王都では違う国から来たやつは厳重に確認するのか…」
「まあ、そんなところだね…」
「東の国とは、えっとオルアレンは大丈夫なのか?」
もし自分の国ならこの王都と仲が良くなかったらその国に行けないのではと考える。
「オルアレンとは今のところ、友好関係を結んでいるからね。ヴァンセンヌより深刻じゃないよ」
「それならオルアレンに行くにはどうすればいいんだ?」
自分がこの国の住民じゃないなら記憶を取り戻すために東の国の思い出がありそうな場所に行った方が得策ではある。
「悪いけど、今この国を出ていくのはやめた方がいいよ。パスを持っていないのもそうだけど、時期がとっても悪い」
とエレナは手を胸元で左右に振り、そう話した。
「なんでだ?俺がもしオルアレンの出身ならヴァンセンヌとは関係ないんだし、別にいいんじゃないか?」
「今は騎士団の主戦力が不在なんだ――」
「――?騎士団がいないのと国を出ることとどう関係があるんだ?」
「―――今騎士団は西の国、ブレストに行っている。理由はさっき言った通りヴァンセンヌと戦争をおっぱじめるかもしれないからその抑止力としてね。そして今騎士団が王都にいないとヴァンセンヌにバレると対抗できるものがいなくて終わり…というわけなの」
エレナは苦虫を潰したかのような顔をしてこの国の現状を話す。
どうやらこの王都からでるのは一筋縄ではいかないようだ———