6話 成り代わり
エレナと別れ、レオは五層を何か目的もなく歩いていた。
自分の中にある思いに悩まされ、とりあえず今は一人でいたかった。
夜の商店街は明かりがところどころに出ており、月光に当てられ夜の街でも十分に明るい。その中に歩く黒いフードを深くに被った少年。
「———俺は過去を知りたい…そのはずだろ」
理由はわかっている。過去を知りたいと自分は思っているが、異端者であり過去にもし人民に被害を及ぼす悪が自分で会ったらどうなのだろう。そう考えると、過去を知ることがとても怖い。
過去を知りたいが、過去を知ることが怖い。どっちつかずの自分に嫌気がさす。悪態をつきながらも、足を速めて着いた先は四層へと上る大きな階段。
特に行くところもなく歩いていたが、どうやら知らない内にここに着いていたらしい。
「広いな…王都は」
後ろを振り返っても長い商店街。上を見上げれば、高くに聳え立つ王城。五層の下、貧民街を覆う多くな壁に、そこから真上にかけて薄く透明な膜みたいなものが張られている。どうやらこれが結界というものらしい。結界の原理はわからないが、異端者を見つけ異獣を遠ざける、昔の魔法使いがかけた産物だと知らされている。
「はっ、何してんだか、俺は」
四層の階段を見上げ、そう呟く。ここにずっといたら騎士団が来るかもしれない。そう思いもと来た道に戻ろうとする。
「――やっぱり、もう王都から出たのかも」
「――っつ!!」
不意に隣を横切っていく人の声に聞き覚えがあり、体が硬直する。
――あの声は、確かに聴いた。あれは、
騎士団の制服を身に纏い、剣を帯剣する腰まで伸ばした輝く銀髪にすれ違う人を魅了するほどの恐ろしく整った顔。見覚えがある、その者は———
「騎士団副団長クレリア・イグレシアス…」
「―——?」
おもわず声が出てしまったことに口を手でふさぐ。まだ自分はすれ違った一般人のような感じだ。黒いフードを深く被っているが、このような服装をしている人は王都では少なくはない。
自身がバレないように更にフードを深く被り、足早にその場を立ち去ろうとする。
だが、後ろから肩を掴まれて足を止められる。
「ごめんなさい。少し聞きたいんだけど——」
「――っく!」
――引き留められた!?マズイマズイマズイ。
後ろから肩を掴まれた手を振り払おうにも、体から危険反応、ここから逃げれば更に怪しまれる。いや、それ以前にもうバレているかもしれない。ここで引き留めたんだ、絶対にバレている。どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする—————
「ここらへんで、不審な人を見かけなかった?」
「――っああ?いや、見てないです…」
てっきりそのまま捕まるのかと思っていたが、どうやら人を探しているだけらしい。それが自分ではないことを願うばかりだが。
「そう、わかったわ、ありがとう」
「―――」
「――?何か悩み事でもあるの?」
クレリアはレオの顔を覗き見、顔を横に傾ける。咄嗟のことにクレリアと目が合ってしまい、すぐに顔を逸らす。目が合ってしまったことと顔を逸らしたことで、怪しさが増してしまったが今はそこまで頭が回らなかった。
「な、なんで、そんなこと思うんですか」
「特には、でも悩んでいるような雰囲気があったから」
「だ、大丈夫ですよ。あなたを煩わせるようなことではないので、それでは」
すぐにでもここから逃げ出したかった。何で顔を見られてもバレないのか、暗くて顔がわからなかったのか、よくわからないがとにかく急いでこの場から離れたい。
「――悩み事ならあなたの信頼できる仲間に頼るのがいいと思いますよ。私みたいな一般な騎士なんかではなく」
――信頼できる人?そんな人はいるのか?記憶を失って過去を失ってあったはずの絆も失って、信頼できたはずの人も信用できなくなって、そんな自分が嫌になってそれで
『記憶を失って、過去の自分に信用してくれた人が怖い?』
「――っつ!」
誰かがわからない。聞いたことのない声がどこからか聞こえてきて辺りを見渡す。
近くにはクレリアしかおらず、夜の商店街にはいつの間にか人が少なくなっていた。
「なん、何だよ!」
歯を喰いしばり、イラつく自分を落ち着かせようとする。
「大丈夫?」
「ああ、だい丈夫です。俺はもう行くんでそれじゃあ」
クレリアを横目にその場を立ち去っていくレオ。どこからか聞こえてきた言葉にいら立ちを覚え、それ以上に自身の自己嫌悪が嫌になってくる。
———その後ろから見る背中を双眸が、値踏みするように見ていることには気づかずに。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
商店街をひた歩き、レオは貧民街に戻っていた。
夜の貧民街は明かりがなく、月明かりだけが頼りだ。青白く輝く月を見上げながらレオは自分が寝ていた小屋を目指す。
すると背後から足音が聞こえてくる。
騎士団が付けてきているのかと思い、後ろを振り返ると後ろにいたのはブラッドだった。
「何だ、お前か」
「何だとは酷いね。レオはまだ起きてたのかい」
「それはこっちのセリフだよ。お前はまだ王都を散策してたのか?」
「――まあね、王都での騎士団の動きや傭兵団の動きも見ておきたかったからね」
ブラッドはどうやら今まで王都で騎士団やらの動きを確認していたらしい。
貧民街に来てから約一週間、騎士団は今まで一度も貧民街に来ていない。レオは最初は貧民街に騎士団があまり来ないと聞かされていたが、全く来ないとは思っていなかった。
異端者を探すならこんなにも適した場所はそうはない。だから最初にでもこの貧民街に来ると思っていた。
「それで?騎士団の方は探してたか?」
「まあね、でも思ってた以上にあまり王都では騒ぎになっていなかった。それよりも異端者が王都にいるって知っている人の方がはるかに少なかった。予想はしていたが…驚きだ」
「予想をしていた…?どういうことだそれは」
今ブラッドは予想していたと言っていた。それがどういう意味なのか、問いただそうとするが。
「————今日はもう遅い。この話は明日にしよう。ティムの話もあることだしね」
「―――」
明らかに話を逸らされた。何か理由がある、やましいことがあるのか。そう問いただしたかったが今日は精神的に疲れがきていた。そのためその後は何も言わずに別れることにした。
「何でこんなに不信に思うようになっちまたんだよ俺は…」
歩いて去っていくブラッドの後姿を見つめながらそう呟く。
「ブラッドもテンもエレナも…リアも信じるってあの時に決めたはずなのにな…どうしてあの言葉が頭から離れないんだよ」
『記憶を失って、過去の自分に信用してくれた人が怖い?』
怖くない、信じたい。そう思っているのに頭が体が拒絶をするようになっている。
信用して信頼して過去の記憶を知っている人たちに頼っている。だけど過去を知って怖いと思い、過去を隠している皆に不信感が付きまとう。
何故自分の過去の話をしてくれないのか。もしかしたら知っていて過去を話さないのかもしれない。どうして話さないのか、それは過去を知られたくないからか?それなら自分の過去を記憶を奪ったのがあの中にいるのか?
そんなことはない、そんなことはない。そう思っていても体の中にある黒い靄は晴れない。
レオは暗い貧民街を歩いて、自分が寝ていた小屋に入っていき、体を横にする。
「———過去の話をしないのは俺を信用していないから…か?」
壊れた屋根から覗く星を眺めながら一人小さくしゃべる。
「俺は俺をちゃんと演じられているのか?過去の俺に近づいているのか?」
「俺は、レオ・パーシバル・フェルムはちゃんと存在して、本当に過去の俺だったのか?」
「あいつらが信頼しているレオ・パーシバル・フェルムに…俺はしっかりとなれているのか?」
一番怖かった。自分を気にしてくれる人たちは過去のレオ・パーシバル・フェルムではないのかと。
今の自分を見てくれないで過去の自分を見ているだけなのではないかと。
「過去の俺はどんな奴だったんだよ。俺は…お前は…」
一段と輝く星を見つめ、自問自答を行う。
「―お前は一体誰だったんだ」