5話 記憶の欠片
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「それで、なんのためにお前は外に行きたいんだ?」
レオやブラッド、テン、リア、エレナとそしてティムが円を作る様に集まり、話を続ける。
「それは…そんなの、僕が生まれてこの王都から出たことがないからだ」
「まあ、予想通りの答えだな」
ティムの答えに想定した通りの答えが返ってきたことに誰も驚かなかった。ティムと最初の話から約一週間。それまでの間に貧民街でティムや、他に住んでいる貧民街の住民との交流はあった。
その交流のお陰でティムやこの貧民街のことをよく知ることができた。
そしてティムは——————
「それで、俺らに何をしてほしいんだ?」
「―――王都からでるには結界を超えなくてはいけない。だけど、結界は異端者だと抜けられない。結界が張られていない正門から抜けるこれが一番だと僕は考えている」
「そんなことは俺らだって考えた。それができねえから問題なんだって話だろ?」
と威圧的に話すテン。レオとブラッドがティムと話した内容はその後に皆に同じ話をして共有した。ティムの素性や目的についても軽く話をしたが、ここからティムから逃げるのはあまり得策ではないと皆で判断した。
もしティムが王都からの脱出を計画しているなら、その計画に加担した方が、ティムの異能の関係や脱出の確率が上がると考えたからだ。
「そ、その通りです。僕だって正門から抜け出そうと何度も考えました。だけど、今は時期が時期なんで騎士団がうろうろしている」
「それならもっと、前から抜け出そうと考えるべきだった。んじゃあねえのか?」
腕を組み、ティムを見るテンに他の四人は何も言えず、ただただ二人の会話を聞き入る。
「確かに、僕はもっと早くに行動を起こすべきだった。だけど、出来なかった。いや、これも言い訳にしかならない、ですよね」
「理由を全て話せ。お前には確かに恩があるが、俺たちを脅したんだろお?それほどまでに何故外に固執する。何故今になってお前が外に出たがってるんだ?」
「外に出たがるなんて、当たり前ですよ。僕だって外に行きたい。君たちは皆、王都の外から来たんだ!それなのに僕はまだ外を視れていない。僕だって一度は外の景色を視てみたいよ…」
その言葉には誰も何も言えず、沈黙が訪れる。
「――っつ!すいません。少し熱くなってしまいました。この話はまた明日にしましょう」
そうティムが言うと、大きな小屋から出ていき、五人は取り残される。
「―――どうする…?ティムが落ち着くまで、明日まで待つか?」
「あいつが話す気があるなら話すだろ。俺はもう行くぜ、ブラッドも来いよ。騎士団の連中の動きを見ておきたい」
「ああ、そうだね」
「それじゃあ、私は一回宿に戻っておくわ」
各々、今日の行動をしていくのに対してレオとエレナはそのまま小屋の中に取り残される。
エレナと話をしたのは自分が目を覚ましてから次の日だ。エレナはあの大広間での出来事は覚えておらず、気が付いたらレオに連れられてあの小さな店の中からしか覚えていないとのことだった。
そのあとのことは何故かレオの方が気まずくなり、エレナを意図的に避けていた。レオ自身が彼女のことを好いているというのもあるが、一番は自分のせいでエレナにこんな窮屈な生活を送る羽目になってしまったこと、騎士団から目をつけられてしまったことだ。
その前にエレナがこの王都に何の用事できたのかも知らないな、と心の中で考えていた。
「―――ねえ、レオ。この後時間があるなら、少し散歩しない?」
そんな中彼女から散歩の提案がやってきた。
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「まさか、エレナからデートのお誘いとはね…それにこんな夜中に」
エレナから散歩の提案をしてきてから準備があると言って、夜中の散歩となった。リアは宿に戻っており、ブラッドとテンはまだ王都を散策しているのか帰ってきていない。
「で、デートって、そんなつもりじゃないのに…」
「うっ!そんなにはっきり言わなくても」
「そんなことより、五層の商店街に行きましょう」
結構エレナはズバズバと言ってくる。こっちに思わせぶりな言葉を使ってきて、それを自分で断ち切ってくる。質の悪い少女だ、だがそんなところも彼女の魅力の一つなのだが。
五層の商店街。レオは極力、貧民街から出ないようにこの一週間心がけていた。顔が騎士団にバレていることから、あまり騎士団が近づかない貧民街に籠っていた。
今は、黒いフードを深く被り、顔を隠しているがこれはこれで目立つのではないかと思っている。まあ、エレナやリアが選んだものなので何も言えなかったが。
「――それで、何か話があって貧民街から出たんじゃないのか?」
エレナがただの散歩に自分を誘うわけはないと少なからず思っていた。それも居場所がバレるかもしれない王都の商店街に。
「あ、レオにはお見通しだったか…」
彼女は可愛く舌を出しながら答える。
商店街の奥、五層と四層の間ある壁までやってくる。周りには夜だからか人はいない。
一週間前までは王都中に人が全くいなかったが、数日過ぎれば何事もなかったかのように人の行き交いが戻っていた。このことはブラッドの予想通りだったらしい。
どうやら俺という異端者が王都に現れたため、大事を取って国民を避難所や王城に集めていたらしい。今は人が戻ってきているので、俺が捕まったことになったのか、逃げたことになったのか、それは定かではないが。
「レオには、私がどうして王都に来ていたのか…それを知って欲しくてね」
「―――」
「前にも言った通り私はこの王都の出身ではないから、もとは他の国から来たの」
「それをどうして今になって話そうと思ったんだ?」
貧民街に来てからの一週間、エレナとは気まずかったためにあまり多くは接しなかった。だが、顔を合わせる機会は何度もあった。
「それは…」
「何か特別な理由が…他には話せないようなことか?」
「――確かに、あまり多くの人には話せないことだけど、それとは別」
「なら、何で———」
「ティムの話を聞いたから」
「!!」
レオは目を見開き、驚く。
「ティムの話を聞いたら、私も一歩踏み出してこれからの先について考えてみようと思ったの」
「これからの…一歩?」
「うん、そう。私はこの国から南、ヴァンセンヌから来たの」
「ヴァンセンヌって確か…今この国と一触即発の———」
「その通りよ。私はヴァンセンヌから密告してこの王都にやってきた。これが、私が騎士団に捕まりたくない理由よ」
「密告って、何でそんなこと———」
「私の目的は私の叔父を探して見つけること。そのためにこの国にある、自分の過去の記憶を視れるある祠に行くこと」
「過去の記憶を視れる…?」
過去の記憶。それはレオにとっても重要な事だ。自分の過去を知りたい、自分が何者だったのか知りたい、自分が如何にしてリアやテン、ブラッドと出会い、ここに来たのか。知りたいことはいくらでもある。それが、過去が見られる可能性があるだなんて。
「―――過去の記憶を視て、どうして君の叔父を探すことにつながるんだ?」
「過去の記憶、私もレオと同じで記憶が一部欠落しているの。子供の頃の記憶、叔父のことも存在は知っている、だけど顔が覚えていないの」
「エレナも…記憶喪失だって?」
「で、でも、レオほど、自分のことがわからないぐらいの、記憶を失ってはいないわ」
「え、いや、それでも、なんで…」
何で、記憶を失っていたことをもっと早くに言わなかったのか。レオ自身も記憶を失っていた、エレナも同じ境遇ならその過去の記憶を視ることができる祠の存在を教えてくれたのではないか。もしかしたら記憶を失った経緯を知っているのではないか。考えたくもないことが途端に頭から湧いてくる。
「いや、そんなことはいい…エレナは記憶を失った理由を覚えているのか?」
「それが———」
「記憶を失った経緯を覚えているなら、俺の記憶がなくなった理由もわかるかもしれない!」
レオはエレナの両肩に手を置いて、顔を近づける。エレナは目を左右に揺らし、頬を赤らせる。
「―――あ、悪い」
エレナの肩から手を放し、少し間を取る。少し威圧的すぎたかと思い、レオはもう一度ゆっくりと話し始める。
「エレナが、もし、記憶を失った経緯がわかれば、俺の記憶を取り戻す鍵になるかもしれない。だから、教えて欲しい」
「———私が記憶を失ったのは断片的、子供の頃の記憶、王都の前にいたと思うヴァンセンヌの頃。ところどころなの、私の記憶は、でも叔父のことは覚えているの。でも顔が思い出せない、それが何故なのか、私も記憶を取り戻したい。だから———」
「この国に来た?のか…」
レオはある程度エレナのことについて理解できた。エレナは自分と同じで記憶を失った断片的だが、それを取り戻すためにこの国にやってきた。だけど、エレナの記憶喪失と自分の記憶喪失が全く無関係だとは思えない。
「きっと、何か理由がある。それを解けば記憶が戻る…のか」
「―――レオはどうしてそんなに記憶を取り戻したいの?」
――――――?何を言ったのかわからない。何故だって?
「き、記憶を取り戻したいの当然だろ?俺はまず自分の名前すらわからなかった。それなのにこの王都で目を覚ましてから、騎士団に追われ、何度も死を感じた。俺は過去の俺が何をしたのかと思ったよ、俺は異端者だから、こんなつらい目に遭ってるのか?過去を取り戻して———」
過去を取り戻して、それでどうなる?自分の過去を過ちを知って、それがどうなる。記憶は消えても、過去は消えない。自分がもし凶悪な異端者だったとしたら、俺はどうなる、自分を信じることができるのか。
リアや、テン、ブラッドは俺のことを話そうとしない。それは俺の過去がもしかしたら———
「過去を、とりもどして、それで…」
「私は自分の過去を知りたい、でも本当にレオも過去を知りたいの?」
「当たり前だろ!!俺だって過去を知って、俺が何者だったのか知りたい!」
「過去を———」
不意に今までのことがフラッシュバックする。
――いつか私を迎えに来てね
――レオの過去のことは言えない、これは契約なんだ
――いつもレオの言うことは正しかった、それに僕達を正しい未来に連れて行ってくれた
————まだ…会えない…
何で今、こんなことを思い出すんだ。俺は過去を知りたいってだけで、俺が何者だって関係なはずだろ。それなのにどうして———
「——————お、レオ、レオ!」
「――くっ!はあ、はあ、はあ」
エレナに体を揺さぶられ、意識が浮上する。体から汗が噴き出て、息が切れている。
何でだ、俺は過去を知りたい。そのはずだろ?
「どうして俺が俺を邪魔するんだよ」
そこからの会話はなく、エレナの横顔はとても悲しい顔をしていた。