2話 意思と願い
―――傷だらけの体、酷使し続けた体は疲労で痛みで限界だ。
貧民街に入り、無事に皆と合流することができたレオ達は近くにあった、誰にも使われていない壊れかけの小屋に身を潜めていた。
まだ、騎士団から逃げきって一時間も経っていない。その場にいるのは危険だと考えて、暗い小屋の中に入ることにした。
レオは傷だらけの体を壁に預け、横を見ると、リアは未だ目が覚めない状況。
テンは体を大の字にして眠りに入っている。ブラッドの話では大分体を酷使したらしい。そのブラッドは腹に痛々しい傷を負っており、包帯で止めているが、赤く滲んだ包帯は見ていても重症だとわかる。
そしてエレナの方は大分回復しており、大広間で見たあの顔色は嘘のように元通りになっていた。あの何も感じなかった虚ろな瞳をしていたときに何があったのか、聞いてみたいが一時体を休めよう。目が覚めたら、話を聞こう———
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眠りから覚醒するときは、水中から顔を出すときと同じだとどこかで聞いたことがある気がする。深い眠りの程、深い水深から顔を出すように感じる、目を覚ます前から呼吸をしているとなると、水中から顔を出すという表現は、言いえて妙だ。
レオが目を覚ますと辺りで一緒にいたはずの人がいなくなっている。
テンと、リアは近くで眠っているのに対して、エレナとブラッドの姿が見えない。
「―――まさか…」
動きにくい体を動かして、薄暗い小屋から外に出る。騎士団がこの貧民街まで攻めてきた、何らかのトラブルであの二人が対処に向かっているかもしれない。そう悪い方向に考えてしまう。だが、あの二人がここにいないのは何か理由が―――
「――え?」
小屋から出て、外に出ると一人の青年が立っていた。線が細く、体も華奢であり、夜になっていた貧民街にそのオレンジ色の頭が目立つ青年。
手には包帯と、果物だろうか。その二つを持ち、この小屋に入ろうとしていた。
「誰だ、お前は!」
レオは声を荒げて、目の前にいる青年に喰ってかかる。だが、青年の目には敵意はない。それより、
「レオ君、目が覚めたんだね」
「え?あ、ああ?」
その青年はレオの横を通り、小屋の中に入っていく。
あまりの出来事に何があったのかわからず、青年が小屋に入っていくのを見ているだけだった。
「いや、ちょ、ちょっと待てよ!」
レオも遅れること数拍、小屋の中に入る。痛む体で小屋の中に転がり込んで中を見る。
そこには、中で座りながらテンに包帯を巻いている青年の姿が見える。
「え?何で?というかお前誰だよ!!」
「え?ああ、そうだった。僕はずっと君たちを視ていたからつい、知っているものかと思っていましたよ」
青年はその場で立ち上がり、レオの方に向かい合う。
「ボクの名前はティム・マエスタス。君らのことをずっと待っていた。ずっとと言ってもつい一週間だけどね」
青年はにこやかな顔を見せ、笑っていた。
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「レオ、起きたのか。良かったよ」
レオは小屋の前に座り込んで、ブラッドとエレナの帰りを待っていた。
早い話気づくべきだった。レオが眠る前は悲鳴を上げるほど痛んでいた体が今では多少はましになっていた。それに体動かしづらかった理由は、体中に包帯が巻かれていたからだ。
目の前のことに集中しすぎるあまり、自分の体のことなんか見てすらいなかった。
つまりあの青年。ティムはレオ達の怪我の治療。食住の手伝いをしてくれていた人物だったのだ。
「お前も何も言わずにどっかに行くなよ。俺がどれほど心配したと思ってんだよ」
手を顔に当てて、体から空気が全部が抜けるような溜息を吐く。
ブラッドは食料の調達と情報収集。エレナは五層で宿の手配と、治療のための道具の購入を行っていた。
「ごめんよ。でもあんなに弱っているレオ達をわざわざ起こす気になれなかったんだよ」
ブラッドは詫びるように両手を前に出して手を合わせる。
「まあ、いいけどよ。それで小屋の中にいるあいつは一体何者だよ」
「―――?聞かなかったのか?」
「名前は聞いたし、俺たちを助けてくれた人だってのは知ってるけど、それ以外は全く知らない。小屋の中にいるのも気まずくてな、それに少し外の空気を吸いたかった…」
「———まあ、気まずいってのはわかるけどね。それと僕も彼のことは詳しくは知らない。この貧民街で生活しているってことぐらいだ。それに、詳しい話は皆が一回起きてからだそうだ」
「―――そうか」
レオは壁に手を付けながら立ち上がり、手荷物を持ったブラッドに続き、小屋の中に入る。
ボロい、暗い小屋の中はゴミの匂いが充満していたが、今は少し薬品の匂いが混ざっている。
床に座り、テンの包帯を変えている青年、ティムはあれからもテキパキと治療の続きを行っていた。
「言われたものは買ってきたよ」
「——あ、ありがとうございます」
「いえいえ、こっちの方が助かってるからね。事情も話さずに治療をしてくれるなんてね」
「治療っていうほどではないですけど、まあ事情は知らなくはないですけどね」
少し含みがあるような言い回しにレオとブラッドは動きが固まる。
事情を知らなくない。それはつまり自分たちの怪我の原因や事情を知っているということ。そしてそれの意味は———
「――お前、騎士団か…?」
ブラッドの後ろに立っていたレオがティムに向けて質問をする。
今まで黙ってやりとりを見ていたが、敵かも知れない相手に厳戒態勢をしざるを得ない。
レオは傷が深く、包帯を何重にも巻いているため、体を動かすのも辛く、痛い。ブラッドの方は胴体に包帯を巻いており、レオ程の重症ではないが、普通の人だったら安静にする程度の傷は負っている。
だが、ブラッドの異能を知っている身となると、体の傷はあんまり関係ないはずだ。
「―――え?ちょ、ちょっと待って下さい!僕は騎士団じゃないですよ!」
ティムは二人の雰囲気が変わったことから焦り、弁明する。
「じゃあ、お前は何者だよ?」
「僕は君たちと同じ、異能使いだよ!」
「―――。は?」
レオとブラッドの気の抜けた声が重なった。
今なんと言った?コイツは。異能使い?
「―――もしそれが本当だとしても、それを何故僕たちに異能使いだと言ったんだ?異能使い、異端者がこの世界でどういう立ち位置か知らないわけではないだろう?」
「も、もちろんですよ。僕だって誰彼構わずに異端者だとバラすわけではないですよ」
「それなら、何故だ?」
ブラッドは更にティムを見る目が鋭くなり、ティムは両手を振りながら、慌てて答える。
「正直に、話します。僕の願いを叶えるためにあなたたちという存在が必要だからです」
「必要?俺らがか?」
レオはまだ話の展開が未だに読めず、困惑している。何故、傷だらけの俺らの存在が、ティムの願いに繋がるのかわからない。
「あ、あなたたちが異端者だと言うことも知っています。それを踏まえて、僕の願いを聞いて欲しいんです!」
「僕達が異端者だと知って、話を聞いて欲しいと?」
「ええ。そうです。それに僕はあなたたちに頼るほかない…」
ティムは頷き、小さく息を吐く。今までの言葉で彼らの逆鱗に触れるかもしれないと半々に思っていた。
小さく息を吐いたことにより、体の強張りが消えて、心臓の鼓動がゆっくりそれに心地よい速度に変わる。
一拍置いたティムの口から彼の願いが話される———
「僕も一緒に王都からの脱出の作戦に入らせてくれませんか。僕は外の世界が見たいんです」