16話 君を救う理由
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五層での戦いが佳境に入っている中、少年は地下の階段を歩き続けていた。
「誰もいねえ…」
迷っている時間ももどかしく、勇気を込めて地下階段に足を踏み入れてからおよそ数分。暗闇で足元もあまり見えず、壁に手を付きながらもこけないように最高速度で降りていく。
螺旋階段のようになっており材質もこれまでと違い石のように感じるが感触が違く不思議な材質でできていると考える。
「明かり…」
螺旋階段を降り始めてそこから少し時間が経つと、階段終わりの奥に明かりが見えてくる。階段を降り終え、通路を進むと風の勢いが更に増していき、前を進むのを阻むかのように風が強い。
「―――くっ!なんだよこの風は…」
右腕で顔を風から守りながらも足を進め、風が来ている場所に進む。明かりもそこから漏れており、人の声のようなものも聞こえてくる。
「――檻…」
着いた場所は鉄で作られた檻がり、明かりと風もそこから出ている。そしてその檻に入れられ、鎖で繋がれている人がいることに気づく。
空色のように美しい髪色が首元に整えられており、幼さと愛らしさを感じる顔に、服装が汚れ、ところどころ破れているがそれが鎖で繋がれている子の妖艶さを増して見える。
「―――誰だ…?この子は…それに何でこの地下で鎖に繋がれて…」
まだ幼さの残る少女だがそれでも歳はテンやブラッドと同じぐらいだろうと見た目で判断する。その少女はレオの声に気が付いたのか目を開けて、こちらを見つめてきた。
「―――れ…おなの?」
掠れた声。けれど綺麗で透き通るような声。それに加え、
「――俺を知ってるのか?今レオって…」
確かに目の前の少女はレオと名前を呼んだ。まだ自分の名前がいまいち理解ができていないがこう何でもいろんな人にレオという名前で呼ばれていたらいやでも自分がレオという名前なのかと錯覚してくる。
「何で…レオがまた、ここに?わたしを助けに来たの?」
「わるいけど、俺は君を知らない。それに今俺は人を探して急いでるんだ。君が誰か知りたいけど、その前にここから王城にはどうやって行けばいいか…待て、お前今“また”って…」
「———さっきまで私と同じように、檻に入っていたじゃ、ない…」
―――さっき…あの時に声をかけてきた誰か。
ルシウスに大広間に連行されるときに目隠しをされていたため気が付かなかったが、こんな女の子だったのか。
説明の話を省き、急いで話をしてしまったために内容が入ってこず、青髪の少女は酷く動揺している。少年も自分が説明不足だったことに気づき、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。
「とりあえず、君は俺のことを知っていると思っていいんだな?」
「レオの方こそ、わたしを覚えてないの?」
「悪いけど俺は記憶喪失なんだ。だから大体の人や物事は覚えてないよ」
「―――そう…なんだ…あの事件で…ごめんね」
「―――?」
後ろの方の言葉は小さくて聞こえず、気にもなるがとりあえずここから王城に行く方法を考える。この檻の他にも同じようなものが数個ここから見え、通路の先は行き止まりだ。暗闇で見えにくいが暗闇で目が慣れている今ならある程度だったら見えるようになっていた。
どうやらここから王城には行けないらしい。薄暗くじめじめした牢屋の場所ではあまり長居はしたくない。ここがはずれだと分かればすぐに上に上り、王城に行く道を探さなくてはいけない。
だが、時間がない今の状況で王城までの行き方もわからない。目の前の少女がもし王城への道を知っているのなら、今は誰だろうと構わない。
「———ここから王城に俺は向かわないといけないんだ。もし道を知ってるなら教えて欲しい」
「ここから王城…風を使えばある程度なら行先はわかるけど、この鎖と檻がね」
少女が腕を上げると鎖が音を立てる。腕と足に四つの鎖が繋がれており、近く国は青く光り輝く石が見える。
「風…そういえばこの風はどこから出てるんだ?」
風の勢いはいつの間にかなりを潜め、心地よい風が正面の檻、少女から噴き出ている気がする。
「その風は、わたしの異能ね。この檻と鎖を見ればわかるようにわたし異端者だから…」
「異端者…」
「あ、わたしはあの…異端教団の者じゃないから…あのね…」
急に鎖で繋がれている少女はあたふたと両手を使ってその異端教団ではないと熱弁をする。
「その異端教団ってのは知らないよ。それより君の異能を使えば王城まで行けるんだね?」
「え?…ええ…うん。連れていけるよ。でもこの鎖と檻があるから」
「ならその鎖と檻を壊してやるよ」
「―――え?」
少女は少年の発言が予想になかったのか驚きの顔と声を出した。
両目を見開き、周囲の風が収まったのがわかる。
「わたし…異端者で檻に入れられてるんだよ?普通はそんな人怖くて檻から出そうと思わないと…それにわたしが嘘をついているかもしれないんだよ。騎士団が来るかもよ」
「俺は騎士団に追われてるんだ。今更檻壊して騎士団が来てもどうってことない。それに俺はある女の子を探しに王城に行きたいんだ。俺は王城に行きたい、君は外に出たい。利害が一致しているから助ける、それだけだ」
「―――」
「はっきり言って時間がない。君が何者であれ、王城へ行ける最短の道がわかるというなら誰であっても檻から出すよ。それに俺の仲間たちも…あ、開いた」
少年が檻を開けようと音を立てているとこちら側には鍵がかかっておらず檻を簡単に開くことができた。
檻の中は異様に空気が重く、何もしていないのに息が上がってくる。
「とりあえず、鎖を外す。この石を壊せばいいのか」
少女に繋がれている鎖は地面にある石に繋がっている。その岩は青く光っており鎖が岩にめり込んでいる。
「待って!それには―――」
「え?あががががああああ!」
青く光っている石に触れると周囲が光り、体が痺れるような感覚に襲われる。石から手を放し、膝をつく。手が思うように動かず麻痺しているのがわかる。
「その石は雷を中で作り出して貯めることができる鉱石なの。石に触れたり鎖を引っ張ると中の雷が出てくる、触れ続けたら心臓が止まって死ぬかもしれないのよ!」
「――雷?でも…そんなにずっと触れてて死ぬってそこまで…ではなさそうだ…」
少年はそういうとまた石に触れようと近づく。
「――待って。ダメ!」
「いや、大丈夫…」
左手で石に触れるとまた周囲が光りに包まれてくる。左手が痺れるような感覚に襲われるが、さっきほどではない。
左手からの痺れが体全体に上り、心臓まで届く。だが———
「———ぐっ!がああ…やっ、ぱり俺の、異能とは相…性良さそうだ」
左手は硬化して青く光る石に触れる。さっきは無意識に異能が使われた。触れた場所から痺れだしてきたが、心臓には届いていない。だから―――
「俺の異能…雷無効化できるのか…な!」
右手に力を込め石を殴る。もともと強固なつくりではないのか一発殴るだけでヒビが入り、二発も殴ると石は欠片が飛び散り、鎖が取れる。
それでも自分の拳の皮膚が剥がれ、血が石にこびり付く。
手から響く痺れるような感覚も消えて、両手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。死ぬような雷の石と言っていたが両手の痺れと体の怠さが残っただけだ。
それでも死んでいない。体の傷も雷により悪化したが、動けないほどではない。
「大丈夫か…?」
「はい…大丈夫です…そっちの方こそ大丈夫なの?」
「まあ、雷も俺の異能で防げるとは、思ってなかったけど、体の痺れだけで他は何ともないよ」
彼女の両手には鎖が繋がれたままだが石から鎖が取れた以上、自由に動き回ることができそうだ。そう思っていると彼女は足と手を使って体を起こし、立ち上がる。
「そうなんだ…あ…ありがとう、レオ。助けてくれて…」
「鎖で繋がれてるのを見たら助けるだろ誰でも。ましてや俺を知ってる女の子となると」
少年がそう言うと、少女は面を食った顔をして思い出したかのように笑い出す。
「え?何か変なこと言ったか俺?」
「ふふっ、いや、レオがまたそんなことを言ってくれるなんてね…記憶を無くしてもレオはレオね。そういえばわたしの名前知らないわよね」
「ああ、そうだね。君は俺を知ってるみたいだけど俺は知らないからね」
「わたしの名前はリア・ゴートリック。またよろしくねレオ」
そう彼女はいい、唇に指をあてながら花が咲きそうなくらい可憐な笑みを浮かべた。
―――助けてくれてありがとうレオ
「え?」
今確かに聞こえた。ありがとうと、目の前にいる少女の声ではない。また誰かの記憶なのか。レオは頭に手をあてて必死に思い出そうとする。
「ど…どうしたのレオ。頭が痛いの?それにあなた傷だらけじゃない。王城に行く前に治療した方が…」
「――いや、大丈夫だ。それより王城へ行く道を知ってるって言うのは本当だろうな?」
「知っているというかわたしの異能でどこに道があるのか、どこに人がいて何人いるのかがわかるの」
そう言うと、リアは自分の胸の前に手を開き、手の平の上に小さな風の渦が作り出される。
「異能が使えるなら、それでさっきの鎖とか檻を壊せなかったのか?俺の拳でも壊れたぞあの石」
「普通はあの石には触れられないものなの。異能を使って風を起こすと、石が勝手に反応して雷を出すから、体が麻痺して思うようにいかなかった。それにあれをくらい続けると鼓動までも止まっちゃうのよ」
「――そうか…とりあえず王城に連れてって欲しい。王城にエレナって子がいるはずだ」
二人は檻から出てまた暗い螺旋階段を上りながら話をする。暗闇で目が慣れたためか階段を終始危なげなく全速力で駆け上がる。
「――エレナさんね。友達なの?」
「え?い…やあの…ともだち…です」
彼女とはどういう関係なのかという質問は答えが難しい。恩人でもあり、助けたい人?
――――――?
階段を上り終え、長い廊下に出る。リアはこの廊下を真っすぐとだけ言いその後に続く。
「わたしの異能で王城に向かうけどここは騎士団の詰所?」
「詰所?まあ、騎士団がいる場所だ。今いないけど」
「確かに人の気配がないね。風を使ってみても人がこの辺り一帯には誰もいないみたい」
手の平にできる風は安定して小さな渦ができている。リアが檻から出てきてからは風は吹いておらず、おそらく自分がリアの近くを通ったために助けてもらうために風をこちらに送ったと考える。
「王城に行くためにはこのまま直進して…」
ここは少年が進んできた廊下だ。そのまま進めば、確か左右の分かれ道があったはずだ。
進んでいくとやはり別れ道に到着した。
「ここは左から俺が来たから…真っすぐか?」
「――そうね。真っすぐみたい」
風の動きは不規則にだけど、リアにとっては不規則に動く小さな風も手に取るようにわかる。
その後はリアの後ろに付き長い廊下を走る。無数にある扉と何度も見た調度品の数々を超えると、目の前にちょっとした大きな広間に出る。騎士団が集まっていた先ほどの大広間とまではいかないが、高さもある五十人近く入れる広間だ。
そしてその前に五メートルほどの大きさの扉が見える。
「ここが…」
「ここから王城に行くための扉みたいね。ここから外の風が少し漏れてる」
リアは扉に少し触れると、外の風なのか、リアの異能ではない冷たい風が流れてくる。強固な扉で何の材質で出来ているのかわからない。それに加えてとてつもなく重く、二人掛かりでもやっとで開くほどだ。
外を見ると正面には何故こんなところにあるのか不思議なくらいの底が見えない崖、その奥にはこの王都で一番高く、一番の象徴と言われている王城が見える。そして崖を超えるために作られている、装飾された硬化な橋が架けられている。
「さすがに王城には人がいるよな?」
「外にはいないけど、王城の中まではわからないみたい…」
崖の上に架けられている橋を渡ろうと足を速める。すると正面の王城の強固な扉が音を立てて開かれようとしていた。
「――扉が開く…」
橋の真ん中まで来ていたレオとリアに隠れられる場所もなく、扉が開かれるということは人がいる。その人が王族、貴族、騎士団、誰かはわからないが人に見つかったらエレナを探すなんてことどころではない。
横を見るとリアは汗を垂らし、顔が青ざめているのがわかる。
声を掛けようとしたそのとき――
「———レオ、逃げましょう。とんでもない化け物よ…」
扉が開かれ、出てきた者は―――
真っ白の腰まで伸ばした白い髪に赤い瞳、雪が降り積もる雪原のように透き通った美しい肌に、身に纏うのは簡素な白い服。見れば、誰しもが見惚れてしまうほどの美貌。
だがそれ以上に溢れ出る鬼気。そしてその彼女が両手で抱きかかえられている金髪の少女。
―――エレナ・パーシバル・フェルムが眠っているかのように目を閉じて白い美女に抱きかかえられている。