9話 騎士と騎士
そこは下に絨毯が敷かれ、上にはシャンデリアが付いている。見た限り綺麗な屋敷のように感じる。
辺りを見渡すと騎士団の制服と見られるものを着た人たちが十数人、自分を囲いこちらを見ている。
手を動かそうとも、手は後ろ向きに鎖で繋がれている。
「―――それで、そろそろ…これから何をするか聞いてもいいですか?」
少年は後ろに繋がれている鎖の音を鳴らしながら目の前に立っている鎧を着た屈強な男に問いかける。
さっきまで少年を連行していたルシウスはその屈強な男の横に立ち、こちらを見ている。
「そう噛みつくな、私は」
そう話すのは緑の髪をした五十台近くの男だった。
服装は鎧を着てその上に騎士団が来ていたマントを羽織っていた。
「騎士団…」
「ああ。自己紹介していなかったな。私は聖騎士団団長ジョセフ・グリントンだ。よろしくなレオ・パーシバル・フェルム君」
騎士団団長を名乗る男は背筋はピンと伸び、衣服の下の肉体も五十代近くに見合わぬほど研ぎ澄まされているのが伝わってくる。正面に立っているだけで否応なしに威圧を感じる人物だ。
「――俺に、なんのようだ?」
「――君がここで騎士団に捕まっているとなると理由は一つしかないだろうが、今回は事態が事態だ。それよりも君はやはり異端教団の一人なのでは?」
「―――何の話をしてるのか、わかんないな。それより捕まえた理由は?俺が異端者だからという理由ならここで首落とせば終わりだろ」
首を落とせば終わり。それはただ自分が死にたがりというわけではない。
そのはずなのだが、何故こうも自分はこんなに落ち着いていられるのかが不思議でならない。今は目の前まで死が迫ってきていると言うのに、自分で自分がわからない———そのような感情に呑まれている。
「―――君は死にたいのか?」
「は?死にたい、わけないだろ、俺はまだ何も知っても、わかってもいないんだ。これからだぞ、俺が自由に生きていく物語は」
「何を言っているのかわからないが、君を王都から出すわけにはいかない。それに君を殺すこともできない」
「殺すことができない……?」
「その話はあとで役者が揃ってからにしよう。その話の前に君の異能、ここにどうして来たのか、他の仲間たちの居場所、異端者の目的について洗いざらい吐いてもらいたいね」
ジョセフは深い溜息をつき、少年を見る。少年がここに来るまでに彼の外見や簡単な性格についてはある人物から聞いていた。だが、その情報といま見ていることではかなり情報が食い違っている。
少年を見る目を厳しくしつつ、少年からの返答を待つが、
「何か聞き出そうとしているところ、悪いんだけど、俺はこの数日前に目が覚めて、記憶喪失なんだよ。だから異能も、目的も、仲間も何にも知らない」
異能、ここに来た目的も何も知らないのは事実だ。だが仲間は知らないというのは嘘だ。テンとブラッド、その二人が記憶を失う前に仲間だったらしい人物。だが知られてはいけない。そう判断したため、嘘をついた。汗も流さず、言葉に詰まることなく簡単に嘘を吐くことから自分はもしかしたら記憶を失う前は詐欺師とかかもしれないなと心の中で思う。
「―――記憶喪失……そうか」
「―――?やけにすんなり納得するな。他の人に同じように話したら頭がおかしくなったのか、法螺吹きだとか言われたぞ」
「なあに、それが本当かどうかなんて関係ない。これからもう一人の拘束者を連れてくればいいだけの話だ」
ジョセフは近くにいる騎士の一人に目配せをして騎士の一人は大広間から出ていった。
少年は何も話さず、どうやってこの場所から抜け出そうか考える。自分は今頭が冷えてよく回る、このような事態を予測していたかのように。
考えろ、この場から抜け出す方法を。
考えろ、頭をもっと冷やせ、思考を止めるな。
わかっていても心臓の鼓動は早く、なのに頭は冴えわたっている。
ここは七階。そして騎士団に囲まれ、目の前には騎士団団長と近衛騎士の二人。
それに加え、自分は拘束中。体は軟禁されていたため、疲弊している。
そんな自分がこの場から逃げることができるのか?
「ジョセフ団長!連れてまいりました」
さっきこの大広間を出ていった団員が帰ってきてそう告げた。連れてきたその人物は、両手を後ろで拘束されて歩かされているエレナの姿があった。
「エレナ!」
「この子は君の仲間なのかな?」
「仲間じゃない!それにこの子はお前らの言う異端者でもない!」
「異端者じゃない…」
「そうだ!エレナ!聞こえるか」
「そうは言っても異能使いか異能使いじゃないかなんて見わけがつかない。それに君と一緒に行動をしていた、それだけで十分な捕縛対象だ」
ジョセフはそう告げ、エレナに歩き寄る。エレナは顔色が悪く、俯いており、こちらの声も届いていないような感じだ。
「君の名前は?エレナといっていたか。君は何のためにこの男と一緒に行動している」
「―――」
何も発さないエレナの様子を見て、ジョセフは少し感情を漏らした。
「彼女は彼のように監禁していたのか?」
「いえ、彼のような扱いはしておりません。女性なのでね、丁重に部屋に閉じ込めていました」
ジョセフの問いにルシウスが答える。部屋に閉じ込めておくことが丁重なのかはさておき、エレナも相当精神に来ているような感じだ。この大広場に来てからこちらを見てもいない。単に仲間だと思われたくないのか、それとも精神が参ってしまっているのかはさだかではないが。
「何も話さない、これでは時間の無駄だ。やはりあの人が来るまで待っておいた方が良かったか」
そうジョセフがぶつぶつと言うが、少年はエレナのことでいっぱいいっぱいで聞こえてはいない。
「――ルシウス、私は例の人をここに連れてくる。ここにいるあの少年と少女はお前が見張って置け。他の騎士達も少数だけここに残して、二層、三層の方へ行かせておけ」
「承知いたしましたが、例の人も王都のどこにいるかわからないのでは、それにわざわざ団長が迎えに行かなくても……」
「その人も異能使いだ、ある程度対策はしていないとな。それに私はあまり信用はしていないからな」
ジョセフがそういうと周りの騎士たちに話しかけ、この大広間から退出するように促す。少年が入ってきた扉からぞろぞろと人が出ていき、大広場に残ったのは片手で数えられるぐらいの騎士たちと、ルシウス、エレナだけだ。
少年は必死にエレナに呼びかけるが、何も反応がない。ただただ下を向いて目の焦点が合っていないように感じる。
「おい!エレナに何をしたんだよ!!」
「―――彼女には何もしていない。それに彼女は昨日まで普通にしていた、この姿になったのは私も驚きだが……」
「驚きだ?何を言ってんだよ!お前は俺みたいにエレナを、監禁していたのか!?俺と違ってエレナを女の子だし、異能とやらも持っていない!無関係だ!なのに何で……」
少年にはめられている枷を鳴らしながら、吠える。腕をきつく縛る金属の枷は動くたびに激痛が腕に走る。それでも動くのをやめない、エレナのもとに駆け寄りたいとそう思い―――
「――!」
――少年の胴体に剣が見える。
「――あ?」
胴体の後ろから剣が貫かれている。
腹部からとめどなく血が溢れ出し、口には血の味がする。
異常なまでの激痛に視界がかすみ体が横に倒れる。
「―――があああああああああ!」
「一体、何が、何をしてるんだお前は!」
ルシウスが何か言っているのか遠くの方に聞こえる。
手足を縛り体を揺らし皮膚が取れ血が溢れる両手足も感じないほどの腹部の激痛と熱さ。
血と涙が混ざり合い、絶叫を上げる口からはとめどなく吐血を繰り返す。
痛みが、苦しみが、悲しみが、怒りの全てが恐怖に飲まれこむ。視界がきかなかったはずの両目から赤く点滅をあげる。
「―――」
目の前の少女がこちらを見ているのが見えた。赤く点滅した世界で少女が涙を流し、こちらを見つめ何かを叫んでいる。さっきまでの反応とは裏腹に感情が蘇ったかのように眼に涙を溜めている。この出来事でエレナが感情が戻ったとなると少し報われないのか……?
もはや痛いとも熱いとも表現できないそれは、丘に上がった魚のように跳ねる少年の喉を塞ぎ、絶叫する余裕すら奪ってのた打ち回らせた。
「ごぱっ…」
赤い塊が口から零れ出る。
――何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
ただただ命の灯が消えかけている中で、体が冷たくなっているのを感じる―――
意識が遠のいていきもうすぐ死が近づいてきている。もう死んでいくだけだ。もう死ぬだけだ。死んだらどうなる。死んだら何が残る。死んだら…死んだら…死んだら…死んだら……
体が硬直し口から体から溢れ出る血がなくなっていく。
―――。
――――――。
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少年の何も映さない瞳に移ったのは美しく輝き羽ばたく青い鳥だった―――




