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7、涙と嫉妬

あれは完璧な拒絶だった、と消毒の臭いが漂う院内を歩きながら、日向は途方に暮れた顔をしていた。

(くそっ)

エレベーターのボタンを力任せに殴り、そのまま俯いてしまう。

(俺、また影を傷付けてるのか……)

呼び出しに応じたエレベーターが到着し、扉が開く。中には誰もおらず、そのことが日向にとっては行幸だった。こんな顔を、他人に見られたくない――恐らく、悲壮感たっぷりの顔を。日向は中に足を進め、一階のボタンを押した。ゆっくりと閉じて行く扉の隙間に、あとを追い掛けて来た影の姿があるのではないかと期待をするが、もちろんそれはただの期待でしかなかった。

――追い掛けてくれるはずがない。こんな兄貴のことなんか。

「影、ゆっくり休めよ」

また明日学校で、と続けようとしても、瞼の裏に焼き付いた光景――影が掌で顔を隠し、日向のほうを見向きもしない――に、喉が詰まるような錯覚を覚える。弟に見放された気が、して。

(……なんのことはない。俺が、俺の方が影に依存してたんだ…)

そう分かってしまうと、苦笑いが止まらない。

(影を守るふりして、影が俺から離れて行くことが怖かっただけだ……)

「九連」

(…影、ごめんな)

「ちょっとこら!」

「っ!は、蓮本……?」

いつの間にやらエレベーターを降り、外来の受け付けの近くまで歩いていたらしい。誰かに腕を掴まれたことに、ようやく気付く。

「蓮本、」

「さっきから何回も呼んだのに……というか、九連」

蓮本奈緒が、日向の顔をじっと見詰める。

「なんだよ、」

正直、今は放っておいて欲しいと日向は思う。しかし、次の奈緒の言葉に心がぐらりと揺れる。

「……何かあったね?」

「っ」

「今にも泣きそうな顔、してる」

日向の腕を掴む奈緒の手に、ギュッと力がこもる。

「蓮本…、」

「泣いちゃえば?」

「何、言って……」

「あたしが、泣き止むまでそばにいてあげる。高校生男児が、人前で何泣いてるんだって目で見るヤツがいたら、あたしが追い払ってやる」

既に二人は目立っており、行き交う人や椅子に座って順番を待つ人などが二人の様子を眺めている。だがそんな視線は一切気にしていない奈緒は、ただ静かに日向を見守るだけだ。日向はそんな彼女を弱りきった瞳で見返していたが………

「う、」

奈緒から咄嗟に目をそらして俯き、片手で自分の顔を覆ってしまう。

「……あんたは我慢し過ぎなのよ、きっと。たまには弱いとこを晒さないと、疲れるよ」

「俺、」

「全く、本当に弟煩悩なんだから」

奈緒の手が、まるで幼子にするように日向の頭を撫でた。日向はその手を払うことなく、俯いたまま涙を流し続けた。さすがに大声を上げるのは、憚られた。






「どう、少しはすっきりした?これ、奢り」

そう言って奈緒が差し出したのは、日本で有名な珈琲チェーン店の珈琲だった。病院の近くに店があったから、そこで買って来てくれたらしい。

「砂糖少しでミルク多め……ブラック、呑めない訳?」

奈緒の口調が嫌みたらしいが、咎める気力は残っていなかった。

「苦いのは苦手だ」

素っ気ない口調で応えると、奈緒が肩を竦める気配がした。

「子供ね」

「……どうせ子供だよ」

「そろそろ移動するよ。本当に病院に用事がある人の邪魔になるから」

その自覚はあったのか、日向は素直に奈緒の言葉に従った。

「俺、凄い顔か?」

「……なに、格好良いとでも言って欲しいの?」

「そんなわけあるか」

ようやくいつもの反応になってきた、と奈緒は日向からは見えないように口端をつり上げた。愉快そうだ。

(しっかし、本当に影のことを溺愛してるのね…。全く……)

なんだか心中がムカムカして穏やかでないような気がするのは、何故なのか。奈緒は日向に気付かれぬように、そっとため息を吐いた。頭の中、一つの単語が浮かんだことには気付かぬふりをする。

「蓮本」

病院を出たロータリーで、日向がぽつりと奈緒を呼んだ。

「何」

「……ありがとう…」

「は?」

今、目の前の唐変木は何と言った?

「何?何て言ったの?」半ば意地悪で問うと、日向は顔を真っ赤にして明後日の方向に首を巡らせる。奈緒は更に突っ込む。

「九連。もう一回言いなさい」

「い、嫌だ。誰が言うかよっ」

「言え」

「嫌だ!」

ついに、日向は一人で歩き出す。奈緒は苦笑して、彼の背中を追った。今だけは、彼は自分だけのものだと思った。





……その二人の背中を見詰める、無機質な瞳がある。

(許さない……あんなに九連君に近づいて……)

瞳の主は、山城麻理花だ。麻理花も奈緒と同じく、日向のあとを追って病院に行ったのである。ただ、影のことは一切どうでも良くて、少しでも日向の近くにいたいが為だったが。

(何よ、男になんて興味がない顔して……)

本当に腹が立つ。

親友が好きだと知っている男を誘惑するなんて最低だ、と麻理花は鼻息荒く憤る。

(そうだ!)

あることを思い付いて、麻理花はくるりと身を翻えした。妙案に、笑みが止まらなくなる。

(まずは遊子に会わなきゃ、ね)







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