3、不安と心労
影は、不安だった。
双子の兄である日向と、級友である蓮本奈緒が自分に何か隠し事をしているのではないかと。
休憩終了間近の屋上。天気の良い今日は、見上げれば蒼い空が広がっている。
だが影の心の中は暗く、沈んでいた。
屋上の縁を取り巻く緑色のフェンスを背もたれに立つ奈緒は、ぼんやりとコンクリートの床を眺めている。
双子の兄・日向は、給水塔を背に座り、やはりぼんやりとしている。
二人が何を考えているのか、一切推し量れない。
(・・・・・・っ)
ブルッと寒気が走って、影は自分で自分の腕を抱くようにした。
ぼんやりしようとしても、半年前の芦原遊子に拉致されたことが否応なく思い出されて、恐怖に震えそうになる。あの件からしばらくは、毎晩あの屋敷で起こったことの夢を繰り返し、見た。そしてその度に、怯えた。
また、日向を殺しそうになるのではないかと。日向を殺したいほど憎く感じるのではないかと。
(大丈夫・・・僕は兄さんを憎んでなんていない。あれは、あの“薬”のせいなんだから)
そう思い込まないと、不安で押しつぶされそうになる。
「影?」
「あ、」
何時の間にか影の傍に日向が近付いており、心配そうにその顔を覗き込んでいた。大きな掌で、頭を優しく包まれる。影が大好きな、暖かな手だ。
「兄さん・・・・、」
「大丈夫か?体、辛いか?」
影はふるふると、緩く首を左右に振る。不安を押し込め、微笑む。
「僕は、平気だよ」
「なら、良いんだ」
そう日向も微笑んだ瞬間、チャイムが鳴った。あと五分すれば本鈴で、五時間目が始まってしまう。
「蓮本、もう良いかな」
奈緒は携帯を開いて何事かをしていたが、そうね・と頷いて歩を進める。
「何してたんだ?」
「麻理花からのメール。大崎が帰ったって確認してくれたみたい」
「山城が、」
奈緒は一度頷き、屋上と構内を結ぶドアを開けた。階下から聞こえて来るざわめきは小さくなっている。
「早めに戻ろう。弁当箱がそのままだ」
日向の言葉に、奈緒が頷く。
「影も早く・・・影?」
影からの反応がないので、日向が振り返ると、
「影!どうした!?」
影が、倒れていた。蒼白な顔で、はぁはぁと荒い呼吸をしている。胸元をギュッと握り締め、酷く苦しそうだ。
「緊張性の発作?」
「かも知れない。影、しっかりしろ、影っ!」
呼びかければ、ぴくりと体を身じろがせるものの、起き上がることまでは出来ないようだ。
「蓮本は先に教室に戻ってくれ。俺は影を保健室に運ぶから」
「あ、う、うん・・・・」
奈緒は気がかりそうだったが、日向の言う通りに先に階段を下りて行く。
「影、しっかりしろ。あとで薬を持って行ってやるからな」
どうにか背中に影を背負うと、日向は彼を励ましながら保健室へ急いだ。背中に感じる影の体温が、酷く高い。
熱がある、と悟る。
耳元で感じる荒い呼吸の下、影が今にも泣き出しそうな顔で
「兄さん・・・ごめんなさい、」
というのが聞こえて、日向も今にも泣き出しそうに、なった。