21、駒
大変お久しぶりです…。
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(馬鹿か、あたしは……)
トイレからすぐに教室に戻る気にはなれず、奈緒は校舎内をぼんやりと歩くことにした。今は特別棟の三階にいる。
(九連の前で動揺するとか……単純過ぎる…)
穴があったら入りたい気分だ。日向と一緒にいた級友にまでびっくりした顔で見られたではないか。
「はあ、」
日向の前ではポーカーフェイスでいようと決めていたのに、その決意はあっさりと破綻した。耳元に、自分の名を呼んだ日向の声が甦る。
『奈緒』
「〜〜〜〜〜っ!」
一気に頭の中が熱くなった気がして、周囲に誰もいないのを良いことに、奈緒は壁にぴたりと額をつけてみた。ひんやりとした心地よさが、熱を冷ましてくれるような錯覚を感じる。
(何やってるんだろうか、あたしは………)
自分が自分じゃないみたいだ、と奈緒は思う。他人を想って、こんなに右往左往するなんて。
「はあ……、ん?」
壁から額を離し、何気ない動きで、奈緒は窓の外を見て――そして気付いた。
「あれ……?」
奈緒の視線の先にいた人物に、視線だけでなく意識すら完全に持って行かれる。何故、という疑問が脳内を巡る。
「沖村、凪砂……くん?」
親には見えない若い女と、学生服に身を包んだ少年が外を歩いている。
学生服の少年は、奈緒が昨日初めて会った彼に間違いなかった。
(あの子、うちの学校だったの……?)
それにしたって、昨日邂逅した時、奈緒は制服姿だった。自分と同じ学校の制服なら、それに関して一言あっても良いように思うのだが……。だが、奈緒の視線の先にいるのは紛れもない沖村凪砂である。
(嘘、)
再会するにしたって、昨日の今日だとは思いもしない。奈緒の心に、小さなさざ波が起こる。あどけない顔をした小柄な少年から眼が離せない。
少年は傍らの女に何事かを言うと、とても嬉しそうに顔を綻ばせる。
(どうして…、)
転校生、なのだろうか。
「奈緒?そんなとこで何してるの〜?」
「っ!!」
眼下の少年にばかり集中し過ぎて、すぐそばにあった気配に全く気付けなかった。
「ま、麻理花」
「どうしたの?狐につままれたような顔して」
「あ、べ…別に。あたし、トイレ、行くから」
「え、うん」
親友の不思議そうな視線から逃れるために、奈緒は言い訳をして身を翻した。
奈緒の背中が廊下の曲がり角に消えたあと、麻理花は一気に表情を入れ替えた。不敵な笑みを浮かべ、窓の外を見た。
彼女の『駒』が呑気そうな笑顔をしているのが心底可笑しくて、くつくつと喉の奥で低く笑った。