1、逃げ出した先は
屋上には誰も居なかった。
「はあ、疲れた・・・」
奈緒と日向はふらふらと太陽のあたる場所まで出たが、もともと体力のない影は、ぜえぜえと荒い息をしてドア口に膝を着いてしまう。
「影、大丈夫か?」
慌てて日向が戻ると、影はどうにか・と微笑む。
「刑事、名前何て言ったっけ?」
「・・・確か大崎って言ってた。警部って言ってたけど、喰えないオッサンだったわ」
苦い顔で唾棄する奈緒。
少ししか会話していない筈だが、既に奈緒は大崎という警部を毛嫌いしているようだった。
「でもさ、ずっと逃げ回ってる訳にはいかないし、余計に疑われないか?」
日向の疑問に、奈緒は更に苦い顔になる。本当に苦虫を噛み潰しているかのようだ。
「そりゃあ、あのオッサンを前に逃げ出したら問題だろうけど、あっちはあたしたちがオッサンを眼にしたから逃げ出したってことに気付いてないんだから、大丈夫じゃないの」
喰えないのはお前もだよ、と思ったことは日向は黙っておく。
「それに、九連だって嫌でしょう。影が警察に疑われるなんて」
「そ、それはそうだけど、」
疑いを晴らすことが出来るなら、早くそうするに越した事は無い。
「あの、」
ずっと呼吸を整えるので精一杯だった影が、ようやく口を挟んだ。今にも消え入りそうな、細い声だったが。
「どうした?」
「ぼ、僕・・・その警部さんとお話、してみる」
それは寝耳に水の発言だった。日向は声を上げ、奈緒ですら眼を点にして影を見返している。
「影?」
「・・・兄さんの言う通りだよ。逃げ回ってても、何も解決しない」
「よく考えなさいよ?影。・・・・・あの日、学校から姿を消した理由をどう説明するの?あんた、あの日のこと覚えていないんでしょ?覚えてませんて言って、警察が納得すると思う?」
奈緒は辛辣だ。鋭い眼で影を見据える。
「そ、それは・・・・でも、」
それに、影が御鶴城を殺したのは間違いない事実なのだ。手を下した際の意識は“赤い眼”の影ではあったが、体は影本人のものだった。
(影の中の別人格が殺したから、見逃してくれ・・・そう言って、警察が納得する訳が無い)
奈緒の言い分は最もだ。
だが、影が苦しんでいるのも分かる。逃げ回ることは、想像以上に体力と気力を消耗するものだ。
「影、お前の気持ちは分かった。でも、悪いけど今は無理だ」
日向が言えば、影が哀しげに瞳を揺らした。だがこればかりはどうしようもない。
影を警察に引き渡すなど、死んでもしたくない。
「蓮本、何かいい案は無いのかな。警察が影を疑わないで済む方法」
「・・・そんなの簡単に浮かんだら苦労しないわよ」
最もな言葉で一蹴され、日向も影も項垂れた。