18、誘導
「こんばんは、山城麻理花です。よろしくね」
にっこり、という言葉が聞こえてきそうなほどの全開の笑顔で自己紹介をされ、凪砂はおずおずと自分も自己紹介をする。
「は、初めまして・・・沖永凪砂です」
「ふふ、可愛い子だね!」
麻理花は、同じ空間にいるもう一人の人物―――――芦原遊子にもにっこりと微笑み掛ける。
「遊子、ずっとこんな子を秘匿してきたなんてね」
「秘匿なんてしてない。なかなか色よい返事をいただけなかっただけだ」
苦笑とともに吐き出される嫌味に、凪砂は顔を赤くして俯いた。
「こら、遊子。苛めちゃだめじゃない」
頬を軽く膨らませ、麻理花が遊子に文句を言う。
歳のわりには幼くてぶりっ子のような仕草なのに、何故か麻理花には嫌味がない。
作り物ではない、自然な感じがするのだ。
「あ、あの山城さん」
「ん?あ、麻理花で良いわよ麻理花で」
「じゃ、じゃあ、麻理花さん」
「なあに?」
小首を傾げると同時、緩やかにパーマのかかった髪がふわりと揺れて、シャンプーの残り香のような甘い香りがした。
「あなたも、遊子さん言うところの“家族”なんですか?」
「私は家族じゃないよ〜。いわば、“お友達”ね」
お友達、と凪砂はおうむ返しに呟く。
「そう。とぉっても大切なお友達」
麻理花は相変わらずにこやかに笑っている。
そして、用意されたアールグレイをとても美味しそうに飲んでいる。
「ねぇ、遊子に聞いたんだけど」
「?」
夕飯を食べたのに、お茶請けに用意されていたクッキーを摘まんでいた凪砂が麻理花の言葉に顔を上げた。
「君、」
麻理花の笑顔と声の質が不意に変わったような気がして、凪砂は体を硬直させた。何を、訊かれるのだろうかと。
「奈緒に、惚れてるんだって?」
「!ほ、惚れ……っ?!」
「ぶっ…!」
凪砂の驚愕ぶりに、遊子が吹き出す。
「あはっ、真っ赤になっちゃってか〜わいい〜」
「ま、麻理花さん!何を言って……」
「んふふ。遊子から大体のお話を聞いてね、そうじゃないかって」
「遊子さんっ」
凪砂が遊子を睨めば、遊子はまだ腹を抱えて笑っている。
「ねえ、凪砂くん」
「な、何ですかっ」
「私、奈緒の親友なのよ」
「ええっ!?」
なんたる偶然だ、と凪砂はびっくりする。
麻理花がクスクスと笑ってから、残りの紅茶を飲み干した。
「遊子、おかわり。同じもので」
「ん、はいはい。凪砂は?」
「あ、僕はまだ大丈夫です」
そう、と頷いた遊子が、麻理花の使用していたカップを手に、談話室を出て行く。
「ねえ、奈緒のどこに惚れたの?」
「だ、だから、惚れたなんてことはなくて…、その、奈緒さんを助けたくて、」
麻理花が不思議そうに眉を寄せる。
「助ける?君が、奈緒を?」
「ぼ、僕は遊子さんのお手伝いをするために、」
「ふうん、遊子の……ね、」
得心したような口調で、麻理花が呟いた。
「奈緒は良いなぁ。私と違って、男の子にモテるから」
「え?」
「本当なのよ。奈緒って、すごくモテるんだから。凪砂くん、アプローチするなら早い方が良いよ」
「あ、アプローチだなんてそういうんじゃ…」
「うふふ、真っ赤になっちゃって本当に可愛いなぁ〜」
「うう…、」
さっきから絡まれ続け、まんじりともしない気持ちになってきた。麻理花が何をしたいのか分からなくて。
「あ、あの…」
「ん?」
「その…僕に何か…、」
「ふふ、本題がまだだったね」
「本題、」
再び麻理花の笑顔の質が変わった気がして、凪砂は身構える。
「奈緒はね…、好きな人がいるのよ」
「っ、」
“好きな人がいる”。
麻理花のその言葉に、自分の胸が鈍い痛みを覚える。
「そ、そうなんですか」
どうしよう、声が震える。奈緒にアプローチなんて、と言った手前、彼女に気がある素振りなど出来ない。
「同じクラスの、九連日向っていうの」
麻理花が、近くにあったメモ紙に、ボールペンでその名を書いた。
「九連、日向……」
どうしてか、その字面を見た瞬間、言い様のない感情が心を渦巻き出すのを感じた。
「奈緒ってさ、気がない振りをしながら、すごくこの人にべったりで色目を使ってるのよ。九連くんはさぁ…。」
にっこり微笑んで、麻理花は言う。
「私のものなのに…。」
「!」
「ずっと前から知ってるのよ?親友の私が九連くんのことを好きなこと。私の恋愛相談聞く振りしながら、自分は私以上に九連くんの横にいて、親しくしてるのよ?」
でもね。
麻理花が、不意に凪砂の片手を握って来た。ひやりとした手だ、と凪砂は思った。
「奈緒は、錯覚してるのよ」
「…錯覚?」
「私から九連くんのお話を聞いてる内に、自分が九連くんを好きだと錯覚したのよ。私の気持ちが自分の気持ちだと思ってしまったのね」
「………。」
「本当は、奈緒は九連くんのこと好きじゃないのよ。端から見たらまるわかりなのに」
奈緒は憂いを帯びたため息を吐いた。
「ねぇ、奈緒を助けるんだって言ったよね」
「え…。」
「私からもお願い。奈緒の眼を醒まさせてあげて?奈緒は九連くんのことなんて何とも思ってないんだってこと、君の力で分からせてあげて?」
奈緒の眼を醒まさせる。
奈緒に分からせる。
今抱いている恋心は、紛い物だと。
(遊子さんも、この人も…。どうして僕なんかにこんなに期待してるんだろう。僕に、何が出来るの…?)
「お願い、凪砂くん。奈緒は、もう私の言葉を聞いてくれないの。もう、君にしか頼めないのよ」
如月陽と瓜二つの顔をした君にしか…。
「…一つ、お願いが」
ぽつりと呟かれた言葉に、麻理花は小首を傾げた。
「なぁに?」
「この人に…、九連日向さんに一度会ってみたいです」




