16、玲治2
「そっくりだっただろう?」
「っ!!」
凪砂への配膳を終え、自室に戻った玲治を出迎えたのは、いつになく上機嫌に鼻歌を口ずさむ芦原遊子だった。
起伏に乏しかった玲治の顔に、明らかな恐怖の色が浮かぶ。
ドアを締め切ることに抵抗を覚え、鈍色の取っ手から手を放すことが出来ない。
遊子がにやりと笑い、玲治の背中全体がぞくっと粟立った瞬間――――――――――宙ぶらりんになっていた右手をかなりの握力で握り込まれた。
「い・・・たい、」
「お前が私の質問にさっさと応えないからだろう。・・・仕置きだ」
「嫌だ・・・・・!」
喘ぐように言って、身を引こうとする玲治。
だが、遊子は許さない、放さない。
玲治の右手を思い切り自分のほうへ引っ張り、玲治の俯けた顔をしたからずいっと覗き込む。
怯えた玲治は、遊子と眼を合わせなどしない。
それが、更に遊子の嗜虐心を煽ってしまうと身を持って知っていても。
脳が、遊子と眼を合わせることを拒絶する。
「!!」
遊子が、空いている右手で玲治の細い顎を掴む。
そちらにもグッと力を込め、痛みに呻く玲治の顔を愉快そうに“観察”する。
「痛いのが嫌なら、私の質問にちゃんと応えるんだね。いくら馬鹿なお前でも、そのくらい出来るだろう?」
玲治が、苦しげに息を乱しながら、微かに頷く。
「凪砂、似ていただろう」
今度は、視線だけで遊子の問いを肯定する。
「あの子がいれば、奈緒はこの屋敷に戻ってくると思うだろう?」
「・・・!?」
遊子は、奈緒が必要なのだろうか、と玲治は眼を白黒させながら彼女を凝視する。
「おや、不思議そうな顔をしているね」
遊子が玲治の顎を解放する。
「っ、」
足から力が抜け、玲治は顔を歪めながらその場に膝を着いた。
「奈緒さんを、どうする気・・・?」
「どうしてそんなことを訊く?家族一緒に暮らしたいと思う、何か可笑しいことか?」
「・・・少なくとも、奈緒さんは遊子のことを家族だなんて思っていないと思う」
逆鱗に触れるかと思ったが、遊子は至って涼しげな顔だ。
「まあ、そうだろうね」
「それに、いくら陽さんにそっくりなあの子がこの屋敷に在住したとしても、奈緒さんはここには戻って来ないと思うよ」
恐怖のために震えそうになる口をなけなしの気力を使って動かし、玲治は皮肉を口走る。
「そうかしらね」
遊子はやけに余裕たっぷりの口調で、玲治の言葉を遠まわしに否定して来た。
「――――――何か、する気・・?」
「さあ」
「さ、さあって・・・!」
「とにかくね、玲治」
遊子が、ぐっと腰を折って膝を着いたままの玲治の耳元で囁く。
「凪砂のこと、頼んだよ。・・・・・・仲良くしてやって」
「――――――――――――――――――――」
何の反応も出来ない玲治に向けて嘲笑を残し、遊子が部屋を出て行く。
ドアが完全に閉まり切り、玲治は慌ててドアの鍵を掛けた―――最も、遊子は屋敷全ての部屋の合鍵を持っているから、ほとんど意味はないのだけれど。
それでも、“気休め”にはなるから・・・。
「―――っ、はぁっ」
ベッドでうつ伏せになり、ようやく玲治は人心地着いた気がした。
ドクドクと、心臓が深い音を刻んでいる。
「――――兄さん、」
兄に、会いたい。
例え抱き締めてもらえなくても、名前を呼んでもらえなくても、生きている兄の姿を見られたらそれだけで良いのに。
今はそれも、叶わない。
そして、
「―――梓、」
同級生で恋仲の、祠堂梓。
玲治が数ヶ月前にこの屋敷に幽閉されてから、一切会えていない。
電話どころかメールさえも出来ない。
携帯やノートパソコンの類は、全て遊子に奪われてしまったし、屋敷備え付けの電話は通話内容を録音されてしまうのだ。
(梓、会いたいよ・・・)
けれど、自分は一度彼女を殺そうとした。
あの白く細い首に、この両手を回して――――。
「―――――っ」
あの時の生々しい感触を思い出して、玲治はうつ伏せたままでその両眼をギュッと瞑った。