14、告白ノート
「ここを使うと良い。高原、後でこの子の夕食をここに運んでやってくれ」
「畏まりました、遊子様」
遊子の背後に分身のように控えていた年かさのお手伝いが、深々と辞儀をしてどこかへと去って行く。
「凪砂、突っ立っていないでくつろぎなさい。今日からここがお前の家なのだから」
沖永凪砂は、緊張した顔付きで、小さく頷く。
(普通の洋館かと思ったのに、研究所みたいな内装だった。でもここは、普通の洋間。・・何だか、変な気分だ・・・)
凪砂は、着替えや身の回りのものを入れたリュックを床に下ろした。
「何か足りないものがあれば、遠慮なく言いなさい。必要だとお前が判断するなら、何でも用意してやるから」
遊子は凪砂の緊張した雰囲気が面白いのか、楽しげに眼を細めている。
「あの、芦原さん、」
「ああ、凪砂」
遊子が、凪砂の言葉を遮って口を開く。
「“家族”である以上、お前が私を“芦原”と呼ぶのは許されない。私や他の者たちのことは下の名前で呼びなさい。さっきの高原のように、従者や業者はその限りではないがね」
「は、はい」
「呼び捨てでも構わんし、敬称でも良い。とにかく、名字だけは使うな」
「じゃあ・・・、遊子さん」
「うん。何だ?」
「あの、僕は一体何をすれば良いんですか?奈緒・・・蓮本さんのために、僕は何を・・・」
遊子がくすくすと笑う。
「そんなに焦るなよ、凪砂。今日は体を休めて。明日も学校だろう?」
「学校なんて・・・」
「いじめっ子が居るからイヤだというのも分かるが、お前は学生だからね」
凪砂は俯く。
正直、今学校で習っているところなんて、すでに自習などで理解している。
高い学費を払ってまで、あんな場所に行く必要性が、凪砂には分からなくなっていたのだ。
「・・・そういえば、凪砂。父親に話を通さなくて良かったのか?何も言わず家を出て、あの男が黙っているとは思えんがね」
「僕は、・・・・・もう父に利用されるだけなのはいやなので」
「まあ、あれも顔が広いからねぇ。そのうち私が関係していることに気付くだろうが・・・まあ、そのときは私が守ってやる。家族だからね」
「お願いします」
「引き受けた」
頷き、また何かに気付いたように遊子が「あ」と声を漏らす。
「遊子さん?」
「そうか。・・・あの男のことが片付くまでは下手にお前を外へは出さないほうが良いのか・・・」
「?」
「凪砂。お前の希望通り、もう学校へは行かなくて良い。下手に動いて、あの男に凪砂の行方がバレるのも面倒だしな」
「本当ですか?」
くだらない集団生活、くだらない程度の低い授業、そして頭の悪いいじめっ子ども。
もうそれらに縛られなくて良くなる。
凪砂にとって幸せなことだ。
「この時代、実際学校など行かずとも勉強などどうにでも出来るしな。退学扱いにしてもらうが、構わない?」
「はい!お願いします」
良い返事に、遊子は苦笑する。
「さて、すぐにさっきの高原が食事を運んで来ると思う。シャワーは部屋についてるから、それを使って頂戴。何か用があれば、そこの電話を使って。私の部屋の番号なんかは、電話台に置いてあるノートに書いてあるから」
「分かりました」
「それと、これを」
「?」
遊子から、少し古ぼけたノートを手渡される。
戸惑い、凪砂は首をかしげた状態で彼女を見上げる。
「これは・・・?」
「中を見れば分かる。気が向いたらで構わないから、眼を通しておいて」
凪砂はよく分からないままにこくり、一つ頷く。
「それじゃ、私はこれで。・・・・・凪砂、仲間になってくれてありがとう」
「い、いえ」
気恥ずかしくなり、凪砂は顔を赤くしてしまう。
遊子が部屋を出て行く。
凪砂は敷布団の敷いてあるベッドに腰を下ろして、何気ない気持ちで遊子から手渡されたノートの一ページ目を開き――――――――――――眼を見開くことになった。
あたしが、ころした
姉・美緒と恋人・陽君を
あたしが、ころした
あたし――――――蓮本奈緒が