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13、決意

玄関でぼうっとドアを見つめたまま立ち尽くす日向の耳に、自宅の電話の音が響いて来た。

「・・・・・」

日向は奈緒が去ったドアから眼を引き剥がし、電話のあるダイニングへ駆け足で向かう。

「・・・はい、九連です」

最初に耳に聞こえて来たのは、誰かの荒い呼吸音だった。

はあはあと何度も呼吸を繰り返し、一向に話し出す気配がない。

「・・・・誰だよ。悪戯なら切るぞ」

今はそれどころじゃないんだ、そう思いながら受話器を耳から離そうとした瞬間―――――

『・・・さ、にいさ・・・』

聞き覚えのある、馴染んだ声が日向の耳に届いた。

「影?影か!?」

『にいさ、兄さん・・・・』

「影、どうしたんだ、泣いてるのか!?」

明らかに様子がおかしい。日向は受話器にかじり付くように前屈みになる。

「影、どうした。何があった!?」

『……に、さ…、こわ、怖いよ……』

怖い?

一体、何が怖いと言うのか。

「影、落ち着くんだ。大丈夫、大丈夫だから」

影は相当、混乱している。その上、自分まで焦っては余計に影の混乱を煽るだけだ。だから、日向は意図的に平静な声を出すように心掛けた。

『う、ん……』

「どうした、眠れないのか」

『ちが……う、あの人が、来たの……』

「っ」

まさか。

まさか、“あの女”が影の前に現れたのか?日向は身を固くし、影の返答を待った。

「影、ゆっくりで良いから、俺の質問に答えてくれ」

『うん、』

日向はすう、と大きく息を吸い、二度と口にしたくなかった名前を吐き出した。

「あの人って言うのは、・・・“芦原遊子”か・・・?」

・・・願うなら、今こそ影の横に居てやりたい。

そう思いながら。

「影、」

『うん、うん・・・っ』

苦しげな肯定の言葉。

日向はギュッと両眼を閉じて、震える息を吐き出す。

「・・・影、」

『怖い、怖いよぉ・・・』

「今は、一人なのか?」

『・・・・何も・・せずっ、帰った・・・、』

「そうか・・・・・」

それだけが、救いと言えば救いか。

「影、」

『う……ん、』

「……今から、そっちに行こうか?」

完全に面会可能時間をオーバーしているが、主治医に頼めば取り成してくれるだろう。昔から顔馴染みであり、親友の息子ということもあって、九連兄弟に対して甘いところをあの主治医は持っているから。

『………』

影が押し黙る。夕刻には、自分から兄を突き放したから、たった数時間で態度を変えることに抵抗があるのだろう。―――日向にしてみれば、無用の抵抗だと思うのだが。

「影?」

こんなに怯えていても、兄にすがることを躊躇う弟のことを、成長したと感じるべきなのか。

(いや、違うか……。そんなのは成長じゃない、ただの押し殺しだ…)

『兄さん……僕、僕はどうしたら……っ』

「影、難しいかも知れないが、落ち着くんだ。大きく、深呼吸して」

『……や、やってみる、』

影が、受話器を耳から離す気配がする。

しばらくして、幾分かは落ち着きを取り戻した影の声が日向の耳を捉えた。

『……兄さん、』

「影、」

二人の間に、えもいわれぬ沈黙が満ちる。互いに、何を言えば良いのかが分からない。日向に聞こえて来るのは、徐々に落ち着いて来る影の息遣いだけ。

……こんなときに何も言ってやれないのが歯痒い。夕方に仲違いのような状態になってしまったのに、影は日向を頼って来てくれたのに。影を安心させられる言葉を、自分は持っていないのだ。

『……取り乱して、ごめんなさい』

沈黙を破り、不意に影が呟くようにそう言った。

「え?」

『いきなりで、びっくりした、よね…。でも、兄さんの声を聞いたら、落ち着いて来たみたい…』

「……そうか」

『うん…』

影は、今どんな顔をしているのだろう。今にも泣きそうな顔をしているのか。何かに耐えるような顔をしているのか。

今離れている自分に、知る由はない。

『もう大丈夫、ごめんなさい』

「…いや、気にしなくて良い。本当に、大丈夫なんだな?」

『うん。……もう、寝ることにする。…おやすみなさい、兄さん』

「……あぁ、おやすみ」

影が電話を切るのを確認してから、日向は受話器を置いた。

(……芦原遊子が、現れた…。何のために…?)

また影を拉致するつもりなのか。

(…そんなこと、もう二度とさせない)

影の泣き顔は、苦しむ姿は二度と見たくはないから。

(今度こそ、守ってみせる)

決意を固めて、日向は両の拳をギュッと握り締めた。






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