表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

12、迫り来る、女の足音

自宅がある高層マンションを見上げて、少年―――――沖永凪砂は、憂いの帯びた溜め息を吐いた。

父は、もう帰宅しているのだろか。

そう考えながら、凪砂はエントランスをくぐり、二機あるうちの片側のエレベーターを一階に呼び出し、十一階のボタンを押す。

(・・・・蓮本、奈緒さんか・・・)

口調はざっくばらんだったが、凪砂の手当てをしてくれる手付きはとても器用で、凪砂を気遣う声はとても優しかった。

久しぶりに、他人にあんなに優しくしてもらった。

奈緒の顔を思い浮かべると、心の中に何か暖かいものが広がっていくのが不思議で、凪砂は思わず自分の胸にそっと手を当てていた。ドキドキと、軽く高鳴っているのが分かる。

(・・・・また、会えると良いな・・)

そんなことを思っていると、エレベーターが目的階の十一階に到着した。

父がいないことを願いながら、自宅1001号室へ足を進める。ドアの前に立ち、中に耳を澄ませる。

が、物音らしきものはしないし、人のいる気配もしない。

ホッとしながら鞄の中から鍵を取り出し、鍵を開けて中へ足を踏み入れる。

すると、

「お帰り、凪砂君」

「わあっ・・!」

父ではなかったが、部屋には人間がいた。

電気も点けず、ソファに座っていたらしい。凪砂に気付き、ひょいっと片手を挙げて挨拶をする。

「び、びっくりした。いらっしゃってたんですね」

先ほどとは別のドキドキを胸に感じながら、凪砂は電気を点けた。

「だって連絡したら、君、警戒するじゃないか。だから、お忍びでね」

「・・・勝手に上がられたら、更に警戒しますよ」

凪砂が精一杯皮肉ると、来客はからからと陽気な笑い声を立てた。

「ははは!違いないね!」

凪砂は鞄をダイニングの椅子に置いて、来客の前に立った。

「あの、すみませんが・・・何度いらっしゃっても僕の気持ちは変わりません。僕は、此処を出て行く気はありませんから・・・」

「ふうん。あんな父親と暮らすこと、耐えられるの?」

「・・・・どんな人でも、父親は父親ですから。それに、見ず知らずのあなたと暮らす程、僕は父から逃れたいとは思っていません」

「そう」

「あの・・・どうして僕をそんなに必要としているんですか?初めてお会いしたとき、すごく驚いた顔をされてましたけど・・・」

来客が、うふふと含むような笑みを漏らす。

「まだ言ってなかったわよね。あたしが君に執着する理由」

「はあ」

来客はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出すと、凪砂の目の前に翳して見せた。

「!」

「そっくりでしょう、君に」

「……こ、この人、誰ですか?」

少年の大きな瞳が、じっと写真に見入っている。

「この人は、あたしの遠い血縁者なのよ……もう亡くなったけれどね」

「亡くなった……、」

写真には、一人の青年が穏やかな笑みを浮かべる姿があった。その青年は凪砂に瓜二つだった―――青年の髪は真っ白で凪砂の髪は真っ黒なことを除いては。

「あたしは…彼の代わりを探していた」

「代わりを?」

「その矢先に、君に出会った。彼にそっくりな君に」

不意に来客の指が自分に伸ばされて来たから、凪砂は思わず身を引いていた。何か、嫌な予感がする。

「僕、は……」

「急にどうした?顔色が悪くなって来たわね…」

来客がソファから立ち上がる。凪砂は一歩後ろに下がる。来客が一歩進む。凪砂は一歩下がる。

「何故、逃げるの?」

「………っ、」

どん、と背中が壁に当たる。逃げられない。

来客が、凪砂の前に立つ。細まった瞳が、凪砂を見下ろす。

「今一度問うよ。あたしと来てくれない?」

凪砂は、来客の威圧感に怯えながらも、どうにか首を左右に振る。

「そう。残念だ」

来客が、諦めたように肩を竦める。それと同時に凪砂を襲っていた威圧感も霧消し、彼は警戒心を少しだけ解いた。

―――だが、それが過ちだった。

「なんてね」

「っ!?」

気が緩んでいたところを、狙われた。両肩を掴まれ、床に押し倒される。

「痛っ…!」

「……君、あたしの知ってる匂いがする」

「なに、を……、ひぁっ!?」

首筋を甘噛みされ、凪砂は意図せず声を上げてしまう。

「やっ、放し、て……っ」

「…この匂いは、奈緒の匂いだ……」

「……!?」

奈緒?

今、奈緒と言ったか?

「君、まさか今まで奈緒と会っていたの…?」

問いかける声は、何処までも楽しそうで。ぞくり、と激しい悪寒が背中を走り抜ける。

「そうか、奈緒とか…。陽に瓜二つな君が、陽の元恋人と既に会っていたとは……なんたる運命の悪戯なのだろうな」

「……え、」

「驚いたか?この写真の男…陽はな、フルネームを蓮本奈緒という女と恋仲だったんだよ。陽に瓜二つな君は、今まで蓮本奈緒に会っていたんだろう?」

「そ……れは、」

・・・・・同姓同名ということも有り得る。

それほどメジャーな名前ではないだろうが、絶対にないとは言い切れないから。

でも。

凪砂の心は感じている。

自分を助けてくれたあの高校生が、この来客の言っている“蓮本奈緒”その人なのだと。

「僕、は」

「どういう経緯で奈緒と知り合った?古い知り合い、という訳でもあるまい?」

にやにやと下卑た笑みを浮かべる来客の瞳が、興味津々という風に凪砂を見下ろしている。

凪砂が白状するまで、彼を解放する気がないことは、火を見るよりも明らかだった。

「・・・・・今日、助けてくれて、」

喉がからからで、何か飲みたい欲求が高まって来る。

「何から?」

「同級生に、絡まれているところを、助けて貰ったんです。・・・その後、あの人の家で手当てをして貰って・・・」

少し、話をした。

凪砂の内情に踏み込んだ話をした。

彼女は、少し悲しそうに笑っていたっけ・・・・・。

「助けてくれた・・・?あの人間嫌いの奈緒が、君を助けた?」

来客が、不思議そうに小首を傾げる。

「人間嫌い・・・?」

そんな風には見えなかった。

「そうさ。あの子はね、小さい頃から人間の汚いところばかり見て育ったのさ。そして・・・恋人までも殺したんだ」

「っ!?」

凪砂は、眼を見開く。

―――――――奈緒が、人を殺した?しかも、恋人だった人を?

「その辺の経緯、知りたくない?」

悪魔の言葉と笑みが、凪砂を喰らい尽くさんかのように降って来る。

「・・・・・っ、」

「私と来れば、奈緒の話をもっとたくさんしてあげるよ。・・・私は、あの子の光も闇も知っているから」

「僕は、」

「・・・・私はね、奈緒を救いたいんだよ。闇ばかり見ているあの子を、助けてやりたいのさ」

悪魔が、少年の耳元で甘言を囁く。

「陽に瓜二つな君にも、ぜひその手伝いをして欲しいんだよ」

「僕が、あの人を助ける手伝いを・・・・・・?」

「本当は誰よりも弱虫で泣き虫なあの子を、死んだ陽の代わりに、私たちが救ってあげるんだよ」

奈緒に惹かれ始めている君には、願ってもいない役どころだろう?

来客の文言が、凪砂の脳と心にじわじわと浸透して行く。






・・・・つい数時間前に初めて出会った人。

見ず知らずの僕を助けてくれて、手当てまでしてくれた人。

僕を、久しぶりに気遣ってくれた、優しい人。

その人は、僕と瓜二つの顔だった恋人を殺してしまったと言う。

彼女は、闇ばかり見ていて。

亡くなった恋人と瓜二つの顔している僕なら、彼女を助けられるかも知れない。

闇ではなく、光の中を生きて行けるように。

―――――――今度は、僕があの人を助けるべきなのではないだろうか。

「深入りはするな。いくら助けて貰ったと言え、そこまでする義理は無い筈だ。まだ間に合う。首を横に振るんだ」

自分の中の用心深い部分が、頻りにそう叫ぶ。

止めろ、妙なことを考えるな。

あの女を救ったところで、お前の得るものなど何もないだろう。

(そうかも知れない。・・・・・でも、僕は)

蓮本奈緒――――――どんな形であれ、彼女と繋がりを持っていたいんだ。

今日一日で、終わらせたくないんだ・・・。

だから、僕は。






「もう一度訊くよ。・・・・・私と、来る気はない?」

その問いに少年は―――――――意志のこもった強い瞳で質問の主を見上げ、力強く頷いて見せた。

来客が悪魔の笑みを浮かべ、言う。

「交渉成立、だな」

来客の名前は、芦原遊子と言った――――――――――・・・・・・・。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ