岩下 さくら編 アークと魔法の本 その2
<異世界(岩下 さくら)サイド>
教会にいる盲目の少年アークは、元々、由緒ある貴族レディーン家の長男だ。事件はアークが8歳のときに起きた。アークと妹のリリアは、両親が屋敷を留守にした時、こっそりと屋敷の裏にある林で遊んでいた。この日も、いつものように両親が出かけると、屋敷の裏口から林に向かった。しかしそこで、屋敷に忍び込もうとする盗賊と鉢合わせしてしまったのだ。
妹を逃がすためアークは、1人盗賊の挑む。盗賊も子供を殺すことは、流石に躊躇したのか、手加減していたら、リリアが屋敷の護衛を連れて帰ってきてしまった。逃げ出そうとする盗賊に、しがみつくアークだったが、運悪く盗賊の短剣が、アークの両目を斬り裂いてしまった。
この事件の後、両親は教会の孤児院にアークを預けてしまった。口止め料として金貨5枚、アークの身の回りの費用として金貨5枚の系10枚を渡していた。レディーン家にとって金貨10枚など安いものであった。
アークも自分の立場を理解して、何一つ文句を言わなかった。寧ろ、冒険者、いや魔法使いに憧れるアークにとって、夢に近づいたと内心喜んでいたのだ。
そんなある日、アークが食事をしていると、いつも話しかけてくれるヒルクが、「どうしてアークだけ美味しそうなご飯を食べているの?」と聞いてきたのだ。アークは質問の意味がわからなかった。「ヒルクと同じものを食べているだろ?」と逆に聞き直したぐらいだ。そして自分だけが特別だと気づいたアークは、シスター・ベルティーアに、自分の身の回りの費用を孤児院のために使ってくれと提案したのだった。
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<北条 彩乃サイド>
欲望、嫉妬、罪悪感、恐怖など、人並みに負の感情を感じ始めた、彩乃はアークの健気な行為に涙していた。しかし、それらの感情は論理的ではなく、チグハグでとりとめのない制御不能なものだった。
「いい話だな…ぐっすん…。待ってて! もうすぐに運命の出会いがあるから…」
さくらを送り込んだ罪悪感、でも送り込んださくらを応援し、どこかで嘲笑していた。
しかし、”岩下 さくら”の転生した魔法の本が、アークの手元に届くのが、想像できないけど…。
盲目のアークに、さくらの魔法の本を手にして冒険に出て欲しいと願う。しかし、わたしの魂を破壊するような行為はして欲しくない。
そもそも、わたしの魂がある場所は、どのような場所なのか?
説明の文章が頭に浮かんだ。
【帰らずの島とは、各冒険者ギルドに設置されている転移魔法陣により、簡単に行くことが出来る場所です。ただし、名前の由来通り、誰一人として帰還した者はいません】
【ここから先の情報は、魂を捧げた人物のみ知り得る情報です。転移先は島の港町。そこから続く一本道を進み峠を超えると、湿地帯があります。その湿地帯を進むと大森林に辿り着きます。大森林は岩山と渓谷などが複雑に絡み合い、その最奥には白亜の城があります。その城の何処かに魂が保管されています】
【また各チェックポイントには強力な魔物が守護しています】
帰還者ゼロ。強力な魔物が守護というキーワードに、水晶の端っこでカウントダウンされるタイマーを見てみぬふりをしながら、わたしは少しだけ安心した。