北条 彩乃編 彷徨う心 その2
<北条 彩乃サイド>
夕食を食べ、家族と雑談しながら時間を過ごし、お風呂に入ると、また自室に戻った。
その部屋の机の上には、変わらず水晶と万年筆が置かれていた。
もう一度、現実なのか確かめるために、水晶に触れていた。すると前回と同じく異世界が映し出された。これは…試して見る価値があるのでは?
異世界の情報を確認する。まずは地理から、3つの大陸があり、人と呼べる種族が住んでいるのは中央大陸のみ。そこには5つの国があるが、どれも豊かな国土を持っていた。それに国と国の距離が離れすぎているため、戦争など起こらない環境だった。
わたしは、その国の1つ。ダイテル王国を物語の中心にする。人が中心の国だが、亜人や奴隷などバラエティ豊かで、物語に幅が持てそうという理由からだ。
文化レベルは、異世界特有の中世ヨーロッパ。勿論、東洋系の国もあるけど、異世界と言ったら、こっちだと思う。
異世界を覗ける水晶は、熱帯魚でも鑑賞している気分になる。異世界の言葉も日本語に翻訳されているはず。だから人の会話も聞けるし、好きな場所を好きなアングルで見れから楽しい。
王宮の中も、鍛冶屋の中も、教会だろうと、男女の営みだろうと、まるで神になったように、なんでも拝見できてしまう。
異世界もこちらと異なり1日は16時間。1週間も7日だが、1月は35日固定。異世界の時間は、こちらの3倍以上の速さで進んでいくが、水晶を覗いていると早送りのような感覚はなく、こちらを同じ時が流れているように感じる。とても不思議だった。
一週間ほど、王都ベスベスタの中を、ランダムに観ていたが、ある少年が目に止まった。教会にいる盲目の少年アークだ。なぜか、この少年に心が惹かれてしまったのだ。盲目という辛い状況でも、夢を諦めない少年。夢は魔法使いになって冒険者になること。その夢を叶える手助けをしてあげたいとなぜか思った。
アークが魔法使いになるまでのシナリオを考える。
『とある少女が夢から覚めると、異世界の魔法使いに転生していました。その魔法使いは、遥か昔世界を救ったと言われる伝説の魔法書を持つ魔法使いです。その魔法使いは運命に導かれるように、アークと出会い再び世界を救うのです』
なるほど、物語を書くというのは難しいものですね。これはやり甲斐がありそうです。
”う〜ん。それでは評価点が低いな〜。特別に僕が手直ししてあげるね”
また何処からか声が聞こえた。
『とある少女が夢から覚めると、異世界の魔法書に転生していました。その魔法書は、使えない魔法だらけの欠陥魔法書です。さてさて、その魔法書は運命に導かれるように、アークと出会い…。』
”あのね最初に言っておくけど、彩乃はもう異世界を改変できる万年筆を使ってしまったから、後戻りはできないよ。今後も多少は注意して上げるけど、不幸、不運、不遇、不安なんかのキーワードを入れないと、評価点が下がっちゃうよ? 評価点が0になると、彩乃…死んじゃうからね!”
【死】というキーワードに、わたしの心臓が跳ねる。なんだろう…この感覚は…。
”さぁ、シナリオは完成したんだよ? 次は、誰を送り込むか決めなくちゃ。”