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え、婚約者()が寝取られた?

作者: は

タイトル詐欺。



 残業を片付け終電より三本ほど早い便で帰宅すると、婚約者(四捨五入するとグッバイ三十路)がベッドの上で女子高生になっていた。


 訂正。

 正確に言えば、彼女は同居人(ルームシェア)である。

 僕と違い在宅仕事のためか生活時間が不規則なのだが、それでも不惑が射程圏内となってか夜更かしを避けるようにしていた筈だ。事実、彼女は現在も寝室で眠っている。

 女子高の制服姿で、外見が十七歳程度に若返っているのを除けば、別段怪しくはない。

 いや。

 再度訂正。

 彼女はベッドよりわずかに浮かんでいた。照明を落とすと全身が淡く発光しているのも確認できた。しわのないベッドのシーツには赤い光でいかにもな魔法陣的な紋様が浮かび上がり、空調とは無関係の風が渦巻いて同居人の髪やスカートを揺らしている。


 こういう状況で平凡な社会人が出来ることは少ない。

 僕は携帯端末の録画モードを起動させつつ、私室に置いてある年代物のデジタルスチルカメラを引っ張り出すと「うひょー」という奇声を上げながら思う存分撮影を始めた。




◇◇◇




 体感で二時間ほど経過した後、同居人は意識を取り戻した。

 魔法的なアレソレは消滅し、初々しくも妙に露出の多い制服は愛用の室内着に変換し、身体年齢も戸籍上のそれに復帰した。

 特殊撮影の世界である。

 既に日付は変更し翌朝の仕事を考えれば眠らねばならない時間帯ではあるが、同居人の身に起きた異常事態について伝えねばならないことは沢山ある。幸いにも会社の同僚には緊急事態が発生した旨を伝えており、大型連休に仕事をねじ込んできた営業部への嫌がらせも兼ねて溜め込んだ代休を一気に消化することにした。電文にて「考え直してくれ」という営業部の知り合いからの悲鳴じみたメッセージが飛び込んでくるが、現状では考え直す気は微塵もない。


霧呼(キリコ)、言いたいことは色々あるが、眠っていた時の記憶などは僅かでも残っているか?」

「割と、ある」


 深夜帯という事もありシャワーで軽く寝汗を洗い流した同居人が、僕の問いにたっぷり十秒以上の間を置いてから答えた。


「此処ではない不思議な世界で、若返った私は人生をやり直していた」

「何者かに導かれて?」

「ああ。波長が合うのが私だけで、その世界でちょっとした騒動(トラブル)に巻き込まれて解決に奔走した」


 正直、明晰夢の類だと思っていた。

 同居人は気まずそうな顔で応える。黄金色の蜜蜂をデザインしたウイスキーベースの甘いリキュールをキンキンに冷やした炭酸水で割ったグラスを両手で持ち、舐めるように少しずつ飲んでいる。


「解決したのか」

「仲間と出会いに恵まれた。夢の中で私は不思議な力をもっていて、たとえば指先からレーザー光線みたいなものが」


 次の瞬間、彼女の右人差し指の先端から閃光と共に極太の破壊光線が発射されて電気ケトルを木端微塵に破壊した。

 僕は内心の動揺を抑えつつも手早く電気ケトルのコンセントを外し、それから放心している同居人に「大丈夫だ、霧呼」と短く言いながら彼女の肩に手を置いた。


「夢だけど、夢じゃなかった……のか?」

「少なくとも狐憑きの類ではないと僕は思う」


 室内に漂う独特のオゾン臭に顔をしかめつつ、前世紀のオカルト小説や漫画で定番の展開だけは避けられたことを僕は内心で感謝した。




◇◇◇




「──夢の中で、私は、世界を救う仲間の一人で……聖女、みたいな、扱いを受けていた。見た目は女子高生だったし、日本の知識で解決できる問題とか色々あって。そうそう、携帯端末でネットスーパーから日本の食べ物とか沢山買ったりして」

「……購入履歴に残ってるよ。送付先は文字化けしてるけど、食塩1トンに胡椒を始めとした香辛料が数百キロ、マヨネーズに食用油に米に肉……ネットスーパーのチャージ金額、見たことない数字になってる。君のへそくり全額突っ込んでも、桁が四つくらい足りないよ」

「ああ、それ。向こうの国の金貨とか宝石でチャージできて……チャージ残高、そのままなのね」


 断片的に思い出せる内容を帳面に記しつつ、僕は同居人が夢の中で活躍した内容をまとめていく。

 ここではない世界に召喚された彼女は、不可思議な力を駆使して数々の問題を仲間と共に解決する。そして世界を救った彼女は素敵な男性に求婚されたが回答する前に身辺整理のために元の世界に一度帰還することにした──らしい。

 類似する物語は古今東西どこにでも転がっている。

 事件解決に用いられる能力がインターネット世代以降の仕掛けだけど、それは都合の良い魔女の婆さんや慈悲深い神様達の負担を軽減する程度の独創性に過ぎない。要所要所で口にする固有名詞は、彼女としては日本語のつもりで喋っているだろうが人類すくなくとも日本語に慣れ親しんだものにとっては正確に聞き取ることも困難なものだ。学生時代にいっとき習った北京語の半母音を連想する、言語。彼女の説明が正しければそれは勇猛なるリザードマンの名前であり、同種族間で名乗る真名においては人類の可聴域の外にある音を複数組み合わせた単語を組み込むそうだ。


 同居人である彼女は、不安そうにこちらを見ている。


 大丈夫。

 若白髪を見つけて悲鳴を上げていた彼女が正真正銘の十七歳女子高生に変化していた時点で、それ以上の驚愕を耐えきる自信を身につけた。

 そして僕と彼女は建前上は婚約者である。四十手前の彼女が発注元のねちっこいオヤジにハラスメント満載の値切り交渉を受けた結果「未婚(変人)である事よりもバツイチ(落伍者)である事の方が社会的に地位が高いらしい」という仮説に至り、同居十五年目にして形だけの婚約者になった。

 戸籍上、僕と彼女の間に血縁はない。

 戸籍上は僕と彼女には父親はいない。

 不明ということになっている。

 僕らのそれぞれの母親が若かった頃、ちょっとした好景気(バブル)社会情勢(男児出生率の低下)の後押しもあって海外に出向き、精子バンクで高級ブランドを求めた。上昇志向の強い女性たちを満足させる釣書(カタログスペック)の持ち主など限られているのか、母たちの選択──つまり僕と彼女の遺伝子上の父親は同一人物となった。高学歴、高身長、容姿はもちろん抜群で、ハイスクール時代はフットボール部のレギュラーであり、飛び級で既に学位を複数取得している現役大学生。


 数年後、件の遺伝子提供者(父親)は国内外を騒がせた集団自決事件の幹部格として全世界に素性が拡散された。彼は資金調達のいち手段として精子バンクに己の子種を売り、百名を超える女性が出産した事も明らかになった。


 僕がその辺の事情を知ったのは随分後で、その時には母は僕の育児を放棄していた。

 限界集落で農業を営む遠縁の小父より支援を受けて高校を卒業した僕は、小父の紹介で職を得て、色々あって霧呼と出会った。互いの素性を知った上で僕達は出会い、信頼できる医療機関の力を借りて科学的な検査と審査を受けた上で僕達は家族の真似事を始めた訳だ。

 傍目にはセックスレスの同棲カップル。

 生物学的には姉弟の二人暮らし。

 キョウダイ喧嘩も飽きるほどやった。喧嘩の原因は、兄か姉かの権力闘争。目下のところ全敗中。

 霧呼は変な男に引っかかりやすく、しかし騙されやすい訳ではない。本質的に人間というものを憎んでおり、人生に絶望し、それでいてヒトというものに恋い焦がれている。そこいらの男子中学生が一度は同じように考え、さりとて童貞卒業する頃には一通りの内面的な決着を迎えるようなソレを、彼女はずっと引きずっている。

 実は、僕も。

 だから彼女の選択は予想できたし、僕としても賛成以外の言葉は思い浮かばなかった。


「──行くんだろう、霧呼」

「戻るって約束したしね」


 聞けばここ数日のうちに仕事を畳んでいたらしい。

 在宅仕事の強みというか、引き継ぐべき相手もいないので大して困らなかったとは本人の弁。仕事を畳むと言ったのに無理やり次の依頼をねじ込もうとした依頼主には「適正価格」を提示したら、あっさりと契約が切れたそうだ。

 ついでにマンションの共同名義も僕ひとりになっていた。用意周到だ。財産分与まで済ませてあるらしく、そちらは後日専門家から説明があると言われた。


「相談せずに、ごめん」

「相談されても信じなかった」


 兆候そのものは随分と前から。

 手首にあった傷跡が消え、過食と拒食が治まり、睡眠時間が安定した。一般の女性より随分早く閉経したはずの卵巣が機能を取り戻し、夜中に慌ててコンビニに駆け込んだりもした。内臓や細胞は十代後半の状態となり、今は不可思議な力でアラフォーの姿を強引に作っているのだという。

 遅きに失したかもしれないが彼女が人生をやり直す気持ちを取り戻しただけでも意味はあったと思っていた。悪質な詐欺や宗教に引っかかったのかと興信所に相談することも考えていたが、蓋を開けてみればまさかの異世界転移。


 定期的に戻ってきたが、おそらく次の転移で完全移住するようだ。


 こちらの仕事状況次第では各種権利書に遺言状じみたものを知り合いの弁護士に託すことも考えていたようで、僕としてはきちんと見送ることが出来るだけ幸運なのだと思うことにした。


「でもね。この状況で霧呼が行方不明になったら、確実に僕が犯人扱いされて警察に拘束されるんじゃないかな」

「やっぱりそう思う?」


 ははははは、こやつめ。




◇◇◇




 夜が明ける前、霧呼は最後の異世界転移をすると言った。

 半分だけ血のつながった同居人として、彼女の門出を祝うことは許されたようだ。時間を巻き戻すように中年女性から少女へと姿を変えていく霧呼は僕の手を握る。


「向こうの世界でも幸せになれる保証なんてない。でも、悔いを残さずに行ける。兄さん、ありがとう」


 誕生日は彼女の方が早いが、採取した精子の古さでは僕の方が年上。

 だから都合の良い時に姉だったり妹だったりする彼女は、最後の最後で僕を兄と認めたようだ。


「──この老け顔だと、父親と呼ばれる方が誤解を招かないと思うよ」

「そ、そうだね。写真とか持ち込んでるし、今度から向こうではそう説明する……かな」


 視線を逸らされた。

 異世界の知人等には僕は父親と説明しているのかもしれない。彼女の性格を考えればあり得る話、というか、復活した乙女心がそうさせたのかも。

 まあ、それくらいは大目に見よう。

 僕は兄なのだから、父親の真似事をしても許される筈だ。


「じゃあ、行ってきます」

「おう」


 別れの言葉なんて長々と交わす必要はない。

 床に魔法陣のようなものが現れ、霧呼の身体が光に包まれる。

 ……

 ……

 ちょっと待って。手ぇ握ったまま。




◇◇◇




 あちゃあ。

 僕は近くに生えている大木を見る。最初はヤシかと思ったが、葉っぱがシダだ。沖縄旅行で見かけた樹よりも遥かに大きく、幹も立派だ。

 少なくとも近所でこんな樹が生えてるなんて聞いた事もない。


「あ、あのね。みんな。この人、私のお父さんなの!」


 色彩豊かな装束を身につけた様々な男女──爬虫類っぽいのとか犬猫ペンギンの性別なんて識別不可能だけど──に、霧呼が必死に説明をしている。霧呼のお父さん発言で突然居住まいを正し始めるイケメン青年が複数いるわけだが、パパちょっと家族会議をしないといけないのかもしれない。

【登場人物紹介】

・主人公

 三十代後半。父親とされる精子提供者が金髪碧眼イケメン天才サイコ野郎だったが、その因子はそれほど発揮されなかった模様。そこそこ。二歳の頃に母親が育児放棄し、陸の孤島で農業を営む遠縁の小父に引き取られた。高性能AIを搭載した介護用ドローンを義母として育ったため、男女の倫理観について若干価値観がおかしい。巻き込まれて異世界転移した後は幼少時に小父と学んだ農業と豆腐味噌醤油の製造販売でのんびりと過ごす。一応父親としてふるまうことに成功したが童貞であった。


・霧呼

 グッバイ三十路。もともと外見だけなら「たとえ四十路でもオッケーっす!」と近所の男子高校生がハッスルするくらいであった。生い立ちが生い立ちでやはり育児放棄されたが問題のある施設に預けられていたため「どうせ股を開くならマシな相手を選ぶ」とばかりに、表立っては言えないお金持ち老人より支援(婉曲的表現)を受けていた。似た境遇の主人公と会うまでは精神的に崩壊寸前だった。マンションはパトロン(婉曲的表現)の遺産として譲り受けたもの。

 異世界召喚されて文字通り人生をやり直すに至った。主人公を最後に巻き込んだのは「ひょっとしたらうまくいくかもしれない」というのと「一緒に家族をやり直したい」という思いから。主人公に「逆ハーかよ!」と説教され「そんなつもりはなかったのよ!」とキレ返す。


・生物学的父親

 秘密結社ユニオンプロジェクトの工作員。提供したのは自己の精子だが、当時まだ未完成だった遺伝子編集技術をぶちこんだ代物を精子バンクに提供した。都合百名を超える女性がこの精子を用いて出産に至り、その大半は日本人だった。当人はとある過激思想の宗教団体幹部として日本に潜入、放射性廃棄物を日本に不法に持ち込みテロを起こそうとしたり冒涜的な魔術儀式の一環で信者の大量虐殺に手を貸した。

 死亡したことになっている。


・生物学的母親達

 ある意味被害者であり加害者でもあるが、主人公と霧呼が蒸発した際にちょっとしたニュースになり、その際に残されたメモや手紙などから生い立ちなどの境遇が暴露。芋蔓式に育児放棄等の所業が明らかとなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そろそろ小父さんでもう一本
[一言] このまま続きが読みたいかも^^
[一言] ここの一族は本当に何ともいえない人生送ってますね。神の呪いでもかかってるんじゃ?
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