子どもは未熟で当然
沙羽ちゃんをベットに横たえお腹に掛け布団を乗せると、そのまま沙羽ちゃんはほんの数十秒で夢の世界へ。
小さい頃からの習慣で体内時計の働きはバッチリ。
…せっかく動けるようになったのに、ユキちゃんは沙羽ちゃんの抱き締める力に抗えずにジタバタと動いている。
「折角だから、いつものように一緒に寝てくれると助かるんだけどね。」
暗に『大人しく寝てろ』と伝えてみる。
私の申し出に対して返ってきた言葉は
「パパさん。
今のうちに沙羽ちゃんの能力について説明しておきたいのです。
なので、どうか助けて下さい。」
…妙に、しおらしい言葉でお願いしてくるユキちゃん。
先刻のカラス天狗に対する挑発紛いの発言を聞いてしまった後だと、どうしても裏表あるヤツの見せかけに感じてしまうのだが…。
「はいはい。
ちょっと待ってなさいよ。」
私はユキちゃんを確りと抱きしめている沙羽ちゃんの手に、私の手を優しく包むように重ね合わせる。
両手を重ね少し待っていれば、何か安心したように沙羽ちゃんの握る手が緩む。
その隙を窺っていたように、ユキちゃんは素早く沙羽ちゃんの指を階段のように見立て駆け上がり…掌から抜け出た!
…と思った瞬間ぐらいのタイミングで、沙羽ちゃんの手が伸び上がり、ユキちゃんの左足を捕らえる。
何というか…無意識のなせる技なのだろうけど、やっぱり大切にしているんだね。
夢心地でも大好きな人形を手放したくないっていう無意識の行動なんだろうけど。
何かを訴えるように見上げてくるユキちゃん。
はいはい、分かっていますよ。
私は再び沙羽ちゃんの手に私の手を重ねる。
と、同じように手の力が緩み今度こそユキちゃんは脱出に成功。
元来た世界でも同じようなことがあったので、私にしてみれば手慣れた沙羽ちゃんの癖に対する対応であった。
まあ、あの時は手からこぼれ落ちたユキちゃんを、逆に手の中に戻すための一連の動きだったのだが。
沙羽ちゃんの拘束を逃れると、ユキちゃんは凄い勢いで私の手を登り上がってくる。
ぬいぐるみが自立歩行で手を駆け上る。
なんともファンシーな出来事と、ユキちゃんの足裏から私の手に伝わる圧と感触が心地よかった。
私の気持ちが、ほっこりとなっているところにユキちゃんの悲鳴のような言葉が飛んでくる。
「パパさん!
悦に浸っている暇なんか無いですから!
急いで戻りましょう。」
グイグイと私の耳朶を引っ張って訴えてくる。
今まで動けなかったので無抵抗だったのに、自我が芽生えると途端に都合良くなったね、君。
私は促すユキちゃんの勢いに従いながらも、さすがに今のままの格好はあんまりなので、ドンボリさんから与えられたガウンに身を包む。
どこぞの高級温泉ホテルに泊まった時以来だぞ、ガウンなんて。
しかも真っ白な感じが高級感を嫌でも助長してくれる。
…あれ?
ガウンって寝間着になるのか?
このまま寝たら、朝には寝違えたように成っていたら嫌なんですけど。
当面の危機が去ったことと、私の肩に乗っているユキちゃんが、沙羽ちゃんの意識が途切れた状態でも自立行動出来ていることで、私の気持ちは安堵から余裕が生まれている。
…さすがに烏天狗が私を見下すことは無いと思うのだけど…。
一抹の不安を抱きながらも、美緒ちゃんと烏天狗を残していた位置に戻ってくると…美緒ちゃんが泣いていた。
声を出さずにヒッソリと泣いて佇んでいた。
美緒ちゃんの能力である特殊部隊の出動服…ちょっと呼び難いので『戦闘服』と呼び変えよう…に身を包んだ状態なのに、何故か泣いている。
「どうしたの、美緒ちゃん?」
私は駆け足で傍によると、優しく頭を撫でながら美緒ちゃんの目線まで背を屈める。
「私…何もしてない…」
…ええぇ~っと…
活躍出来なかったことが悔しくて、泣いているってことかな?
「大丈夫だよ、美緒ちゃん。
そんなに都合良く動けるモノじゃないってことだから。
前にも話したことがあったでしょ?
突然のことに動揺するのは誰でも一緒。
ただ、動揺しても身体が動けるように、専門家と呼ばれる人たちは訓練をするんだって。」
私自身にも覚えがある学生だった頃の『オレ凄ぇ~感』。
成長期、それも特に身体的なものが他の子よりも顕著だと、嫌でも生まれてしまう『驕り』という感情。
美緒ちゃんは、他の同級生よりも身長が高くて胸がそれなりに膨らんでいて、生理も始まっている。
成長期と言ってしまえば、誰もが経験する当たり前のこと。
それでも、それなりに優越感は感じていたはずだ。
映画やアニメの中でのヒロインは、実戦に強くてカッコイイ。
ところが当事者になった途端、折角の能力も生かすことが出来なければ意味は無い。
まさに『何も出来ないまま』状況が終わってしまったのだ。
私の喉元まで届くくらいの身長で、個人面談の時に『美緒ちゃんは他の子と比べて大人びている』なんて褒められたこともあったし、沙羽ちゃんという妹がいるからだったのかも知れない。
異世界という『お伽の世界』が『現実』になると、普段の美緒ちゃんから比べると驚くほどに対応出来ていないことで気づくべきだった。
未だ未だ小学生なんだって事に。
私は自分なりの解釈だが、美緒ちゃんの思いを汲み取る。
そして美緒ちゃんの頭を私の左肩に添えるようにして抱き締めると、優しく背中を撫でてあげる。
「大丈夫。
誰にでも最初は、あるんだから。
次は頑張れるよ。」
私の言葉に美緒ちゃんの返事はない。
それでも、私の背中に腕を回し目元から涙をポロポロと流す。
私の知る限り、美緒ちゃんは声を上げて泣いたりはしない。
多分、『お姉ちゃん』だからだ。
それでも、私の中での美緒ちゃんはいつも変わらない。
奥様のお腹から出てきた、あの日から。
『本当にこれが『人』なのか』
初めて抱き上げた『我が子』の感覚は今も身体が覚えている。
言葉では言い尽くせない、得も言われぬ高揚感は私の身体を熱くさせる。
だから精一杯、それでも慌てずに少しずつで構わないから大きくなってくれれば良い。
いつでも私は『美緒ちゃんのパパ』なんだから。
私の手を離れるその日まで、私なりの一生懸命で支えることに苦労は感じでも苦痛では無い。
時間にすれば、それほど経ってはいなかったはずだ。
美緒ちゃんは私からユックリと身体を離すと、私の知る元気な美緒ちゃんに戻ってくれていた。
目元が涙を流したせいで、ちょっと赤くなってはいるけど。
落ち着きを取り戻した美緒ちゃんを改めて撫でてあげる。
美緒ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべ私を見上げる。
…それまで様子を静かに見守っていた烏天狗が、静かに口を開く。
「そろそろ話をしても構わないか?」
そうですね。
遅くなる前に美緒ちゃんも寝かしつけたいし、色々と危惧することもあるので話を始めましょう。
私は頷くと、設置されているテーブルの傍にあった椅子に腰を下ろし、隣に美緒ちゃんを座らせた。
読んでいただけることに感謝を。
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