『そいつ』はいつも私の傍にいる。だが、思い通りにならない時もある
夢中の行動というヤツだった。
愛娘の大ピンチ!
瞬間、私の思考は目の前のカラス天狗たちを打ち倒すことしか考えていなかった。
結果として無意識による本能に近いモノが発揮されたのだろう。
普段の私では到底成し得ない瞬発力で身体が前に出る。
『今すぐに打ち倒して沙羽を助けたい』
その思いが風能力を限界まで引き出し、結果として私の身体を文字通り『風のように動かして』くれた。
だが、ぶっつけ本番の力は目標を誤り、沙羽を抱えている隣のヤツを打ち倒す結果となった。
咆哮のように叫んだつもりだったが、思わず地の方言が出てしまっている。
しかも私の快進撃はココまで。
次の瞬間には、拳を突き出し打倒したままの姿勢から一転。
沙羽を抱えているヤツが、回し蹴りを私に向かって放つ。
そして私は避ける間もなく、モロに左脇腹を蹴り上げられ吹き飛ぶ。
入浴中であることを隠すために、用意してもらった衝立に当たる。
それでも勢いは止まること叶わず、そのまま飛び出す前に入っていたタライの中へ飛び込む。
飛沫と爆ぜた衝立とタライの木片を撒き散らしながら、私の身体は床を転げる。
とっさに起き上がろうとして、ズキッと脇腹から響くような痛みに顔を顰めてしまう。
今の私の状態は、一糸纏わぬマッパのままである。
服や鎧のような障壁に阻まれることのなかった攻撃は、私の左脇腹に無残な裂傷を刻みつけてくれた。
しかも負傷状態を視覚確認した途端、まるでなにかの決まりだったかの様にドス黒い血が私の中から溢れ始める。
あ、ヤバイ。
これ内臓も含めて死に繋がる負傷だ。
呻き声は歯を食いしばって漏れないようにする。
子どもたちに不安感を与えるわけにはいかない。
危機に瀕して思考が早周りするも、人生初の痛烈な痛みが私の動きを阻害してくる。
脳裏に浮かぶ思い出は、映画やアニメで痛みを堪えて立ち上がる主人公。
無理無理。
尋常ではない痛みは、思考段階で私に他の行動を選択させてくれない。
それでも今するべき事は分かっている。
触れるだけでも痛みが増すので、負傷部に左手を翳すように添えながら『治れ!』と念じる。
瞬間的に完治。
そんな優しい結果ではなかったが、治癒を意識した時点で出血は収まり刻一刻と痛みが和らぎだす。
痛みが引き始めれば、私は完治しない状態でも立ち上がることだけは出来た。
私を蹴り飛ばしてから、今までの様子を見守っていた残り2体のカラス天狗。
私が立ち上がり負傷部が癒えていくのを確認したのだろう。
沙羽ちゃんと抱えている方が、凄い剣幕で吐き捨てるように言いながら近づいてくる。
「やはりキサマは『崩壊者』だな!
害虫のように頭を一撃で殺さないとしぶとい!」
…何だか『勇者』のように、私のような『勇者認定外』にも一応の呼称があったらしい。
『崩壊者』という真っ直ぐな物言いに、瞬時に理解出来ないような俗語だったら面倒だったな…という考えをしてしまう。
そんな思考が出来るほどに、不意に場の雰囲気が緩んだ。
原因は囚われの身である沙羽ちゃん。
「あははははははは!
美緒ちゃん!
パパのキノコ!
パパのドングリがキノコになった!」
…どうやら使いこなせていない治癒能力の反動なのだろう。
あるいは臨戦態勢という興奮、不安。
沙羽ちゃんを人質にされている焦燥、緊張。
もしかすれば、ありとあらゆる今の事が原因なのかも知れない。
理由を考えればキリがなく、現実に結果として起こっている事象を先ずは受け止めよう。
私は今の今まで入浴をし、その最中にカラス天狗たちに襲撃を受けた。
おかげで格好は素っ裸。
頭のてっぺんから爪先まで一目瞭然の状態。
…そうか。
考えようによっては、出血した分だけ血の巡りが良くなったのだろう。
そうに違いない。
でなければ場違いすぎるから。
そして場違いなせいで、極度の緊張状態にあった沙羽ちゃんは爆笑という結果になってしまった。
私の相棒…もう開き直って愛棒と呼称しておこう。
愛棒が元気良くなってしまっていた。
こっちは沙羽ちゃんを助け出したい一心である。
先ほどまでの瀕死も相まって、脳内でアドレナリンやらのホルモンがドバドバ分泌されているのだろう。
沙羽ちゃんが大笑いしても全然萎える様子が無い。
あまりにも遠慮のない沙羽ちゃんの爆笑。
吹っ飛んでいた羞恥心が私の精神を揺さぶってくる。
だが、思いも寄らぬ方向へ影響が出ていた。
「なっ何だ貴様のソレは!?
角か触覚か!?」
沙羽ちゃんを抱えているヤツが凄く動揺している。
触覚はともかく、角はどちらかというと憧れだよね。
人体に硬質化する部分なんて爪くらいしかないから。
角だったら老いても年中元気に…。
って違う。
今、考えるべきことは別だ。
カラス天狗の動揺の仕方は『未知のモノに対する反応』だ。
あれ?
妖怪って中には人間と交配して繁殖するようなヤツもいるんじゃないの?
雪女とか妖孤とか、結構昔話でも有名だったはずなんだけど…。
まあ、結果として沙羽ちゃんの緊張は解けカラス天狗たちは警戒をして動きが止まる。
本当は一撃悶絶の急所が面積を広げてしまった分、真剣に考えると危険度が増しているのだが。
何にせよ、おかげで私の思考は冷めてくれた。
今さらながらに右手を前に掲げるようにして半身を引き中段の構えをとる。
正直、さっきのような高速不意打ちは意識して出来るとも思えないが、ハッタりには成るだろう。
そうすれば交渉という選択肢も出てくるはずだ。
…ちょっと茶目っ気を出して、股間の筋肉を意識する。
結果、元気な愛棒は私が手を添えたりもしないのにブルンと揺れ動く。
その動きにカラス天狗たちは一歩下がり警戒し続け…沙羽ちゃんは再び大爆笑。
「あはははははは!
美緒ちゃん!
揺れたよ!
パパのキノコが揺れた!
あはははははははは!」
…思わぬ方向に被害が出てしまった。
余計な茶目っ気なんて出したから、カラス天狗たちは怯んでくれたけど、私への羞恥心という精神的ダメージも入ってしまった。
大爆笑する沙羽ちゃんの身体が不意に輝く粒子に包まれると、次の瞬間には魔法少女の衣装に替わっていた。
へ~、抱えられていても変身出来るんだ。
いやいや、それよりも。
何、その変身の仕方。
まるで「はっくしゅん」とクシャミをしたら変身しちゃってたみたいな感じ。
…変身した後も沙羽ちゃんの爆笑は納まらない。
私の羞恥も納まらない。
カラス天狗たちは身構えて近づいてこない。
…私の愛棒も全然、収まってくれない…。
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