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本作品を開いて頂いた皆様へ
『ZEBRANA TITANIUM』を開いていただき有難うございます。
本編はZEBRANAのプロローグ TITANIUM BLACK WHITEの4つで一つの作品となっております。少しずつでも読み進めていただけたら嬉しいです。
女紫
紫貴23歳 男 B型 チタンヴォーカリスト
翔16歳 男 A型 チタンベーシスト
遊飴26歳 女 よく分からない 翔の女
名無しのゴン子 ナゾ 女 ナゾ チタンギタリスト
トカゲの日本人女 年齢不詳 女 分からない
トカゲのアメリカ人女 不明
英一さん 32 男 A型 紫貴の兄貴
エロティカ 不明 女 不明(というか血液は流れていないかも)
激しく暴れては
激しく怒って
激しく闇を蹴散らして
突き進み
いつかは停まる
停まって湧き上がる
★ZEBRANA TITANIUM★
START
★TITAN★
メンバー
★ヴォーカル……紫貴男・23歳 B型
★ベース……翔男・2年前から10年先まで21歳 A型
☆ギター……名の無い女アメリカ
★ドラム……トカゲ 男・28歳 AB型アメリカ
スポンサー
☆立役者……エロティカ 女・謎アメリカ
★発足者……葉斗組
★契約者……峰組、大滝 男・32歳 B型
目次
★TITAN★
VOLUME・?★LIVE★
★GLORY★
★LATER★
★ROOM★
★HOOL★
★BAR★
★DUBIOUS ★
★DOUBT ★
★SHOTING AREA★
★SHOTING IRON★
★shoting gllery★
★a hazardous operation★
VOLUME2★エンドレス★
★LONELY★
★ゴンザレス★
★アニマルズ★
★センチメンタルズ★
★サンダーズ★
★ドライビング★
★スリーピング★
★ディナー★
VOLUME・3★モンスターの脅迫★
★セクシーバスタイム★
★ボイス★
★強制誘拐★
★タクロス★
"VOICE・4★朝陽★
★帰る★
VOICE・5★アシさん★
★食事屋★
★呼び出し★
★対峙★
★決断★
★神出鬼没★
★ラストライブ★
★エアポート★
VOLUME・1★LIVE★
闇に轟音と共に炎の柱が高く立ち……
猛り狂った成りでベースを弾き、長い髪を振り回した
口を歪めジャックナイフが取り付けられた名器、飛び斬りつけ血が舞った
爆音を炎上させドラムは激しく鼓動を打ち鳴らす
ギターが狂気の音を激しさから轟音に変えた時
闇から突進して来る風を斬り
突如、不規則で繊細な低音のベースが一瞬を置き、全てを、魅了した。
静止、
そしてグルンと、歯を剥け闇の地底から切り裂かれた魔的、
紫貴の断末魔の雄叫びが轟き闇を彩り渦巻いた。
高く。
流れ出る全ての音の大群と、激しい乱交と殺し合い
音だけを聴け。体で感じろ。魂入れて聴け。死ぬ間も無く。
この世はなんて愚かだ……
全てが銃で撃ち割られたガラスの様に轟いた。
一気にギャラリーは沸き立ち怒号を轟かせ、狂った闇に飲み込まれた
投げ込まれた爆弾は空間を炎上させ彩る。
魂を。命を。汚濁を。生を。
チタンの目色をギャラリーに巡らせ、虚空する。
咆哮
人間味など一欠けらも無くしたって、訴え掛けるは人間の本質
砕け散ることも無いナイフそのものの存在が心を突き刺す
糞食らえだ。世界に入り込め。
翔はガスポンプを片腕に持ち液体を飲み含んだ。
ギャラリーに透明のガソリンがばら撒かれた。
猛り燃え盛る松明、両足ジャンプしベースで叩きつけ火が尾を引き連れた。
炎は激しく燃え盛り、お前とお前を一つにする
溶け合い一つの個体になれ。
一生離れさせやはしない
全て、蠍の毒の様に音に酔い狂え
魔的に従え激昂する
狂音。美声。魂詞。お前。俺。世界。此処。
全てを奪うんだよ。
全てを喜びに変えるんだよ。
手前の手の内のカードで挑めよ。
燃え広がって一つになってろよ。
……不穏な闇を切り裂いて激しくも美しく音が舞う
だが、世界など、お前だけ生き残っていればいい
★GLORY★
『グローリア〜栄光〜』TITAN
流れに身を任せれば良い
落ちた夕陽を忘れるように立ち止まり、
閉じた目を涙が潤す前に
落ち行く太陽を追って船に乗る
流れに身を任せ、光を追って波に乗り
動きに沿って見渡してみる
黄金の光りが優しく差して初めて
泣いて良いと太陽も、海も言ってくれている様に感じる
引き寄せておいて上げるから、
貴方は安心して波に揺られ、泣いていらっしゃい
太陽は引っ張ってあげる
波が運んであげる
愛する場所まで連れて行ってあげる
辿り着きたかったのでしょう
独りで無い場所
あまねく愛情の世界 全てに囲まれて
やがて来る夜明けを、そのまま引きつれてあげる
夜を迎えるのが怖いなら、光といさせてあげる
黄金と琥珀に包まれて、朝日と見まごうなら
でも
現実から目を反らして、光りだけ見ていたいなら、
この光りの熱で燃やしてしまいそうになる 貴方を
心だけ燃やしてしまおうか 貴方を
でも今は、照らし続けてあげる。
波の下の母なる海が貴方を大切に思い、
波の手をそっと差し伸べ引き寄せ貴方を懐に抱え込まないように
引力で波を操作しておいてあげるから
今だけは優しい波に揺られて、泣いていらっしゃい
朝日の時間まで、夜を迎えず夕陽を追って
ずっと回り続けてはいつしか陸に降り
愛する人と手を取り合えたらなら眠りなさい
微笑み合って包括しあい、その背を温かく照らしてあげる
喜びの涙を流したっていい
めぐり合えたのだから、
あたしがいた時より安心して微笑むと良い
月光に光りを与えて、冷たい夜を演出したくなるけど、
忘れないでいて
太陽はまた巡る時にはあなた達はもう一人じゃ無い
貴方には彼女がいて 貴女には彼が辿り着いた
もうお互いに泣かなくたって大丈夫
大丈夫
月に光りを 星に光りを 自身にも光りで
あなた達を優しく最後まで照らし続けてあげる
貴方の最期の時まで 貴女の最期のときまで
また独りになっても最期までは見守ってあげられる
地球の魂一つ一つ 導いて上げられるために生命はある
太陽の下 生きているからめぐり巡って愛情を
巡り巡ってこの指を
太陽に差し伸べ温めて
愛する人の手を取って歩いて行って欲しい
ずっと共にいる
風に抱かれ共にいる
作り出された全てが必然だ
導くための生命だ
だから大切にして欲しい
そうすれば、自然に導かれる。その必然の繋ぎ合わせに正しく導かれる
それが、幸せな運命へと繋がる
偶然のような喜びにもなって、巡ってくる
太陽の光りが昇るように、流れに身を任せ、巡ってくる
貴方のその身体に
貴方の生きてきた心に
地球の流れに沿って何が大切なのかを見つめて、そっと2人で見つめ続けて
進めばいい
勝ち取れる”栄光“は、名誉じゃない、権力でも無い
それは、幸せだと、
いうこの上ない至高の光りの場所
太陽の光差す場所
月光が後押しする場所
星影が導き出し見上げる星光りの照らす夜
あなた達が勝ち取った世界全てに光りが差す時
安心して進みなさい
影の力に引き寄せられずに
優しい光りに紛れて月の本質に悪の心を引き寄せられない様に
波の豊かさに惑わされて落ちて飲み込まれてしまわない様に
本質とは意図されない行く末
悪意でない必然
ただ一つの脚色されえない物
カラーリングされていても変わらないでその核に有り続けるから
闇に向く事無く
背徳の美に惑わされず
危険な蜜夜は切り裂いて
傷を負って叫び泣こうが
温かい土がひざまずく貴方を受け止めてあげるから
また立ち上がって太陽を目指しなさい
連れ合いに叱咤をされながら、進み続けたら、
いつかは貴方は光りを頼りにしなくなるだろう
そうしたら他の人達に光りを大きく向けるけれど、
それでも照らし続けているも同じ、変わら無い
照らす必然は太陽に生れた運命の下、本質のまま照らし続ける
地球を、影をつけて照らし続ける事と同じ様に。
直接見続けて上げられない時も星に光りを与えて
太陽で全体を、光りの手であなた達を。
安らぎの帰依までを
天空を、美しい旋律に光りを乗せて
★LATER★
チタンヴォーカル紫貴は葉斗組事務所から実家樫本屋敷に戻る。
運転の下っ端、樹丈を残し門を抜けて行った。
塀に囲まれた和洋折衷の屋敷はソテツやら様々な種類の南国特有の木々が庭に林を形成している。
五年前に両親はボストンへ行き帰って来はしない。まあ、永住だ。
長男、英一に引き続き、次男、紫貴まで極道葉斗組などに加わったためだ。
今日本に残るばあさんも樫本屋敷を出、老人ホームで優雅な老後を過ごしていた。
「手紙が届いていましたよ」
家政婦がそう言い紫貴にその手紙を手渡し、指に挟みひらひら振って歩いて行った。
部屋に入りドアを背に腰を丸め、その手紙を両手に満面の恍惚笑で見下ろし…、それをばりばり開けてばりばり開けすぎて中の手紙までばりばりになった紙片のその一つの『結果』を見て他の紙が床に舞い散った。
「……イエス!!」
そう拳を作り背を伸ばし2,3回片足で跳ねて回転し見下ろした。この前出したバンドのデモテープのレコード化だ。
呼び出し音が3回で出た。糞珍しい。
「おお翔? お前、デモテープ造り天才なんじゃねえ? 受かっちまったぜ審査よお」
「………。?」
「おい? 寝てんのか? あん? まあこの時間だしな。まあ快挙快挙。今夜飲もうぜトカゲ達にも俺から連絡しておくからよお。じゃあな」
紫貴は切って、トカゲに連絡を入れたが眠っていたのを起こされ怒鳴られ切れられた。怒鳴り吹っ飛んで行き電車から駆け下り閉じられた部屋に窓からガシャンと飛び込んで強面長パーマの筋肉男の黒Tシャツの胸倉を掴み怒鳴り叫んで女がガラス傷だらけで血まみれの紫貴にうんっざりしてベッドに沈んだ。
「今宵は祝杯だぜ祝杯」
「今日暇ねえんだよ。大滝さんが来るからなあ」
「マジかよ。ったくしょうがねえなあ。じゃあ明日空けておけよ最悪」
「おーおー分かった分かった」
そう言いでかい欠伸をして女は逞しい胸に抱きつき眠った。紫貴は窓から出て行くと疾走して行った。
トカゲがドラマーで、紫貴が傍目から聞くと怒鳴ってばかりでなんて言ってんのかわからんヴォーカル、翔がベース、もう一人、寡黙で激しいギタリストの無名女4人でチタンだった。女に名前は、無い。
バンドの裏方で繋がっているやくざの人間である大滝は峰組の人間だ。これは葉斗から紫貴がまかされている山でもあった。
女の部屋を訪れると、声を昔から出そうとしない女は紫貴を見ると座って床まで着く黒の長髪から覗く鋭い目の表情を向けた。
ライブ時、目をガッとゆがみ見開きギターを爆音させ煽り激しく腕を回しかき鳴らし牙を剥き激しさを増していく以外は一切を口端を両方きつく閉ざしている。
顔も動かさずにギロリと下目で睨み見てきて片膝を立てた上に手を乗せモルタル囲いの壁際に座って蛍光灯も銃で撃ち割り消えている中にいる。
「これこれー見てくれってすげーよレコード化」
それを放って自分の所に下りてきた紙片を見て何度が頷き、微笑んだ。
紫貴も嬉しそうに微笑んで、その横に座った。
「明日よお。ベレッジかボードー辺りで祝杯ライブやるから音調子よくしておいてな」
そう、床の散らばるチラシだとかの間のペットの蠍を手に取ってから見つめて、床に置き立ち上がり、じゃあな〜と言い出て行った。
「ああ翔〜俺おっれ〜えぃ。祝杯ライブ明日らかだよ〜んっじゃーね〜え、ういっ」
ピッ
★ROOM★
紫貴は上半身裸の黒牡丹の腹の上、雑誌をぺらぺら撒くった。
「お。この女の顔、見てみたいね」
「ハッ上と下は同じとは限らねえ」
アナコンダののたうつ円柱横、ネイビー垂れ幕に囲まれた牛革ソファーに白虎の毛皮が掛けられ、アームを項に横たわり、片手で癖掛かる黒猫毛を弄んでは雑誌を見ていた。
モルタル床からは下を張り巡らされる配管からの熱が漏れ蒸気を出しては所々を陽炎を持たせていた。
厚手の革パンの膝にブーツの片足をだるそうに乗せ一度革の首輪をさすってから、ウエっと言った。
女、男、ニューハーフ、黒人、薬中、綺麗な物、汚い物、阿婆擦れ物、性病物、悪魔のタトゥーの施された物、大物、小物、様々な万人の物を集めた性器写真集だ。
紫貴はシルバー丸ピアスのはまる赤い舌を出して顔をゆがめた。
危険な香の病魔に冒されていそうなそのブツは一種の世界社会情勢の象徴にも思えた。せせらわらってめくった。
アナル全集はただいま一枚一枚が射撃の的にとコンクリート壁に粘土盤と共に所々に貼られ、蜘蛛が這っては彩っていた。
「おい紫貴。お前、髪染めるんだろう」
「あああ〜?あああー。あーあー」
「あ以外で返事しろや」
「あっはぁ〜あん?!」
わざとそう言い笑ってやってから雑誌を放って起き上がった。
ストレートをかけて毛先から5センチ下を前髪をチタンシルバーにして右耳側の即頭部を借り上げて片方に流し後ろを癖つけたまま短く獣の斑点柄を入れる予定だ。
鞭をぴしっと床に振り下ろした。
がらんどうに近いホールはそれでも不気味な気配があった。黒石の円卓上、ルビーのような林檎をそれでパシッと取って手に収め、半分鞭で潰れ割れた果汁滴る林檎にかじりつきながら上目で強笑し鞭を肩にかけトントン叩いた。
「あちらさん、相当押してるらしいぜ。俺達の音をな」
「ま。当然だろ。本番じゃあ、奴等の度肝抜かしてやろうぜ」
「フン、楽勝」
白熊毛皮の上、黒牡丹刺繍で重量感抜群のスツールに腰掛けるトカゲの女2人は適当にまどろんでいた。一人がアメリカンでストレートロングを耳に掛けたアナキストの悪魔崇拝者だが、崇拝するバフォメットをやはりかなり適当に敬っていた。
「ねえ。売れるっていう馬鹿みたいなふれこみ、したのあんたなんでしょう?巷には広げるなって言ってなかった?」
アメリカ女リシェンは自分の横にいる日本女を見た。
黒目がでかい。黒髪を長くパーマして赤艶の唇が一種ソフトパンクっぽい艶女だ。その彼女の方はスツール横のポールとセットの配管むき出しの天井から吊る下がる手錠付きチェーンを揺らしながら黒樹脂のチェストに腰掛けている。彼女は上目からふん、と顔を反らして天井からの鎖を大きく揺らした。
「トカゲが『蠍』の奴等に言ってたんだもん。それって、100パー広がるって事じゃん。自分の男の宣伝くらいで咎めないでよ」
「あたしの男でもあるんだけど?」
ギタリストの名無しのゴン子はその白熊の頭の横で仰向けに寝転がりその鋭い顔つきの頭を撫でて目は朦朧とし天を彷徨っていた。
糞渋く古い型のロイヤルエンフィールドと3台の其々ヤバイ程レアなハーレー。
その横のトカゲはスツールと反対側のゴールデンアナロワとドラゴンフィッシュが下方をうねりピラルクーが半分を占める生態系完全無視の水槽に背を付けて立ち、女共を好きに言わせていた。
今までアングラで活動してきたチタンが今回世間一般のレーベルに受かった話にガキみてえに浮かれ騒ぐのは紫貴と翔の2人だけだ。
入り口側の壁に巨大な水槽が置かれ、鮫が綺麗な熱帯魚と共に泳いいる。その下に横付けされるシャンパンゴールドの巨大ロールスロイスオープンカーの中は、全ての座席が取り払われ綿と黒ビロードの詰め込まれベッド化させているが、誰も居なかった。
紫貴のいるソファー背後の空間、広範囲の金のポールから綺麗な白いヴェールが優雅に垂れ下がって幻想的にゆらめいては影をもやもやと落としている。 中心の金脚ユニットバスにはバンドの影の立役者、エロティカが浸かりなまめかしい態で微笑んだ。
いつも目に黒ビロードの蝶アイマスクをはめ、ダークレッドの色っぽいルージュ、金髪パーマのグラマラス女だ。出す両足の片方を上げては金の扇子を開いたり閉じたりしてゆったりと蓄音機からの曲を聴いていた。
その一本だけ場違いなアイアンポールには重厚な鎖に巨大なクロコダイルがはめられて空間に首をめぐらせている。
猫と同じ目で視線を這わせては何事も無かった様に停止した。
トカゲはジャックナイフを宙に回し手に収め回しては背後の壁、這う蜥蜴の真横に投げ突き立て、トカゲは驚き床に落ちた。その真横の壁に埋め立てられた男のアナルに見事命中し、ケツを薄く覆うコンクリートが剥れた。
「お、やるね〜」
そうパンッと手を叩き合って、トカゲの日本人女がくるんと紫貴を見た。
「翔遅いんじゃない」
「実はよ〜いねーんだよねーえ」
「またどこかでナイフで刺されてんでしょ。乱闘やらかし過ぎだわ。警察に迎に行ってやりなさいよ」
「無謀よ。今頃糞暴れててこっちまでぶっ殺されるに決まってる。決め手はA-FIVEね(そこに翔の連れの男が殺られた)」
「冷静な質の時なら惚れるけど」
「ねえ猫みたいに今度首輪嵌めさせて売り払って来ちゃってよ。ポールダンスホールの女達が奴の事を気に入ってて欲しがってんの」
「よろこじゃう。餌食にされるわよあの少年エックス」
「あーいつの啼く姿、見てみたいわね」
「その話、乗った」
オープンカーベッドに収まる筈の長身で躯体が雪豹の様な翔はいつもコードに繋いで寝そべり、黒のクラシックを嵌めベースを弾いていた。
その音に反響していつも熱帯魚達がネオンを打たせて波を作り、鮫は鼓動したように動いた。
アメリカのハイウェイパトロールカー横のポリスマン制服を着た女半身マネキンは鷲のタトゥーと蛇のタトゥーが彫られシルバールージュを引きキャップを斜め掛けされ薔薇スワロフスキ付きの黒鮫眼帯の目が覗き、口の中に今日はいつもの葉巻変わりに狂ったようなガーベラが刺さっている。
あれは死んだ女の内臓を取り払って内部も外側もガラスでコーティングした酒の巨大デカンターだ。
アメリカ女が立ち上がり、ガーベラを放り棄ててガラスのホースを突っ込み茶色の酒を出して煽ってデカンターの肩に肘を乗せた。
パトカーの中には翔の今の女が翔のクラシックサングラスを目に、倒した助手席に転がり網タイツの脚を交差させてその赤いマニキュアが艶めいている。
パトカー内部に設置した琥珀ゴールドの光りの照明が、金縁で黒ビロードのクッションシートにした中黒のラメを含ませエレガントにしている。
2年前サンパウロで殺されたデカンター女はトカゲのアメリカ女の姉だ。
好き勝手言っているトカゲの女共に好き勝手言わせておいて無視して翔の女は脚を曲に乗せぶらつかせていた。
後部座席に信じられない程綺麗なシルバーホワイトの上品なチンチラが丸まっていて、それはあのエロティカの猫だった。
エロティカは腹違いで日本人の妹をとある銀座のクラブの女においている。 普段エロティカは闇と群青の艶の中金箔舞うアダルトな巨大女クラブショーホールの女オーナーで、父親は海外リゾート地にある巨大カジノ連盟の総合オーナーだったが死んだ。
今エロティカはこの2年を日本に居るが、元々いろいろな所に居所と店を構えているグランドオーナーだ。本名は分かっていない。人種はアメリカ人じゃないかと思われている。
妹のシマはクラブの女として何度も吉祥寺にある葉斗組の屋敷に来る。
気配に紫貴は目を鋭く腰に刺した銃口を向け、それが待ち人だと判明すると両手に収めて腰に差し直した。
そこに黒服に黒シャツ、赤ネクタイのがたいがいいサングラススキンヘッドの大滝が黒の革靴を充分艶めかせ胸を反らし大またで歩いてきて手に持つ銀のアタッシュケースをもう片手に収め、ホール中央に立った。
エロティカは広げる金の透かし彫りの扇子裏から黒のビロードが彩り顎を引き妖艶に微笑した。
「俺は鰐アレルギーなんだ」
「じゃあ女にクロコのバッグさえ買ってやれないわけ?」
「この世は色彩よ」
「でかい図体して言ってんじゃねえよなーど〜だったのよそれでよー」
「ああうまく行きそうだぜ」
そうエロティカのユニットバスの横のスティールのスツールに脚を組み腰掛け口端を微笑させアタッシュケースを開けながら言い、その中には契約書が入っている。
エロティカは湯を指でなぞり、ユニットバスのふちのピンクブロックグラスの香水の金の筒からピンク革のひだが付くポンプをしゅっしゅっと降りかけて香雅な薔薇をまとうと顎を引き色っぽい目で肩越しの男に微笑み、長いネイリングさせた爪を両手で合わせた。
「あとはサインを済ませるだけだぜ」
そうエロティカにケースを向け見せ、それを閉じてユニットバスの下に置いた。
「検討するには時間がゆっくり与えられている。半年だ。今、海外進出を目的にしてレーベルも目の付け所が変わって来ている。お行儀良い良い子ちゃんのバンドは、日本国内に任せておけばいい。契約期間は2年。一度日本で例のレコーディングってのを済ませて局長に軍資金の話付けさせる。まあ、こちらがお頼み申せば、一発だろうよ」
「進出、気分上がるね〜その手の話ー」
「細かい事はこちらでやる。お前達は手を拱いて見ていてくれればいい」
「半年な」
「ああ。待遇は悪くはねえんだぜ。まあ、危険な都市に行く分命の保障はねえってのはあるんだが、それも、お前等じゃあ心配いらねえだろうが、喧嘩は売らずに街のルール守ってりゃあいい」
「ふ、掟なんざ糞食らえだ。行儀良くなんざいられねえ。到底無理だね。俺達はコスモポリタン、世界主義者なんだぜ」
パトカーの中の翔の女はコルネットをあまねく車内に高く響かせて、開けた窓に肘を掛けくるんと向き言った。
「腰もポリたん?」
「あんたはエロいのよ」
アメリカ女はくるんと伏せ目で腕を組みそう言って、どう見たって世界主義者には見えずにもっと理性が雄大にぶっとんでいそうな紫貴を見た。
「もちろん、返答は明日から受け付ける」
大滝は立ち上がり言った。
「お前等は今回の局を足がかりにしてくれればいい。俺達は局を買収してお前等を皮切りに世界都市へ発信していく巨大レーベルを2年計画で発足する」
「そのお試し期間を俺達にチャンス分け与えてくれるって」
「そうだ。充分演って来い」
それには峰組だけの力じゃあ期間が掛かるわけだ。強大にスポンサーを掛ければ夢じゃ無い。
エロティカの資本でおこなうここのバンドに目を着け彼女と峰が契約を結べば事は運ぶがでかいギャングを総括しているエロティカの身分を思うと危険なのはどちらかは目に見えた商売だ。
抜けられるか抜けられないかよりも、場合によれば引き際はいつか、に変わるのだから。音楽方面で大きくエロティカのところのギャングが動きたがるとは思えないが、確かに世界と人間の混沌とした精神に根付き侵食し切り離せない音楽の分野は深く根付くものだ。
だが、経営者側から言わせればメンバーの夢や望みに金関係無いと言おうにも巨大な利益が全体を通し見込めるわけではない。
こいつらやエロティカに命預けて命掛けられる意気が、こちら側にあるのか、だ。使いこなせずに進まない。
しかもこいつらは快楽主義。考える所の利益は紫貴は点で壮大な夢にだけ掛けて今を生きている質だろう。
生とは快楽余興に本気になるか、社会構成に金をかけるかのどちらかだ。欲望と生命価値。
どうこう考えているようだが、圧倒的に優位なのはエロティカ側に変わりは無い。音楽関係を、グランドカジノや巨大ホテル経営、豪華客船連盟に加盟し運営しているエロティカ達が本格的に乗るとも思えないが、確かに一種の余興でぽんと金を出してくれる程の力は有している。それを、エロティカの機嫌で動かせるのかだ。
そうだと思い当たって紫貴は微笑んだ。
立役者のエロティカの妹のシマを葉斗組の人間と結婚させれば俺とエロティカの関係は深くなる。イコール、俺がやりたい事のわがままが通される。
エロティカは上目で天井を見て微笑んだ紫貴を見て、どうせ考えていることは自分のバンドの夢の事だろうと思って口端を引き上げ微笑み、この子は可愛がっている英一の弟だし、可愛がっている紫貴だから金は出してやるが、峰組と手を結んで日本の局を買うことは距離を置く。
夢を引っかいて冷静さを失わせてでかい話の裏で何かある筈の本目的。一般的に考えれば武器輸送か犯罪者海外逃亡経路の隠れ蓑、某国への挑発行為、ロイヤルハイギャング間の交渉など。
それか海外で進出させた彼等のIDを消して闇入りさせ暗殺か情報収集をやらせる。エロティカ勢力の破滅目的。いろいろある。
じっくり考えて話し合いをしなければ。損は無いか。利害はそれほどで済ませられるか。価値。
それに今、峰組の本当のやり方という物を葉斗組の紫貴の兄英一が伺っている。
このバンドは葉斗がエロティカに協力要請して発足させた峰組をおびき寄せる為の蜘蛛の巣だ。そのバンド方面からの業務を担って探っているのが紫貴だった。
「充分考えてくれ」
大滝はそう言うと大またで歩き出て行った。
黒髪パーマ女は甘いクッキーを食べながらその背を見送り、微笑み向き直った。
「次回で落ちて誘惑出来そうねエロティカ」
エロティカは微笑んで歯を見せ恍惚と目を伏せ顎を上げ口元が笑った。
紫貴は髪型を変えに行くために[shajurof]へ向かった。
紫の光
コウモリに差して目を潰し
月光の強さには消される
無化された後
乱雑な気持ちが蹴散らされる
★HOOL★
彼等は一先ずクラブホール『ガーゴイル』へ向かった。
入る途中、黒人2人のボディーガードにボディーチェックされるが形だけだ。武器を持った方が逆に保障されるという物。
珍しく荒くれ者の翔がいない。ホールは酒を飲み交わし、女の子の肩に腕を掛け話し、曲が回る。
ステージ上でドラッグクイーン達が妖艶にパフォーマンスを、ホール周辺には鋭くポールダンサー、ストリップダンサーが艶めかしく各スペース上部で、その場だけ黄金に照らされ肌をペイントし踊っている。
その中の一人が天井から床までのポールを伝い降り紫貴に微笑み掛けトカゲに艶っぽくしなだれかかり言った。
「ハアイあんた達、サンペギが2時間前から待ってるけど」
トカゲはそちらを見てから女に微笑んだ。
「遅れて悪いな」
「ねえ?言ってやってよ。タクロスが地下から取引の場を移そうとしてるけれど、オーナーが反対してるって」
「聞いてねえぞそんな話は」
全体をホールを黒と闇が占めていている中、麻薬を卸しているトカゲと武器密売している翔の交渉相手、輸送組織の外人達が所々でグラスを傾けソファーで女と笑い合っている。
相槌を打ち、微笑し身体をくねらせる女の肩を叩きトカゲはそちらへ歩いて行った。サンペギ達と手を叩きあい座ると、グラスに透明の酒を流し込まれ一気に煽った。
侵食する闇と高い音はチューン……、と響き手をとどめ紫貴は目を閉じ天を仰いだ。
駆け巡るパープルのスポットライトが分裂して行き群青になり、ワインレッドに、空間中を鋭く駆け巡る。ダークシルバーからチタンシルバー、シャープシルバー、
彼の贋物の顔に降り注ぐ……
クラブホール内はいつもの狂乱はまだ見せない。ギャラリーも適当な空気を流している。
いつまでも閉じ闇を、先の暗い中渦巻く宇宙の粉星を、繋がれば良いが、駆け巡る細い光りだけが闇を貫き回り彼の顔の上を駆け巡る。多いまつげの上、閉じられたくっきりする二重の上をすべり行き、厚めの唇を行き過ぎ、音が耳の鼓膜を、身体の芯を揺らし炎をくすぶらせる。
背筋にまで音響はセッティングされびんびん震わせてくる。叫べと言ってくる。頭を抱え狂気に高く歯を剥き奇声を天に響かせあまねくお前の宇宙と融合しろと心の魔物は蛇声で囁き叫ぶ。
己の腹の底に眠る者を目覚めさせろと、えぐる様に引っかき心を震わせようとも……
心だけは、脳味噌だけは紛い物なんかじゃねえ。
闇、光り
一瞬で大きく猫の様な黒目が開かれ、その黒目勝ちの瞳は限りなく多い黒のまつげから覗き、ある一点をゆっくりと見た。
薬に、曲に、闇に酔い叫笑する男に気づいたからだ。
男の項に覗く大蛇の刺青、あの声、
「……、」
あの時表情も無く狂気した男の目を、一瞬狂乱の色、紫が貫いた。
……戻ってきやがった
男の背を蹴り倒し地面に叩き付け、男は首を一瞬で覚めた目で振り向かせ思い切り目を見開くと、轟き叫んだ。
後頭部の骸骨が割れ消え脳血が広がり形を成さなくなると、歯を剥き一瞬を置き全弾打ち込み完全に消えた。
失くしても失くし足りねえ……
駆け寄り肩を引いた男の喉にナイフを突き立て蹴り倒すと、一瞬を置き誰もが振り向き男達は唾を吐きジャックナイフを飛び出させ酒瓶を割り立ち上がったが、それはチタンの紫貴だった。その腕を掴んだ男の胸倉を掴み引き寄せた。
「今は気が立ってんだよ」
どつき飛ばし、トカゲが鉄パイプを紫貴に投げ渡すとアメリカ女は冷めた目で腰の火炎瓶を回し投げて行った。紫貴はどんどん打ち割って行き火の雨を2人の身体の上に落とし燃え広がりせせら笑った。
「てめえ!!!」
白い煙が立ち上がり顔の横を描いて行き、斜め横に顔を傾け向ける紫貴の顔は一瞬赤紫の照明が白い肌を走り染め、異常な程混沌と渦巻く怒りの目は見開かれチタンシルバーの前髪に縁取られ、口の両端を下げきり険しく見開かれる目は感情のなにかに輪郭をなぞられ獣そのものの雰囲気を含ませた。
人間味を完全に失わせた。赤紫の美しい悪魔の様に。
その顔が一瞬、炎の作った闇が染み込み、黒く木炭化した骸に見えた。
誰もがぞっとし、通報しようとした日本人は携帯を引っ込め、その背後にトカゲが立ちその女を連れて行った。
紫貴に常連で無い男が警察に通報すると駆けて行ったのをボディーガードが横目で見下ろし、彼は顔をざっと反らした。
何を怒頭切れてやがるのかは知らねえが、今日の奴は異常な程殺気がある。あいつは滅多な事でキレるとマズイ。男たちは唾を吐き向き直って瓶を背後へ投げ棄て座り紫貴を見た。触れない関わらないが身の為だ。今の般若の目覚めぬ内に鎮めるに限る。
紫貴は唾を吐き捨てて燃え上がる死体の背から足を外し降りパイプをトカゲに投げ渡しトカゲの日本人女に落ち着いてと店の奥へ連れて行った。
紫貴は通路を大股で進み壁の機械装置を横殴りぶっ壊して鬼神面で空間に入り落ち着けよと言う男に蹴散らし激昂して顔を押さえ歯を剥き突っ伏したソファーを険しく睨んだ。
あの野郎だ、あの外道野郎だ俺の顔を燃やして悉く細胞を焼き尽くし焼失させた下衆野郎は、あの地獄を見せてきた鬼畜が、毎夜毎夜、病室で昼もどの時間もどの時も24時間叫びもがき狂叫し苦しんで来た、俺の顔を奪ったあの糞ッ垂れが!!!
トカゲはさっきの女から顔を挙げ歩いてきて紫貴の背を叩いた。
トカゲはソファーに腰掛け葉を巻いたのを取り出し火を着け、横に座った紫貴にくわえさせた。紫貴は深く吸い込みそれを痰毎横に吐き棄て頭を両手で抱えうつぶせていたのをうなじをつけ顔を覆い歯の間から息を煙と共に吐き出し深く一度深呼吸し、落ち着いた気を取り戻した。
「体ならあるぜ」
そうトカゲは女の転がるベッドに親指を向けて、紫貴はそうしようと立ち上がってベッドの方を向いたが、なんだか妙に頭が冷めて首を振ってそこを出て行った。
チタンドラゴン
切り裂かれた色
光など無く反射もしない
狂昂する
………泣く
★BAR★
翔は目を覚まし、自分が今からベースを練習しようとおぼろげに思っていた事を思い出した。
だが、体が動かない。感覚は目を覚まし、そして、まだ闇の中だった。
樫本英一が、幹部を務める葉斗組頭、豪の姐であるイサの営むバーゼブラナへ訪れていたのは夜も12時を回った時間だった。
その頃気分がぎすぎすしたままの英一の弟、紫貴はこのままじゃあ腐ったままだと思い立って兄貴の最近からの行き着けというバーゼブラナへ向かう事にした。峰組、大滝が持ってきた話をする必要もある。
第一、妻を失ってからという物この1年、女に血道も捧げずに来た兄貴が何故らしくもなくホステスのいる場にあしげく通い出したって、そのホステスが事もあろうに、1年前の抗争で殺された妻に瓜二つだったからだ。失った家族についてを兄貴は今も悔いている。
そろそろ業務も一段落した頃だろうと上着を羽織って向かった事務所に既に 兄、英一の姿は無かった。
紫貴は怒り狂って駆け出し赤坂へ向かった。
「兄貴! 俺も連れてけって言っただろうが!」
ドアをバンッと開けた。
ドアの暗闇の中に可愛らしい顔の少年が立っていた。紫貴だ。紫貴はチビだ。
「あーあーいたいた! 大体なんで俺差し置いて一人でいい想いしてんの! あ。イサ姐お邪魔してるでやんす」
「あらあらいらっしゃい坊や」
「兄貴のつけだぜ俺を置いて行ったからだヘネシー!」
「おい大人しくしろよ」
冷静な質の英一は溜息混じりに黒目がちで奥二重の目を呆れくるんと他所に向けグラスウーロン茶に口を着けた。
「ああどうもどうもネエさん俺樫本紫貴この兄貴の弟。綺麗だねお姉さん!」
本気で綺麗な女だ。派手顔は華やかに輝いている。
「おいジョージくん早く酒!」
そのバーテンダーのジョージくんは60歳で紫貴ちゃんは23歳なのだが。
「弟さん? 可愛らしい子いるんですね英一さん」
「英一さん! だって可愛い〜!」
「うる、せえ……、」
「名前なんてーのお嬢さん俺の兄貴は英一ってんだぜ!」
「………、? あたしはショウ」
「ああそうだっけね聞いた聞いた兄貴が言ってたんだショウだってって翔?!!」
紫貴は立ち上がって目玉を飛び出させてまた嵌めたから、ソファーの背を挟み合った向こう側ボックスの客が驚き後じさり、さっき目玉を視神経に繋がらせ飛び出させた男の子を見上げた。
「しょ、しょ、しょ、しょ、おま、おまえ、おま、お、お、」
ショウはきょとんとして英一の弟を見上げた。
紫貴は彼女を見て、また目玉が競り出てきたのを押さえた。
英一は元からトチ狂って生まれちまった弟の紫貴を落ち着かせて、また医者に行って来る様に後から言う。目玉を飛び出させるよりもまず頭を治してもらいたいんだが。
今まで粗野で危なっかしくてベースだけは最高にクールな危険な狂犬野郎としか見ていなかったというのに、目の前のは、『女』、だ。
「お、おま、おま、お、野郎のハズじゃ」
ビキッ
と、音を立てたのはユウコとハルエのこめかみの血管だった。
「この糞ガキあたし等の何処が野郎だってのよええ?!」
「もう一回言ってみやがれこらあ!!」
大女二人に見下ろされ胸倉を掴まれ宙に浮きがぐがぐやられて両目玉飛び出させて四方に揺れて紫貴はアグアグ言った。
それを呆れてマネージャー芦俵が女二人に「そろそろやめておけ淑女」と抑え、ユウコとハルエは「のやろう、覚えてろよスカタンが!」「今度カマ掘ってやるこの小僧が!」と啖呵切ってぐるっと向き直った時には客に肩を縮め微笑んでいるのだった。
「だってよ〜まさかクラブで働いてるなんてしらね〜もん」
「知り合いか」
「知り合いも何も、バンドのベース……」
英一はショウを見下ろして、数度頷いた。
帰る時になり英一、紫貴をイサママとショウ、マネージャーが見送る。
「おい翔明日お前パーティー来れねえじゃねえかレコーディングどーするんだよ」
「レコーディング? そういうのってお昼にスタジオでやるものなんでしょう? あたし、お昼なら開いてるわよ」
「………」
紫貴はマジッマジと両腕を持ってショウの顔を見て、ショウは首を傾げさせ瞬きしていた。
「人違いかなあ〜…」
紫貴は首を傾げ傾げしながら頭を抱えて変えたヘアスタイルの髪のチーターのところを両手でぐりぐりやっていた。
どうしてもアノ翔には、見えなかった。
見送られながらも歩いて行った。
暗い裏路地、星明りでなんとなくそれと分かる程度の煉瓦壁に背をつけ英一は火を着け思い切り煙を吸い込んだ。目頭ごと抑えて目を開き横の紫貴をまるで睨む様に見た。
「怪しいもんだな。ショウはお前の連れでバンドは峰と前から契約を結んでいた筈があの女はイサ姐の店で働くなんて、お前の事見知った顔じゃねえなんてさっきの顔も演技に他ならねえ事だ」
だが実際、あのショウに打算的な風は感じられなかった。
「確かにトカゲは峰とも繋がってるが翔は峰自体に関わってねえよ。本当だって。チャカは取り扱って流してる」
英一は座席に座りながら言う。
「どこの系列だ」
「やくざ繋がりじゃねえ。俺は奴らの身内事の詳しい事分かってねえが、アラブ人の所の鎬だ。俺等外人ネットワーク確立してるからさー。それで同じ根からトカゲは麻薬流して来てて翔はロシア物のチャカ扱ってて輸送船張ってってよお。だが峰や大滝とは無関係だ。」
トカゲから寡黙女は薬を仕入れていたシャブ中だ。単に空港で日本に降り立ったらついて来ちまった女だった……らしい。
「俺もう一度戻るわ」
紫貴はそれだけ言うと途中で降り、ネオンの渦に消えて行った。
ショウは自分のマンションへ帰り眠る彼氏の頬に微笑みキスを寄せ、自分も横になり眠りについた。
瞬間。
翔は闇の中唸り目覚めて、ガバッと起き上がりあの目がカーテンの隙間の銀の月光に照らされ覗き、ゆらりと立ち上がって着替え、靴に足を引っ掛け夜の街へと繰り出し歩いて行った。
闇色の硝子
闇色の心
月明かりが差す
少しは灰色になる
道に散らばるそれを目で追い、反らす
★DUBIOUS ★
蜜のように浸る荒んだ路地は、夜の星を風に隠させた。
翔の女は翔を見つけると彼に思い切り抱き付きキスをした。
「あんた、最近遅めの登場じゃない」
「ああ」
乾く様な風声で言って、機嫌悪いのは最近からの事だった。翔のもう一つの人格、あの女、白であるショウがニューハーフホステスとしてガッコー蹴った。
徐々に俺の範囲を侵食し始め奪い取って来ていやがる。昼だけじゃ無く、夜までも。俺の居場所を無くして来る。
今までは白と黒半々だった。完全にだ。屋敷にいる時は白。夜抜け出す時は黒。一人暮らしをし始めて学園にいる時は白。夜の時間は黒だった。
縞馬の様な物だった。女と男が一つの体を共有していた。
男の体を以って、そんな体だが白の時は他のどの女より女だった。それを、全てに関し侵食しようとして来ている。
一瞬の不安……。
薄汚れた地面には感情のこもらない塵が渦巻く。
染み込んだアルコールのすえた臭いが翔の不安をくだらない物にさせる。この場で死んで行った人間は多い。液体に混じり染み込んだ血の記憶が、囁くように足に渦巻き絡まってくる。
お前は今悩んでいるが、不安を抱えているが、心が体に付いている以上失ってきた命の分だけ怒りを感じる分だけ生命力はお前のテリトリーに換算されていく。人生を掛け続けるんだ。
金に換えて感情を、弱みに変えて激情を。
人生のギャンブラーな体して生まれちまって、いつ消えるか消されるか、自らの身体にゲーム盤を置くのは利口じゃないが、親にもらって生まれた体。お前の身体は一般よりも上等品で、しかもやれば大抵のやりたい事のこなせる所にいる。
気休めは単なる逃げだ。理解しあう事以外に望み無い。
簡単なことだ。駒は白と黒しかない。操るゲーム盤はどちらかの手にある。 シャンパンを手に赤いドレスの美女が悦笑し進め意地悪に微笑し、俺は冷静に迎え撃たなければならない。
黒い毛皮アイマスクの目は笑いハイヒールの組む足をふらつかせ余裕そうに背後にカードをばら撒く。
毎回あの女は独断だ。
俺は立ち上がり、そんな手できやがって汚ねえぞと、怒鳴り銃を向こうにも既に弾切れ状態だ。
機嫌悪くした女の一言でシャンデリアを落とされゲーム盤を破壊させて来る。あいつは毛皮コート執事に羽織らされてリンカーンで去って行くだけだ。
また、甘い白の輝くクリスタルの世界へと。
俺はその場に立ち尽くしたまま、暗闇の中、テールランプが闇に飲み込まれるまでを呆然と見ている。
確固とした不安。
暗闇に落ちていく様に、翔は一度薄汚れた地面を見ると、どうしたのよという女を壁に叩き付けさせ、女は目を艶めかせて微笑した。
紫貴が翔が所構わずじゃれあっているのを見つけてやってくると、怒鳴り猛り突進して背骨が折れるんじゃねえかって程の勢いで両足とび蹴りし、女は尻尾を掴まれた猫のような声で潰された。
翔は紫貴の胸倉を掴み浮かせてぐがぐがやった。
「あにしやがるこの糞チビが! ああ?!」
「野郎わけわからねえコトしてんじゃねえ!」
紫貴は翔の腕付け根を引っ張り影に連れて行き頭を叩き頭を低くさせ耳に小声でまくし立てた。
「てめええ!! ありゃなんだったんだこらああ!!」
小声になっていない。
「ああ?! 何がだって…」
「女装の趣味でもあるのかよお前!」
「………。」
そこは流石に小声で言って、翔は顔を引きつらせ、ななな、なんでこいつ知ってやが(女装の趣味は無い)んだと引きつらせた下がる口元で白目を剥きながら紫貴を見下ろした。
「怖いんだよっその顔っ」
「なな、な、な、な、な、な、な、が、な、な、」
「お前、葉斗に喧嘩売ってんのか?」
「はあ…? なんで俺が。商売に横槍入れたらうまくいかなくなるだろうが。冗談じゃねえ。葉斗系列はどこも俺等の扱う代物馬鹿にしてやがる。こっちにもこっちのプライドがあるぜ。タクロスも嫌ってんだよ。奴等に俺等みてえなチャカ扱ってるちんぴらが喧嘩売れば残忍に殺されるだけだからな。俺等は俺等のテリトリーを犯させないし、意識以ってここだけで遣り通す意地がある。大体、なんで俺が極道に喧嘩売る義理があるんだよ」
「お前、何もしらねえであんな大それたコトしてやがるのかよ」
「なんだよ、な何、」
紫貴の兄貴は完璧にショウを怪しんでいた。「この女の様子を探れ」と言って来た。そう言っていた時の目は、弟のマブダチに対する目は冷たいものに変わっていた。
鈴の事がまだあったのかは不明だ。とにかく、何のために葉斗に接触し鈴と同じ顔であんな格好でイサ姐の店で働き始めたのかだ。もし女に打算的な風は無かったとしても、翔ならどうだ。
だが、翔の性格もよくわかっていた。頑固に一本木で生きている。稀に潔いと思える事もある。
自分が峰と繋がらせているバンドのメンバーだと口を滑らせたんだ。それを、葉斗頭の腹心幹部に気に入られ、今に付け入り弱みを掴んで来る峰の傘下だと思われて当然だ。
それを、普段の兄貴なら全く女に揺るがないものを、とにかく鈴に似ている。これが刑罰かの様にだ。
それで兄貴はいつもの冷静さを欠いているどころか……何がコトやらかしちまってるって、あんた、ショウの目が完全に兄貴にホの字だったって事この目で確認しちまった事だった。
「お前、お前、まさか、モーホー…、なんじゃね」
「なわけねえだろうがあ!!! 妙な言い掛かり付けんじゃねええ!!!」
紫貴の首根っこの首輪を掴んで持ち上げその耳にこそこそ言う。
「おいこりゃあ内緒なんだけどよ、」
紫貴はうか!うか!うか!と苦しがっている。
「俺実は、ぁにじゅ〜あ、うぃっ(変な顔してる)……ん、かくなん」
キュ〜、ぽっくり。紫貴酸欠。
琥珀の心
定まらない地点
どちらかの光りで照らせば良いが
歩くままに任せ
ふと見回す迷い込んだ森
★DOUBT ★
「何?お前が葉斗組の組員……?」
翔は胡散臭そうに紫貴を見て、怪訝な顔をした。
「スパイかよ。つか、完璧スパイじゃねえかお前、俺等を騙す気かよ」
そう紫貴の肩をどついて眉を潜めて見下ろした。
「バンドは元々葉斗系列でやってるんだぜ。峰組が関わってんのは局の事だけだ」
「俺に言ってもいいのかよ」
そう壁に背を頭を着け微笑み、紫貴は息をついてから言った。
「おい。脅迫なんて考えるなよ。お前が女装し」
「俺じゃねえんだって!! 俺じゃねえんだよ!! 俺じゃねえんだからな?!」
糞必死。
「……。お前が付いてる客、俺の兄貴なんだ。葉斗の組員。見張ってるんだよお前の事」
「は? サンペギとの商売かよ。タクロスに俺は許可貰ってるんだぜ。お前だって知ってるじゃねえか。上の関係で大きく変動起きたなんて聞いてねえぞ。葉斗に目つめられるなんて冗談よせよ」
「そのことじゃねえよ。それをこちらのテリトリーにまで伸ばさなければ俺等はとやかく言わない。余所者との勝手分からない面倒事を避ける為だ。トカゲの方は他所に目向けやすいからどうとも言えねえがどちらにしろ、警告と分はわきまえるんだ。まず諍いは起きないだろう。下手をしなければな」
「峰に探り入れて葉斗は何企んでる? やめておけよお前もな。極道なんて、所詮やり方がきたねえ野郎共ばかりじゃねえか」
そう吐き棄てて背を浮かせ横に広がる路地裏奥の闇を見た。
どの闇も、あの闇には至らない。
「咲路がやられた時、お前が本気で切れてやめれば良いってのに啖呵切って殴り込みに行った時は見上げたもんだって思ったんだぜ。正直嬉しかった。だが、実際関わってるのとはわけが違うぜ」
翔は紫貴を見下ろした。
「お前が極道て器かよ。今からでも足洗えよ。さっきの話、高飛びだって出来るって事だぜ。ギャングとはかかわらねえって事は、海外にも手出し出来ねえって事だ。俺だって逃げてえんだよ。日本からな。気ままに俺だけの身体で生きたいからな。今のままじゃあ俺は俺らしくいられなくなるなんてまっぴら御免だ。ゼブラナだか何だかしらねえが、勝手に俺は拘束される謂れはねえんだよ。お前もそうしろよ。な。今回の契約蹴る事になろうがいくらでも俺等チタンは出られるんだぜ。峰も関係無くな。なんなら俺からお前の事タクロスに話通してやったっていい。今日、どうせ一度タクロスの所に顔出しに行くんだ。今ならまだお前の背負っているもんはでかくはねえ筈だ。今の内だぜ。お前だって、身内に入ってれば分かってるんだろ。卑劣なやり方って奴、お前までそんな目見せられたいのかよ」
「………」
紫貴は地面を憤りを持った目で見ていた。そんな表情は初めてだった。
いつ引くかの権利よりも、抜けられるか抜けられないかの権利の方が今は大きい。ただの舎弟や下っ端などとは違う。
それに、消えたら頭に信頼されている兄貴にも示しがつかなくなる。
「お前も、サンペギ達とは離れろって言われて離れられるのかよ。切っても切れない物だってあるじゃねえか。そういう世界なんだぜ。確かに、俺はいつかは抜けられる時だってあるかもしれねえ。だがお前、ギャングからの輸送なんて一番不安定な綱渡りの商売なんだぜ。俺はそんな物糞食らえだ。怖くなんかねえ。今の世界、抜ける気もさらさらねえよ。お前はどうなんだよ。今はうまくやってるからいいかもしれねえが、見切るならあっちはあっさり切って来る。何も奴等は考えずに始末されて終わりって事だ」
そんな事分かっている。上等だ。分からないで入る程トロく無い。
自分が今まで生きてきて、存在なんて大して重要なんかじゃ無い、自分の確固とした世界観なんか、置かれている場なんか、今に消えうせろという闇があって事実消えうせれば、ぱったり終わる。そんなものそれで良かった。
ろくでも無く生きて、何が確固とした物か分からなくて完璧に行きたいのに手が覆えない。
暴動したくてやりきれなくて、別に守るべき物はその頃自分の闇だけだった。世界が消えてもぶっ壊れても良かった。半端物のまま生きて来て。何かに意義をもたせたくて、気合を投げかけたくて生きていたわけじゃなかった。その場の一興ってわけでもなかった。
それを、ようやくチタンという居場所を見つけることが出来たのだ。生命を宿すことが出来たのだ。こいつ等と共に。
それを侵させなしない。内からも、外からでさえも。邪魔物なんか糞くらえだ。俺等の夢奪おうなんて、邪魔しようなんて許さねえ。
やりたいことがあって、それでその事にのめりこめる幸福感が、充実感に思えて、脚色しないであるがままに進んでいる今を、傍目からなんて言われ様が構わない。
自分を持つ事が世界で大切な失われた意識だ。一番人間らしい。人間の実質的な所だ。どこも馬鹿みたいに同じなんじゃあつまらん世界だ。生れた価値観が納得いかない。
愚かでもあるかもしれないが、大事な事だ。仮面つけて生きていくような人生は御免だ。
「俺はどっちにしろ当分サンペギ達と切れるつもりはねえよ。飽きれば棄てるかもな。いいか。これは聞いておけよ。俺は峰だとか葉斗に関わる仕事はしてねえ。お前の兄貴にも言っておけ。白を疑うんじゃねえ。俺の大事な片割れだ」
そう言っていて、そんな当たり前の事に初めて気づいた。
これが男として、守る物なのかと思った。女の心のあいつを。
切っても切れないものは、自らの心の内にあったんだ。不安定な自分は自分を認めて無いからだ。
「お前だって……、切っても切れねえ大事な物があるんだろ。お前のその黒般若と黒牡丹はいろいろな意味篭ってんだろ。それに、俺だってバンドが好きなんだぜ。マジ気で何かに打ち込むって確かに馬鹿らしいって世の中かもしれねえが、人生洒落込んで皮肉るぐらいなら俺はマジで駆け抜ける。仲間裏切ろうって事はどこの世界だって許されねえよ」
「分かってる」
紫貴の返事は嘘だ。仕事の為なら、友情だとか信頼の一つや二つ、すぐにでも切り捨てる事など出来る。そんな物に重要視していない。
事実、今だって裏切ろうとしている。峰組との関係も取り持てば、もうバンドも切り捨てさっさと去ってお仕舞いだ。その為に形成したバンドだったからだ。
だが、ずっと結成したくて組んだバンドだった。それは本当だった。形振り構わずに……。
格好悪いのがバンドなのかもしれない。何かにマジで打ち込んで、人生はのらりくらりとなあなあに過ごして物事に歯向かって先頭切って訴えかけて曲に乗せて、そんな他から見れば馬鹿らしい事でも構わないんだ……。
ああやって死なずに、生き残れたからだ。気持ち唄に込めたり、感謝込めたりなんだって出来る。
「顔上げろって。お前、髪型似合うじゃねえか。それによお、大体、お前、俺達を誰だと思ってんだよ。え? チタンの俺様と紫貴だぜ。何だかしらねえが、おきてる事に一々びびってんじゃねえよ。俺は裏なんかねえんだからどんと構えて兄貴に言って来ればいいんだぜ。何か起きたらその時はその時だ。腐ってるなんて面白くねえだろ。今を行こうぜ。ただ、はっきりする所ははっきりさせてからだ」
「うんお前がホモだってい」
「ちゃうっつってんで、しょーがええ?」
「じゃあ何なんだよアノグリグリまつげとキラキラルージュは、えええ?」
「知るか。ったく、」
翔は反吐を吐いて路地裏から出て行った。紫貴は首を鳴らし見回した。
暗闇と様々な色のある蛍の様な照明の広い路地を歩き、建物にも邪魔されない不気味な夜風に包まれ進んだ。
茶色に渦巻く
鎖で絡まれて
電球を打ち割っても駄目だ
世は消えない。
見えなくなっただけ
★SHOTING AREA★
「俺はトカゲを張ってる。俺が『蠍』からトカゲをスカウトして来たのはグローバル化図ろうっていう峰と元々釣るんでやかったからだ。奴が日本に来る前の事は分かって無い。って事は元々がどういう繋がりと関係で峰やらサンペギ達と手組んでるつもりかはっきりしねえ。だから峰引っ張るために下っ端掴んで幹部大滝と話付けさせて契約の話持ってこさせた」
今探っているのは、峰というのは元々が海外のギャングやマフィアの系列で日本に進出したのではないかという事だ。
そして峰と名乗りバンドをかき集めて奪ったレーベルから世界に言う事を聞く都合の言い捨て駒共を送り汚い商売をやらせる。
契約でがんじがらめにし抜けさせない。そして事務所を日本だけに置いていれば何か問題を起こされても勝手に放って置けるし「飛行機の都合付かない」と言い訳できる。
それに、下手をもしすれば日本外でなら始末しやすい。そういう仕組みを敷こうとしているのだろう憶測だが、本当にそうなる前には峰は潰れている予定だ。
トカゲが関わったのがいつからかは不明だが、峰は絶対に海外のどこかに一つでも繋がりが現にあるのは確かだ。でなければ海外に行かせる事は無い。本気でただバンド売り出して設けるだけが目的なんて組はどこにも無い。
それか、エロティカの存在だ。
葉斗を探らせる為にシマを銀座ホステスにおいているのだから。それを考えてもシマは身内に引き入れておくべきだ。葉斗の幹部と婚姻を結ばせ、人質にもなる。
だが、美人好きの紫貴だ。彼女という枠に女を当てはめない主義だが、自分の物にするのは大好きだ。
紫貴の身体に入るクールな総身彫りは、背は鋭い眼光の黒般若、腕、胴前、腰から足は繊細な浮き彫り黒牡丹で、その彼の背をおぼろげに見ながら歩いていた翔は紫貴のその兄貴という存在をどうにかしなければと思っていた。
その兄貴というのがどういう立場かは不明だが、きっとこの変わった名前、紫貴も通り名とも考えられるし第一互いに下の名前しか知らないのだ。
トカゲときたら明らかに偽名。あのギター女なんかは名乗りさえもしない。 これからの商売を考えても妙に回りをうろつかれたり探られれば、サンペギ達に怪しまれ葉斗との関係を疑ってきてタクロスにはどやされる。
「俺は今からサンペギ達と落ち合う。トカゲも既に向かったんだろう。お前は適当にギャンブルかクラブかビリヤードでもやっててくれ。後から音合わせしようぜ。トカゲが怪しいって言うなら、奴等を俺が探ってやってもいいんだぜ。元々お前よりは内に入って探り易いしな。峰が手組んでサンペギ達動かしてるって踏んでいるんだろうどうせ。裏で隠れる海外ギャングが接着剤でな」
翔はそう微笑し身を返し、前方に顔を向け歩いて行った。
紫貴はしばらくその背を見ていて、首を振りナイフを回しながら口笛を吹き歩いて行った。
本気でどこも手を組んでるんだとしたら、兄貴と檀城が頭と共に進めているらしい今の計画に差し支える。
紫貴はまだ峰を潰した後の目的という物はしらなかった。彼等上層の極秘で、何処か、と契約を結んでいるらしい。
エロティカと手を組んでいる今の状況だが、頭がどう見て彼女との契約を今結んでいるのかが分からなかった。
もしかして今後の目的上の協力者として煽っているのだろうか? あのエロティカを。
金色の魂
目を閉じて漸く分かる
眩しさに涙を流し
誰の魂だったか分かる
俺は闇の中
★SHOTING IRON★
翔は運び屋サンペギ達と落ち合った。
トカゲは「おう」と手を上げた。
そちらに行き、うだうだ長い髪を耳に掛け壁に背を着け「今はどうだ」とゆっくり壁にマッチを擦り付け聞いた。
「この前入ったブツが、ようやく警戒解けたってんて、横須賀に流しに行くぜ」
「ああ」
上目で火を着けマッチを振り消し放った。
「実は、一人買い手に付きそうな人間がいる」
「おう。モーションかけておけ」
「任せな」
「お前も分かってんだろうが、今回入った銃は今の時代珍品だぜ。試し撃ちするだろう」
「ああ」
「こっちにきな」
翔はホール内に視野を向けていたのを、サンペギとトカゲ、レドーを口端と目を伏せた見た。
半月前、同じくバイヤーのジアがばらされた理由は勝手にタクロスの許しも得ずに売値末端価格変えて手前だけしこたま儲けてた事がばれたのが原因だった。
あいつはやり方が下手で証拠も残す。工程も雑で奴自身の中の売り込み周辺の仕組みも簡単だった。逆に消えてくれた方が良かったわけだ。
本当にこいつ等が葉斗の紫貴の存在を知らないとは考えずらい事だ。相手はトカゲで、峰組とも繋がってここと梯子してるちんぴらなのだから。
いつどちらを裏切らないともいえない移り気な存在だ。
翔の中で徐々に袋小路へ入っていく感覚が払拭されないままクラブ地下の射撃場に来ると円卓に置かれた銃を手に片目を開け銃身を眺め見ては手の収まりを見る。
42口径。自動装填式銃。サイレンサー搭載。例に倣ってロシアの代物だ。 ギャング管下の製造倉庫から軍用に作り政治事情で戦争も一つ終焉を見せ不要となり大量にはいった割りに一丁一束という馬鹿みてえな額は今の時代随分高いが、性能の程だ。
「お前の方はどうだ?」
「今、港の麻薬監査のキャンペーン中だ。入るのは先になる。ったく、やりずらいもんだぜ。今、寄港場所変える話出てるが、実際問題、人件費考えると難しくなるってんで検討中だ」
「そうだろうな」
耳に弾を入れ塞ぎ充填し的を狙い打つ。続けざま打ち抜き頷いて、銃身とのバランスは悪く威力負けでぶれるが、思ったよりは安定している早さだ。
標準もあわせ易く手の持ちも悪くはない。従来の既製品から改良されている。
扱っているのは、本物を似せたまがい物だ。同時に安価で作られるが改良も勝手に加えられている。
ここの扱う物の方が良いと言う人間もいるが、本物扱ってる所からは白い目でみられていた。だが、良い物は良いに変わりは無い。
満足して向き直り、レドーを打ち抜き彼は呻いて転がるレドーを見て、的じゃあ能力理解は半減というものだが、威力は抜群だ。感嘆の口笛を吹いた。
「いいな。これ」
翔は冷笑し、サンペギは一種を置き、険しくした目元をふと、微笑ませ首を振った。
レドーなんて役立たず、今の変革を迎えるかもしれない時期、不要だ。怪しまれる前に行動するのみ。
「任せろよ」
「頼んだぜ」
3人は歩き出て行った。
「おい翔。バンドの話が今いろいろ決まってるぜ。まあ、実質的な実行は決まってねえが、うまく進めてくれてるぜ」
トカゲが横に並び口端を引き上げ言った。
「レコーディング、済ませるんだって? 受かったってすげーじゃねえか」 「それに、うまく行けば海外だ。支度しておけ。俺等で行き先は決められるって話だ。そのままあっちに住もうぜ」
「それいいねー」
両人差し指で差しおどけ言った。
「カサブランカかアムステルダムあたり当初考えていたらしい」
「あ? マジかよ。中途半端じゃねえか。考え中なんだろう」
「ああ。カサブランカは近隣との繋げにはいいがな」
ホールに出て歩いて行き、この時間狂喜する空間から夜気に緩く包まれる。ジャンキーは灰の壁にもたれて手を差し伸べてくるうつろな目をしてシカトし歩いていく。
灰色の魂
お前が見た世界が骸
銀の光りにその先を
指し示すだけの明るさが無い
かなぐり棄て
★shoting gllery★
急激に曲がり黒煙を噴き黒の巨大ハーレーを乗り入れるとリンカーンリムジンの横に停めたままエントランスの煌びやかに包まれ進む。
ある高級ホテル一室へ向かう。豪華なだけの空間は豪華で、中世の赴きの中を贅が埋め尽くされ移築されたそれは積み重ねられた歴史も息づく。
廊下を行き、華美な中、黄金と赤が大体を占め、装飾模様を黒がくっきりさせる程度に使われている。
翔はタクロスの前に出るためにシャツだけでも肩に羽織りながら歩き、すれ違うVIPの白人女が翔の白くなだらかで骨太な体躯を色っぽい目で見つめて上目でルージュを引き上げた。
通り過ぎ際、翔も口端を上げ妖笑して顔を反らし歩いていく。
擦り切れ穴あきで薄手の黒牛革に縞馬の柄がプリントされるシャツを羽織るとガムを吐き棄て伏せ気味の倦怠面で扉をノックした。
黒Tシャツに黒服の男達が一度胸に手を当て除き見てから翔を見ると中に首をしゃくった。
扉を抜けアプローチを歩いてまた扉が開けられるのを入っていく。
タクロスは黒シルクの背を向け重厚なビリヤード台の方へ向けキューを構えていた。最高の美女は今日はブラックだ。
黒のドレスにシルバーの重厚なネックレスの手に持つボルドーワインが彩った。指にはまる紫の石が妖艶で、台の端に腰掛け縮れるロングをエレガントに伸ばしセットされている。
タクロスの襟足のまっすぐ長い髪がうねる。
重厚な音を立て、女は、玉が弾かれていくのを首をしゃくり上げ笑みながら多いまつげの目で見下ろし低い声を上げた。
タクロスは逞しい背を伸ばし振り返り、アルゼンチン人特有の顔で口端を微笑み上げて翔を見た。
翔は前で手を組み、いつもは雪男のように背を丸めているのを背を伸ばし、だるそうなままの目元でぼけっと豪華な赤のビロードカーテンがトリミングされる夜の窓と壁間際を見ていたのを閉ざす口を開いた。
「今日、トカゲはいないです」
「そうか」
共通語はアラブの言葉だった。
ホールの右側のでかくクッションで出来た様な天蓋ベッドにはシルバーのストレートロングな痩身白人女がいた。
ショーツ姿で少女の様な横顔でうつぶせ眠っていて、左の暖炉のある豹毛皮ソファーの上にはタクロスの血の繋がらない兄弟でブラックの筋肉男が透明の酒をバカラに注ぎ盛っていた。
「本来、分けてるんだが今は急ぎなんだ。話は聞いたか?」
「いや」
「実は今、ロシア側の問題で銃器の内容が変わって来ているのは分かってるはずだ」
「スチェッキンが入ってた」
「ああそうだ。悪いが残らず裁いてくれ。同時に、トカゲにも言っておいてもらいたいんだが、麻薬からは一次身を引く事になった。今なにやら、日本の峰がうろつき始めたからなあ」
峰が警察と手を組んで回してるのか? 口には出さなかった。
元々タクロス配下でトカゲは日本入りし、グローバルに躍進しようとする革新的な峰を探らせるために関わらせているが、葉斗の様子、その幹部のエイイチの様子も見ていた。
あの男は日本に逃げたと思えば今峰を仲間にしようとでもしているのか、葉斗に参入した。葉斗の人間は知らないのだ。あのエイイチの過去の事を。
葉斗というのはどんなに古臭く古風と言われようが昔からのしきたりを重んじルやり方を変えない保守派で、結局はそれが安定を持って生を成し安定した利益を生む。
それで着実に古い時代からの勢力を維持してきた組だ。
峰とは和と洋の違いがある。
その余所者峰がしきたりも無視してどかどか入って勝手な鎬を削ろうものなら勢力をそぐ。
タクロスの上の人間がエイイチの女のあのモンスターの様子を伺っている以上は、あの男の行動にいちいち目を向けていかなければならない。エイイチはモンスター側の囮とも思えた。
あの女と繋がっているのだから、葉斗が峰の様子を見ているとなると峰を調べる上で、下手にタクロス側の上の人間達の動きもエイイチ伝いであの女に悟られかねない。タクロスは首をやれやれ振った。
翔はさっきと変わらない視野のまま、視界の中範囲を広げたタクロスも見ずに何度か頷いた。
その頬を火の付けられていない葉巻の手の甲でトントン叩いてから横に来て翔の背後に身体を向けたまま声を低く言った。
「お前の事はこれからも使って行くつもりだ。気に入ってるからなあ。お前、これから日本張らせている奴等の顔のリスト揃えるから管理してくれ」
「邪魔物消すって事ですか」
「寄港場所変える事になって、無駄は消す」
俺は殺し狂いの捨て駒かよ。翔は心中悪態を付き頷かなかった。
「まあ、考えてくれ。サンペギも俺は微妙だって思ってる。まあ、お前に任せるぜ」
きっと、今日一人殺ったのを聞いたんだろう。第一、他の野郎にも俺を始末するような事を出している筈だ。いきなりの話過ぎる。
曖昧に翔は首を頷かせておいて、タクロスは微笑み血の繋がらない弟に手を掲げた。
立ち上がり暖炉横のドアに消えて歩いて行った。
紫貴にこいつらはマークを付けていない。紫貴と葉斗との関係は報告しない事にする。その兄貴が翔をマークし始めた事もまだ様子見で話さない。
紫貴の様子は見ているべきだ。翔は紫貴を信用しているし、兄貴の事で何かタクロスに言う事でダチの紫貴を裏切りたくはない。
だが、マークさせられている話は痛いことだ。
まあ、葉斗がアラブから流すロシアの物資の余所者事に直接目を向けるとは思えないのだが、もしもこちら側が言えばタクロスの最上部のマフィアの人間が出てきてとっとと始末して来る。
翔はエロティカの事は分かってはいなかった。バンドの影の立役者だと思っているだけだ。マスクの下の素顔さえ知らない。
その素顔が、タクロスの所のマフィアが恐れている女だった。
「お前もたまにはやって行くか」
背後のゲーム盤を葉巻で差し言い、翔は首を振った。
そうかと苦笑した所でケースを持った男が戻って来た。玉が適度に転がるビリヤード台では女2人がはしゃいで玉の間にしなだれ座りカードギャンブルを楽しみ歓声を上げていた。
黄金のシャンパンがその女の横で笑うように気泡立てた。
弟は象嵌の施された円卓にケースを乗せて開けた。
白のパケ100グラムが10。そしてフタのクッションスポンジに見たことも無い代物の銃。
翔はちらりと視線だけでタクロスの目を一度見てまた視線を前方に戻した。
その代物を手に取り、タクロスは笑み眺めては翔の肩幅に広げ片足に重心を 掛けた足元に一弾撃ち付けた。彼のブーツの金具に極小さな穴を開け下の石材の何処までものめり込む。倦怠な風なままの翔に言った。
「いい代物だろう。威力は強力、この成りで消音。弾は残らず消えるまで行き着く。鼠駆除に持って来いだ。特に、日本みたいなやりずらい国にはなあ…」
挑発だ。葉斗との事を怪しまれている。乗るな。
始末される前にやる。その考え方ははっきり言えば頭無い。結局遣われるだけで終わる。
こいつ等を邪魔に思えてきた。圧倒的に単独でどこからも脅迫されてマークされたんじゃあやっていられない。葉斗からはダチ使われて身内のタクロスからは銃で脅されている。
今海外に飛ぶ話も出ているし、有利なのは葉斗だ。遠目で見て。タクロスを身内と思うのも間違いなのだが。
翔はただただ態度を変えずに今まで通り、繋がる身内はタクロス、武器を卸している、それだけという状況を通した。葉斗がタクロス同様峰に探りいれている事は知っていそうだと思った。
これでトカゲの身分は分かった。第一、今回こうやってトカゲ無しで単独になったのはわざとの筈だ。この新しい仕事のためか、俺を拷問に掛けて今の状況を吐かせる、それか始末して来る。
レドーを消した事で、あの場で自分が何かがあった為に消されないための行動を取ったと転じて思われても不思議は無いのだから。
「頼んだぜ翔。パケはトカゲにそのまま渡してお前等でいつもの様に小分けしてくれ」
翔は頷き、ケースを持たされた。
赤い蝶
闇に舞ってはひらりと落ちる
月光に蜜を
蜘蛛の巣に掛かり命を奪われ
逃げ惑う
★a hazardous operation★
樫本家の元々の家柄は鎌倉時代、西暦千二百年から続く古くからの御武家で長男英一自身も高校時代から祖父が師範を勤める道場の師範代として武芸達者な武門一族の生まれだった。
体の弱かった父はビジネスマンエリートで、息子にもその道を負わせるために英才教育を推し進めた。だが結局は武道の道からは外れたがらず我を通した。
彼の十八の頃祖父が亡くなると父は息子を黙らせる為に江戸時代から三百年続いた道場をショベルカーで潰し、地下にあった三十本もの家柄に伝わる名刀や、祖父の大切にしていた名刀の全てをオークションで勝手に売りさばいてしまった。
当然道場を継ぐつもりでいて祖父にも大いに期待され死の淵にも任されていた大事な道場を無下に潰され、その事で完璧に切れた。
彼は翌日振り子を持ち出し父親のまだ残る屋敷をぶっ壊し恐怖のどん底へ陥らせメタクソにしてしまった。
その改築増築費用で父親分の遺産分与から全て払わせ、父親を黙らせた。
その為、和と洋の混在する昭和初期から続いた古い樫本屋敷はこの親子の争いで酷い目に遭わされたのだった。
林のある場に元々の道場があったのだが、そのがらんどうになった場を見る毎に怒りがぶりかえすために気休めに林にされたものだった。
樫本英一は女に血道を捧げる事もせずに、現在男やもめだ。
葉斗組随一の討伐心と漲る血潮、鬼神の様な血の気の荒さと獰猛さ、殺傷能力を持っている。
般若総身彫りは色彩鮮やかな、背が般若、片腕細波、胴足腰牡丹の随所に浮き彫りの美しく施され桜咲き乱れ舞い散る荒波の臥えんは圧巻の美しさだった。
兄弟の猛々しくも繊細な様はまるで二面性のように普段は凪を示して低く渦巻いているが、天性の激担当の紫貴と冷静な兄は、花の華麗さ般若の心という様に、其々の中に其々の激と静が混在していた。
紫貴は怒り狂うほどに混沌とした鬼神が闇を支配し、按は襲撃時、激とした中に荒れ狂う鬼神のように鮮やかに猛威を振るった。
人間の心底には必ずしも理性をえぐってくるような、解放してくるような物が存在する。
それは、怒りの心だ。
負の力が引き起こし、心底で渦巻き足元を駆け巡り脳へ到着したと共に全身の激情を引きつれ爆発的破壊へ心を動かし脳を竜巻は、身体を駆け巡り駆け上った龍は脳神経を刺激して電流を流してくる。
互いの心の中で、互いの存在で、激と鎮、光と闇、雅と劣、優と冷、愚と怜、骨と肉、血と魂という様に。
現れた心を受け入れてこそ自分になる。
使いこなせるか、どう利用するか、全ての自分を、感情を。
激竜を押さえる事が出来るか身を任せるか、天至竜の如く昇って行くのか手なずけるのか。
常に物事を問い、般若の如く眼光で実相の真を達観しろ。万象を見極め振り下ろせと。
腹を決めて入った各々の世界を、この道の極み、真実の有無を見極めるのだ。
紫貴はあの数年前の事を思い出て、道行く夜を見つめて立ち止まった。
あの時代、万上組との諍いで紫貴は拉致られ、顔を潰され見せしめの為に葉斗の屋敷の前に打ち棄てられた。幹部達は駆け寄った。
引き上げた紫貴は、頭前方半分……顔面が、無くなっていた。脈が微かにあった。
弟がやられた事を知った樫本は駆けつけ、顔面が消え死にそうな弟を見た。顔を険しく単身万上に向かい万上組組員全てを日本刀でぶった切り両断し組を全滅させた。
猫田が慌てて追いついた頃には、通路や屋敷内は顔半分や肩から上、首や片腕を飛ばし誰もが死に絶え、樫本は真っ赤に返り血を浴び血糊の滴る刀を片腕に立ち尽くしていた。
紫貴が葉斗の腹心樫本の弟だとは知られていなかった。
運ばれた瀕死の紫貴は死に掛けていた。兄貴は自分をずっと背を撫で、気をしっかり持て、大丈夫だと言い続けた。
紫貴の顔面は木炭化していたのだ。横顔が頬骨からフラットに消えていた。眼球も鼻や頬や歯の骨も消え、大きく顔面の骨を欠いていた。残ったのは脳と顎と口角半分で、墨になってた。
生きている方が奇跡だった。
墨化した額骨から残る頬骨の残骸を外し、顔面が横に断面の半分になったのを、皮膚細胞を加え筋肉を貼り肉を付け神経を移植し眼球をはめ、中に巻き込んで行った舌を正常に伸ばし戻して喉頭内を移植して行き顔面と歯、顎を取り付け頬骨をかぶせ、皮膚を移植して行った。
最終的に成功し、命も取り留めたが、その後だった。
なかなか定着しない細胞は顔面皮膚を腐らせただれさせ、それを毎回剥ぎ取って行き新しい細胞をどうにか作らせ続けてはまた剥いでを繰り返した。死んだ細胞を取り続け、兄貴は苦しむ弟を励まし続けた。
来る日も終りの来ない苦しみ、痛みで死ねない、狂叫、怒り、恐怖、苦辛、哀しみ、激痛、夜が来ない、壊死、腐敗、24時間
一年続いた。
ようやく収まると、その時にはすでに顔がぼこぼこの見るに見られず形容しがたい怪物の様だった。
それを二年間を通して整形を繰り返して……総額一億円を要し今の可愛らしい顔を手に入れたのだった。
紫貴に生死をさ迷わせたあの男はあの後、痛めつけた小僧が死んではいなく、しかも樫本が動いた事を知り逃亡し、自分だけ命を免れた。
紫貴の顔面に練りガソリン燃料を満遍なく塗りたくり、そして、拘束したまま火を放った。
自分の両目を焼き消した今でも脳はあの男の顔を忘れた事等、一度も無かった。
トランクをクラブかバーに預けるより隠しておいたほうがいいか。それとも保険で今の状況他に伝えておくか。一先ず隠す。
チタンへ向かった。
その建物の黒ドアの前に匿名希望女がゆらゆらしていて、翔を見るとドアを開けすぐの階段を下りて行き翔も随分後ろを歩いていく。
白のホールに付き無名女と契約でかしたと手を叩き合うが、また相手はパンチの勢いでなんっでやねんって程の死球を投げる狂った投手の如く、鬼神の相のあの懇親激破の糞力にやられて翔はいつものように吹っ飛びぴくぴくなった。
紫貴はエロティカが2人を向き直った方向を見て、にこにこ手を振ってソファーから飛び降り歩いてきた。
「いいかお前等。これは大きな俺達の飛躍、大きな前進だ。我が道に光を差し込んで、大きく躍進する」
未来のため、進むため周りから切り捨てる物は確かに多い。だが、大切にするものだけでも決めておく。
疑うばかりが脳じゃない。見極めることだ。
身内も、連れも、夢も、仲間も、未来も大事な物だ。それに、過去に秘めてきた大事なものさえ道を形成していく。
「今日は祝杯だ。思い切り演ろうぜ」
VOLUME・2★エンドレス★
紫貴は歌詞を繰り返し繰り返しうだうだ言い続けると、ようやくステージに上がった。
全て英語フレンチジャーマニーラテン語ロシアンアラビアンスパニッシュイタリアン……様々を総動員し全ての歌詞一言一言を絶妙に情景にもシンクロさせスクリーム性重視に変える為に綿密に入り組ませガンガンに叫んでいる為に、大体紫貴が何て言っているのかが分からなかった。
日本語訳も連発されるフラッシュの一場面ごとがランダムに流れ込み繋ぎ合わされ、全ては音と言葉の絶妙なハチャメチャさに仕上がりそれが、爆音と激しさが旋律の美しさに変換するのだ。
全体が激しくも流れる宇宙銀河の壮大さに包まれ複雑にも巻き込まれるかの様に。
トカゲはマイドロスパイプから煙がくゆってスタンドに置くとようやくチューバを構えた手をステッキに変えた。
紫貴に連絡が入った。葉斗からだ。
怒涛の音合わせ中にステージから転がり落ち、下にいた鰐に食われた。
スツールに優雅な態で腰掛けていたエロティカがニードルハイヒールで鰐の頭を蹴りつけ口を離させた。
「戻って来い」
「今すっげー良」ガチャッ
「………」
紫貴はスイッチを上げるとブオォン、という音とともに照明がともり誰もがぶっとんで行った。
「俺帰るわ。じゃあなーあ」
「ああ?!本調子出始めたんだろうが!」
「ソーリーソーリーショウちゃん」
「ああああああ!!!」バキッ
ベースが膝で撃破された。紫貴は走って行くと黒金属に紫ラメのハーレーに飛び乗った。翔は悪態を付いた。
「再開なさい。あの悪い子はあたしが後から鞭でしばいて個人訓練ワンマン指導よ」
エロティカのその一言で面々はステージに上りこんでいる鰐を蹴り落として演奏を始めた。
翔はベースが大破したのでのりのりのエアーベースだった……。
エロティカは部下に連絡を送り、影からの紫貴の追跡者を阻止させる。
紫貴は随分遠回りしながら走らせ、全体の様子を見ながら、異変を察知する物の、即刻影や、人々の間に紛れる程ひそかな物だ。
峰組の動きは無い。揣摩逗組が動いている。葉斗組の連中も。
「………」
紫煙を引きつれ視線をサングラス越しに流し反らし、紫貴はそのまま走らせて行った。
「!」
彼はバイクから派手に転がって、前方のサンペギを睨んだ。
翔が危ない……
翔と紫貴が怪しく話し合っていた事を翔の女から聞きつけたのだろう。
紫貴は拉致られて行った。彼を追っていたエロティカの部下は舌を打って状況を報告し追跡を開始する。
紫貴は重厚な黒ビロードシートと、チタンシャンデリアの黒ワゴン内を見回し、その中には翔の女、遊飴も頬を赤く殴られ手首を縛られ鉄マスクを口に嵌められ顔をゆがめ泣いていた。外人2人は紫貴をせせら笑い見てそれを睨み返した。
紫貴はサンペギを剥ぎ取ったヘッドシートで横殴りし鳩尾に突っ込ませ2本のステンレスがサンペギの筋肉の腹と心臓にのめり込んだ。
サンペギはそれを抱えたまま前に倒れ込み助手席の外人は背後の紫貴の小さな頭に銃口を押し付け黙らせ静かにさせ、紫貴は両手を挙げ男を睨んだ。
エロティカは演奏をやめさた。
元々激しくやっているエアベースの翔は演奏してない……。
トカゲは今回のサンペギの独断には関わってはいない。何やら翔を捕まえて紫貴がいろいろ聞き出していたらしいが、紫貴が翔をバイヤーから降ろそうとしていると思い余計な事をするなと行動に移したのだった。しかも、極道がどうとかいう話も聞こえたらしいのだから。
エロティカは上目になり、メンバー達を部下に見晴らせて開口部にガシャンと格子を降ろさせステージ回りも格子を降ろした。もちろんメンバーの知らなかったものだ。
彼女はサンペギやタクロスのボスに問い合わせた。
その男は女の声音で一気に緊迫し、すぐに悟った。
地下ギャングのボス、ジェグリアバン=ベゼガ=デ・リューだ。
「あなたの所の部下は、随分と好き勝手をやって、あたしの機嫌を損なわせているようだけれど」
「ど、どの、」
「あなたが武器と麻薬を日本人に捌かせているサンペギ。いいこと。今その男の拉致している坊やはあたしの大のお気に入りの子よ。輸送船を爆破されたくなければ、さっさとするのよ。手荒な真似は、避けたいでしょう……?」「す、すぐに、」
あそこに睨まれたら一たまりも無い。
男は即刻サンペギを配下に置くタクロスに連絡を繋ぎ、タクロスは悪態を叫んで横の弟を蹴散らし柱にブランデーとクリスタルが舞った。何やらやはりあの馬鹿が好き勝手をやっている。
翔の奴は何をやっているんだ。
なぜ注意していた筈がモンスターの機嫌を損ねさせた。まさか、デ・リューが日本に今いたなんて、これは東京から即刻離れなければならない。
東京湾へ向け黒のワゴンは走っていき、輸送船が見えてきた。
そこで、エロティカの部下は追いつきワゴンの前に停まり、その車内から3人の男が鉄パイプ、ブラックジャックを持ち回しながら踊り出て、だが、事もあろうに輸送船に行かせまいと立ちはだかる男が持っていたものは、ミサイルガンだったのだ……。
船上から一斉に機関銃が多く向けられた。だがそれは、突然の船上サイレンが上げさせた。タクロスから船長も元にストップが入ったのだ。
誰もが振り仰ぐように視線を上に巡らせた。ミサイルガンを向けたまま男は進み、3人は発砲するがそれらはミサイルガンの筒で払われ一人はそれでなぎ倒され2人は後じさり、船長は駆けつけて2人を撃ち殺した。
彼は男に、「行け」と首をしゃくった。男はその輸送船を見て、頷いた。
そして、ミサイルガンを向けた。
誰もが怒り銃を発砲し、くぐもった音と高い音と共に発されたミサイルがそれらの機関銃の乱射と船もろとも、激しい爆炎に巻き込ませた。湾岸に立ち込める雲を一瞬揺らしては赤く染めた。
男がワゴンに入った瞬間紫貴に蹴りだされもろともコンクリート地面に転がり、その横にどんどん船の巨大な破片が降って来る。
殴り合って激しく蹴り飛ばされワゴンに突っ込み、紫貴は飛び起きてミサイルガン野郎に銃口を向けた。
「何者だてめえ……」
「お前の仲間だ。手荒な真似は避けたいだろう。寄せ」
「………」
紫貴は「?!」という顔をして横のもんもんに燃え上がる輸送船を視野に納めながらも驚いた。
「手荒な野郎に言われたくねえよ?!」
「気にするな」
「殺し屋かっ」
「そんな細かいことを気にしているから背が伸びないチビ」
「うああああああ!!」
男は運転席に乗り込むと海上パトロールが駆けつけてきたのを港を走らせていく。
紫貴は滑走していく風景の先の炎上を見て邪魔物ガ一つ減り微笑みワゴンのドアを力任せに閉めると脅されまくった遊飴の所へ行くと鉄の口枷を外してやり遊飴は紫貴に抱きつき泣きついたのをよしよし宥めてやる。
「キレ痔は治りにくいってキャバクラのレレちゃんが言ってた」
「痔にはボラギノール買ってやるから気にするな」
「ちょっと!あの男の真似言わないでよ!」
そうビンタされて「かぴゅっ」と言って紫貴の歯型が全部ポカッと取れて男の後頭部に飛んで行った。それを手で払って嫌そうに肩越しに睨んだ。
「イエ〜イ、ナイスヒ〜ッツ」
手を叩きあった。
「その年齢で総入れ歯だなんて、紫貴ちゃんってば、だからチビなのよ体にガタ来ちゃって」
「んな事言ってると総牙固定して噛み付くぞ!」
「きゃああ!」
騒ぐ2人を乗せワゴンは都心へ戻って行った。
エロティカは連絡を受けると頷いて、既に檻の中でゴングをぶち鳴らして第6ラウンド目、翔とトカゲが無差別格闘を繰り広げ、さっき名前の無い女は既にトカゲに第4ラウンド目で鉄格子の間に頭を挟まれて、何故だか片目だけ白目を剥き片目は半目という不気味な事を気絶して尚もやってのけ、真っ白の顔ででらんと舌を出してエロティカは笑う口元を引きつらせて格子の中を見るごとに真正面からそれを見させられなければならない謂れの無い視野的ある種のカルマに立ち向かわざるを得なくなっていた……。
第7ラウンドに突入してデスマッチは死闘を繰り広げ、トカゲが一本蹴り外した格子でガンガン叩きのめして翔は避け受けしながらガーガー唸り叫び最終的翔がトカゲの肩に飛び乗りその鼻にスティックを両方突っ込んでグガグガやってトカゲは叫び、鼻血を見事拭かせながら気絶して翔が勝ったのだった。
翔は血の付いたスティックを掲げて「ヤェーィ」と言ってけんけんジャンプした。
その一本なくなった鉄格子から身を横に乗り出したがそこにエロティカの部下が来て慌てて引き返し損ねて下に落ち、メリノーとコリデールがめーめーと頭を寄せた。
葉斗が門閥を構える前で、樺木と榛乃木が顔を挙げ警戒して銃に手を掛けた。
だが、黒のワゴンから蹴りだされた紫貴らしきガキは髪型が違うが胴の墨が同じでどうやら普通の混じりけ無い馬鹿紫貴らしく、黒い排気ガスを撒き散らし去っていくワゴンにいつもの騒がしさで追いかけていきバックラウンドを開け突っ込んで行った。
だが、ミサイルガンを向けられ「KYAHHHH!」と黒茶のガウンをはためかせ目を見開き走り戻って来た。
「おいてめえ何だそのぼろぼろのざまは。即刻召集も無視して女とやってる場合じゃねえだろうが」
「俺の女って勘違いされてるが、下手に翔に言うんじゃねえぞ遊飴また俺が口を裂かれそうになるからな」
女は顔をきゅーっと中央に縮めて紫貴や樺木、榛乃木を見上げた。
★LONELY★
『Не Печальесь』TITAN
お前が世間に向き合う時に、硝子の壁越しに見ている。
それがお前のガードだ。一繋ぎの時間
その向こうには水銀がはられている
お前を映し、それは心の鏡だ
だが、映し出される全てが同じじゃ無い。
本物のお前には、この場からは目に見えない本物の壁の向こうに、
他の人間がいるんだ。
鏡の中は目に見える範囲の、悩めるお前だけだが、
確かな事はお前は鏡の前から抜け出せること。
悩みだけを鏡に閉じ込めるわけじゃない。
まだ立ち退くときじゃ無い。
鏡に取っ手をつけて、扉の様に開いて、お前は中に入る
悩みと向き合ってみる
そこは暗い空間で、何も無い部屋になっている。
そうすると不思議な事が起こる。その鏡の扉の中には他の人間もいるんだ。
心の中の悩みを、鏡に反響させて同じように向き合った人間達だ。
そいつ等が、同じように扉開けて、闇の壁に銀の光りが差し階段を下りてくる
アチラからは鏡が見えるのに、
この部屋からは同じように悩んでいる他の人間は、
入ってこなければ分からない
悩んでいる人間は一人じゃない。多くいるという事だ。
その顔ぶれの中にはお前の友人もいれば、知人も、人生の先輩もいる。
自分より前からいた人間、新しく入って来た人間、
己と向き合うことは、他人の心にも向き合うということだ。
向き合わずには始まらない
生れたときお前は一人じゃないし、死ぬときもお前は一人じゃない
生きていくうちで独りのときでも感情がお前に寄り添っている。
生れたとき大きな母の愛情がある。包み込んでくれている。
死ぬときは共にお前の失う世界も死ぬから一人でじゃ無い
独りだけ苦しんでいるかもしれないがよく見ろ
他人からのガードの壁ってのは、透明だ
人の心に触れて開いてみろ
お前達が好きだ
そう言い聞かせてるわけじゃ無い
俺の目はある一点に注がれて離せない
お前達がまっすぐ生きていて好きだ
セクシーに踊るお前
金色の酒手に笑い合うお前
余濁に昂じる顔が並んでいる
恍惚と笑んでいる
決して安易に投げかけない
しがみついてるお前達に失礼だから
風に生れた物の行く末を、お前の心でせき止めるのでは無く
潤滑にするんだ。
流れ流れさせて地球を巡回させてやるんだよ
風通しを良くするんだ 今すぐ
“悲しむなよ”
ぶち当たった硝子の壁なんかぶっ壊して割っちまえ
弾丸で粉々に激しく割っちまうんだよ
出来ないなら
そんな物ぶっ壊してやるよ
俺が風となって全身で突っ込んでいってやる
そして今すぐ、一人で悩んて来たお前を抱き締めるから……
★ゴンザレス★
モリオンを被った、名など無いと無言で言い張っている女は、白熊を逆に『仰向け』にさせた上の重厚なスツールに座り、広げ立てた両膝に肘を掛け足首を交差させ黒マニキュアの3個程剥れている爪の足を交互に上げ下げしながら覗く口元だけぶすっとし手指を交差させていた。
気に食わない事があるといつもあいつはモリオンを被る。無いよりはましな意思表示だった。それを翔もトカゲも感じているから尚の事良かった。エロティカは意にも介さず足を組み替えた。
「これからの商売の金の入りが一つ減ったって事かよ」
「俺まだ借金返してねえんだけど。お前返しておけや」
「あんで俺がてめえの借金なんか」
タクロスに連絡を繋ごうが、安全に不明だった。何があっていきなり消えたか知らないが、エロティカが手を回しておいたわ。とだけ言った。
「大滝はどうする」
「そのまま海外進出までを進めさせて頂戴。いい? 得な方向を考えるのね。海外に出ればあたしが峰よりも良い条件の仕事を幾らでも用意してあげる。完全に奴等とも手を切ってね」
「何者かもわからねえってのに信用出来ねえなあ。え?」
その彼女の目を間近で睨み見てトカゲは、微笑むアイマスク越しのそのサファイアカラーの瞳に一気に纏った威圧感に気おされて、背筋をぎくりと伸ばした。彼女は重厚なゴールドの髪をいつもの様に手の甲で返していつもの雰囲気に戻り言った。
「何をやらせた上で見切るのかわからないと思って? それならば、上に着く人間が峰だとしても変わらないんじゃない」
確かにそうだった。
「決まりね」
一方的に話を終わらせ、トカゲは肩をすくめて賛成しておいた。
峰を外したがっているから、このエロティカが紫貴の言っていた葉斗と繋がるという人間なのだろう。
一切正体は分からない女だが、前から力に着けて置いたほうがいい、敵に回さないほうがいい、それは分かっていた女だ。
「だが、峰は組織だぜ」
「だって、あたし達の方が力を有しますからね。せっかくの話、あんた達を思う存分使わせてもらうわよ。お互いにいい話だわ」
いずれはトカゲにも葉斗の事を話してうまく峰と交渉させる。事実トカゲはスマートに打算して自分の第一の利益を考える人間だから、葉斗の話を出せば転がる。
★アニマルズ★
遊飴は大笑いしては、、けらけら笑っていた。
鶴を撫でて羽根を広げえられてはキャアキャア喜んでいた。変な感じの名前だが、本気で両親がそう名づけた。
「ねえやばいんだけど紫貴〜!なんでこの家って鶴とか飼ってるわけ〜?!すっごい可愛いのかどうなんだかわかんな〜い!亀は亀!象亀!ねえどこかにいるんでしょ〜?!見て見てこの岩亀の形してる〜!めでた〜い、つキャーッッツ!!」
遊飴はいきなり低い竹林の中に隠れていたムササビを見て、怒鳴り叫んだ。
実は余り知られていないのだが、この葉斗屋敷の中でも一番巨大なこの庭園には豪の飼っている鶴や錦鯉、実際にいる亀以外にも様々な動物が生息していた。猫などは4匹いるし、アメリカリスは無数、飛んで行ってしまって何故か時期になると帰って来るフラミンゴ達や、立派な赤松の枝にテナガザルとナマケモノ、ツチノコ……、何故そんなにいるのかと言うと、これにはわけがあった。
紫貴が連れてきてしまうのだ。一度など、ナマケモノなど抱っこして普通に帰って来た時には頭は目を回したのだが。
イサはけらけら笑っているし、樫本は弟を叱りつけ猫田は怒鳴ってテナガザルがもしも頭の鶴に攻撃したり凶暴なアメリカリスが錦鯉を威嚇し襲ったらどうするつもりだと怒鳴る。
時期になると立派な書院造りの葉斗屋敷から何故だか不釣合いでピンクのフラミンゴが上がったり飛んできたりなどする毎に近隣の家々は誰もが振り向いて、幻覚をみさせられた気にさせられた。
「きゃあ水牛がいる〜!」
遊飴は綺麗な牛車の置かれた隅の京の都風コーナーを見つけ走って行くと、その牛車の簾を開けて中に入って、その中には一人掛け以外にもステレオ、テレビ、赤の紫の照明、ミラーボール、鞭、犯罪者のコーティング生首、マネキン、機関銃、所狭しと置かれ掛けられていてきっと紫貴の狂の部屋だろう。レコードを掛けてからそれに乗りながら出てきた。
遊飴は上り始めた太陽の方向を見た。
しばらく、見つめていた。
彼女は黒いロングをエレガントなパーマにさせて黒のレースビスチェを皮紐でぎゅっと締め付け、ワインレッドのふりふりミニクチュールの連なる紫ビロードのスカート下から覗く黒レザーのTバックのケツに片方に葉巻を咥えフェードラを被るスカルと、片方に蔓薔薇で彩られた拳銃が向き合って彫られていて黒レースのレッグアームからは網タイツの足先に黒のハイヒールを嵌め、耳に異常な程たくさんのシルバーアンティーク十字架のピアスをじゃらじゃら揺らし、頭には海外警官キャップを乗せてはキャーキャー飛び跳ね騒いでいる。
「これ欲しい〜!これもちょうだいあれもちょうだい!わあこれも〜!このリス可愛い〜!アナコンダの餌に丁度良い〜!」
顔は冷めた女風なものを、派手な顔造りとぐるんとした睫にレッドピンクのグロスルージュ、赤いアイライナーをしていて、彼女はガンガンの曲に体をくねらせセクシーに可愛らしく踊りながらも遊んでいた。
その遊飴は足元に転がる紫貴に呼びかけた声のする方を振り返って、頬をピンクにしてしゃがんで膝を抱え紫貴に囁いた。
「ねえ。かっこいい人ね。屋敷主人の秘書?」
「(気絶中)」
「ちょっと。気絶の振りなんかさっきからしてないでよ!」
そうばしばし頭を叩いて、紫貴はうなり目を覚まして水牛が背から下りた。
「え?だんだって?」
「だーかーら、彼、秘書秘書。あのボディーガードみたいな恐いおじさんの横にいる若い方よ」
紫貴は顔を傾けて、屋敷主人である頭の横に立つ、鋭利な目で恐いおっさん檀城と、その隣に立つ若い方、自分の兄貴を見てから遊飴を見て地べたに転がっていたのを四つんばいになりまた水牛に角で池に落とされ浮いてはギャーギャー騒ぎ、朝の帳をぶち破った。
葉斗屋敷はそれらしい表札を門扉に構えていない。遊飴は大金持ちの家で、あの渋い屋敷主人を見るに、お能だとか、茶道、雅楽だとかそういう系統のお家元と見た。だが門下生を見るからに、武道系だろうか。
樫本に色目を使って思い切り遊飴はバチッとウインクして、樫本は瞬きして口をつぐみ、頭と檀城は樫本を見た。彼は何も言わずに首をやれやれ振って歩いて行き奥へ消えて行った。その背にハートを飛ばしキャアキャア言って遊飴は騒いで追いかけて行ったが、既に、消えていた。
「も〜!」
遊飴は屋敷とさっきの男の探索に入った。
樫本は自分の分け与えられた仮眠部屋に来るとシャツとスラックスを脱いで、横一列の閉められた障子からは暗い朝日と樹木が影を描くのを背に丹前を肩に羽織って布団に片胡坐し煙草に手を伸ばした。
遊飴は廊下を歩いて行き階段を上がって狭い廊下を歩いて行った。適当にその廊下を歩いて、障子から灰色の影がこの時間、銀の朝日と共に影を作ったから、遊飴は上目で微笑んで、思い切りその障子をバンッと開けた。
樫本は目をざっと大きく開き膝手を付き横の日本刀を手に突き付け、瞬きしてから開けた口から溜息を付いて刀を下げた。
ビックリして飛び上がった。
「なんだ一体」
「もう!あっぶないじゃない!」
遊飴はくびれた腰に手を当て腰を落ち着かせた樫本を見てにっこりした。
「ねえあたしも眠いんだ。さっきまで騒いでてさあ。一緒に寝よう?」
「冗談はやめろ。出て行け」
「ねえあたし遊飴。遊ぶ飴って書くんだけど、紫貴が言ってた。英一って兄貴なんだってね!」
「呼び捨てにするな」
遊飴は肩を縮めてにっこり笑い横に座った。
「奥さんっているの?ここで同居?」
「いない」
「本当?!」
「他の部屋用意させるから」
樫本は勘弁してくれよと思って彼女の腕を引き立たせて背を押した。
「ねえ。その刺青凄いのね!」
でかいきらきらする上目の瞳でにっこり見上げて抱きつこうとしたが、あっさり避けられ目の前で障子が閉まった。
「英一〜!」
樫本は無視して1時間の仮眠へ入って行った。
紫貴は迷子になったのだろう遊飴を探し回っていた。
「ったくあの派手なのがどこ歩いてやがんたったくやあ!屋根の上でも歩いてんじゃねえのあいつの事だから!」
キャップはさっき拾って自分で被っていた。
中の庭、『静』『動』『涼』の中の『動』の回廊から顔を覗かせ屋根の上をみたが、テナガザルしかいなかった。
紫貴は兄貴の部屋の障子をあけて、ビックリして兄貴の背を思い切り蹴った。丁度抱き寄せた遊飴は額を打って、樫本は前髪をかきあげ肩越しに紫貴を睨むと罰が悪そうにフイっと顔を背けた。紫貴は怒鳴り散らして遊飴を叱り付けた。
「ちょっと邪魔しないでよ紫貴の馬鹿!」
「何でお前が大胆にも兄貴の部屋にいるんだよ!え?!」
樫本は首を振って時計を見下ろし、布団に転がって紫貴に遊飴を追い出させて1時間の仮眠に入る事にした。
「え!ちょっと!紫貴のせいで眠っちゃったじゃない!」
紫貴は遊飴の首輪の後ろからぶら下がる重厚な鎖をぐんぐん引っ張って行って遊飴は駄々こねて叫びずるずると連れて行かれた。
「俺今から病院に行くからお前一度部屋に戻れよ」
「ええ〜あたしも着いていく。若返りのくすり貰ってくるんでしょ?」
「精神科で脳みそ手術するから時間かかる」
「やっぱりー?」
「があああ!」
「きゃあああ!」
紫貴は送られてきたハーレーに跨り後ろに遊飴を乗せて走り出した。
「おいマジで兄貴は駄目だからな。それにあの屋敷も駄目だ。『家元』は家紋を厳しく置いていて女に現を抜かし修行に邪念を入れる様な」
「あたしが邪念?なんだか小悪魔的言葉」
「翔に報告するぞ〜」
「え、だ、駄目、駄目駄目駄目!お願い紫貴ちゃん!言っちゃわないで?」 「仕方ねえなあ。あいつマジで浮気にヤベエからなあ」
「そうよそうよ!」
遊飴は肩を小さく同意して、紫貴は朝日に溶けそうな中、ハーレーを間延びし走らせて行った。
★センチメンタルズ★
昼時。
紫貴はスタジオへのレコーディングの為出る事になっていた。
イサ姐に頼まれ頭の娘、零姐の未来の旦那名義の元ムエタイチャンピオン文大吉が頭に気に入られるべく共に3時までに一仕事する事になった。
2人は青空の下、紫貴の愛車のバギー、ワインレッドのワイルドなTXTRIPPERに乗り込んで、進んで行った。
「おっさん菓子くう?」
「食わない」
「オッズの店の菓子は50パーセント信用出来ねえんだ」
「誰だオッズって」
「デブ店長」
「知るか……」
紫貴はベルギーやヨーロッパだとかアメリカから仕入れてくるオッズのレトロな輸入菓子店の大ファンだが、何故信用されて無いのかと言うと、裏で菓子やチョコレート、色とりどりのキャンディーやラムネに紛れてアムステルダムで製造されているドラッグ入りの菓子の内容に格差が大きいからだった。
ランクによってラベルのカラーが違うのだが、本当の種類が入っていなく偽りの表示だと噂立っている。
薬の原産地もかなり偽っているらしく、キャンディーやチョコレートの包み紙の中に紛らせて包んである弾のセロファンを捻ると違う種類や口径が入っている事が多い。それに30パーセントが元から期限切れのヨーロッパ菓子を現地の裏で安く仕入れて賞味期限シールをはがし売っているらしく、第一、大盛況だった。
その店もまたロマンティック豪華絢爛なつくりで概観も遊園地のおもちゃ屋宮殿そのものだ。あれこれ手を尽くすものだから既に大掛かりな店の建築に掛けたローンは払い終えていた。
オッズは巨漢で巨漢で巨漢の為に、豪い太っていた。
オッズは巨漢なポルトガル人で、日本に来て10年目になるらしい46歳だ。妻がグラマラスなコロンビア人で、いつも機関銃と煙草の、冬でもランニング女で、だるそうな瞼がたまらない美女だ。いつも札の数え事をしている。
馬鹿みたいなごてごての店に来る客というのは割と女の日本人というもので、そんな大盛況の裏でそこら辺のバイヤー達と繋がっているオッズはある程度の幅を利かせていた。
だが強盗被害を受けやすく、よく金銭や品をごろつき達に奪われると大体は華美な店内を妻の散弾銃の弾が走り紫煙と煙硝が曇り、そして大体はオッズの巨漢で肘鉄し潰され死ぬので、月一催される『オッズの国のお菓子パーティー』はいい加減期限切れの菓子を一人悪魔の様な量食わせられる後の強盗に入った煙草の味しまくりで刺青も見え隠れし稀に散弾銃まで混入したままで歯をやられそうになる人肉BBQで処分されるわけだった。
紫貴はオッズの店に強盗に入った事は無いし、武器も組員だと足が付くような葉斗で卸す物は一切使わないように気を付け、だいたいは信頼する翔から買っていた。菓子は食っているのだが。
翔はというとオッズの店で取り扱っている品には難癖をつけていた。商売敵でもある。エロティカに目を付けられたためにもう無くなった商売なのだが。
今回の事で、今までタクロスの下で動いてきた翔も、バンドを進めていく上で葉斗かエロティカのやり方に変わる為に不満も出ると思う。そうは簡単に、決めてきた掟は変えられないしまだ輸送船をやられたタクロスのボスの国は動いている。海外に出た後にいちゃもんを着けてくる筈だ。
今まで甘い蜜を吸って来たのだからその恩返しを葉斗にしてもらおうかと。輸送船を良い様に爆破してくれて、こちらにも損害分の利益をよこせと。
トカゲは元々移り気な分、逆に割りとどこにでも臨機応変にすぐに溶け合う質だから問題無いと言える。どことでも繋がり、どこにでも移っては棄てていく。こちらも捨て駒にしやすい。
「そのフンボルトウーリーモンキーは誰だ?」
トカゲはベランダテラスのラウンジソファーから顔を挙げてそう言い、巻き葉を弾き飛ばした。
「お?どこかで見たなあんた」
「さあ、俺は初めて会った」
「トカゲだ」
「大吉だ」
ベランダの柵の横から出てきて下に下りると紫貴のバギーの中を見た。
「翔と女は」
「翔は現地集合」
「女は」
「迎えに行く」
トカゲは相槌を打って、助手席付きのバイクに跨りゴーグルを下げた。
「実は、一仕事して行きてえんだ。その後にゴン子の所に向かう」
「あ?」
エンジン音が低く唸っているのを、紫貴に顔を向けた。
「何の関係だ?」
巻いた葉に火をつけて目を細め見た。
「揣摩逗組の事分かってるだろ」
「ああ。最近堅気から金取ってやがったって流れて来てる」
巷ではそうなっていた。葉斗組の赤松、紫貴達の身内が裏切りを犯して敵対する揣摩逗の名を借りその店を使っていたからだった。その赤松が金を取っていた所の人間張本人が被害者を装って赤松や裏方の人間と手を組んでいたんじゃないかって話が浮上したために探りに入る予定だった。だがそれをトカゲにも悟らせるわけにはいかない。
「強請りに行くんだよ。峰の下っ端繋がりとして様子を探る程度にな。発破掛けて動かす」
「なんだと?お前、俺に犬に成り下がれって言うのか?」
「いいや?犬じゃねえ」
「ハッ、御免だそんな役回りは」
「大丈夫だ」
「エロティカの口か?」
紫貴は上目で口の両端を妖しく引き上げただけだった。その顔を見下ろし、鼻で息を吐いた。
「峰に話が行く」
「少なからず奴等も様子伺ってる筈だぜ。それをどういう事なのか手柄掛けて来るんだよ。もしも何か困ってるようならこの多角化を極める中恩も売っておきたい峰は新企業でもあるんだ。お困りの所我々が加勢して力貸しますよってな」
「峰と揣摩逗を引き付けるなんて、妙案じゃねえぞ」
「動かすんだよ。峰だってどうやって揣摩逗が海外進出している堅気と手組んで金問題に発展したか知りたがるだろう。まあ、本当に手を組んだ上で発展した問題かはまだ不明だけどな」
揣摩逗との関係も完全に切って檀城の面子も回復する必要もあり、峰が何か下手に探るようでは葉斗との関係や今の問題がばれて兄貴もやりづらくなる。 そこをうまく調整させなければ。事実関係を白黒はっきりさせる事で。
「動かすって、一体どうやって。峰と揣摩逗に何やらせてえんだ?」
文に聞いても彼は肩をすくめ、また紫貴を見た。
「金持ちにあの揣摩逗組が本当に手、出してると思うか?」
逆に紫貴はそう投げかけ、トカゲは肩を軽くすくめた。
「さあね。俺にはわからねえよ。やり方が違うとは思うけどな。紫貴、お前何か企んでるのか?」
「別に。今の現状の真相知りたい興味本位以上の事だ」
「首突っ込むのはそろそろやめておけや」
そういうわけにもいかない。イサ姐の店がけじめでもしかしたら潰されるかもしれないのだ。あの質悪いホステス・ランが糸を操っていた事で他の組の面子を潰したとあっては。それに、金を取られた所の会長も許さない筈だ。
「今やもう俺等にはエロティカが着いてるんだぜ。恐い物なんかあるかよ」 「フン、でかく出るなよ」
「俺達はしがないミュージシャンでしか無かった。お前なんかちんけな麻薬売って峰よ様子伺いして」
「おい俺に喧嘩売ってんのかよ」
「いいか?ここででかくはったり掛けて俺等で出ておくんだよ」
「危険だ。ここで出る必要なんか無い」
「いいから大丈夫だって」
「お前の大丈夫が全く安全性ねえって事も分かってんだが……」
「をーえ、信用されてねえんだ大吉っちゃん」
文は両眉を挙げて首を振ってからトカゲを見た。
「俺の道場は初代師範の時代に揣摩逗に関わりがあったんだ。まあ、もう20年も前の埋もれた時代だけどな。俺の若い時分だ。それに頭も変わってる。だが古い好で何か峰の話位聞くかもしれねえ」
文も必死だった。さっき随分紫貴に脅されて道場と弟子達を掛けられたのでは。
「まあ、話聞くだけだぜ」
トカゲは助手席に革の袋を放って走らせて行った。
峰組事務所はある打ち離しの建物だ。
コンクリートに囲まれた空間は擬似的な黒シルクの垂れ幕が窓の無い壁を飾り、2段ドーム型のコンクリート天井からは黒で蝙蝠の様なシャンデリアが吊る下がっているが照明機器ではない。
その下の、いつもの黒アイアンの円卓とチェアセットに大滝とトカゲが座っていた。モルタルの上には毛の長い黒猫が金色の目をして歩いていて、、ボスの情婦の猫だった。
その情婦は大滝の実の姉でもあり、彼女は壁際、ガラス質と黒樹脂に影色の蔓薔薇模様の横長ローチェストの上に黒シルクのクッションを置き横たわっていたのを体を起こし微笑んだ。
黒シルクを纏ってシルバーを付け、黒のレース扇子でゆるく胸元を扇いだ。黒シルクのロンググローブの手腕も、目に嵌る、肌が溶かされた為に付ける黒アゲハのアイマスクも、スリットから覗く長い網タイツの足も腰周りも実にスレンダーな造りをしているが、まるで黒く痩身なエロティカとは姉妹の様だ。色気は種類を別に、艶っぽく鋭く持っている。
片方の黒い長睫の厚い目も、灰色の石の嵌るシルバーも、黒にしか見えないワインレッドの唇も、視線も、全てを寄せ付けずにそして惹きつけても来る妖艶さだ。エロティカが太陽妃なら、この女は夜の雫の女神の様にどちらも美しかった。
「要はその金持ちが揣摩逗にそう言った貸しがあるのかを、企業拡張話に紛れて聞いて来いって事か?海外事業に手を伸ばすのを円滑にしてくれるなら問題起こした揣摩逗とも切れさせてやって警察の目も欺かせてやるって事を」
その金持ちというのが、本当に共犯なのかを探るには関わりは無いと葉斗が見ている揣摩逗の名を出して少しでもぼろを出せばいいのだ。
焦るほどに関わっていなく、そして赤松とは共犯の可能性が大きくなる。なかなかそうは顔を出さないと思う。
「どうやら、調べじゃあ葉斗勇が動いたらしいじゃねえか。ド派手にな。今回の事うまく行けば、葉斗に大きく打撃与えられて貶める事が出来るんだろうなあ」
「揣摩逗は葉斗に大きく打撃与える為に金持ちと手を組んだんだよ。それを俺等も加わるって事よ。揣摩逗に手を伸ばして手助けだ」
「今、俺達は手始めにお前等が先頭切る局の買収をしようって時に、他に手を回す余裕はねえ」「欲しく無いのか?手立てだよ。品川商事は巨大な企業だぜ。寝ぼけてる俺の女は知らなくても俺でも話は知ってる。俺等にとってIT機器は欠かせない商売道具だ」
大滝はトカゲが眉を挙げ促したのを、組んでいた腕を解いて、背後を見た。
「お前も来い」
起立していた部下一人を指名してから大滝は筋肉質でがたいのいい洒落たスーツの体躯をいつもの様に身軽に立ち上がらせた。
「揣摩逗に話聞く事はやめておいた方がいいだろう。今、陽陣組が多く押さえているチェーン店のグローバル化を条件に契約を結ぼうって時に他との接触は避けたいからな」
盗聴器を聞いていた紫貴はにっこりした。兄貴が知りたがっていた条約内容だ。
「スタジオに向かうまでに時間がある」
「アポなんか今からじゃあ無理だ」
「その金持ちには刑事が付いてる頃だ。それを遠ざけるには、俺等には紫貴がいるんだぜ」
「フン、引き付けておく内に聞き出そうなんて、警戒されるに決まっている」
そう、スーツを引っ張って歩いて行った。
「あちらさんは警戒するも何ももう動いてんだぜ」
「確かにな。だが」
大滝はトカゲに言った。
「葉斗が関わっている事だ。俺たちはあの大御所に睨まれる言われは無い。様子伺って葉斗勇の件に関して探り入れ様ものなら勝手な行動とみなされて目を付けられる」
「びくびくするなよ」
今更話を窺ってくる大滝を見下ろした。
「国内のやくざ如きにびびってる様で海外ギャングと手組んでいけると思ってやがるのか?」
そう言い歩いて行った。
トカゲは、タクロスが最後に言っていた言葉を一度思い出した。訝しく思う事があるのだ。葉斗の行動や組員には何かがある。裏がある。
葉斗組の守護神、樫本英一という男が昔、若い頃はアメリカのギャング出だったとかどうとか言う信憑性も無いささやかな噂もある。
海外のある系列の上ではそういう噂が実しやかに流れているのを掴んだようで、なにやら彼の大学生時代の金融ビジネス科で留学していた裏で、犯罪者人権オークションを開き、違法地下リングを形成し無法者共の隠れ蓑にして金を儲けていたらしい。
日本へそのまま持ち帰りそのファイターから中国マフィアにボディーガードを売りさばいてたとかどうとか、嘘か本当かも不明な噂だった。
今もそのギャング系統の繋がりがあるのでは無いかとタクロスは見ていたようだ。
今一どこかやくざ者に見えない風の男だが、あの質は完璧な仁義の元動いている様に思う。
紫貴は駆け抜け刑事を威嚇して、彼等は怒鳴り追い掛けカーチェイスが始まった。
赤松にターゲットにされた品川グループの会長は今回の事で入院し、孫はそそのかされて赤松に金を良い様に取られ、社長は顔を大滝に戻し、苦虫を噛み潰した様な顔を更に神経質な物に変えてからアーム掛けていた両腕を広げ、座りなさいと落ち着き払った声で促した。
大滝は峰の表向きの社名、大成エンタープライズという肩書きの名刺を渡した。
「そういえば、あなたの息子さんを最近見かけましたよ」
「警察の人間なんかにうろつかれるから、全く物騒に思われて仕方が無い」 「起きた事件も起きた事件。大変な事でしたな」
「物好きもいるものだ。今回の事でただでさえ社は一部から不振がられているというのに、その我が社と関わりを?」
「ええ。起きたことはあくまで息子さんの事だ。我々事業自体には関係は無いでしょう」
大滝がそう言い、社長は「変わった人だ」と言ったのを続けた。
「もしよろしければ何やら起きているその事件関係を手助け致しましょうか。あなた方の社を今回の様な事で不振がらせるのは我々としても辛い」
社長の目的は精神疲労による会長の不在だ。
400億の遺産と20億の保険金額、それに会社資金2兆で金全て自由に出来会社を塗り替えられる。そして長年計画してきた事業2つを興せる。
その会長の敷いて来た企業選定を一度落とさせ、社長自身の繋ぐ事業に塗り替えやすくし社風を変えるべく今はまだ動いている時だ。
「あなた方は歴史も浅い全身的新企業と噂をお聞きする」
「ありがとうございます」
「だが実態をしらないのだが」
「ご存知の通り、我々は資金ばかりを有しまだ会社を興して日が立たない。今は他社にそれを使い融資をする傍ら、資金の上がり次第、興す企業内容を追い求めている段階でもある。力を持つ貴社と是非とも関わりを持ちたい所だ。今、何か分野を伸ばそうとお思いならば特にねえ」
「企業によれば、我々からの融資も求めて?」
「ええ」
大滝は目を光らせてみせた。
「実は、いろいろな『繋がり』はありましてね。もしも今の事件を鎮めたいのならば、手を貸すよう、こちらで言うところに言えますが」
「………」
「まあ、刑事なんて用件も済めば自然に引くと思うがね」
その分、ガードも消えるというものなのだが。
「いや。結構だ」
社長は立ち上がり、後ろ手で手を組んだ。落ち着かない男だと大滝は思いながらも顎を上げその背に言った。
「どうやら、ヤクザ揣摩逗と噂になってるらしいじゃないですか。そこの情婦と息子さんが駆け落ちでも起こしましたかな?」
社長は身を返して大滝を見ると、また戻って来てソファーの背に手を掛けた。
「我々は名を使われただけだ」
「そうですか」
「馬鹿息子が手をつけてね。汚されたんですよ」
その目にちらりと感情をうかがわせた。潔癖の目だ。余興を一切軽蔑する目だ。
「揣摩逗と手はいずれは切りたいでしょう」
社長は眉を挙げた。
「元々関係は無い。どういう事で倅が揣摩逗に何の関わりがあるかは今刑事が聞いている所だ」
それは事実、関わりは無かった。揣摩逗はあのランに名を使われただけ。葉斗を目の敵にさせる為か。
様々なカラクリを、葉斗が気付き始めているだろう事が問題だった。もしも大滝の言うその横の繋がりが葉斗関係では彼は警戒しなければならない。
「きっと、お力添え出切ると思う。我々が海外に進出したい旨は強いんですよ」
社長は警戒した。いろいろ探ろうというのか。仕組みを。
「どこと繋がって?まさか、あなた揣摩逗の人間じゃ無いでしょうな」
「いやいや」
大滝は立ち上がり社長の横まで来た。
「もしかしたら利害は一致していますかな品川氏」
「利害とはどういう話だ」
声を潜めた。
「あなた、もしかして潰したい所がおありなのでは?」
「何の事だ」
「我々もそうなんですよ」
「我々側は利害も何も無い」
「葉斗をね」
社長は眉を潜め、大滝のよく剃られたスキンヘッドのサングラス顔を見た。
「話が見えん。なぜ一企業がヤクザを」
「我々も潰したいからだ」
「君はギャングかヤクザの人間か?」
そう、上等なスーツを着こなす大滝のがたいの良い図体を見回した。口端を上げ際真っ白の歯が輝き覗いた。
「さあ、私はただの企業内の交渉人だ」
大滝は、ただ、と続けた。
「手をある程度強行的に下せる手はずは整えられる身の上の関わりはある。それだけですよ」
「まだ力も安定しない企業に繋がりを持つつもりは無い。帰っていただこうか」
大滝はもう一度口端を上げた。
「また来ます」
そう身を返し歩いて行った。
社長はいぶかしんで低く唸ってから目を細め、今の状況には自分の立場の不安定さも事実抱えているのだ。
今回の事で動き始め、繋がりに危ぶむ場面が出てき始めた事。この大成が好きに放っておける様な場なのかもまだ不明だ。これから協力者になりうるのかも。
「待ちなさい」
ドアノブに手を掛けた大滝はその声に身を返した。
「なにか」
社長は同じ場所にいて苦虫を噛み潰した顔をしていた。このままではあの顔が映ってしまいそうなほど苦い虫を噛み潰してしまっている様だ。
それほど、今焦っているという証拠。
「どういった方面で海外に手を伸ばしたいのかだけは聞いておこう」
大滝はスーツを引き、口端を下げたまま戻って来ると再びソファーに座った。
「いろいろな方面を考えている。それをこれから絞って行く予定だ。まずは金融。大手ファンドと手を結び投資信託企業を立てる。大手企業の自動車ブランドと手を結び多くの技術者を送る。北京と契約を結ぶ建築会社との交渉で我々も資金投資に参加するなど」
「そこまでの資本金があるのか」
「ええ」
無い。はったりだった。今から本格的につけて行くのだから。
「その裏にヤクザがいると?」
「手っ取り早いですからね」
「………。ヤクザ者などと手を結ぶのは企業を最終的な破滅へ導く。奴等は取るだけ取って行く。契約を破棄すればいくらでも汚い手を使って来る」
「その分夢は見れるでしょう」
「馬鹿らしい」
だが社長はこうも言った。
「恩は売りたくは無い。だが手っ取り早いというのはな」
「お馬鹿な息子さんを持って嘆かわしいですな。警察の手などいくらでも排除できますよ」
そう片眉を挙げ口端を挙げ言って組んでいた手を一度広げた。
社長は息子だとか警官や、それどころでも無い程にこれは相当お急ぎの様だ。社長から言わせればそれもそうだった。
「我々が恩を売って置きたいですからね。手を回させましょう」
それだけ言うと社長室から出て行った。
ドアの外で手を前で組み立っていた黒服にサングラスのトカゲはその後ろを歩いて行った。
帰って来た大滝はBMWに乗り込み走らせて行った。
「どうだった?」
「どうやら、揣摩逗の奴等とは手は組んでねえらしい。なにやら他の目を気にしていた様だ」
紫貴は雑誌をめくって足をぶらつかせていた。ランや赤松と手を組むというアメリカ者と手を結んでいるのは品川社長?
イサ姐の客の品川会長がこの今の状況についてどう考えているのかだった。
★サンダーズ★
自分の名前を忘れた女は革パンと黒の皮ベストに着替えたサングラスのトカゲの助手席に、曲げた両膝に両肘を乗せ手を組みアメリカン国旗のヘルメットとグラデーションサングラスに黒革ショートパンツでビキニの白い肌の骨の体で進めさせて行った。元々日本語は喋れないから喋らなかった。
自分でも声が出せるんだか出せないんだったかも忘れた。
どどどどどどどどどと進んで行き紫貴はトリッパーを乗り回し瓶を煽ってはしゃいでいた。
翔は局前のベンチに腹を上に転がって鳩につつかれている所だった。
「おうお前等!」
翔は手を挙げ鳩は飛んで行った。
ベースを肩に掛けなおし大滝を従えバイクを置きトリッパーを文大吉に任せ入って行った。
「調子はどうだよ。俺は最高」
「おうよ」
「でかくかましていこうや」
「よっしゃあ」
彼等はスポンサー達の待つスタジオへ進んで行った。
「エロティカはこなかったか?」
「今頃寝て……うおっ」
言いながら開けた翔は見回した。
濃いブルーピンクと紫の光りに充ち混沌と侵食され、他は闇か黄金だった。スタジオ内のスタッフは全員エロティカの色気に女もろともやられてしまっていた。
「ハアイボーイ達」
写真を撮ろうとしたカメラマンの顔面を掴み床に叩き付け、「顔は出さねえ」と言い、紫貴はにこにこして入って行った。
「全てのチタンの機材は運びこんだわ。万全よ」
しっかり声も入れるライオンも首輪に繋がれエロティカの横に鎖をもたれては激しく吼えたけった。豊満な体を胸元とグローブ端が開いた革ドレスに包まれて革のロンググローブの手に持つシャンデリアの雫の付いたステッキでライオンの顎と鬣を撫でてからアイマスクの色っぽい目で妖しく微笑んだ。
チタンカラーに脱色されたライオンは落ち着き払って興味もなさげに組んだ腕に顎を乗せ横目で流し見て来て銀色の目を閉じた。
「思う存分やって頂戴」
怒り狂った様のピアノがガンガンヒステリックに叩き打ち弾かれて、麻薬の様に空間が駆け巡った。
夜、紫貴はゼブラナへ怒鳴り入って行くと自分の兄貴が今日はいない事を知り、ショウの所に来た。
「なあ今日最高だったじゃねえかお前。明日早速ジャケット作りに入るからよお。分かっておけよ」
「そのレコーディング、どんな感じだったの?」
「まあいつも通りにこなしたぜ俺達だしなあ。アンタにもレコードプレゼントしてやるよ。今までのカセットとかライブものより集音も出来も格別に鮮明で鮮烈だからさあ。まあ、一番はライブに来る事だけどな」
「出来ないもの。だって、あたしが演っているんだから」
そうショウは可笑しそうに笑った。
「おい。今日兄貴来たか?」
「来たけれど時間が合わなくて」
「来たのかよ!」
「ええ」
「あのな。あまり兄貴を翻弄させるなよ。その美しさで!!」
「え?ふふ。なによそれ?」
紫貴は鈴に似たショウに頭を掻いた。言ったらきっと兄貴に打ん殴られるから言わない。
「彼はお客様よ?あたしはホステス。俺はホステス相手に本気になる人じゃ無いんでしょう?」
「そりゃあな!まあ、そういうアレで言い方するわけじゃねえけどよお」
そういうアレになる前にハルエは拳を納めて客に微笑み向き直った。
「ねえ。ジャケットってどういう物にするの?面白そうね」
「いろいろ案は出てるんだ。黒を背景にチタンライオンの雄叫びドアップとか、闇の中の艶黒星を中央にチタン色の蠍2匹囲ませるとか」
「あなたのその刺青の柄は?かっこいいわ」
「俺達のバンドはチタンって名前なんだ。チタンカラーの悪魔的動物の咆哮がテーマ」
それでもショウちゃんが提案を出してくれて嬉しくて紫貴はにこにこした。
「怒鳴ってばかりのラウド?じゃあ悪魔のドアップにすればいいじゃない」「いいねえ。そうなるかも」
紫貴はにっと微笑んでショウの顔を覗き見た。
「それか、俺達のセクシーなエロティック女が、闇の闘牛コロシアムで腕組んだ仁王立ちで鞭持った後ろ姿にするって翔が言ってる。編みタイツに黒のTバックにハイヒール姿でブロンド垂らして、ライオンやアンダルシアンも白のスポットライトに照らされてコロシアム両サイドにいて、そのジャケットのサイドに黒アイマスクと黒革パンツブーツで腕組んで松明持ったいかつい外人2人立たせる」
「それがあたしが出した提案?」
「そう。それかチタンブラックの粒子背景に琥珀の拳銃クロスさせて黒旗で装飾タイトル囲ませて、茨の蔓で旗からませる」
ショウは目をくるんとまわしてから微笑み言った。
「スペイン旅行ね?」
翔は連れ同士で行った国だが、ショウは家族とだった。
「行った事あるか?」
「3回ほど家族旅行で」
「きっと楽しい」
「そうね。お薦めはいろいろあるわ。名馬の競技会も綺麗よ。抜群においしいお店、リストに出して今度あいつに持たせるわね。パパが行き着けるお店もあるから」
「お土産たくさん買ってきてやるよ。赤いドレスとか香水」
「本当?嬉しい」
紫貴はにこにこ笑った。
★ドライビング★
翔は顔を挙げ、一瞬映った黒の情景と足の違和感で自分の格好を見てから顔を上げた。
昼間時で、横に荘厳な教会が佇んでいる。
さっきまで話しを交わしていたらしいゼブラナマネージャーの夕は口を引きつらせて『彼』が言葉を発する前に背を押して歩いて行かせた。
自分は女物のフォーマルのスカートスーツを着ているのだ。
「誰かくたばったのか?」
「お前には関係無いから喋るな」
「あんだよ!喋る位」
「ここは白だかっていう方の仕事場だ。邪魔するなちんぴら風情がな」
「っはー!ああそうかよ!」
翔はハッと言い歩いて行き、人はここには居なかった。雪男の様に歩くのをその腰をどんっと叩いて背筋を正させる。
「やってられっか!」
「翔。お前に聞きたい事があるんだが」
「な〜にをっすかー」
「お願いだからその格好でそういう言葉使いはやめろ」
「っかったっすよ……」
「お前、銃を売るって言ったよな」
その言葉を聞いて、翔は上目で口端を上げ夕を見て、目を伏せ気味に腰周りを視線だけで見た。
「今、持ってます?」
「いいや。今日は葬儀だ」
「在庫なら10丁あるんすよ。まあ、この前言ってたやてゃ都合で無いんだが」
「この1週間、お前誰に売った」
「は?言えるわけねえだろう。何言ってんの」
「種類だけでも言え」
「デカみてえに聞くなよ」
「いいから」
「最近?バイカルMP-412を2丁、マカロフPB,MP-441、1丁ずつ」
「スチェッキンは」
「お、あれ欲しい? 手元に無いっすよ人気無くてさ〜。そっち系好き?良い奴なら、今1丁だけSR-1の変わり種入ってんだわ。安いっすよロシアンピストレットだし。まあ、上とこの所揉め事あったっぽくてトカレフは無いんだけど。どうやら卸してるギャング関係でいきなり変わり種スチェッキンが幾らか高値で入ったんすよ。今は日本の警官に押収されたって事で」
「1丁も入らなかったのか? 手元に」
「俺のところにはまだね」
上目で翔は夕の顔を訝しげに見た。
「なんすか? 一体。欲しいわけでも無さそうだわなんだわでさっきから。まあ、手持ちで持ってる人間の情報なら渡すくらい出来るけどなーあ」
そう、組んだ腕の親指と人差し指をこすり合わせてでがいまぶたの横目で夕を見上げた。
夕はあきれ返って溜息を吐いて、もし今の格好じゃ無かったらぶん殴っていそうだった。財布から2万出して持たせた。
「あれ。これだけ? もっと持って無いの?」
そう覗き財布を仕舞ったスーツを覗き込んで、夕は目玉をくるんと回して財布を出し、翔はにっこり微笑み見上げた。その財布で額を叩いて仕舞った。
「ちぇっ、仕方ねえなあ。まあ、知り合いの好で教えてやるよ。オーゾンシーにまだ3丁あるかもしれねえ。横須賀のクラブの名前。まあ、警察の手が入る前に処分したかもしれねえけど」
「そこで機関銃は扱ってるのか?」
「日本で機関銃? 売れ無いって。取り扱ってもいねえよ。サンパウロじゃねえんだぜ」
「そうか。お前、調べられるか? クラブに行って在庫見て来る事は」
夕は視線を上げ、刑事が遠くの角を曲がって夕を睨む様に鋭く見た。翔は 「?」と顔を振り向けておっさん2人ががんたれてきやがるのを夕を見上げた。
「なんすかあれ」
「デカだ。下手は出来ねえんだ。いいか? あと5万報酬やるから見て来い」「怪しまれるのなんか冗談じゃねえよ」
そう言い振り返ると夕はその手を引き彼に5万を持たせた。
翔は上目になりわざとセクシーに腰をモデル並みに振って歩いて行き、2人の刑事の横を通り際ウインクして艶っぽく微笑み「ハアイ」と深く言い腰をしならせ歩いて行った。
刑事の一人が清楚な格好のくせして抜群の色気にやられてその背を見ていて、夕は可笑しそうに笑い首を振って教会へ戻って行った。
刑事は若い方が夕を追い掛けもう一人は翔の後を歩いて行った。
「おいあんた」
「あらんなによん」
わざとそう言い、くるんと上目で向き直った。まるで江戸の時代に酒に酔った吉原の女の態で。
「芦俵と何話していた」
「クス、あたし等? ゼブラナ乗っ取る企みだけどー?」
「真面目に応えろ売女が」
翔はハンドバッグで頬をばしっと叩いてふんっと身を返しチェーンを持ってくるくる回し肩に担ぎ歩いて行った。
角で曲がり、ちらりと背後を見てから走った。
「ったくホモ野郎が、」
吐き棄て、翔はジャケットを脱いで必要ないブラジャーなど棄ててシャツに腕を通し口紅を拭き、ジャケットを肩に羽織りバッグを肩に担ぎ髪を解いて歩いて行った。
裏手から出るとロールスロイス、キャディラック、リンカーンだとかの中でも最高級のリムジンだとかセダンも糞高級なロイヤルサルーン揃いの駐車場を 見て「オワッホーウ!」とと結局よくして歩いて行った。
うじゃうじゃ格が違う金持ちが溢れ返ってやがる。翔は上目で微笑し、背筋を伸ばし歩いて行った。
「やん! ごめんなさい!」
ぶつかりに行った西洋の男の胸元に両手を添えて見上げ大きく目をぱちぱちさせて、ハンカチを出してシャツに着いてしまった薄いルージュ色を消してから、ハンカチからはみだした名刺を見下ろし、それを男を見上げて手に持たせた。
「来てね」
そうハートを大人っぽくしたウインクにつけて言ってから、男は目元まで微笑ませて彼女の手を取って手の甲にキスをした。翔も上目で微笑み方を女の子っぽく縮めさせて歩いて行った。
あと5回くらい外人の金持ちにそれをやるとハンドバックを回しながら口笛を吹いて歩いて行き、会場から離れていく前に一人男を捕まえる必要があった。
日本人の資産家が良い。アラビア語以外外国語は喋れないし、英語は聞き取れてもあまり話せずにヨーロッパの言語は全滅だ。白の奴なら多国籍語を話せるのだが。
セダンタイプが良い。リムジンでも良いが、いいターボエンジン物積んでる獲物だ。
「ううう!!!」
翔はしゃがみ込んだ。他の2人、イタリア人の金持ちと他の日本人と話していた男は振り返り、彼女を見て3人は顔を見合わせ一人の男が来て彼女に声を掛けしゃがんだ。
「どうしたんだい。お嬢さん」
「あたし……、」
そう涙ぐんだ目で男を見上げ、心の中で微笑んだ。こいつも抜群の身なりとオーラだ。
「あたし、ちょっと……」
そうがっしりした男の腕の中へ入った。まあ、ちょっと娼婦っぽく思われても仕方ない。スパニッシュ系の彼を見上げ、弱弱しい大きな目で見つめた。
「実は……」
そう言い綺麗な形の耳に耳打ちした。男は彼女を見下ろし、「それは大変だ」と言い自分のリムジンの後部座席に促した。しめたしめた。
翔は乗り込んで足を組み一瞬で見回して、目の前に座った男を微笑み見据えた。男はドアを閉めさせ背後に組んだ腕の手を上げ発進させると、翔を振り返った。
翔は上目に戻って揃えた膝に手を添えてから彼の横に移って腕に手を回しリムジンのリアガラスから、刑事達が急いで車に乗り込んだのを上目で見て肩に頬を乗せた上体で男を視線だけで見上げた。
「一度百貨店の専門店に寄ろうか」
「ええ。ありがとうございます」
男は口端を微笑ませ顎をついとサイドのヒュミドールに向け細身の葉巻をカットし火をゆっくり着けてから顰める眉の目を上げ、追っ手に気付き煙をくゆらせてから翔を立たせ一番後部に座らせると背後に首を向け「巻け」と日本語でない何語かで言ってから目の前の翔に微笑んだ。
豪華な車内だ。
「君は?」
「ああ、えっと……」
ハンドバッグから名刺を出して差し出した。それを受け取り見てから頷き彼女を甘いものを含ませる目で見た。
「悪いな。俺は名刺という物は持ち歩かない主義なんだ」
金持ち、それか富豪。顔の作りはスパイシーな物を含ませがっしりしたがたいが良くオーラがあるラテン系だ。スペインとの混血が有力だろう。
「お客様でござますの?」
「ふ、はは。妙な喋り方をする子だ。俺は条暁だ。ゼブラナのスポンサーでね」
「へえ……スポンサー」
翔はうんうん頷き、にっこり微笑んだ。
「青山に向かってくれ」
そう背後に言い、「それとも、」と翔を振り返った。
「ジェットで本店に行こうか」
「きゃあ嬉しい!」
適当な事を言っていて、「ヘリポートへ向かってくれ」と本気で男が言ったから翔は慌てて訂正した。
「日本国内で結構だ」
「いいのか? 半月くらい楽しもう」
「やー、学園がある、じゃなくて仕事あるし」
「まあ、そうだな。ゼブラナは今度いつ集中的な休みが入るんだったかな」「確か半年後だった気がする。そうアシマネージャーが言ってた」
「いろいろ面子が変わった様だな。鳥羽まで消えて、まだリノベーションをしてからは噂しか聞いてはいない」
「りの、……へー」
「君も吸うか?」
首を振った。
「煙管なら」
そっけなく言っておいて、窓の外を見ていたのを顔を向けて街中へ差し掛かるのをもう一度振り向き、向き直った。
「横浜に行きた〜い!!」
そう柔らかいシートを両手でばんっと叩いて首をぶんぶん振って「横浜に行きたいの!!」とだだこねた声で叫んだ。
「そうしよう」
「お仕事はいいの?」
「今日は一日休みを入れている」
「そうなんだー」
翔は上目になって収まってその上目のまま辺りの車内を見回した。
「どうしたんだ?」
「音楽が欲しいわ」
「何を聴きたい?」
「なんでも」
翔は男の方に両手を差し伸べて、男は木目の上の金のボタンを押し曲を流してから横目で見て顔を向け、後部座席に移動した。
翔は男の肩にこめかみを乗せて深いワインレッドの毛足の上質な足元を伏せ目で見下ろした。男は彼女の手を一度撫でてから前方を見て進めさせて行った。
翔はこれからの行動を考え始める。7万手持ちがある。まあ、行動に移すには最低あと20万ほしかったがうまく使えるだろう。
横浜に着いたら男の目を盗んで抜け出しオーゾンシーへ行き状況を調べて今姿を潜ませているタクロスの根城に寄ってから金を掴ませ一時遠くへ逃げさせる。残りの金で帰って来るかうまく男の元に戻ってくる。
「………」
こうやって……
翔は目を閉じていたのを開いて床を見つめた。
徐々に、徐々にこうやって白の世界が侵食して来るのだろう。俺は居場所を失うのだろうか……
「ショウ?」
男は彼女の横顔を見下ろし、優しく声を掛けた。翔は視線を上げてまた戻して首を横に振って、足を組み替えシートに背を沈めて窓の外を見た。
「なんでも無い」
そう言い、口を閉ざした。
その表情の無い横顔を見て、男は視線を一度下げると頷き前を見た。
「何か食べるか?」
「何か?」
翔は顔を向けて、その時腹が鳴った。「ハハ、」と自分の腹をさすった。
「チーズとワインならある」
「あ、それって大好き」
と、ハートを付けて肩を縮めさせた。まあ、どっちもんな気取ったもんなんか黒は食った事無いんだが。
今日はジャケットの打ち合わせが3時辺りからあるんだが、紫貴は葬儀が終わったら来いと言っていたらしいのをさっき携帯のメモで確認した。諦めた。
ワインには手を付けずにチーズを食べ始めた翔は結構いけるその味を気に入った。男はチーズを食べなくワインだけ2口ほど口付けた。
「実は、今いろいろ考えていてな。ゼブラナが生まれ変わるとこれまでのスポンサーの内容も分野縮小によって変わる。新たに組まれた後に紹介される上で催されるパーティーに会場を」
「パーティー!」
「そうだ。場所はもう聞いて?」
「全然」
「候補は4つほど上がっている。NYのオークションホールか、パリの地下クラブ、セイシェルのホテルを貸しきるか、オーストリアのオーケストラ劇場」 「アタシ南の島がいいなー」
「そう言っておこう」
「うん」
男はチーズを食いまくる翔の横顔を見て、微笑み顔を傾けた。
「今度君に何かプレゼントをしよう」
「え? いいよ」
「贈らせてくれ。そうだな。クルーザーはどうだ? これからみなとみらいのヨットハーバーに行ってクルージングにするか。おいしい食材をそろえてある」
気分を上げるために気遣わせただろうか。翔は微笑んで「ありがとう」と言っておいた。
「今度スケジュールを合わせて友人の所に行って船を購入しに行こうか」
「和お!本当ー?」
「月に一度位の割合でクルージングもいいだろう。自由に友人達と使ってくれても構わない」
「やったー」
どういう出方をする人間か様子を窺っているのだろうか。翔は喜んでおいて、様子を見る事にした。
どちらにしろ翔は得をしたと思っておきながら時間の計算もした。クルージングはきっと2時間位だろう。きっと夕陽も見るかもしれない。
まずは着いたら高級ホテルに荷物置いて服そろえてクルージングだ。船に乗ればキャンプ用品でロシア物かUSA物でナイフが揃っているはず。
もしかしたら伊豆まで足伸ばして旅館とか料亭は困る。横浜から離れるわけにはいかない。その後は中華街まで行って豪華にチャイナ食う筈だ。
クルーザーでコックに作らせるのも時間がかかる。飯は陸。出るのはそのあたりだ。
夜の南街回りたいとか言ってショッピングしてバーに入る。そこで便所に立ち店を出てクラブに向かううちに財布3,4個すって服いつもの要領で着替えてオーゾンシーで交渉を済ませる。
だが、チャカが無い丸腰は今のお上が消えた状態じゃあ危険だ。白はドスさえ持ち歩かない。持ち船をやられたんだ。うまく行って無事に帰れるかは分からない今はタクロスに会うのはオーゾンシーで決める。
タクロスとの事を本気で切れるかまた新しく他の手で横須賀に仕事仕入れに行って別口で繋がっておくか決めるのは翔自身だ。だが、タクロスとの事は引き際だろうと翔も分かっていた。
きっと断ち切り、タクロスも高飛びするしかなくなったのだから。
アームに肘をつき、グラスを傾ける男の横顔を窺った。銃を持っていそうだ。だが実用性で言えばどういったものか想像は付く。
洒落た代物って所だろう。護衛用になら充分なる程の。だが、機能も抜群に良い丈夫な代物のはず。どちらかだ。週に一度は射撃をしていそうだ。その分メンテナンスも整えているはず。
腰周りを見る。分からない。あれば奪う。それか金を奪って自分でバイヤーから買う?それは馬鹿らしい事だ。
「何か考え事をしているようだな」
そうグラスを眺めながら言うと、口端を上げ横目で翔を見た。
「別に? 普通に生きていく上で人が考えているような事位かなあ。どこのブランドにしようとか」
「ブランド好きか?」
「オーダーメイド好き」
「時間があればな。どこの仕立て屋が良い?」
「任せる」
「今回は専門店で我慢してくれ。どこがいい?」
「どこでもいいわよ」
男は車内電話を取ってナンバーを押し、そのブランド店にざっと翔を見て身長と大体のプロポーションを言って一通り揃えさせ、その受話器を持ったまま料理店にコースを予約した。受話器を置くと翔に微笑み前を向き直った。
お、女ってやべえなあ……。そう思いながらも口をつぐんだ。その分女は男の利に叶うようにたしなみ覚えるのか? パーティーで連れる男の華だったり教養だったり妻はステータスだったり? 社交での評価?男を充分はしゃがせるような心意気の女? それで応えるのか? 気品だとか男への気配りとか磨きかけることとか? マジかよ。
女が好きなブランド物や高級品はどれも女が買える代物じゃあねえ。自分や男なら金が稼げる。
それとも、男の日常の世界を女にも分けるようなものか。自分のボルテージ下げない為に女にもそうさせる。
じゃあ女って何だよ。物与えられるだけか? 値札か? もしかして俺が白の奴の評価下げちまってんのか?このぽんぽん物与えてくる男の前で、物さえ与えておけばまあ、いいだろうって。
それとも、この男が女をただ喜ばせたいからなのか? 仕事の時間終わって女と行動したいっていう。可愛く振舞っておけばいいのか? 男が喜ぶ女を見て満足するように。
それとも物なんかいらねえからもっと話しようぜとかか? もっと大事な物あるだろうって? だが所詮そんな物今不要だ。
どうこう問わずにいられるのは、愛情あっての間柄のみだ。この男はただ俺を運ばせればいい。
自分でうだうだ考えていたらうんざりしてきて3個目のチーズを口に運んでチョコレートも出されたからいちいちまた銀製で洒落たチョコレート用のスティックで刺して食った。
「ゼブラナはもう慣れたのか?」
何があってもどんと構えてそうな目元は落ち着いていて、さっきから考え事をしているらしい翔に聞いた声音はそれでも変わらなかった。
「そうそうゼブラナ! 慣れないね!」
「君ならすぐに慣れるだろう」
「品川ヨウって知ってる?」
翔が誘惑し回っている最中に何人かがその名を出していた。そんな内にもなんとなく何かあったっていう動きは分かった。金銭トラブルにいろいろ絡んで今回の男と女の葬儀があったようだ。
「品川の会長とは親しいが、孫はあまりな」
そう、肩を軽く上げて首を振った。まるで、何を間違えて生れたのやらと、頭の中身を疑い小ばかにする言い振りだった。
「会場で樫本と親しかったな。君は」
「………」
翔は瞬きして男の顔を見上げた。
「ああ、あいつとはアメリカで大学が同じだったんだ。元々樫本英一は良家の出だったが、何を思ったんだか、いきなり裏の世界に行った」
「樫本って、葉斗組幹部の?」
「? ああ」
白だろう。仲良くしてやがったとかは知らないが。紫貴の話、店の様子伺いの為に白の常連になっているとすると、あの樫本英一がアノ紫貴の言っていた兄貴?
「先ほどの警察の人間も、ゼブラナの人間全員を探っているんだろう」
ゼブラナ関係で事件が起きたのは一目瞭然だった。
「そーみたいね。なんだか、あの品川ヨウって男に協力してる人間って絶対いると思うのよね。同じ金持ちとか。アナタみたいな」
「はは、あんなのに協力する馬鹿はこの世に存在しない。やるなら誰だってもっとスムーズな手を使う。うまくな。第一、何の利益も無い。ただ、ゼブラナの行く末と品川会長の今後が掛かっているからな」
「ランってどういう女だった?」
「そうだな。一言で言えば、いい女だった」
「あくどく頭働かせて」
「聞くからに行動が不細工で、今回の自県が逆に信じられない。ランらしくは無い」
「ふーん」
品川ヨウは発砲したようだ。この際、刑事捕まえて話聞けたが怪しまれる。
「今日ってランの葬儀?」
「え?」
「よねーえうふふ」
翔はハンドバッグを振り何も無いと再確認すると諦めた。
「ねえ今何時?」
「3時半だ」
「そう」
紫貴からそろそろ怒り狂った電話が掛かって来る頃だ。マナーモードに変えてボリュームを1にする。ゼロでも稀に幻聴で聞こえる程煩い。
「君は」
「『ショウ』でいいけど。アタシもジョーって呼ぶから。それか、名前」
「苗字で構わない」
「漢字は?」
「京都の四条橋の条に、明星の暁の字だ」
「ねえー風流じゃな〜いカッコイイね。ジョーって普通にカタカナじゃ無いんだ。ハーフっぽいし」
「君は何処との?」
「秘密。北欧のどこか」
「へえ」
「あんたはカサブランカ?」
「いいや。スペインだ。父親がアンダルシアンの競技会を主催するオーナーで」
「お! 偶然じゃな〜い! アタイも『パパとママ』それ好き」
「乗馬に興味は?」
「いいわねそれも。闘牛も好き」
翔は携帯が振動したのをハンドバッグから出して見下ろした。横目で条を見たら視線で促して来た。
「お前あにやってんだこらあ!」
「ごめんごめんうふふふふ」
「ショウちゃん!」
「だから駄目なのうふふふふ」
「しょうがねえなあ。分かった分かった。じゃあお前の案出しておくから」 「わかったワン」
「じゃあな」
「はーい」
ピッ
「ふう。退治完了」
額を腕で拭って携帯を仕舞った。
「何か予定でも?」
「条は? 彼女と昼の食事でも予約してあったんじゃない?」
「いや。妻はパラオに旅行中だ」
「ふーん……」
そのままリムジンは進んで行った。
翔は夕からの電話をずっとシカトしていた。きっと聞きつけたのだろう。条に変に勘ぐりつけられると困る。
だが、そうは簡単に抜けられるだろうか。話を通しまさか協力なんて出来ないか? 真相究明に一躍買ってくれと。銃借りてクラブに行って品川を探らせる? 紫貴が危険にも峰み任せて、大滝に企業を探らせたって言うのだ。
紫貴の話、奴の兄貴は峰の様子ややり方窺ってるわけだし、その方法みるのも、今問題起こして手を出しやすい企業、その品川を探らせたというのか?
「樫本っちゃんとアンタ今でもマブなの?」
「ま、なんだって?」
眉を顰めて翔の顔を見て、「ああ、ダチダチ」というのも首をかしげた。
「連れの事。友人」
「葉斗のボスと来た時は影で話は交わす程度だが、カジノや他での直接的な関わりは絶っている。大学でも学科違いだったしな。あいつは金融、俺はビジネスフォーム。クラブやパーティーで其々会ってたくらいだ。あいつは性格が悪い。それに地下でいろいろ手引きをして闇関係に手を染めていて、俺とは行動範囲が違ったしな。こちらは野蛮な危険地帯には寄り付かない質だが、あいつは何でも危険だろうがやろうとする」
「それってギャングと絡んで武器卸したりしてたのか?」
「さあ。詳しい事は分からない」
「へー」
「男言葉なんだな」
「ええ、うん稀にそうなるのよねい」
条は可笑しそうに短く笑った。翔はこれでも糞猫被り通している所だ。
「注意した方がいい。樫本は非情な鬼だ」
「………」
窓の外から翔は条の横顔を見て、前方を見た。
それは白の判断だ。正直やめた方がいいと思っているのは翔も同じだ。白はあまり翔の事を知らないが、翔は白をわかっていた。
あいつは馬鹿がつく純粋さだ。自分を守る術をわかっちゃいない。きっと、白が惚れているんだろう。樫本の世に聞く性格とは違い、白には優しく接しているようだ。だが、演技だとわかっていた。
葉斗の絶対的な守護神である気性の激しい刀の豪主、非情冷徹。
優しさに騙されて油断していると、痛い目を見せられる筈だ。絶対に。
だが実際、翔達は互いに干渉する事は出来なかった。一度痛い目でも見ればいい。そう思う。
「注意しとくわ」
そう囁くようにおぼろげに言い、大地は大気の間に風が吹くだろう、流れる真っ青な、輝く海を流し見つめた。
★スリーピング★
翔は真中の位置の座席で腹ばいになりぐーぐー言って完全に眠っていた。ワインを結局は4本全て空けて頬をピンクにしては春狐のクッションに頬を摺り寄せよだれまで垂らしてうだうだ寝言を言っている。こんな女は国でも日本でも初めてだ。条はそんなショウに呆れて首を振り窓の外に視線を移した。
「あだーあだばばら」
また言い出した寝言を放って置くと5分はあだあだ言いつづけ、うるさい想いをする前に座席を移って足を組み座って背もたれに肘を掛け見下ろした。
「そろそろ起きたらどうだ。あと20分もすれば到着する」
「あがばじゃにゃにゃ」
10分の2開いた目はまだ完全に眠っていた。また眠る準備を始めて背もたれがわに顔を向けたから条は溜息をついた。
「このまま蹴りだすぞ」
「あだ」
「それなら起きて身だしなみを整えるんだ」
「あだだ」
「ほら早く」
翔は狐に今度は頭を乗せて、まだ眠るつもりだ。条は狐を引き抜いて一番後部の席に放って翔は舌を噛んで目を覚ました。
「おはようショウ。気分良くお目覚めのようだな」
翔はいじけて長い髪を掻き揚げ「だー」と言って腕をだらんと下げた。
「腹減った」
「減った?」
「お腹空いた」
「早めに夕食にするか?」
「今何時?」
「5時だ」
「お腹空いた」
「じゃあディナーと行こうか」
翔は欠伸をしながらぼーっとして頭をかりかり掻いた。自分はタクロスに会いに行く必要がある事をおぼろげに思った。
「全く、女とは思えないな」「え?ああ、悪いわねうふふ」
欠伸で酸素を脳に行き渡らせると体内に巡らせてハンドバッグに腕を伸ばしパウダーをバシバシはたいてルージュをひねり出すが、引いた事など無く首を傾げ傾げした。
条は、まるでルージュを持った事も初めてだと言わんばかりの顔つきを見て呆れて彼女の顎をこちらへ向けさせルージュを持った。
「上を向け」
顎を上に向かせて彼女の唇を見下ろしルージュを引きながら言った。
「教養はゼブラナでは習わないのか?ユウコはそういうクラブに詳しいだろう」
「ああ、今日はたまたま」
「成る程」
肩をすくめ、ルージュを下げキャップに収め持たせて彼女の顔を一度見てから後部の座席に移って葉巻に火をつけ窓の外を見た。
真正面から面と向って見たショウの顔は限りない美しさがあり、強固とした物がありその目元は装いに似合わず一癖ありそうな風態があった。翔はハンドバッグにルージュを戻すとジャケットを羽織り腕を通し、車内を見回し物の場所を元の配置に正した。
見るからに最高級グレードとしか言い様が無い高級ホテルの前にリムジンは停まり、ドアを開けられ降り、条の横に並び歩いて行った。明らかに場違いな翔は目立つほどどいつもしっかり装っていて、条は別にそれも気にとめずに翔を引き連れ歩いて行った。レセプションで一筆してから奥へ歩いて行くが、翔は広く豪華絢爛なラウンジのソファーに飛び乗っていたから条は顔を曇らせて視線だけでここまで来させた。
「何考えているんだ?」
「別に」
「今度やったらホテルの人間がなんと言おうが追い出す」
「まあまあ」
「恥じ掻いて生きたいなら好きにしろ」
「おー心広いんじゃな〜い?」
「呆れるね」
条は首を振り歩いて行った。
糞豪華な部屋、というかホールと呼べる。さっすが金持ちと言いながらハンドバッグをソファーに放り投げ見回した。確かに翔の家柄もプリンセスやクイーンズ、マスターズスイートなどに入る金持ちだが、どうやらこれは格が違う。これは数あるスイートと名の付く名称の部屋部屋の中でも最高ランクのスイートの種類、またはVIPルームだ。男には風格もあるし、どこかのジュニアか?この男。
「せめて顔ぐらいは洗え。下の店からジバンシー辺りの人間に来させてメイキャップさせる」
「はーあい」
翔はそう言いパウダールームを探すがレストルーム入って行ったのを、条が指で指し示し振り返り、既にどの扉が入り口だったのかも翔には思い出せなかった。広すぎでよくわからん。
扉の無い開口部、クリームの磨き石の空間と綺麗なカットの黄金の反射するゴールドクリスタルミラーと黒石のカウンターだ、小ぶりのダイヤモンドシャンデリアだなんだ、白のボタンダウンタイルから垂れ下がってる、翔は欠伸をしてカウンターに腰をつけながらメイクオフの器から下って行って適当にエマルジョンとゴールドで明記されている陶器のポンプまでたどり着くと押して顔に伸ばしまくった。
どこも小奇麗で金の受け皿、金の蛇口からは滑らかな水、最高級品にしてナチュラルスキンケア用品の数々、黒の上質な分厚いシルクで豪華にデコレーションされた一角、なんだここは。一室の中の女の為の空間は理解できなく考えられなかった。
きっと連れ立つ者同士が互いに恥を掻かせないためにも全てに意識から豪華にしていく事が身についてるんだろう。その中で住まっては、渋く美しい自らの落ち着き払った格調の城へ帰って行く。翔には路肩の方がよっぽど好きだったが、白の奴はこういう世界の中を普通の日常として生きているのだ。理解不能。
そこを出ると服が用意されていたからその箱を持ち中に引き返して着てからリビングに戻る。
さっきから聴こえていたピアノの音は条が弾いていた。なかなかうまいもんだと思った。こういう渋い男に俺が将来成長する事は無いんだろうが、見習うつもりも無いものの何かしら見ていると女には男ってのは優しいもんだ。
ソファー横の柱の横にコスメ一式の乗った洒落たメイクカートと共にエレガントな女が微笑し立っていて、翔を見た。その美人に翔は傾きかけたが自分の今現在を思い出してソファーにどっしり座った。女は自己紹介をしてから身分をあれこれ一言ふたこと続けてから翔は爪を眺め適当に相槌打っておいた。
「失礼致します、マダム」
その言葉に翔は一瞬白目を剥いた。女は一瞬笑顔をひきつらせてからメイクを始めた。
翔はメイクを施す女の視線や顔、唇や手の動きを流れるように上目で見つづけていて、ふと女はその視線に気づいて小さく笑ってからパレットに崩して混ぜ、はけにルージュを取り視線を上げ唇に乗せた。きっと、レズビアンだとかどうとか思ったんだろう。
メイクを終えると「お美しい」とそれらしい賞賛だなんだと一言言ってから、一度女は翔に微笑み、条に礼をしてから出て行った。高級な女もどの女も同じだ。
条は時計を確認してから立ち上がり、翔を見てから「さあ。食事に行こうか」と言い開け放たれた扉へ向って行った。上品に洗礼されたショートポーチを歩き豪華な花に彩られ、また扉を開けるとホテルの華美な廊下を歩いて行った。
再びリムジンに乗り込むと料理店へ向って行った。
★ディナー★
翔はマナーのなっていない食い方で食べ巻くってば食いまくっていた。庶民の店にするべきだったと条は思った。
見た目の外見は女にしか見えない。VIPプライベートホールを貸しきってよかったものだ。金色の噴水とホール内のピアノ演奏者、執事以外に他の目は無い。
「これってちょっと最高なんだけどやっばいわ〜こっち貸してみて食べてやるわよきゃあ美味ち〜〜んうぃん!」
軽やかなピアノが水を打つように輝く光はまるで、一つ一つが紡ぎ出された時の様に澄み切っているというのに、クリスタルで出来たようなやさしさと、水の流れの空間に満ちていた。
その状況は翔には関係なく、うまい料理に舌鼓を打ってきゃんきゃん言って喜んだ。まるでゼブラナのホステスとは思えなかった。品が無い。全く品が無い。
さっきなど座りながらにして、どういった具合かはしゃぎすぎてハイヒールが飛んで来たのを避けた。
条は全体的な長居襟足を一つにまとめ、深いとび色の目元で翔をずっと見ていた。がたいのいい体をクラシック3ピーススーツに包ませ、彼の丈夫な腕に初め包めて来た手の手の字さえ今の翔からは窺えもしなかった。
「ショウ」
「あん?」
「今日はゆっくりして行くんだろう」
条は小首をかしげて返事を待った。
「今日仕事あんおよえ〜い」
「ああ。そうだったな」
デザートが運ばれてきたのを翔は席を立ち、ギャルソンが銀器の上の揺らめく炎が流れて行きグラスに注がれてはチョコレートをとろとろにする優雅なパフォーマンスも見ずに鼻歌交じりにホールを歩いて行く。
金ピアスのキャビネットのクリスタル扉を開け、ビロードクッションの上の目元を隠し美しい黒のスワロフスキで覆われた銀製のアイマスクを見つけるとそれをはめてダークルージュの唇を引き上げ、壁に飾られる西洋サーベルを手にとってはゆらゆらホール中央の噴水の水を掲げ踊るサーベルで切りつけ、水を舞わせくるくる回る。
窓から見える広い中庭のジャングルの木々が夜の濃密さを浸透させシャンデリアの雫が黒のアイマスクにきらきら反射する。器からいよいよグラスにとかされたチョコレートが頭上高くから下方まで流れ注がれては炎がエメラルドグリーンに揺らめきホールの先の翔は、太陽を仰ぐように掲げシャンデリアの下、優雅に腰をゆったり舞わせた。色香があり、黒アゲハ蝶の様だ。ピアニストに仰いで「もっとがんがんに弾いちゃってがんがんにさ〜!」と催促しては勝手にがんがんに乗っている。
翔はにっと口元を微笑ませテーブルに戻ってきては美しくデコレーションされた芸術的なデザートを見て、「うわ〜おーう!」と微笑み金のデザートスプーンでくすい、食べ始め腰をしならせた。
「なんかピアノ弾いてよあんたピアノさあ。スペイン舞曲とか俺じゃなくてあたし踊ってやるわよ〜」「俺とか言うな」
翔はにっとルージュの唇を微笑ませて両腕を上げ、体をなぞってから腰をしならせ上目で条を見ると意地悪っぽく微笑んでから条の所に来て組まれる足にヒールの足を一度立てると色気を振りまいて戻り、椅子にゆったりと腰掛けた。
条は海外の王族などを呼んでここで宴を開くことがあり、妾との間から出てきた皇子と知っているここの人間は、翔の振る舞いにすっかり閉口していた。
「それか闘う?」
テーブルに片足を乗せサーベルを向いの条の瞳に突きつけ、顔を傾けにっこり鋭い目で笑んで言った。
常歩をさせる馬達を引き連れる兵隊のごとくくんと返しては額に当てて何事かを勝手に宣誓を立てた。
「人類は邪に骨抜きなのであります!鼠の如く駆け巡り、ムカデの如く毒で麻痺させよ!」
その後も立ち上がって何事かを叫んでからそれをひゅんっと返して床に突き立て、片足を椅子に乗せていたのを浅く座って背もたれに肩を付け男のような姿勢成りになったのを、テーブル中央の金のキャンドル立ての横に置かれた華美な花を一本とって、桃色の薔薇の芳しい花びらをシャンパングラスに浮かばせ傾けてから、翔はアイマスクの鋭い目を向け口端を上げると顎を上げ、首を傾かせた。
「ゼブラナって羽振りいいみたいね相当。今日の客の内容見てなんか凄いらしいしさあ。なんかうきうきしてきちゃうなあ」
「今まで何して来たんだ?」
「うらぶれた酒場だったりして」
「娼婦じゃあるまいし」
「どれも同じなんじゃなーい?こういう体なんかさ」
「どうかな。俺は分からないから」
条はグラスを傾け、手を掲げてピアノの演奏を止めさせた。
「そういえばさあ。あんた職業何?」
「いくつか持つ乗馬場オーナーだ」
「へー!さっすがスパニッシュ〜!闘牛場日本につくっちゃってって〜。コロシアムによお、俺熱狂的に行き着けてやる。闘牛って役目終わったら食っちまうんだろう?シビアだね〜。ワインうまい?」
「ああ」
「美人な女やっぱ多いよなあ〜」
条は完全に呆れ、両手を一度広げてから下ろし、アームにかけてフキンをテーブルに置いた。
「そろそろ行こうか」
「ほーい」
アイマスクをそのままに、肩にバトラーに上着を掛けられ、肩越しに微笑み歩いて行った。一瞬、そうやって妖艶な女っぽいしぐさが現れては、消えて行った。
観音扉を潜って豪華な調度品の並ぶ廊下を歩いて行った。開け放たれた扉から出て、仮面を取り外しながら口ずさみくるくると回って既に、青い夜は白を背後にする緑の植物の広いパティオを彩り、透明の水を滑らかに噴出させる噴水にさらさらと月を隠させ裏から銀の光を渡し……、学園がシンクロして、翔は立ち止まり、条はその背後で気づいて止まった。
翔の横顔は、パティオを見つめていた。
声を掛け様としたが、喉で止まった。涙が一粒落ち、今度は流れ落ちた。
「ショウ……?」
肩に掛ける薄手革のショールガウンを、両肩を持ち呼びかけた。翔は白い石の地面を俯き見て、そのまま歩いて行き、静寂な中、夜鳥が高く遠くの木々の中で一鳴きするのを、ヒールの雑な靴音がコツ、コツ、と重なり響いた。
何を不安がっているんだ?
分からなかった。
その背は止まる事無く再び、本館の建物の華美な中へと進んで行った。
……何を不安がっているんだ。
条はその横まで来て並び歩いた。
自分が、いなくなるかもしれない事……
そういう恐怖を、ひしひしと、感じる事は皆あるのだろうか。
存在しなくなるかもしれない。漠然とした掴めない見透しの全く無い何らかの不安。
自我があるのに、すっと、ある日……、消えるかもしれない。
「ショウ」
その肩を引き抱き寄せた。
翔はしばらく、黒の仕立てのいいジャケットを見ていたのを、手から仮面が落ちて涙が流れそうになったから目を閉じた。
女は男が支える。男は自分か、友人や身近な人間がボルテージを上げさせる。
自分は男だ。不安なんか、誰の口にも言いたくない。そんな物は。
「新しい環境に慣れずに、まだ困惑しているんだろう。不安がる事なんか無い。いつでも胸を張っていればいいんだ」
翔は顔を上げ、条の頼りある声音を聞いて、自分には父親と呼べる人間、相談できる母親や、そういった者がいなかったという事を思い出した。顔を知らないからだ。自分の体は家族に向き合っていたのだとしてもだ。
翔は何度も頷き、サンキュ、と言い歩いて行った。
きっと、白の奴も不安を抱えているからだろう。
白と黒の心はリンクしているから。
「………シマウマ」
おぼろげにそう囁いた。
豪華で巨大なシャンデリアと、太い柱のラウンジに出た。
翔はくるくる回って床だけ真っ白い六角形の石材ブロックで八角形の空間の中、六角形の中央の絨毯の真中にくくくると回り転がり……、
条は振り返って驚き飛びついた。
「ショウ!」
ガンッと、鼓動して、周辺の他の人間達はあっと驚き、翔がさっき離れる一瞬で条の腰から抜いていた銃で、自分のこめかみを撃とうとしたのを、それがシャンデリアの雫の一部に加わり銃は白い床を回転し転がると、白人マダムのハイヒールで回転を止めて、彼女は後じさり、女の子とその上に覆い被さる男を見て、他の人間達は彼らを見るとスタッフ達が駆けつけた。
条は弾がかすって血を流す耳を押さえ、翔の腕を引き立たせた。
だが、気絶して、ぐったりなっていた。支配人は困惑した目で条の顔を見上げて、条は、通報は避けてもらいたい。と言い、スタッフは相槌を打った。条は翔を担ぎ上げ、運んで行った。
身長も高いし、わりとでかい図体としっかりした体系の割りに、信じられない軽さに少なからず驚いた。
まるで、それは魂の無い、実体の無いように感じてそれを怖く感じ、条は早足でラウンジソファーに運んで横たえさせ、クッションにその頭を落ち着かせてから支配人を振り返った。
さっきまで、あんなに活き活きしていたものを。
「迷惑掛けたな。後でこの事は処理をする」
そう言いながら立ち上がり、スーツジャケットの中からペンと細長い帳簿を出してからペンを走らせ小切手を持たせた。支配人が何か言う前に、女スタッフから銃を受け取り、その場にいた人間達に謝ってから翔を振り返り見下ろした。
頭を押さえ、顔を歪め目を覚まして、絢爛な中を見回してから起き上がった。
「収まったようだな。おはようショウ」
「目覚めは最悪な気分だけどな」
「まあそうだろうな」
翔は条を見上げてから、顔を戻し謝った。
「……ごめん。止めてくれて助かった」
「その言葉が出てきて良かった」
支配人も胸をなでおろし、ようやく微笑んだ。条は支配人に一言二言、言ってから翔を立たせ、連れて行った。
ドアが開けられ、リムジンに乗り込んで翔はシートに沈んだ。
リムジンは先ほどのものよりもっと豪華でグレードの高く見たことも無い車種のリムジンに変わっていた。元々もロワイヤル物だった。
シートに沈んで3倍広くなった中、思い切り伸びをした。ドアが閉められ、進みだした。
「あんたって相当資本家なんだな」
「大した事じゃ無い」
「またまたー」
座り落ち着いて翔は言った。
「どこか夜遊び夜遊び。気分上げましょうよ!クルージングだあ〜!」
条も上目で口端を上げ、煙をむゆらせてから「ああ」と言った。
「だが、何でさっきあんな事をしたんだ。それに縞馬って何だ?そう聞こえたんだが」
翔は車内テレビを操作していたのを顔を振り向け、背後の画面はオペラハウスのオークションの様子が映し出された。翔はその画面を振り返り、テーブルに腰を下ろしているのを、しばらく見ていた。
「まあ……言いたくないなら構わないんだが」
「……。耳、平気?」
「ああ。かすっただけだ」
「ごめんね……」
「……」
足を組み向ける背中を見て、条はその腕を背後から引く手は強引にだった。
「痛いわ!」
そう叫び、涙にまみれメイクも取れた顔に横顔に画面の光が反射した。
顔をふいっと石の床に落としハンドバッグに手を伸ばし、紫のレースのハンカチで目元を押さえ、顔を拭き、風情ある風で俯いていた。
そう、さっきからいきなり、大人の女の雰囲気に一変して、条はそんな姿を見つめながらソファーシートに座った。
「気は鎮まったようだな」
ショウは床をみつめたまま何度か頷き、目を閉じた。
激しい衝撃が残っていた。荒涼とした吹きすさぶ風のような。
何故こんなに涙が流れて傷ついた心のまま、目覚めてしまったのか、分からなかった。
「今から東京に戻る」
「……うん」
ショウは頷き、目を一度閉じ、輝くイルミネーションが流れ、海辺の光に目を転じた。
紫貴は夜の街を流していたのを、連絡を受け戻ることになった。
「今日行くか?兄貴」「ああ。品川啓二を張らせる」
啓二というのは品川のあの苦虫顔の社長の事だ。
紫貴は了解しバイクを進めて行った。