見えないお洒落(下)
「……綾上、流石に学校だからキスはダメだって。いや、ハグもダメだな」
正気に戻った俺は、そう言って綾上の身体を離そうとするのだが。
「やだ、君が私をときめかせたんだから。責任をもってキスをさせてください。……ううん、キスをしてください!」
そう言って、綾上は目を閉じて、俺に向かって唇を可愛らしく突き出してきた。
……キス顔という奴だった。めちゃくちゃドキドキした。
「……また幸那ちゃんに怒られちゃうだろ? 適切な距離を保たなくっちゃ」
俺がそう言うと、綾上はとても悲しそうな表情をしてから、抱きしめていた腕を離した。
「幸那ちゃんの名前を出すのは卑怯です……」
その弱々しい呟きを聞いて、俺は綾上を衝動的に抱きしめたくなるが、どうにか我慢する。
「そういえば、どうして小川君に『俺は綾上一筋だっ!』なんて叫んでたの?」
綾上は俺の声真似をしながら尋ねてきた。
……とりあえず俺は、原田がヒモパンを手に取ったところを小川が見てしまい、アホになってしまったことを説明した。
その際、俺と綾上がラブホから出たところを見たせいだという小川の主張があったことも説明すると、恥ずかしそうにしていた。
「……二人には、私たちが最後までしたって思われてるんだよね。なんだか、恥ずかしいな」
「綾上が紛らわしいことを言ったせいだろ?」
「うん。……でも、これ以上嘘を吐くのは心苦しい……よね?」
潤んだ瞳で、俺を見つめる綾上。
何を言わんとしているか、分かってしまう。
嘘じゃなくすればいいんよね、と綾上は思っているのだろう。
それはエッチすぎませんか、綾上さん?
「……よし! それじゃあ今から二人に、正直にエロいことはしていないと説明をしよう!」
俺の提案に、綾上は怒ったように返答する。
「もう、バカっ、意地悪! そういうことじゃないって、分かってるくせに! 女の子に恥をかかせないでよっ!」
むぅ、と頬を膨らませて憤りをアピールする綾上は、とてもかわいいと思います。
「……そういうドキドキすることを軽々しく言うの、これから禁止だから」
めっちゃ反応に困るから。
「ド、ドキドキするんだ?」
「当たり前じゃん。好きな女の子にそんなこと言われたら、心臓がおかしくなるくらいドキドキするっての……」
俺は恥ずかしさを堪え、素直な気持ちを告げた。
綾上はその言葉を聞いて、恥ずかしそうに黙り込んだ。
もちろん、俺も何も言えないでいる。
しばらくお互いに悶えていたのだが、そんな雰囲気を変える様に、綾上が問いかけた。
「それじゃあ。君は私がどんな下着を履いているのか、小川君に言ったの?」
「言うわけないだろ!? ていうか、見たことないし!」
「バスタオル一枚だけの姿はみたことあるのに、下着は見たことないっていうのもなんだか変だね」
「……そうだな。多分順序が逆だよな」
「それじゃ……私の下着、見てみますか?」
スカートの裾に手を伸ばしながら、綾上が尋ねてきた。
「……見ないよ」
俺は鋼の精神でそう答えた。
「間があったね。迷ったでしょ?」
「うん。正直みたい。めっちゃ見たい。だけどそういうのはさ、恋人同士になってから、だから」
俺がそう言うと、綾上はこれまで以上に顔を赤くして、俯いた。
真っ赤になる綾上に、ついでに聞いてみる。
「ち、ちなみに、だけどさ。答えるのが嫌だったら無視をしてもらっても良いんだけど。ヒモパンを履く女の子って、どんな気持ちでヒモパンを履くか分かる?」
「えと、私そういうのを履いたことないから、分からないかな……」
「そ、そうだよね」
俺は綾上がヒモパンを履いたことがないという事実が嬉しかった。
綾上がヒモパン履いていたら、俺はかなり戸惑うし、複雑な気持ちを抱くだろう。
「私からも聞きたいんだけど。……君はどういう下着が好きですか?」
「……黒い、エロい奴」
俺は素直に答えた。
すると彼女は、「黒くてエッチな下着……」と呟いてから、
「よ、用意しておきます」
と、照れくさそうに言った。
「ま、まだ良いから……」
「ま、まだってことは、えと……うん。まだ、用意しておかないようにします」
綾上が俺の言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。
そして俺も、失言に気づく。
互いに恥ずかしくなって、無言のまま見つめ合う。
気恥ずかしくてドキドキするけど。
それでも、ずっとこうしていたいという気持ちにもなる、不思議な感覚だった。
「今日は、もう帰るんだよな?」
「うん」
俺の言葉に、綾上は頷いた。
「一緒に、帰ろうか。……送っていくから」
「……うんっ♡」
俺の言葉に、綾上は表情を輝かせ、俺の腕にぎゅっとくっついてきた。
「ちょ、過剰な接触プレーは禁止だから!」
「えー、このくらいのスキンシップは大丈夫です♡浮気防止に、丁度いいでしょ?」
「いや、浮気なんてしないから……」
俺の言葉に、綾上は嬉しそうな表情で言う。
「んふふー、君は私一筋、だもんねー? 浮気なんてしないもんねー♡」
綾上本人にそう言われると、無性に照れくさくなる。
俺はそっぽを向いて、何も答えない。
それを良いことに、綾上はさらに俺にぎゅっと引っ付いてくるのだが。
……まぁ、しょうがないな。
自分にも綾上にも甘い俺は、いつも通りにそう結論付ける。
――こうして、俺と彼女の二学期が、幕を開けたのだった。




