見えないお洒落(上)
夏休みが明けた。
今日は始業式だった。
久しぶりに会うクラスの面々は、勉強や部活、バイトに明け暮れた日々だったのだろうが、それでも一人一人が晴れやかな表情をして、級友たちとの会話を楽しんでいるようだった。
……俺はそういった交流は、特になかったのだが。
だからといって、退屈な時間を過ごしただけではない。
久しぶりに、夏服姿の綾上を見ることができた。
夏休み中は私服姿ばかり見ていたから、なんだか新鮮だった。
もちろん、私服姿も最高に可愛いのだが、久しぶりに見る制服姿もやはりかわいい。
つまり綾上可愛い。
そして、綾上を見てニヤニヤしていた俺は間違いなく気持ち悪い奴だった。
綾上はというと、クラスメイトの原田と談笑をしていることが多かった。
そう言えば綾上は、2年の頭まではボッチ系美少女だったはずなのに、今では教室でも楽しくおしゃべりができる友人ができているのだ。
素直に、良いことだと思う。
俺には教室で楽しくおしゃべりできる相手がいないのだから、羨ましいくらいだ。
「……なぁ、本部に聞きたいことがあるんだけどさ」
いや、そう言えばこいつがいたか。
放課後、クラスメイト達が帰宅した後の教室で俺に話しかけてきたのは、爽やかイケメンの小川だ。
こいつとは、それなりに話をするようになっていた。
夏休み中、ダブルデートのようなこともしたわけだし、俺とこいつは友人同士と言って良いのだろう。
「どうした、小川。なんだか、元気がなさそうだが、その聞きたいことと関係があるのか?」
青ざめた顔をしている小川に問いかける。
「ああ。……綾上って、どんなパンツ履いているのかなと思って」
前言撤回。
こいつとは楽しくおしゃべりが出来なさそうだし、俺とこいつは決して友人ではない。
「ただの言い間違いだったとしてもぶん殴る!」
俺は小川を睨んで、襟を掴む。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け本部。お前が憤るのも分かるが……俺は、お前たちのせいで思い悩んでるんだぞ!?」
「さっきから、何を言っているか本気で分からないのだが? とりあえず殴っていいか?」
俺は中指をたてながらそう尋ねた。
しかし、小川には反省の色が見えない。
周囲を確認してから、俺に耳打ちをしてきた。
「夏休みのあの日。ラブホテルから出てきた二人を見てから……なんかさ、香織がエロく見えるんだよ」
その言葉を聞いて、俺は自分の顔が火照るのを自覚した。
二人でラブホから出たところを、こいつと原田には見られていたんだった。
つまり、俺と綾上がそういうことをしたと、こいつらは思っているわけだ。
……誤解を解けなかったのは、綾上のせいでもあるのだが。
「それはお前がエロいだけだ、バカ。ていうか、それとパンツに、何の関係があるんだよ!?」
「夏休み後半でさ、偶然ショッピングモールで香織を見たんだけどさ。声をかけようと思って近づいたら……ヒモパンを真剣な表情で選んでいたんだよ、あの香織が!」
あの香織が! とか迫真の表情で言われても、知らんがな。どの香織だよって感じなのだが?
「よくわからないけど、バカにしてる?」
「本当に真剣な表情だったんだ。声をかけるのも、躊躇われるほど。……なぁ、本部。女の子がヒモパンを履くときって……どんな時なんだ?」
こいつ俺の言葉を聞いていないのか、ナチュラルに無視してくるな……。
だが、なるほど。
こいつの言いたいことがなんとなく分かった気がする。
つまりは、俺が綾上のパンツを見たことがあると思っているわけだ。
そして、もしも綾上がヒモパンを履いているのであれば、俺にもヒモパン女子の心理が分かる、と。
そう思っているのだろう。
……おそらく、バカなんだろうなこいつ。
「自分で聞けよ」
俺は襟から手を離し、現状最も無難な回答を小川に告げた。
小川は、驚きの表情を浮かべて言う。
「なんで俺が綾上にそんなことを聞かないといけないんだよ!?」
俺はもう一度小川の襟を掴んでメンチをきってから答える。
「どう考えても原田に聞く流れだろ? やっぱりお前は救いようのないバカだな! ちなみに、もし綾上にそのことを聞いたら、普通に警察に通報するから。マジだから」
「そんなことしねぇよ、俺は香織一筋だ!」
急に惚気だす小川。
こいつ、こんなにバカだったっけ? 俺はちょっと小川のことが心配になってきた。
「わかったから、原田に聞け。それで全部解決。分かっただろ、な?」
俺が優しく諭すように言うと、今度は信じられないようなことを小川が口にした。
「直接聞くの、俺はちょっとビビってんだよ、察しろよ。……そうだ。本部ってさ、確か妹いたよな? 洗濯物で妹のパンツくらい見たことあるだろ? 妹、ヒモパン履いていたりしないか?」
「よし分かった、歯を食いしばれ馬鹿ヤロー!」
綾上だけでなく、幸那ちゃんのパンツ事情まで聞こうとする小川に、我慢の限界に達した俺。
勢いよくビンタをすると、バシィン! と音が鳴った。
叩かれた自分の頬をさすってから、小川は真顔で言った。
「……お前は綾上一筋じゃないのか!? 妹フェチなのか!?」
「お前は俺をなんだと思っている!?」
ちょっと普通じゃない思考回路になっている小川。
マジで心配になってきた。
良く見れば、小川の目元には濃ゆい隈が出来ていた。
「……もしかして、夜眠れないくらい、パンツについて思い悩んでいたのか?」
「……バカだと思うだろ?」
ふっ……と、弱々しく笑う小川。
悪いけどマジでバカだと思うわ。
「なぁ、だから聞かせてくれ。妹フェチでも何でもいいから、ヒモパンを履こうとする女の子の心境を!」
虚ろな目で俺に問いかける小川。
ちょっと怖えな、と思いつつ、俺は真剣に小川に答える。
「バカ野郎、俺は妹フェチじゃない! 確かに幸那ちゃんは大切な妹だけど……俺は綾上一筋だ!!」
ガラッ
俺が叫ぶと同時に、教室の扉が開いた。
そして、綾上が室内に足を踏み入れた。
「えっ!?」
「……ええっ!!」
綾上が突然の俺の愛の告白に、真っ赤になって固まった。
俺も、予期せぬ綾上の介入により、驚きの声を上げることとなった。
「……そっか、それじゃ俺部活あるから。じゃっ!」
一応空気を読んだのか、小川はカバンを持ってから足早に教室を後にした。
出る際に、俺にしか気づかないように、キザにウィンクをしてきた。それがめっちゃムカついた。
誰のせいだよ、この空気は!
恥ずかしさのせいで気まずい俺に、綾上は頬を朱色に染めつつも、悪戯っぽく問いかけてきた。
「君って、私一筋だったんだね。……私、知らなかったなー」
「いやいや! なんでだよ、そこは一番綾上が知っていることだろ!?」
俺は慌てて綾上にツッコむ。
すると彼女は、ジト目を俺に向けながら一言告げた。
「鹿島先生のことも大好きなくせに……」
綾上は俺があいさんと夏休み中に会っていたのが、たいそうお気に召さないらしい。
そういう気は全くなかったんだけど……綾上は独占欲が強いからなぁ。
いや、そういうところも俺は嫌いじゃないのだけど。
「あいさんにそういう気持ちはありません! 俺は、綾上一筋だから!」
「ホントに?」
「当然だろ!」
「それじゃ、私のどういうところが大好きなんですか? ちゃんと教えてください」
ちょっぴり拗ねたように、綾上が問いかけてきた。
「小説にひたむきなところ。弱音を吐かずに一生懸命頑張るところ。俺のことを好きって言ってくれるところ。笑顔が可愛いところ。一緒にいたら楽しいところ。すぐ暴走してちょっとおバカになるところが可愛い。すぐ嫉妬するところもなんだかんだ可愛くて好きだし、他にも……」
「大好きっ!」
俺が綾上の好きなところを言い終わらない内に、彼女は勢いよく俺に抱き着いてきた。
「私も、本部読幸君一筋です♡」
俺の耳元で綾上は囁いてから、首筋にキスをしてきた。
これ、幸那ちゃんに見つかったらきっとまた怒られるだろうなぁ、と思いながら。
俺はなんだかんだで、内心嬉しかったりするのだ。




