31、美少女作家と愛のマーク
そして、十分ほど経っただろうか。
綾上は俺の腕を枕にして、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
その寝顔が可愛くて、愛おしくて。
俺は、前髪をかき分けてから、綾上の額にキスをした。
寝ている女の子に悪戯だなんて、背徳感を覚えたが。
それ以上に、大きな幸せを感じた。
「ホント、俺には勿体無いくらい、可愛いなぁ」
綾上の寝顔を見ながら、思わず呟くと。
「……んふふ♡」
と、綾上が笑った。
「あれ……もしかして、まだ寝てなかった?」
俺の言葉に反応して、綾上は目を開けた。
「うん、起きてました。私、可愛い?」
「可愛いよ。美人は三日で飽きるって言うけど、綾上は日増しに可愛くなるから飽きようがないな」
「~~っ♡」
俺の言葉に、綾上は笑顔を浮かべてから、首筋にキスをしてくる。
何度も、何度もキスを繰り返す。
「私、今。すっごく幸せです♡」
長いキスを終えてから、綾上は瞳にハートマークを浮かべてから言う。
「早く、君のお嫁さんになりたいけど。私は君のことを待っているから。君も私のことを待っていてね♡」
俺は言葉で答える代わりに、綾上を強く抱きしめて、彼女の気持ちに応えた。
☆
退室時間になったため、俺たちは着替えることにした。
「恥ずかしいけど、着替えるところ見てても良いよ?」
「……それは、初めての時のお楽しみに取っておきます」
「エッチ♡」
というわけで、着替え終わった俺たち。
冷房の風を受け続けた衣服は、それでもまだ半乾きで、しかもかなり冷たかった。
「冷たー!」
綾上はそう言ってから、俺の腕に抱き着いてきた。
「君は、あったかーい♡」
俺の腕に頬ずりをする綾上が可愛くて、頭を撫でた。
「……また来ようね?」
上目遣いに問いかける綾上に、俺は無言で首肯した。
綾上は上機嫌で「ちゅ♡」と、俺の首筋にキスをしてきた。
そして、部屋から出て、ホテルの出口へと向かう。
「わ、雨やんでる!」
「ほんとだ。ちょうど良かったな」
今日は午後から雨の予報だったと思うのだが、今はちょうど止んでいた。
素晴らしいタイミングだ。
「早く駅にいこっか」
「うん。……それにしても、ホテルから出るときって、なんだかドキドキするね」
「そうだな。知り合いにもし見つかったら、気恥ずかしそうだよな」
「でも、そんな偶然って、多分そう起こることじゃないよね」
俺と綾上はそんな話をしつつ、ホテルから出た。
……その瞬間だった。
「……え、マジで?」
と、なんだか聞き覚えのある男の声がして、その声の主を見ると。
「はわー……綾上ちゃんと本部じゃーん。てか、今出てきたところってさー」
そこにいたのは、クラスメイトの小川と原田だった。
二人はラブホテルから出てきた俺たちを、好奇心に満ちた眼差しで見てきた。
「あ、いや、これはだなー。……雨宿りで入っただけで、決して二人が想像しているような破廉恥行為に及んでいたわけではなく……」
俺が懸命に説明すると、小川と原田が呆れたように溜め息を吐いたから、言った。
「そんなラブラブバカップルっぷりを見せつけといて、よくそんな嘘がつけるな」
「てか、本部首筋にキスマークついてるじゃん。その言い訳は流石に苦しいってか、綾上ちゃんが可哀そうって感じなんですけど?」
原田の言葉に、俺は激しく動揺する。
「へ、キスマーク!?」
と思い、首筋を触る。
まぁ、触ってもキスマークがあるかどうかはわからないが、それでも心当たりはあった。
綾上、俺の首筋にばっかりキスをしていたけど、キスマークを付けるためだったのか……。
俺は抗議の視線を綾上向ける。
彼女は、気にする風もなく、ただ妖艶に微笑んだ。
その微笑みに、俺は思わずどきりとした。
俺が綾上に見惚れていると、彼女は小川と原田に向かって、人差し指を立てて、
「クラスのみんなには、内緒にしてね?」
と蠱惑的な笑みを浮かべて告げていた。
「お、おう」
「わ、分かったよ綾上ちゃん。……でも、今度色々教えてね?」
顔を真っ赤にした小川と原田が答えた。
「それじゃ、俺たち行くな」
「ば~い、綾上ちゃん、本部」
小川と原田は、俺たちに手を振ってから、歩き始めた。
俺と綾上はその背中を見送った。
「……綾上、なんでキスマークをつけたの?」
二人きりになってから、俺は綾上に、尋ねた。
すると、彼女は悪びれる様子も見せずに、応える。
「私の心と身体は、君に独占されています。私は君の心と身体を独占したいと思っています。だから、キスマークを付けました」
「……綾上って、独占欲強いよね」
「重くて独占欲の強い女の子は嫌いですか?」
「いや、俺も綾上に負けないくらい独占欲強いし、重いから。人のこと言えないんだよね。……あと、綾上のことは大好きだ」
俺の言葉に、綾上はまた首筋にキスをしてから、
「私は君と違って浮気なんてしないけど。君が望むなら、私にもたくさんキスマークをつけて良いからね?」
と、言う。
「綾上の綺麗な肌を傷つけるようなことは、俺にはできないよ」
「……つけてくれたら、嬉しいのに」
綾上の言葉を、俺は聞こえないふりする。
「それじゃ、帰ろうか」
「うん」
互いに指を絡ませて、手を繋ぐ。
キスマークをつける必要なんてない。
この触れ合う手の温もりさえ感じられれば……。
今はそれで、十分だと思えた。




