29、美少女作家のわがまま
「あの……綾上?」
「鈴にゃん」
「え?」
「鈴にゃん」
綾上は、じっと俺を見つめて言った。
意地でも鈴にゃんと呼ばせたいのだろう。
俺は覚悟を決めて、綾上のリクエストに応えた。
「よ、読幸にゃんは……鈴にゃんのことが、大好きにゃん」
やっぱ超恥ずかしい。
俺は俯いてからぼそっと呟くのが精一杯だった。
そんな俺の腕を、力強く綾上は握った。
「もっと可愛らしく! 猫の手ポーズも付けて!」
お手本を見せる様に、『にゃん』と拳を握ってポーズを決めた綾上。
は?
……何この綾上。
いつもこれ以上ないくらい可愛いと思っていたのに、いつもの10倍可愛いんだけど。
「ほら、にゃん♡して?」
可愛らしく猫パンチを俺に繰り出す綾上。
俺はその超絶可愛い綾上に免じて、頑張って『にゃん♡』することにした。
「鈴にゃんが大好きにゃん」
……頑張っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
俺は鈴にゃんの可愛さと恥ずかしさに身悶えしつつ、ポーズを決めた。
「読幸にゃん、可愛いにゃぁ~♡」
嬉しそうにニコニコ笑顔を浮かべる綾上。そして、俺の胸に自らの額をぐりぐりと擦り付けた。
「鈴にゃんも、読幸にゃんが大好きにゃ~ん♡」
俺の背中に手を回して、ぎゅーっと身体を密着させる。
……超可愛い。
綾上の身体の起伏や熱さが、全身で感じ取れて……あー、ヤバい。
「あ、でも読幸にゃんは鈴にゃんよりも鹿島先生の方が好きなんだよね……」
……あー、ヤバい。
綾上が一瞬でダークサイドに堕ちた。
「俺が好きなのは、綾上だけだ」
「また嘘」
「嘘じゃない!」
「……幸那ちゃんのことも好きでしょ?」
綾上の問いかけに、俺は間髪入れず正直に答えた。
「俺が好きなのは、綾上と幸那ちゃんだけだ!」
「……バカ」
綾上が俺の胸から額を離し、こちらを上目遣いで見上げてくる。
「ほんとに、鹿島先生じゃなくて、私のことが好きなんだよね?」
「うん、綾上のことが好きだよ」
「それじゃあ……キス、して?」
綾上は、俺の身体から手を離して、白い太ももの上で手を握りしめる。
そして、瞳を閉じて唇を軽く突き出して、待っていた。
……彼女の唇に目を奪われる。
どんなに理性で本能を抑えようとも、衝動的に口づけをしたくなってしまうほど、魅力的だ。
すごいシチュエーションだ。
好きな女の子が、ベッドの上でタオル一枚だけ身に纏い、キスを求めてくる。
……俺、本当に綾上のわがままを聞き続けても、我慢できるのだろうか?
「はやく……、キスして」
欲しがるような、綾上の声。
俺は無言のまま、瞳を閉じた綾上の両頬に、そっと手をそえた。
びくり、と綾上は肩を震わせてから、ゆっくりと息を吐いた。
俺は唇を近づけて、彼女にキスをする。
……
キスを終え、俺と綾上は目を合わせた。
「……バカ」
顔を真っ赤にし、そして不満そうに、いじけたように綾上は言った。
キスとは言っても、綾上のおでこにしただけ。それが彼女には、大変不満だったようだ。
「唇にして欲しかったのに……バカぁ」
今にも泣きだしてしまいそうな弱々しい声で、綾上は呟いている。
「ごめん。唇にキスしたら……絶対我慢できないから」
俺の言葉を聞いた綾上は、目じりにたまった涙を拭ってから、大きくため息を吐いてから言う。
「じゃあ、頭を撫でて?」
俺は彼女の言ったとおり、頭を撫でる。
艶々していて、触り心地の良い髪の毛だ。
「ハグして?」
彼女の細くて華奢な身体を抱きしめる。
「んっ……」
熱っぽい呻き声が聞こえる。
綾上は俺の背中に手を回してから、「好き」と耳元で囁いてから。
「ぎゅー、ってして?」
と、俺の身体を抱きしめる腕に力を込めて、言う。
俺もぎゅっと彼女の身体を、強く抱く。
「好き……大好き。結婚したい」と、俺の腕に抱かれながら繰り返す綾上。
……もうそろそろ我慢の限界なんですが。
「キスして。……唇にだからね?」
「あの、綾上。今そんなことしたら、マジで、絶対に。我慢、できなくなるから。勘弁してくれ……」
俺の情けない言葉に、綾上は溜息を吐いた。
「……そしたら、君の好きなところにキスをして?」
俺はどこだったら正気を保てるか、そして額とは違って彼女が不満を抱かないのはどこか考えてから、首筋にキスをした。
「ひゃっ!」
綾上が体を大きく震わせてから、俺に視線を向けた。
「……っ! ば、バカぁ……君ってやっぱりエッチだ!」
狼狽する綾上を見て、確かにエロかったなと反省する。
「そ、そうだな。頬とかの方が、良かったな」
「別に、良いけど。……お返しー♡」
嬉しそうに言ってから、綾上は俺の頬にキスをして、それから頬ずりをしてくる。
やべー、超かわいい……。
俺の理性は吹き飛びそうになるが、何とか正気を取り戻す。
「ねぇ、次は腕枕して?」
「い、いや……流石にそれは」
「腕枕して!」
綾上は俺をベッドの上に押し倒し、俺に腕枕を強要する。
「私、これ好き―♡」
俺の腕の中で満足そうにニヤける綾上を見ると、取り戻したばかりの正気が一瞬でなくなりそうになる。
「大好きな君の腕に、私今、抱かれちゃってるー♡」
俺の腕の中で笑顔を浮かべる綾上は、そう言ってから首筋にキスをしてきた。
身体をぴったりと密着させながらのキス、しかも……
「……長いです、綾上さん」
結構な時間、俺の首筋にキスをしていた。
時折「ちゅっ」というリップ音が耳に届いて、興奮しすぎて気が狂いそうになる。
すでに我慢の限界が近い。
むしろよくここまで我慢ができたなと自分を褒めたいレベル。
長い長いキスを終え、綾上は俺と目を合わせると、妖艶に微笑んだ。
「好き♡ だーい好き♡ 結婚しよ?」
「……エロいです、綾上」
「む、君の方がエッチだもん!」
俺の抗議にすぐさま反論する綾上は、視線を違うところに向けた。
その視線の先には……。
「さっきからすっごく気になってたんだけど、さ」
「ちょっと待って、綾上。分かった、俺の方がエッチだ。だからもう何も言わないでくれ」
俺の哀願を無視して、綾上は俺の下半身を見ながら、
「……すごいことになってるね」
と、耳元で囁いた。
「エッチなこと考えてるの?」
綾上は俺の耳たぶを甘噛みする。
「ちょ、やめっ……」
「やー。やめません♡」
甘く耳元で囁いてから、綾上は頬を赤く染めて、俺の下半身に手を伸ばす。
「ちょ、まじでそれはまずい、ストッ……」
残念ながら。
俺の言葉が聞き届けられることは無かった。
綾上は、すぐに触れた手を離し、顔を真っ赤にしてから、俯く。
「君がどれだけ我慢できるか意地悪するだけのつもりだったのに、うぅ……。私も、変な気持ちになっちゃったよぅ」
俺とは一切目を合わさないようにして、小さく呟いた。
冷房で冷たい室内だけど、お互いの体温を感じて少し汗ばみ始めた身体。
バスタオル一枚だけで隠された、綾上の女の子な身体を、俺は今全身で感じている。
細く華奢なのに、女の子らしい柔らかさがある彼女の身体に、目的をもって触れてしまえば、取り返しがつかなくなってしまいそうだ。
息を吸うと、綾上の甘い香りが鼻腔をくすぐって……。
あ、ヤバい。
もうだめだ。
「ごめん、綾上。今の状況でそんなこと言われたら。もう……我慢できない」
「もう我慢できなくなっちゃったの? 君って、本当にエッチだ。でも、良いよ……」
俺の腕の中で、真っ赤になる彼女を見て……これまで耐え続けていた俺の理性は、とうとう崩壊することになった。




