25、美少女作家と謎の美女(上)
「立話もなんだし。どこかでお茶でも飲みながらお話しよっかー」
鹿島アイラ――と名乗ったあいさんは、いつもの柔和な笑みを浮かべながら、立ち尽くす俺と綾上にそう提案した。
「「え?」」
俺たち二人は顔を見合わせる。
綾上は、動揺を隠せずにいた。
俺も、それは同じだった
「二人とも。お姉さんに聞いておきたいことが、山ほどあるんじゃないかなーって思ったんだけど、違ったかなー?」
悪戯っぽい表情をあいさんは浮かべていた。
「……私は、あります」
綾上はそう呟いたあと。
「君にも、たくさんあるから……」
と、こちらをどんよりと濁った目で見つめてきた。
「お、おう。……俺もあいさんには聞きたいことあります」
「それじゃ、決まりだねー」
と言って、早速あいさんは駅前に向かって歩き始める。
その後に、俺と綾上は続くのだが。
微妙な距離感で、目も合わせず。
……ただの一言も、会話はなかった。
☆
ものの数分で駅前のファミレスに到着した。
静かな喫茶店よりも、少しにぎやかなファミレスで良かったと思った。
「いらっしゃいませー! 三名様でしょうか?」
「そうでーす」
ホール担当の男性店員にあいさんが答えると、俺たちは席に案内された。
4人掛けのボックス席。
先頭を歩いていた俺は、何も考えずに、二人よりも先に手前側に座った。
……その軽率な判断が、間違いだったことにすぐに気づく。
「じゃ、お姉さんはもとべぇくんの隣―♡」
と嬉しそうに言って、俺の隣にあいさんが座ったのだった。
「ちょ、まってくださいよ! ここは普通、俺と綾上が並んで座るところでしょ!?」
「え、なんで? ……ていうか、三鈴センセ。綾上っていうんだー」
キョトンとした表情で問いかけるあいさん。
……あー、そうか。
俺が綾上のことを好きだって話したわけじゃないし、あいさんがそういう反応するのも無理はないな。
……でも、さっきの俺の慌てようで、ちょっとは察してほしかったわー。
「て、いうかごめん。綾上の本名、気にせず言っちゃった……」
俺が綾上に頭を下げると、
「いいよ、別に。そんなことはどうでも」
冷たい眼差しを向けてくる綾上。
普段のポンコツ可愛い綾上ではない。
どちらかというと、友達いない系女子だったころの雰囲気に似ている。
重い空気をものともせず、あいさんは何食わぬ顔で店員さんを呼んでから、それぞれの飲み物を注文した。
「いやー、それにしても久しぶりだったね、三鈴センセ。新年会で会ったきりだから、半年振り以上かな?」
「そうですね」
冷静に、淡々と答える綾上。
「来月の新人賞授賞式は行くよね?」
「今のところは、行こうと思ってます」
「その時はまた、よろしくねー」
笑顔を浮かべるあいさんと、終始無表情の綾上。
「あの……」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと説明しなきゃわけわかんないよねー」
あいさんがそう言ったタイミングで、店員さんがテーブルに各自の注文した飲み物を持って来た。
アイスティーを一口飲んでから、あいさんは言う。
「さっきも言ったけど。お姉さんは「創造社」で小説を出してる『鹿島アイラ』。三鈴センセとは、去年の新人賞授賞式で知り合ったんだよねー」
「……君は知ってるかもだけど。歴代受賞者以外にも、『創造社』で小説を出してる作家さんは、基本的に新人賞授賞式の時に参加するの」
「そ。お姉さんみたいな『WEB出身作家』も、もちろん声を掛けられるんだよねー」
『鹿島アイラ』は、元々WEBの小説投稿サイトに作品を投稿していて、それが出版社の目に留まって、商業デビューを果たしている。
「想像はつくけど……。マジであいさんが『鹿島アイラ』なんですか?」
俺はあいさんを見て、尋ねる。
「そ。お姉さんの正体は、人気作家の『鹿島アイラ』なのでした! 驚いたでしょー?」
蠱惑的に微笑むあいさん。
「……驚きました。そりゃ、もちろん」
俺は、応える。
綾上が、『三鈴彩花』として会ったことがあるというのなら、あいさんが『鹿島アイラ』であることに、間違いはないのだろう。
当然、驚いた。
だけど、それ以上に、俺には気になることがあった。
「……鹿島先生」
「やーん、いつもみたいに、『あいさん』って呼んで欲しいなっ♡」
「鹿島先生。俺に、何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
普段の軽い調子のあいさんを無視して。
俺は小説家の『鹿島アイラ』に対して、問いかけた。
因縁、なんていうほどのものではない。
だけど、俺と『鹿島アイラ』の間には。
……うまく言葉にはできないが、何かがあるはずなのだ。
少なくとも俺は、そう思っている。だから、自分でもよくわからないままに、そう問いかけていた。
目の前の『鹿島アイラ』は、俺の言いたいことを汲んでくれたのか、しょうがないなというように苦笑してから、口を開いた。
「私がもとべぇ君に言いたいことなら、あるよ。たくさんね。だけど、それはきっと言うべきことじゃないとも思ってる。だから……、その問いかけには何も答えない」
『鹿島アイラ』は、それだけ告げた。
「そう、ですか……」
その言葉を聞いて、俺自身どう思ったのか……判断ができなかった。
「ちなみに! 初めて会った時、お姉さんがどうして君のことを『もとべぇ君」だと思ったかのネタばらしをしまーす!」
普段の様子に戻ったあいさんは、ニヤリとしてから、綾上に視線を向けて言った。
「お姉さんと三鈴センセは、担当編集が一緒なんだよねー。その繋がりで、色々と聞いてるんだけど、その中でクソレビュアーとして有名な『もとべぇ』が、三鈴センセと同じ学校の生徒だってことを知ったんだー」
俺は綾上に視線を向ける。
彼女は俯きながら、「言うんじゃなかった……」と呟いていた。
どうやら、本当のことらしい。
「新人賞授賞式に、三鈴センセは学校の制服で出席してたでしょ? それを知っていたから、本屋で偶然同じ学校の制服を着た『もとべ』って男の子がいたから声をかけてみたんだよねー。まさか本人だったとは、いやー世間って狭いんだねー」
そう言って、楽しそうな表情で俺の肩に頭をこてんと乗せてくるあいさん。
俺は無言で距離を取る。するとあいさんはその分だけ距離を詰めてもう一度くっついてくる。
「……」
俺たちの様子を見る綾上は、無言で無表情。
……なのだが、めちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。
苛立っている雰囲気が、言葉がなくとも伝わってくる。
「いやー、お姉さん執筆活動で忙しかったけど? もとべぇ君と色々取材デートするの楽しかったし、やる気も出てくるんだよねー。……いっつも、ありがとー♡」
あいさんはそう言って、上目遣いに俺を見てくる。
可愛いかもしれないけど、マジで勘弁してください、と俺は切実に願っていた。
なぜなら。
取材デート、というあいさんの言葉を聞いた綾上が、絶望を孕んだ眼差しを俺に向けていたからだ。




