16、謎の美女とプール①
「はーい、着いたよー」
駅を出発してから、20分程度が過ぎたころ。
車を止めたあいさんが、俺に声をかける。
到着したのは、かなり大きなアミューズメントプールだ。
その建物を見て、俺は困惑していた。
「さっきから沈んだ顔しちゃって、どうしたのかなー? もとべぇ君。カナヅチだったり? 別に泳げなくっても、一緒にいてくれるだけで良いんだよー」
俺の困惑に気づいたあいさんが、優しく声をかけてきた。
「泳げないわけではないのですが。一緒にいてくれるだけで良い、と言いますと?」
「ほら。お姉さんくらい美人だとナンパ男に絡まれまくっちゃうでしょ? もとべぇ君がいれば、ナンパよけになってすっごく助かると思うんだよねー」
「ナンパよけって……そんなことで俺を呼んだんですか?」
「いやいや、お姉さんにとっては重要なことだからねー。久しぶりにプールを楽しみたいのに、ナンパばっかりされちゃったら、疲れちゃうでしょ?」
……まぁ、確かに。
友達が少ないだろう暇人なあいさんにとって、気軽にナンパよけに使える男なんて、俺くらいなのかもしれない。
「て、いうか。え、何々? もとべぇ君、まさかお姉さんの水着姿見たくないの? ビキニだよ、ビキニ!」
「別に見たくはないです」
「がーん、うっそー! ……あ、もしかしてスク水の方が良かった!? うわーん、そっちだったかー、お姉さんてっきり、もとべぇ君は健全にいやらしい子だと思っていたのに、不健全にいやらしいだなんてっ!」
「そういうことじゃないし、いやらしいに健全も不健全もないと思いますが!?」
「むー、じゃーもとべぇ君は。一体何が不満なのかなー?」
俺の言葉に、あいさんも不服そうな表情をこちらに向けてきた。
ちょっとキモイかもしれないなぁ……、と思いつつ。
俺は一緒にプールに行く気になれない理由を告げる。
「俺、好きな女の子がいるんです。だから、その子とも行かない内に違う女の人とプールに行くっていうのは……困ります」
綺麗な女子大生のお姉さんと、プール。
男子高校生なら、誰もが憧れるシチュエーションだ。
だがしかし。
俺は綾上のことが好きなのだ。
綺麗なお姉さんとではなく、綾上と一緒にプールで遊びたいのだ!
俺の言葉を聞いたあいさんは、困ったような笑顔を浮かべてから言った。
「もとべぇ君とその女の子は。別に恋人同士ってわけじゃないんだよね?」
「そうですけど……。自分で言うのもなんですが、両思いではあります」
「もとべぇ君の自意識過剰の可能性も、ありますね……」
あいさんが申し訳なさそうに目を伏せつつ、言った。
いや、そう思われるのも仕方ないかもしれないけど!
事情を説明しても、絶対わかってもらえないし……どうすればいいんだ!?
「でもさ。考え方を変えてみなよ。お姉さんとプールで遊ぶのは、予習! その好きな女の子と一緒にプールに来た時に、ちゃんとエスコートできるようになるための予習って、割り切っちゃいなよ!」
「予習、ですか」
確かに、綾上とプールデートするときに、きちんとエスコートできた方が楽しいだろうなとは思う。
「だからさ、行こうよー、プール。ね?」
あいさんが、甘えたような声を出して誘う。
綾上とのプールデートの予習。
正直、かなり魅力的な提案だ。
何故なら俺は綾上の水着が見たい、超見たい。
だから、恋人同士になったときは、プールデートに絶対誘う。
だが、それでも。
俺はまだ決心がつかないでいた。
「あー、それとも何かな? お姉さんのセクシーな水着姿見ちゃったら、その子よりもお姉さんのこと好きになりそうで怖いとか―? そーいうことなら、仕方ないかもねー」
と、挑発的なあいさんの言葉が俺の耳に届いた。
……そんなことはない。
俺はあいさんのセクシービキニを見せつけられても、決して心奪われることはない。
そう考えれば、色々と心配するのも杞憂なのかもしれない。
「そんなことないですよ。俺が好きなのは、その子だけですから。……良いでしょう、行きましょう。俺が彼女と付き合ってから、プールに行く予行練習として!」
俺は堂々と胸を張って宣言した。
「ふふふー、お姉さんのセクシービキニを見てからもそんな強気なことが言えるかなー?? 見ものなんだぜー」
あいさんは挑発的な視線を俺に向けて高らかに笑ったのだった。
☆
施設内に入り、受付を済ませてから。
俺は水着とタオルのレンタルをしてから、更衣室へ向かう。
着替えを済ませてプールへと向かうと、結構な数の客がいる。
そりゃそうか。
今は夏休み。この時期に客が来ていないプールの方が悲しい。
そう思いつつ、事前に打ち合わせていた待ち合わせ場所に到着したのだが、まだあいさんはいなかった。
まぁ、女性の方がこういうのは準備に時間かかるよな。
綾上と来た時も、余裕を持った対応をしよう。
そんなことを考えて少しの間待っていると。
「お待たせ―、もとべぇ君!」
あいさんの声が聞こえ、俺は振り返った。
……そして、絶句した。
見ると、こちらに向かって手を振りながら小走りで駆け寄ってきていた。
自らセクシービキニと豪語するだけあって、かなりのインパクトだ。
彼女の身に纏っているのは、スタンダードな形状の黒いヒモビキニだ。
めっちゃエロい水着だったらどうしようと思っていたのだが、普通にエロいビキニだった。結局エロイ。
あいさんの弾ける笑顔が眩しい。
白い肌と黒いビキニのコントラストが素晴らしい。
きゅっ、とくびれた腰も、美しい脚線美を描く長く、それでいて適度に肉感的な足も素晴らしい。
こうして水着姿を見ると、グラビアアイドルとして週刊誌の表紙を飾っていてもおかしくないような、抜群のスタイルとルックスだと思う。
むしろ表紙を飾っていないのがおかしいレベル。
そして、何より……。
小走りでこちらに駆け寄っているため、バインバインに揺れていたのだ。
どこが、というと。
ボインボインがバインバインだった。
意識して見ないようにしているのに……視線が吸い寄せられる。
なんだこれ、催眠術か何か!?
俺はその圧倒的な迫力を目の当たりにし、何も言えなくなっていた。
「ちょ、ちょっと、もとべぇ君……」
俺はいつの間にか傍に来ていたあいさんに声を掛けられて、はっとした。
いつものような朗らかな感じではなく、どこかこちらを非難しているような声音だった。
「あ、は、はい。なんでしょう?」
俺が問いかけると、あいさんは少しムッとしたような、それでいて恥ずかしそうな表情で、視線を逸らしながら言った。
「あの、あんまり胸ばっかりじろじろ見られると、流石に恥ずかしいんだよねー。……もとべぇ君のエッチ」
不覚にも。
普段のお姉さんぶった態度とのギャップで、普通に可愛いらしいなと思ってしまった。
「す、すみません! ……ていうか。あいさん。あれだけセクシービキニがどうのこうの言ってたのに、もしかして照れてます?」
「お姉さん。実は少し照れてます。こう見えて男の子とプール来たのは初めてなので」
おすまし顔を作るものの、それでも顔を赤くしたあいさんが言った。
俺の脳内では、「大学デビュー失敗」の言葉が思い浮かんでいた。
……流石に口にはしなかったが。
「はぁ、それでお姉さんがプールにいるとナンパ男が放っとかないとか言っちゃったんですか……お可愛い奴ですね」
俺は、普段とは違う様子のあいさんに対する照れ隠しも込みで、そう言った。
すると、ジト目を俺に向けてくるあいさん。
あれ、すべった? そんな心配をしていたが、
「……それで、どうかな。お姉さんのセクシービキニは?」
あいさんが、少しだけ不安そうに。
髪の毛をもじもじと指先でいじりながら、俺に向かって問いかけた。
「……似合ってます。さっきは少し意地悪を言いましたが。確かに、ナンパ男は放っておかないと思います」
「……ふふっ」
あいさんは、俺の言葉を聞いて、柔らかな笑顔を浮かべた。
続けて、
「でっしょー、それ知ってたからー! 好きな女の子がいるにもかかわらず、お姉さんのセクシービキニに夢中っぽいもとべぇ君? 一つアドバイスをしてあげよう!」
急に得意げな顔で元気になったあいさんは、びしりと俺を指さしてから宣言した。
「お姉さんに惚れちゃったら、やけどじゃすまないよ♡」
急にテンションアゲアゲになってしまったあいさん。
「バカなこと言わないでください」
彼女の言葉にそう返事をしながら、俺は心中で綾上に言い訳をしていた。
――視線は奪われたかもしれないけど、心までは奪われていないから!




