14、謎の美女の思わせぶり
心ゆくまでお肉様を堪能し、腹を一杯に満たした俺とあいさん。
アルコールで程よく気分を良くした様子の彼女は、食後のデザートのアイスを美味しそうに食べている。
そんなあいさんに、俺はちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「……それで、今日はなんで誘ってくれたんですか? ここに来たかった、ってさっきは言っていましたが、本当にそれだけですか?」
俺の言葉を聞いたあいさんは、ニヤりと笑顔を浮かべて、握っていたスプーンをこちらに向けて、言った。
「んー? まぁ確かにそれだけじゃないよー? んふふ……なにか当ててみてー?」
「……あいさんも、友達が少ないから、暇だった!」
「はい、次お姉さんを怒らせたら、チューするからねー」
口角を上げるも、目は全く笑っていなかった。
「す、すみません」
今度は真面目に、しばらく考えてみるが……、それでも答えは浮かばなかった。
「わかんないです」
俺が素直にそう言うと、あいさんは得意げな表情で、
「正解は……もとべぇ君がネットで叩かれすぎていたので、お姉さんが可愛そうな青少年を励ましてあげようかと思ってねー」
「……マジすか?」
割と意外なことを言ったあいさん。
彼女は嬉しそうに頷いてから、両手を俺に向けて広げた。
「マジですよー。ネットで叩かれるなんて、とっても辛いもんねー。うんうん、お姉さん、その気持ちとってもよくわかるよー。……良いよ、もとべぇ君、お姉さんの胸でお泣き!」
……あ、これあいさん。結構酔ってるんじゃね?
「結構です。ていうか、泣きませんよ。……俺が叩かれるなんて、いつものことなんで!」
「わー、お姉さん納得―。そういえば慣れっこだったねー」
真顔のまま、食べかけだったアイスをスプーンでもう一掬い、そして口に入れた。
「それにしても。今の言葉だと、あいさんもネットで叩かれたことがあるような口ぶりですね」
少しだけ引っかかった、あいさんの言葉。
俺はなんとなく気になって、彼女に問いかけた。
すると、悪戯っぽい表情で、こちらを見つめてきた。
「……そう思う? お姉さんが、どんなことでネットで叩かれたか。それで、誰が叩いてきたのか。もとべぇ君は、知りたい?」
「え、なんすかの反応? うーん、ぶっちゃけ、ちょっと気になりますね」
「あは、そうなんだー。もとべぇ君、お姉さんのこと、ちょっと気になるんだー。……でもね、それはー。ヒ・ミ・ツ♡」
唇に人差し指を当てながら笑顔を浮かべるあいさん。
……何が言いたかったのだろうか、この人は?
「なんか聞いて損した気になりましたよ」
「……まぁ、いつか。もとべぇ君なら、気づくかもね」
「え?」
いつものふわっとしたトーンとは違い、どこか暗い表情で呟いたあいさん。
俺なら気づく?
「どういう意味ですか、それ?」
「なんでもないよ。……あー、焼肉。美味しかったね。そろそろ、帰ろっかー」
俺の質問には、答えないまま。
うーん、と伸びをしてからあいさんが立ち上がった。
店員さんがあいさんのすぐそばに来て、会計の案内をしていた。
俺は、あいさんの態度に違和感を抱きながら、彼女の後を追った。
☆
「今日はごちそうさまでした。焼肉、めっちゃうまかったです」
俺はあいさんに勢いよくお礼を言った。
失礼かもしれないが、会計がチラリと見えた。
……超ビビった。
「いやいやー、こちらこそ、いきなり誘ったのにちゃんと来てくれて、嬉しかったよー」
たはは、と笑いながらあいさんは言った。
「それじゃ、もとべぇ君は駅の方だよね。私は、ここらへんだから」
「あ、そうです。それじゃ、電車乗って帰ります」
俺は会釈をしてから、駅へと向かおうとしたのだが、あいさんがもう一度声をかけてきた。
「あ、そうだ。夏休み。どうせもとべぇ君これからも暇だろうし。また誘うね、バイビー♡」
最後に、俺に向かって投げキッスをする。
そしてあいさんは、背中を向けて歩き始めた。
「……やっぱり暇人なのかな、あの人」
俺は謎の美女の背中を見送りながら、そう思っていた。




